「伊賀原君って3はどれくらいのレベルだったの?」と、真守はコントローラを持って彼の横に座ると、一つを手渡した。

「これがパレイスイッチのコントローラか。握りやすいな。ああ、俺のレベル? Sランクのレベル12だった。お前は?」

「僕もSランクだった。レベルは8だけど、4は僕の方がやり込んでいるからね」

「言うじゃねぇか。3とやり方は同じなんだろ?」

「そうだけど、新しいキャラも使えるし技も増えてるから」

「ぬ〜っ。そこは不利だな。しかし集中力が高まっている俺はすぐに新しい技も覚えられるさ」

「相当な自信だね。対戦が楽しみだよ。じゃあキャラを作ってよ。僕はもう作っているから」

 軽快なBGMと共にゲームが立ち上がり、キャラを選ぶ画面になる。真守は細い体格の黒い猫がベースになっていて、素早さ重視のキャラに設定している様だ。爪も強化されているので引っ掻いた時のダメージを多く与えられる。

「へぇ〜。スピード重視か。俺がいつも作っているキャラとは正反対だな」

 伊賀原はまじまじと真守のキャラ特性を見た後、いつも3で作っているキャラの設定を進めた。彼は茶と黒の縞模様をしたドラ猫をベースとした重量級の仕様だ。動きは遅いが一撃で与えられるダメージが半端ない。後ろ足を強化して、少し素早さを補っていた。

「こんな感じかなぁ〜」

 試しにキャラを動かしていると、扉が開いて友莉子が入ってきた。「ふんっ」と鼻を鳴らした彼女はまだ着替えておらず、学校の制服のままだった。

「どうしたんだ友莉子? 友達と遊びに行くんじゃないのか?」と真守が問い掛けると、「疲れてるからやっぱりやめたの。それに……まあ一応、エロ魔人でも客だからね」と言って、真守に新品のスポーツドリンクを手渡した。冷蔵庫に冷やしていたものだろう。ひんやり冷たくて、持っているだけで気持ち良かった。

 そして伊賀原には、「あんたはエロ魔人だから私が朝練で飲んでいたので充分でしょ」と言って、半分ほど飲んだスポーツドリンクをぶっきら棒に渡した。

「は、はぁ? 何で俺が飲みかけのジュースなんだよ。普通は客に新しいジュースを渡すもんだろっ」

「五月蠅いわねっ。いらないなら私が飲むから返してっ」と手を出した友莉子に、「クッソ……仕方ねえ。ゲームとは言え喉は渇くからな」と言って、その手を無視した。

 様子を見ていた真守は、「僕のドリンクと交換しようか?」と言おうとしたが、その前に彼はペットボトルのキャップを開けて一口飲んだ。

 そんな彼を見た真守は、何となく気持ちがざわざわとした。

「うわ……生温っ」

「うっさいわね! このエロ魔人。ずっと学校の鞄に入れてたんだから仕方ないでしょ。もらえるだけでもありがたいと思ってよね」

 伊賀原の言葉が気に入らなかったのか、友莉子は彼の前に仁王立ちになると、右足を短パンの股間に押し当てて素足でぐいぐいと押し始めた。

「痛ってえな! やめろよこのクソ妹っ」

「エロ魔人が偉そうにっ。アンタのココが女子の敵なのよっ」

 咄嗟に足を閉じた彼だが、友莉子は足の裏で執拗に股間を押している。

「友莉子っ。女の子なのにそんな事しちゃダメだって」

 そう言いながら妹をなだめつつ、「ごめんね伊賀原君」と彼に視線を合わせると、伊賀原は痛がりながらも目を細めて前を見ていた。

 彼の視線は友莉子の生足に向いている様だった。よく見ると彼女はプリーツスカートを腰の部分で何度か巻いて裾を短くしており、太ももの大半がスカートの裾から見えている状態だった。背の高い伊賀原から見ても、右足を上げて股間を押しているスカートの中が丸見えになっている様に思えた。

「クソッ。集中力が切れるだろうがっ」

「そんなの私の知った事じゃないし。ねえお兄ちゃん、今からニャーブルストリート4をするんでしょ。絶対、エロ魔人に勝ってね」

 そう言うと、ようやく伊賀原の股間から足を離した。

「まあ、全力は出すけどね。とりあえず始めよっか」

 ざわざわした気持ちを隠しつつ伊賀原に話しかけると「おおっ! 竹端には悪いがお前の妹は【クソ妹】と呼ばせてもらうぞ。俺はクソ妹に邪魔をされようとも、竹端には一度たりとも負けん!」とコントローラを握りしめ、気合を入れなおした。

「ムカつく! お兄ちゃん、絶対に勝ってよ!」

 兄の横で仁王立ちの妹が見つめる中、ゲームが始まった。

 三分間の間にKOされるか、KOされない場合はヒットポイントの多い方が勝ちという単純なルールだ。二つのコントローラからカチャカチャとボタンを押す音が鳴り、対戦を盛り上げるBGMが緊張感を漂わせる。

 そして無言で進んだ二分後、伊賀原が「よっしゃぁ〜!」とガッツポーズを取った。

「うわ……負けた! 出す技をミスった」

 自分でも言い訳にしか聞こえないだろうと思いつつ、隣で立っている妹を見上げると、友莉子は目を細めて「何で負けたのよっ。お兄ちゃんを応援してるのに」という言葉が返ってきた。

「まあ、最初は指の動きがこなれてないからね。次はなんとか」と言ったところでまた友莉子が伊賀原の前に立ち、右足で股間を押さえ始めた。

「何でお兄ちゃんに勝つのよっ。このエロ魔人!」

「痛いっつってんだろ。勝負の世界に妥協はないっ。これが俺の実力って事だ。ごめんなぁ〜クソ妹。大好きなお兄ちゃんに勝っちゃってさぁ〜。やっぱ俺と兄ちゃんとでは集中力が違うのよ。これ、スポーツの世界でも同じだからな」

 わざとらしくニヤニヤとねちっこく話す伊賀原に顔を真っ赤にした友莉子は、「クッソエロ魔人の癖に! ねえお兄ちゃん、こうなったら私も援護するから次は絶対に勝ってよ!」と言い、ベッドの隅に置いていた真守の大きなタオルケットを手にした。

「馬鹿だな。コントローラが一つしかないのに援護なんてしようがないっての!」

 その言葉を無視した彼女は、タオルケットを羽織るように頭から被ると、ベッドに座っている伊賀原の足ごとタオルケットで覆い隠しながら四つん這いになり、股間の間に身体を収めた。

「何してんだよクソ妹……って、痛ってぇ!」

 タオルケットの向こうで内ももを抓られた伊賀原は、顔を歪めた。

「ゆ、友莉子っ。何してるんだよ」

「お兄ちゃんの援護射撃。私がゲームに集中させない様にエロ魔人の気を逸らすから、次は勝ってよ!」

「待てよ、このクソ妹。ゲーム中に足を抓るなんて反則だろっ」

「五月蠅いわね。偉そうな事を言うならちょっとくらいのハンデがあっても勝ってみなさいよ」

 その言葉に一瞬、歯を食いしばった伊賀原は闘争心に更に剥き出した。

「クッソ……そう言う事か。仕方ねぇ……売られた喧嘩は買わなきゃ男じゃねえからな。こんなところで兄妹愛を見せつけられるとはな……痛って!」

 どうやら友莉子は頭から被ったタオルケットの中で伊賀原の足を抓ったりはじいたりしているようだ。それは十分に彼の気を散らしていると思えた。

「友莉子、そこまでしなくてもいいからさ」

「いいからお兄ちゃんはゲームに集中してよ。じゃないと私が援護している意味がないじゃない」

「で、でも……」

「おい竹端。俺はどんな状態でもお前には負けないぞ。早く次の試合を始めようぜ」

 伊賀原は「ふぅ〜」と呼吸を整えると、真剣な表情で画面を見た。

「わ、分かったよ。でもこれで勝っても、勝った気にならないんだけどな」

 何となく勝負を始める前から勝ててしまう事が分かっている真守は、四つん這いになってタオルケットを被っている妹を横目にゲームを開始した。

「クッ……」

 始まって早々、伊賀原が声を詰まらせた。早速、友莉子が援護している様だ。先程よりもキャラの動きが悪いように思える。

(やっぱり……。これじゃ勝負にならないよ)

 そう思いながらチラリと友莉子を見ると、彼女は伊賀原の股間に近づけけた頭をゆっくりと上下に動かしていた。その仕草が何故かいやらしく思える。

(何してるんだ?)

 一度意識すると、そちらに気持ちが持って行かれる。チラチラと彼女に視線を移しながら、必死にコントローラを操作する。タオルケット越しに動く友莉子の頭は、上下から前後へ、そしてストロークにも強弱がついていた。

「あっ!」

 妹の様子に気を取られていた彼のキャラが、伊賀原のドラ猫が放った会心の一撃に沈没した。

「よっしゃぁ〜! これで二連勝だ。お前、マジでSランクのレベル8だったのか?」

 右手でコントローラを高く突き上げ、左手で前後に動いている友莉子の頭を撫でる伊賀原が、鼻息を荒くして問いかけてきた。

「ほ、ほんとだって。友莉子、もういいから伊賀原君から離れてくれよ」

 兄の声に頭が止まると、タオルケット越しに「またお兄ちゃん、負けちゃったの? 私が援護射撃してるのに負けないでよ。もうお兄ちゃんが勝つまでエロ魔人は許さないから!」と言って、またゆっくりと頭を動かし始めた。

「クソ妹のためにも一回くらいは俺に勝ってくれよな。もちろん、俺は手加減しねぇけど」

「でも……」

 どうにも友莉子の仕草が気になる真守だが、勝ちさえすればいいだけの話だと思い、大きく深呼吸をした後、ゲームをスタートさせた。それと同時に友莉子は床についていた両膝をあからさまに開いた。そして、猫の様に背中を仰け反らせたり丸めたりしつつ尻を突き出した。真守はまた必死に指を動かしながらチラチラと妹の様子を伺った。

 裾の短くなったプリーツスカートが尻の動きに合わせて少し捲り上がっている。下着が見えそうだが、まるで下着を穿いていないかと思えるほど滑らかな尻が見えていた。小学生の頃から水泳部で汗を流しているため、太ももから尻にかけて競泳水着の跡がクッキリと浮かび上がっている。更には、彼から見えている側の彼女の手がスカートの下から入り込んでおり、まるで股間を弄っている様にも想像できた。友莉子の尻がビクビクと震え、ゲームのBGMとは違ったクチュクチュという小さな水音がスカート越しに聞こえる。

(マジでなにやってんだ?)

 頭の中では変な妄想しか浮かび上がってこない。もちろん、そんな事をする妹で無い事は、小さい頃から一緒に過ごしてきた真守が一番よく知っていた。いや、それは兄として見ている妹の一面であって、もしかしたら色々な事をすでに経験しているのかもしれない。

 画面を見ている彼は、耳に聞こえるピチャピチャという音に意識が半分以上集中していた。もちろん、そんな状況で伊賀原に勝てるはずも無く、三回目の勝負も三分が経たないうちにKO負けとなってしまった。

「はぁ〜。竹端弱すぎ。まあ俺はこうして4がプレイ出来るからお前が弱くても全然楽しいけどな」

「ち、違うんだよ。何か友莉子が気になって集中できないんだ」

「なんだそれ。クソ妹にもっと援護射撃しろって事か?」

 伊賀原はベッドにコントローラを置くと、座ったまま背中を逸らせ、両手を後ろについた。

 友莉子は相変わらずタオルケットを被ったまま彼の股間に頭を埋めていたが、ゲーム中の様な尻の動きは無く、スカートの中から変な水音も聞こえてこなかった。その代わり、頭から被っているタオルケットの生地が妙に速く揺れていた。

 伊賀原は足を開いて少し下腹部を突き上げるような体勢を取りながら、妹が被っているタオルケットがずれ落ちない様にたくし上げた。

「い、いや。そうじゃなくて……なんでわざわざタオルケットを被っているのかなって……」

 頭の下で動いているのは友莉子の手だろうか? 

 またしても変な妄想が頭に浮かんでくる。

「そんなのクソ妹に聞いたらいいだろ。それより、あの本棚にある本ってモロモロコミックか?」

 真守が座っている向こうにある本棚に並んだコミックを見て、伊賀原は顎でフンフンと指した。

「えっ? ああ、そうだけど」

 伊賀原に釣られて真守も本棚に視線を移した。小学生の時から捨てずに揃えていたコミックだ。ずっと連載している漫画が面白くて、つい買ってしまうのだ。

「その下のは爆絶対戦だよな。全巻揃えているのか?」

「うん、今のところは全部買ってるよ。最近は話がなかなか進まないから、次の巻が出るのを楽しみにしてるんだけど。伊賀原君も読んでるの?」

 そう言って彼を見ると、ベッドに置いていた手に拳を作り、向こうに顔を向けながら何度か腰を前後にビクン、ビクンと揺らした。

「え?」

 思わず声を漏らした真守が友莉子に視線を移すと、タオルケットを被ったまま女の子座りをしてゆっくりと頭を動かしていた。「ふぅ〜」と息を吐いた伊賀原が、全身の力を抜いた様に項垂れた。そして十秒ほど経った後、チュパッという音がタオルケットの中から聞こえた。

「ね、ねえ……」

「ああ、俺も爆絶対戦は途中まで集めてたけど、お前が言う様に話が進まなくなってから買うのをやめたよ」

 モヤモヤとした気持ちが収まらない。そう思っていると、友莉子がタオルケットから頭を出して、先ほど伊賀原が口にしたペットボトルを手に取った。

「苦かった〜」

 そう言ってスポーツドリンクを数口飲んでいる。

「ゆ、友莉子っ。お前、伊賀原君に何してたんだよ」

「ええ? お兄ちゃんの援護射撃だよ。大分、太もも抓ったりしてたんだけどね……って言うかお兄ちゃん、全然勝てないじゃない。まだ私の援護射撃が足りないみたいだね」

「い、いや! もういいからっ」

 慌てて否定した真守は、伊賀原が座る下腹部に視線を移した。タオルケットを被せているため、短パンは見えないが、妙に盛り上がっていた。

「そろそろ対戦しようぜ! 俺に勝てるまで付き合ってやりたいけど、午前中って約束だからあまり時間がないだろ」

「えっ、いや……。僕はもういいかな。伊賀原君が一人で楽しんでくれたら」

「何言ってんだよ。お前、男同士の勝負を降りるのか? クソ妹に援護射撃までしてもらって」

「クソ妹クソ妹って五月蠅いわねっ。お兄ちゃんがエロ魔人に負けっぱなしな訳がないじゃない。ねえお兄ちゃん、エロ魔人がもっと不利になるように援護するからもう負けないでよ」

「い、いや。援護はもういいって。なんか、タオルケット被って援護射撃するって言っても、逆に気になるから」

「どうして?」

「えっ……。な、何となく……」

「じゃあ別の方法で援護するから」

「別の方法?」

 友莉子が不吉な笑みを浮かべながら伊賀原の前に立ち上がった。

「な、何だよクソ妹っ」

「身体の動きを制限されたら、いくらエロ魔人でもまともにゲーム出来ないよねぇ〜」

「はぁ? どういう事だクソい……うわっ!」

 返事が終わらないうちに、彼女は座っている伊賀原の首に両腕を巻きつけ、彼の上に座り込んだ。足を開いて彼の胴体を挟み込み、いわゆる対面で抱っこされている様な体勢になった。

「ふふふ……私の体重と水泳で鍛えた腕と足の筋肉で動きを制限してあげる」

「は……はぁ〜? 何だよそれ。画面、見にくいしすげぇ邪魔なんですけどっ」

「五月蠅いわねエロ魔人っ。これくらいのハンデで充分なのよっ! 更に、まだ部活帰りでシャワーを浴びていないから臭いでしょ」

「べ、別に臭いなんて勝負に影響しないからなっ」

 彼女が彼の首に腕を巻きつけながら頬を摺り寄せている。

「友莉子、そこまでしなくてもいいって」

「私ね、お兄ちゃんには絶対エロ魔人に勝ってほしいの。今のうちに早くゲームをスタートさせてよ」

「で、でもさ……」

 まるで恋人同士かと思わせるほど、友莉子は伊賀原に密着していた。伊賀原は「クッソ!」と言いながら短パンに被せていたタオルケットを腹の方にグイグイと手繰り寄せている。ちょうどタオルケットがお互いの腹部の間に収まると、スカートの前が捲り上がった。

「ちょっとエロ魔人! アンタやっぱりエロ魔人じゃないっ。タオルケットを動かすからスカートが捲り上がっちゃったじゃないのよっ。このバカッ!」

「は、はぁ〜っ! タオルケットが暑いから上にあげただけだろうがっ。クソ妹がスカートなんか穿いてるから悪いんだろうがっ」

「ほんとにキモい! マジ嫌われ者だもんねぇ〜」

 そう言いながら彼の胴体に絡みつけていた足を外すと、膝立ちしてスカートの裾を戻した。

「おい、前が見えない」

 伊賀原の目の前に白いブラウスに包まれた乳房がある。二人のやり取りを、真守はただ見ている事しか出来なかった。

「このままゲームをしてもいいんじゃない? エロ魔人だから私の胸を見ながらの方が嬉しいんでしょ」

「流石に画面が全く見えないと勝負とは呼ばん! それに俺はエロ魔人じゃない。更にガキの小さい胸なんて全く興味が無い!」

「五月蠅いわね……。これでも彼氏に揉んでもらって大きくなってるんだから」

「えっ……。友莉子、彼氏がいるのか?」

 彼氏という言葉に、真守は即座に反応した。

「ええ〜。もう高一だよ。彼氏の一人や二人くらいいなきゃおかしいよ。お兄ちゃんには言ってなかったけどね」

「そ、そうなんだ……」

 そう言われればそうなのかもしれない。まあ、兄の真守から見ても顔は可愛い方だと思うし、水泳部で身体を鍛えているのでスタイルも良い方なのだと思う。彼氏がいない方がおかしいのか――。

 それでも、彼氏がいると告白されると何故か心が痛んだ。もちろん、妹に恋愛感情を持っているという訳ではなく、ずっと一緒に遊んできた間柄だからこそ、自分からどんどん遠ざかっていくような、親が娘を嫁に出す時の感覚に近いのかもしれない。

 そんな事を頭の中で考えていると、「ゆっくり……」と友莉子の小さく呟く声が聞こえた。

 ふと現実に戻った頭で二人を見ると、友莉子が少しずつ伊賀原の上に腰を下ろしているところだった。そして彼の下腹部に尻が着した後、「はぁ……」と深い息を吐いて、また両手と両足で伊賀原を強く抱きしめた。

「深すぎ」

 伊賀原の耳元で友莉子が囁くと、「知るかっ、クソ妹」と伊賀原が返した。

 彼女の滑らかな太ももが伊賀原の胴体を挟み込んでいる。真守の位置からは、短いスカートの中がどうなっているのかは見えなかった。

「早くやろうぜ! 俺はこれくらいのハンデじゃ負けないからな」

 そう言いながら、彼は白いブラウスの細いウェストを挟み込むように両手を回し、少し猫背になりながらコントローラを握り締めた。

「そんなに首を絞めつけるなよクソ妹っ。苦しいだろ」

「お兄ちゃんの援護射撃だって言ってるでしょ、このエロ魔人っ。ねえお兄ちゃん、今のうちに早く!」

「あ、ああ……」

 この状況は一体、なんなんだろうか。

 玄関では近寄る事さえ拒んでいた妹が、目の前で伊賀原と抱き合っているなんて――。

「早くしろよ竹端。俺は準備万端だぞ」

「わ、分かったよ」

 コントローラを握り締めた真守は、スタートボタンを押した。

 対戦ステージが変わったため、激しいアップテンポのBGMになっている。真守はこのBGMが一番好きだった。

 気持ちが乗っている。先ほどより、軽快にダメージを与える事が出来た。

「うおお。や、やばいっ」

 伊賀原は焦っているのだろう。カチャカチャとコントローラを押す音が大きくなっていた。

「お兄ちゃん、その調子……んっ」

 友莉子も応援してくれたが、少し上ずった吐息が耳に残った。ゲーム画面に視線を集中しつつ、視界の隅に見える妹の姿にも少しの意識を払う。妹を両腕で抱えながらコントローラを操作する伊賀原。そして、伊賀原の首を抱きしめる友莉子の腰がゆっくりと前後に動いていた。伊賀原の下腹部に押し付ける様に、そして少し離れるとまた押し付けている。

「…………」

 画面への集中が、視界の隅に映る妹の動きに移動する。彼女の背中が仰け反り、そして丸まる。

 伊賀原が体勢を変える様に軽く腰を浮かせ、ベッドに静めると妹の身体が大きく仰け反り、籠った声を漏らした。目の前の画面には、ヒットポイントで有利な真守の黒猫がドラ猫と少し距離を取りながら守備を維持していた。伊賀原のドラ猫が詰め寄り、重量感のある太い前足を振り回す。一発でも当たるとヒットポイントが逆転されそうな――それくらいの威力を持ったパンチを持っていた。

 BGMが流れる中、お互いのコントローラの操作音が激しさを増す。

「クソッ! マジ邪魔なんだよクソ妹っ」

 その言葉に、真守は一瞬だけ視線を二人に向けた。それは彼が【一瞬】と思っただけで、実際にはもう少し長かっただろう。友莉子は先ほどまで伊賀原の首に巻いていた両腕で短髪の頭を愛しそうに、そして力強く抱きしめていた。小さな顔を彼の首に押し付け、腰をくねらせながら尻を前後に振っていた。

 あまりの怪しさに、コントローラを握る手の動きが鈍る。そこに伊賀原のドラ猫パンチが炸裂し、あの有利だった展開があっけないKOとなった。

「危なかったぁ〜。一瞬、負けたかと思ったぞ。クソ妹が頭を締め付けるからコントロールを誤りそうだったぜ」

 相変わらず伊賀原の頭を抱きしめている友莉子は、無言で彼の首元に顔を埋めたままゆっくりと尻を動かしていた。少しだけ見えた友莉子の半開きの唇から、透明な涎が滴っている。

「暑っつ〜! ずっと絡みつかれると暑くて汗が出て来る」

 そう言ってコントローラをベッドに置いた彼は、片手で額の汗を拭った。

「なんかさぁ。これだけハンデをやって俺に勝てないって、ほんとはランクAなんじゃないのか?」

「そんな事無いって。ほんとに僕はSランクなんだ。ただ……」

 メニューに戻ってユーザのプロパティを見れば、真守がSランクだという事は分かる。しかし、ランクがどうこう言う話ではなかった。

「お兄ちゃん、これだけ援護射撃してるのにどうして勝てないの? このクソキモいエロ魔人に抱き着いてまで動きを止めようとしてるのに」

 頭を抱きしめていた両腕を、また首に巻き付けた妹が少し火照った頬を見せながら真守に視線を合わせた。

「な、なあ友莉子。お前、何してるんだよ」

「何してるって、見たままじゃない」

 彼女は「はぁ〜」と深く息を吐きながら伊賀原の肩に顎を乗せると、ビクンと身体を震わせた。

「腹減って来たな」

 そう呟いた伊賀原は、勉強机に置いてあった時計を眺めていた。そんな呟きよりも、真守から見えない方の彼の手が何をしているのかが気になっていた。反対側だからよく分からないが、彼を抱きしめている友莉子の脇の下あたり、白いブラウスが内側から盛り上がりゴソゴソと動いている。何も言わない友莉子は時折、ビクンと背中を動かしていた。

「もう一勝負するか?」

「…………」

 彼の問い掛けに、真守は「いや、僕はもういいや」と答えた。

「じゃあ俺ももういいかな。これ以上、クソ妹に抱き着かれてたら暑くてたまんねぇし」

「よく言うわよ、このエロ魔人っ。ゲームしないなら自分の部屋に戻るから。あ〜あ、お兄ちゃんがエロ魔人に勝つところを見たかったなぁ」

 残念そうな表情をした友莉子は、伊賀原との間に挟まっていたタオルケットを彼の短パンに被せながら降りると、まだ少し余っているスポーツドリンクを手にして「う〜ん」と背伸びをした。ブラウスのボタンが二つほど外れている。その隙間から見えた素肌が、普段は身に着けているであろうブラジャーの存在を否定していた。そして彼女が部屋に入って来た時には気づかなかった二つの突起が、背を逸らせたブラウスの胸元で主張していた。

「あっ! やだ、ボタンが外れてるっ。うわ……エロ魔人の前で最悪!」

 脇にスポーツドリンクを挟んだ彼女は、慌ててボタンを留めるとそのまま部屋を出て行った。

「ね、ねえ伊賀原君。友莉子は何してたの?」

「はぁ? 何って俺に対するあからさまな嫌がらせだろ。お前もずっと見ていたんだから分かるだろ」

「い、嫌がらせって言うか……何か変な動きしてたし」

「そんな事よりも、ちょっとトイレ貸してくれないか。なんか、腹が痛くなってきた」

「あ……うん。廊下を突き当たったところにあるよ」

「へぇ〜。お前んちって二階にもトイレがあるんだ。羨ましいよなぁ。俺んちなんてボロいマンションでトイレも小さいしさ!」

 伊賀原はタオルケットの中でゴソゴソと両手を動かすと、何事も無かったかのようにベッドに置いて部屋を出て行った――。