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 噂の真相

作 Tira

 

 

 梅雨が明けた初夏の季節。都会から少し離れたところにある野寺第一高校は、グラウンドをコの字に囲んだ四階建ての校舎と、その横に体育館を備えた進学校だ。その校舎の四階、比較的風通しの良い教室には、三年生の学生が二十人ほど、昼休みを過ごしていた。

 そんな学生達の中、弁当を食べ終わり、友達と前後の席でゲームの話をしていた竹端 真守に、伊賀原 郷太が近づき、話しかけてきた。

「なあ竹端。今、お前らが話してたのってニャーブルストリート4か?」

「えっ。そうだけど」

 真守は伊賀原を見上げながら答えた。バスケ部の彼は百九十センチを超える身長で、座って話をしている真守からすれば、まさに「見上げる」状態だった。

「……って事は竹端、お前ってもしかして【パレイスイッチ】を持ってるのか?」

「うん。サイトに申し込んでいたんだけど、二週間前に当たったから買えたんだよ」

「うぉ〜! マジかっ」

 短髪の黒い頭を掻き毟りながら、ひと際大きな声を出した彼に周囲の生徒達がチラリと視線を向けた。いつも彼が驚いた時に取る行動だ。

 パレイスイッチは家庭用ゲーム機で、あまりの人気に品薄になっており、家電量販店でも売り切れが続出していた。ネットで転売している奴もいるが、その価格は正規価格と比べ、安くても十倍という設定になっており、高校生の彼らが入手できる金額ではなかった。

そして、ニャーブルストリートは擬人化したネコキャラを操って対戦するゲームで、日本だけでもシリーズ累計四千万万ダウンロードされている超人気ソフトだった。

「俺さっ、ニャーブルストリート3まで持ってるんだけど、4がパレイスイッチでしか販売されてないから買えねぇんだよなっ」

「だよね。僕も1からずっと買ってるから4が欲しくて。4も【スーパー128】で出してくれたら良かったんだけど、4はすごく動きが滑らかで反応速度もいいから、ゲーム機の性能からしたらパレイスイッチでしか販売出来なかったのかもしれない。だからパレイスイッチが買えてほんとにラッキーだったよ」

「なあなあ。明日は土曜日だろ。お前んちで4をプレイさせてくれよ!」

「えっ……」

 真守は少し返答に躊躇した。伊賀原はクラスメイトだが、普段はあまり喋らないし、家に呼ぶほど親しい仲でも無かったからだ。嫌ではないが、何となく乗り気がしない。

「どうしようかな……」

「午前中だけでもいいから。俺、マジで4をしたいんだよ。何回も家に押しかけたりしないからさっ」

「う〜ん。午前中だけなら……いいかな」

 ――そう思い、彼の願いを渋々受け入れた。

「よっしゃ! じゃあお前んちの住所を教えてくれよ。あんま早くない方がいいだろうから、十時頃でどうだ?」

「まあ、それくらいの時間なら。でも二時間くらいしか遊べないけど」

「それでも4が出来るなら構わねえよ。うぉ〜っ! 今から滅茶苦茶楽しみだっ」

 余ほど嬉しいのか、伊賀原はガッツポーズをしながら教室を出て行った。

「竹端君。構わなかったのか?」

 元々、話をしていた友達――西野が少し心配そうな表情で声をかけてきた。

「別にゲームをするだけだし。何度も家に来られると嫌だけど」と答えると、西野が「伊賀原って変な噂を聞くからさ」と返してきた。

「まあ、そうなんだけどね」

 軽く溜息をついた真守は、午後の授業の準備を始めた――。


 そして土曜日。今日は晴天で真夏に近い日差しが朝の気温を上昇させる。

 家に招くという事で、早々に朝食を済ませて部屋を整理した真守は、勉強机の置時計を見つめた。九時四五分を少し回ったところだ。

「エアコンを付けておいた方がいいかな」

 一軒家の二階が彼の部屋なので窓を開ければ風は通るが、かなり生温かかった。親がいれば扇風機で我慢しろと五月蠅いが、土曜日は両親ともに用事で外出しているので気兼ねなく付けられる。

「まあ、友達が来る時くらいはね……」

 そう呟きながらスイッチを入れると、インターホンの音が聞こえた。窓から見下ろすと、白いTシャツにグレーの短パンという、家着と見間違えるような超ラフな格好をした伊賀原が立っていた。真守に気づいたのか、伊賀原が笑顔で両腕を振っている。

「ちょっと待って。すぐに下りるから」

 真守は急いで窓を閉めると、冷房の設定を最大限に下げてから一階へと下りて行った。

「いらっしゃい。僕の家、すぐに分かった?」

 玄関の扉を開けて外に出ると、少し息を切らせた伊賀原が、「ああ、スマホで地図を見ながらな。俺んちから一時間以上かかったぞ。まあ、ニャーブルストリート4が出来るなら三時間でも来るけどな」と声を弾ませた。そして、後ろのポケットから取り出したスマホを片手に、額にジワリと汗を掻きながら嬉しそうに笑った。そんな笑顔を見ていると、余程楽しみにしていたんだと思い、自分しかゲーム機を持っていない事にちょっと優越感を覚えた。

 その、ほんの数秒後――。

「げっ! 何でエロ魔人が家の前にいるのよっ」

 伊賀原の背後から女子の声が聞こえた。彼が振り向くと、白い半袖ブラウスに紺のプリーツスカートを穿いた女子高生が立っている。真守達と同じ学校の制服だ。

「ああ、お帰り友莉子。伊賀原君、僕の妹の友莉子だよ」

 真守が妹の友莉子を紹介すると、彼女は「お帰りじゃないよお兄ちゃんっ。なんでここにエロ魔人がいるのよっ!」と、肩に掛けた鞄を握りしめながら伊賀原を睨みつけた。

「お、おいっ。なんでそんなに睨むんだよ。それに俺はエロ魔人じゃないって」

「エロ魔人じゃない! アンタの噂は一年の私達まで聞こえてるわよっ。このエロ魔人っ」

 茶色いポニーテールを揺らす彼女は、伊賀原を何度もエロ魔人と呼んだ。

「待ってよ友莉子。今日は伊賀原君と部屋でゲームをする約束をしているんだ。だから来てるんだよ」

「は……はぁ? まさかお兄ちゃん。家の中にエロ魔人を入れるつもりなのっ」

 友莉子の表情が更に険しくなった。

「そのつもりで来てもらったんだけど」

 真守が人差し指で頬を掻きながら小声で話すと、「じょ……冗談でしょ。あのエロ魔人だよっ。同じ屋根の下に居るなんて有り得ないよ」と返ってきた。

「お前の妹、滅茶苦茶口悪いな……」

 眉間に皺を寄せた伊賀原が呟くと、友莉子は最大限に彼を睨みつけた。

「アンタが女子の敵だからでしょうがっ! ほんとに家に入れるの? もう……今日は朝練だけだからゆっくりできると思ったのに、最悪な土曜日になっちゃった……」

「ご、午前中だけだから。それに僕の部屋で遊んでるだけだし」

「絶対に部屋から出させないでよっ。こうして同じ空気を吸っているだけでもキモいんだからっ。あ〜あ、杏奈に連絡して遊びに行こうかな。最悪だよ……ほんと最悪っ!」

 そう言うと、伊賀原と出来るだけ距離を置きながら極力避ける様に家の中に入っていった。

「何だよあの妹は。デカい声でエロ魔人エロ魔人って言いやがって」

「う、うん。ごめんね伊賀原君。普段は優しい妹なんだ。ちゃんと挨拶もするしお客さんが来た時にはお茶とかも出すし。まあ……実は僕もあの噂が気になってるから」

「はぁ……やめてくれよ竹端。あのさあ、俺は無実だ。噂になった女子達もみんな否定してるだろっ」

「まあ……そうなんだけどね」

 真守達が三年生になって暫くしてから囁かれ始めた噂――。

それは、伊賀原と女子生徒が男子トイレの個室から出て来たという情報だった。目撃した生徒の話では、ちょうど部活が終わった夕方で、たまたま道具の片付けで遅くなって帰ろうとした時だったらしい。

 しかも、伊賀原と女子生徒が男子トイレから出てきたという情報は一回ではない。伊賀原と同じ三年生だけではなく、二年生や学生の模範である生徒会長までもが目撃されていた。しかし、彼に関わったすべての女子生徒は伊賀原と一緒にいた事を全否定した。もちろん、伊賀原もそんな事は無いと言うが、十人を超える女子生徒が彼と一緒にトイレから出て来る場面を目撃されているとなると、何も無かったとは思えないのだ。

「竹端も知ってるだろ。噂になった女子はみんな俺とは一緒にいなかったって言ってるんだ……って言うか、くだらない噂のおかげで女子達は俺の事を気持ち悪がって近づいてこないし。こっちがいい迷惑だってんだ」

 真守はまた、「まあ……そうなんだけどね」と返した。

「だったらあの妹をもうちょっと教育しろよ。俺、被害者なんだから。真実は一つだって、なんかのアニメでも言ってるだろ」

 呆れ顔で話す伊賀原に、「また話しておくから。時間が無いから早くゲームしようか」と、玄関の扉を開いた。

「あっ、そうだそうだ! 俺の目的はそれだったんだよ。とんだ邪魔が入ったけど、早くお前の部屋に行こうぜっ」

 パッと明るい笑顔になった彼と共に階段を上り、部屋に入る。

「おぉ〜。すげぇ涼しい! サンキュー」

「うん」

 エアコンの涼しさに感動した伊賀原は、Tシャツの胸元をパタパタと仰いで冷たい空気を入れると、部屋を見渡し「ベッドに座ってもいいか」と問いかけてきた。

「構わないよ。そのつもり……って言うか、いつもベッドに座ってゲームしてるから」

 ベッドに寝ころべば、壁際のテレビが正面に見れる配置にしているのだ。

「ゲーム立ち上げるからちょっと待ってて」

「おう! ところでお前の妹って朝練してたって言ってたけど、何の部活に入ってんだ?」

「水泳部だよ。小学生のころから泳ぐのが得意だったから」

「へぇ〜、水泳部か。まだ一年だって言ってたよなぁ……まぁいっか」

 伊賀原は大きな図体でドカッとベッドに腰かけると、足の上に両手を組んで祈るように目を閉じ始めた。

「……何してるの?」

「ああ、俺はゲームをする前にこうして精神統一をするんだ。精神が研ぎ澄まされたら身体が無意識に動いてパフォーマンスが向上するからな。まあ、バスケで試合をする前にしている俺のルーティーンなんだ」

「へぇ〜」

 邪魔しちゃ悪いと思い、大人しくゲームの準備をしていると、「よしっ! 気合十分だ。負ける気がしねぇよ」と拳を握り締めた。