toshi9さんの「TS解体新書」で行われている「10周年記念企画」に投稿した作品です。
表紙(前編)_001
 
 広いキャンパスの隅にある茶色い校舎。他の校舎は全て鉄筋コンクリートの強固な造りいなっているが、この校舎だけはまだ木造であった。大学が創立した当初に建てられたまま、すでに六十年以上経っている。耐久性には問題が無いと判断されているが、役目を終えた校舎は授業で使われる事は無く、いくつかのサークルが部室代わりに使っているだけだった。その三階の中央辺りにある一室。扉の前には、【超常現象サークル】という小さな表札のような看板が、少し斜めになった状態で貼り付けられていた。十畳はある広い部屋に、テーブルが一つと幾つかのパイプ椅子が置かれている。それはちょうど部屋の中央付近、窓からの日差しがギリギリ届かないところ。
 そのパイプ椅子に、三人の男女が座り、テーブルに置かれた小瓶を眺めながら話をしていた。
 小瓶を持ってきたのは赤神真治。然程身長は高くなく、顔も平凡な作りをしており、一般的な大学生の域を脱しない。
 そして、テーブルを挟んで並ぶ二人の男女は、秋田昇平と丘蔵紗枝。秋田はそこそこのルックスで身長も百八十センチと高く、見た目はモテそうな雰囲気を漂わせている。ただ、超常現象大好き人間という事で、それを熱く語る彼を好いてくれる女性は数少ない。
 丘蔵紗枝は、可愛いか美人かと言えば、美人の部類に入るだろうか。肩に掛かるセミロングの髪をライトブラウンに染め、茶色いTシャツに紺のスリムデニムが似合っていた。少々、優等生っぽいイメージを見せる彼女だが、実際のところは勉強よりも趣味に走る傾向にあり、あまり成績は良くなかった。
 三人とも大学三年生で、UFOや霊的現象に強く興味を持つ仲間だ。

「それ、結構怪しいよな」

 秋田は小瓶を手にすると、軽く振って中に入っている青い液体をマジマジと眺めた。ちょうど栄養ドリンクほどの大きさで、軽く一口で飲み干せそうな量だ。ふたを開けて匂いを嗅いでみると、子供が飲む薬の様な甘ったるいシロップ系の香りがした。

「う〜ん。まあ、入手経路は若干怪しいかもしれないけど、その薬の存在を教えてくれたのが、超常現象についてかなり詳しい人なんだ。ネットで見つけるよりは信頼できると思うんだけど」

 赤神はそう言ってパイプ椅子の背もたれに凭れ掛かった。

「見た目は普通だけど、少し霊的なオーラみたいなものを感じるわ。きっとただのドリンクじゃないと思うけど」

 秋田から小瓶を受け取った丘蔵紗枝は目を細め、ドリンクから漂うオーラを見ていた。紗枝は霊感が強く、二人に見えないものが見える事があった。母親の家系が霊的な感覚を強く持っており、彼女も引き継いでいるのだろう。

「で、これを飲むと身体から魂が切り離されると?」

 テーブルに肘を突き、秋田が尋ねた。

「ああ。俗に言う幽体離脱ってやつだよ。魂っていうか、幽体の状態になると、鳥みたいに空を飛んだり壁をすり抜けたり出来るんだ」
「漫画やアニメで見たことがあるよ。まあ、男にとっちゃハァハァする現象だよな」

 腕時計を見た赤神は、「昼休みはあと二十分ほどあるけど、試してみるか?」と二人に問い掛けた。紗枝は普通のドリンクとは少し違うとの見解を示したが、ただの栄養ドリンクかもしれないし、飲めば体調を崩す可能性も高い。それだけならまだしも、農薬のような非常に危険な薬が混入していたならば、命に関わる事も考えられる。

「やめておいたほうがいいんじゃない? 折角赤神君が持ってきてくれたけど、ちょっと信用できないな」

 霊的な感覚を認めながらも、自信のない紗枝は髪を軽く払いながら話した。

「俺も、無理に試す必要はないと思っているんだけどね。とりあえず手に入ったから持ってきただけだし」

 これまでも、トカゲの尻尾らしき干物や、苦味のある臭いドリンクなど、何度か怪しげな飲食物を試した事があったが、大概、目的の効果が発揮されることはなく、腹痛や眠気を催す様な物ばかりだった。
 今回もそれらと同じような物であろうと思った赤神と紗枝であったが、秋田だけは首を横に振って、「いや、試してみようぜ」と言った。

「試してみるって……誰が飲むんだよ」
「俺が飲んでやるよ」
「やめた方がいいんじゃない? お腹壊すだけだと思うよ」
「だってさ、紗枝は今までの物とは違うって思ってるんだろ。じゃあ試す価値があるんじゃないか」

 秋田も何かを感じたのだろうか。妙に前向きな発言をする。

「それはそうだけど、もしもの事があったら……」
「だよなぁ。俺もこれを持って来た責任があるしさ」

 赤神も紗枝と同様に否定的な意見を言った。

「少しずつ飲めば大丈夫だろ。なっ!」
「まあ……そうかもしれないけど。私はお勧めしないわ」

 紗枝はあまり飲ませたくないようだ。実は秋田と紗枝は数少ない趣味の理解者として、大学に入った当時から
付き合っており、今では近くのアパートで半同棲生活を送っている。
 将来を共にする約束をしているかは分からないが、大事な彼氏に何かあっては大変だと思っているのだろう。増してや、このドリンクは今までの物とは少し違う、一種の怪しさを感じるのだから――。

「なあ秋田。俺も止めといた方がいいと思う」
「へへ、もし俺に何かあったら、救急車でも呼んでくれよ」
「そんな無責任な言い方しないでよね。残された私はどうなるのよ」

 まるで夫婦の会話だ。彼女は頬を膨らませ、秋田をきつく睨んだ。

「赤神がいるだろ。俺の事は忘れて、赤神と付き合えよ。同じ趣味を持つ二人ならお似合いだ」
「ちょ、ちょっと。それ、本気で言ってるの?」

 椅子から立ち上がった紗枝は、秋田の肩を掴んで唇を歪ませた。

「ははは、冗談だよ冗談。まあ、ちょっと飲んでみるか」
「しょ、昇平っ! 人の話を聞きなさいよ」
「なあ秋田、マジでやめた方がいいって……」

 二人の制止を無視した秋田は、キャップを開けて小瓶に口をつけると、青いドリンクを半分ほど飲んだ。口の中に広がる甘ったるさは、匂いから想像していた味と一致していた。喉を通るときに、若干の刺激を感じたものの、急激な腹痛や体調の変化は見られなかった。

「だ、大丈夫か?」
「ああ。全然大丈夫みたいだな。やっぱり子供用の薬って感じだよ」

 そう言うと、小瓶に残っていたドリンクを飲み干した。

「ほんとに大丈夫なの?」
「何とも無いよ。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと眠たくなってきた様な気がす……」

 強烈な眠気に襲われた秋田は必死に瞼を開こうとしたが、最後まで話す事無く、テーブルに突っ伏してしまった。

「お、おいっ。秋田っ!」

 青ざめた赤神が立ち上がり、秋田の元へ駆け寄った。肩を揺らして起こそうとするが、彼の意識は戻らない。
「ま、まずいぞ。丘蔵さん、救急車を呼ばないとっ」
「えっと……多分、その必要は無いと思うけど」
「どうしてさっ」
「だって、そこに彼の幽体が見えるから」
「へっ。幽体?」
「ええ。そこの天井に」

 紗枝はテーブルから三メートルほど離れた天井を指差していた。赤神には、彼女が指差す方向に秋田の存在を確認する事が出来ない。

「そこまで降りてきた。今、赤神君が座っていた椅子のところに立っているわ」
「ほ、ほんとに?」
「私、霊感が強いからよく見えるの。彼、笑ってるわよ」

 そう言われても、赤神には何も見えない。秋田の幽体がいるという場所に移動したが、見えない彼を触る事は出来なかった。

「昇平が赤神君の頭を叩いてるよ。幽体だから普通の人間には触れないのにね」
「俺の頭を叩いてる? 全然感じないな。でも幽体離脱したって事は……その小瓶に入っていたドリンクは本物だったんだ」
「みたいね。部屋の中を嬉しそうに飛び回っているわ」
「へぇ〜。お〜い秋田。どんな気分だ?」

 何も見えない天井に向かって話し掛けるが、彼からの返事は無い。

「気分爽快だって。女子更衣室を覗き見出来るぞって」
「聞こえるのか? 秋田の声が」
「聞こえるよ。私にはね」
「そうなんだ。すごいな、俺には全然聞こえないよ」
「幽霊とか見えるのは嫌だったけど、こうして幽体になった昇平を見たり話したり出来るのはちょっと嬉しいかな。初めて、霊感があって良かったと思えた感じ」

 そう言って、部屋の中を飛び回る彼を眺めていた。そして、しばらくすると紗枝はさっと手を伸ばし、空中で何かを掴んだ。

「はい、昇平。そろそろ自分の身体に戻ってよ。午後の講義が始まるから」

 彼女は手を上げた先を見ながら独り言のように喋った。

「丘蔵さん、何しているんだ?」
「昇平の幽体を捕まえたの。今、彼の手首を掴んでいるのよ」

 紗枝は少し得意げな表情で赤神に話した。

「そっか。霊感が強いから幽体を掴めるんだ。あいつ、何か言ってるのか?」
「放してくれよだって。すぐに身体に戻るなら放してあげるけど?」
「すごいなぁ……」

 赤神は、目の前で見えない秋田の幽体と話をする紗枝に感心した。霊的な現象を初めてリアルに見れた事に興奮を覚える。二人と出会えて良かったと思える瞬間でもあった。

「……えっ? それはそうだけど。も、もうっ!」

 急に紗枝が手で頭を覆った。彼女の明るいブラウンの髪が不自然に揺れている。

「どうしたの?」
「昇平が頭を叩くの。あ、こらっ!」

 今度は、セミロングの髪が静電気を帯びた様に、ふわりと上に持ち上がった。秋田が悪戯しているのであろう。

「もしかして、丘蔵さんが秋田を触れるように、秋田も丘蔵さんを触れるって事?」
「ま、まあそういう事なんだけどね。やっぱり霊感が無いほうがいいわ……きゃっ!」

 紗枝はとっさに両手で胸を隠した。

「ちょ、ちょっと! 赤神君がいるのよっ」

 紗枝は顔を赤らめながら赤神の視線を気にし、必死に胸を隠した。彼女が着ている茶色のTシャツ。その胸元の生地が歪に動いている様子が、手の隙間から覗き見えた。

「も、もしかして……」
「それ以上言わないで。昇平、幽体になったからって調子に乗らないでっ。うっ……んっ」

 彼女は目を細めた。赤神には見えないが、秋田の幽体が彼女の乳首を摘んでいるのだ。物体をすり抜け、身体だけを触ることが出来る彼は、Tシャツやブラジャーの生地に触れることなく、紗枝の乳首を的確に触る事が出来た。予想外の展開に、彼女は焦った。

「いい加減にしないと怒るわよっ。早く手を放して」

 前屈みになって胸を隠していた彼女は、顔を赤らめながら上半身を起こした。
「大丈夫?」と赤神が尋ねると、「もうっ。まさかこんな事になるなんて思っても見なかったわ。ほら、早く自分の身体に戻って」と、彼女に後ろに立っている秋田に話しかけた。
 どうやら、まだ身体に戻りたくない様で、机に突っ伏す彼はピクリとも動かない。

「お〜い。秋田、そろそろ戻って来いよ。講義が始まるぞ」

 見えない彼に問うたところで、どう反応しているのか分からない。紗枝も彼のほうを見ながら説得していたが、不意に言葉が途切れてしまった。

「ちょっ……んっ、んふっ……んんっ」

 赤神に背を向けた彼女は、何かに抵抗するように両手を前に突き出そうとしていた。その後姿からは状況が理解しにくいが、実際のところは、姿の見えない秋田が紗枝を抱きしめ、キスをしているのだ。赤神から見えないアングルで、幽体の舌がピンクの唇を割って入ってくる。最初は抵抗していた紗枝だが、その突っ張ろうとしていた手の力は徐々に弱まり、身体の横に添えられた。拒む事をやめた紗枝の唇が適度に開き、彼女の舌が秋田の見えない舌を求めるように動いている。歯の裏を舐められ、唾液を吸われながら首筋を撫でられると、下半身が熱くなる。瞼を閉じ、口内を犯す見えない舌を感じていると、Tシャツの胸元が不自然な動きを見せ始めた。

「んっ、んくっ……んっ、んふぅ……。だ、だめ。これ以上は……」

 幽体のディープキスに意識が飛びそうになった紗枝は、慌てて彼を突き放した。
 その様子を、赤神は何も言えずに見ているだけだった。

「ごめんね赤神君」

 口に手を添え、頬を赤らめた紗枝が小声で謝った。

「い、いや……。そ、それで秋田は?」
「講義をサボるんだって」
「えっ。じゃあその間、あいつは?」
「付いてくるみたい。幽体のままで」
「何だよそれ……」
「本人は自分の身体に戻る気、全然無いみたい。私には彼の幽体を強引に身体に戻す力がないからね。自分の意思で戻ってくれなきゃ、どうしようもないの」
「そ、そうなんだ。でもそれじゃ、秋田のやりたい放題って事?」
「う〜ん。薬の効果が切れたら、自然と身体に戻るかも知れないけど」
「効果時間についてはよく聞かなかったから分からないんだ。すぐに切れるかも知れないし、自分の意思で戻るまで自由にしていられるかも知れない。逆に、一生戻れないかも知れないよな」
「そういう意味では、一度身体に戻って欲しいんだけど」
 そう言って秋田の幽体を見たものの、彼は首を縦に振らなかった。
「やっぱりね。仕方が無いから講義を受けに行きましょ。時間もないし」
「……そうだな。あと五分しかないか」

 こうして二人は、真新しい校舎の二階に移動し、広い講堂の一番後ろの席に並んで座った。映画館の様に階段状に並ぶ机からは、教壇が随分と遠くに見える。周りを見渡すと、学生達によって半分程度の席が埋まっているだろうか。誰も二人の様子を気にすることなく、前を向いて座っている。

「秋田は何処に?」
「私の後ろ。肩に手を添えられてる」

 彼女の後ろを見ても、秋田の存在を確認できない。まるで透明人間に監視されているような感覚だ。
 ほんのしばらく経ったところで、講師が教壇に立ち、講義が始まった。ざわついていた講堂も、白板に文字が泳ぎ始めるといつもの次第に静けさを取り戻した。マイクを使った講師の声が鮮明に聞こえる。
 赤神も教科書と参考書を開き、ノートに白板の文字を書き写し始めた。あまり得意ではない教科であったため、真剣に受けたかった。しかし、横に座っている彼女の様子が気になり、意識が集中できない。

「大丈夫か?」

 囁く様に小さく話し掛けた彼に、紗枝は無言で軽く頷いた。彼女は背中を丸め、両腕で身体を抱きしめながら俯き、目を瞑っている。持ってきた書類は一切開かれず、机上に置かれていた。様子を見ていると、肩に掛かるライトブラウンの髪が不自然に揺れ、白い項が強制的に曝け出された。そして、その項の表面に丸い凹凸が出来、上下に動いている。まるで舌で舐められている様な、そんな感じだった。彼女は首を縮めながら、幽体の刺激に耐えている。

「秋田。あまり悪戯するなよ」

 今度は秋田に対して、小声で話し掛けた。

「だめ……」

 彼の言葉には耳を傾けなかったようだ。彼女の胸が不自然に揺れている。その胸を両腕で隠していたが、声が漏れそうになったのか、両肘を机に突き両手で顔を隠した。
 赤神はごくりと唾を飲み込んだ。開放されえた彼女の胸が大胆に動いている。後ろから両手で持ち上げられ、円を描くように動いていた。更にTシャツの生地が前に伸びた状態でしばらく止まっている。その先端だけがモゾモゾと動いていた。恐らく、両方の乳首を摘まれ、執拗に弄られているのだろう。急所を刺激される彼女は両手で顔を隠したまま、身体をビクン、ビクンと震わせていた。
 大勢の人がいる中で悪戯される紗枝の姿に、赤神は興奮した。少しすると、歪に動いていた胸元の生地が止まり、顔を隠していた彼女の手が口だけを強く塞ぐ様になった。眉を歪め、ぎゅっと目を閉じている。
 白板の文字が気になりながらも、チラリと彼女の様子を伺う。胸の動きは止まったままだが、紗枝は明らかに悪戯をされている様な雰囲気を漂わせていた。
 ガタンと机の裏に膝が当たる音がし、紗枝の足が赤神の足に触れた。何が起きているのかと思いきや、スリムデニムを穿いている彼女の足が大きく開かれている。

「うっ……ぁっ。あっ……あぁ。いゃ……ぁ」

 ふぅふぅと息をしながら、彼女は小さく喘ぎ声を漏らした。分厚いデニムの生地の奥、白いパンティに包まれた女性器が誰にも気づかれない状態で弄ばれているのだ。クリトリスがパンティの生地に擦れ、粘り気のある愛液が、指一本ほど開かれた膣口から滴り始めていた。その膣口がデニムの奥で、クチュクチュといやらしい水音を奏でている。

「丘蔵さん……」

 その言葉に、彼女は薄っすらと瞼を開いた。口を塞いだままゆっくりと赤神に顔を向けると、震える声で

「イ……イク……」と言った。
「えっ」

 紗枝は頬を赤らめたままギュッと目を瞑り、全身に力を入れた。
 背凭れが軋んだが、誰も気づいていないようだ。

「うっ……はぁ……」

 その色気のある声と表情に、赤神も頬を赤らめた。
「し、昇平。も、もうこれ以上はだめ……っ!」

 彼女は開いていた足を閉じると、隣に座っている赤神の腕を抱きしめるように掴み、彼の肩に顔を埋めた。

「ちょ……」

 抱きしめられた腕に、彼女の柔らかな胸を感じる。ちょうど前方の学生が講師からの視線を隠しているため、注意される事は無かった。周りから見れば、仲の良い恋人同士だと思われるだろうか。

「うっ、うっ、ぁっ……はぁ」

 紗枝の身体が尻から突き上げられる様に揺さぶられている。その動きは、まるでセックスをしているかの様に思えた。実際、スリムデニムに隠された彼女の膣口は大きく開き、見えない肉棒を咥えこんでいるのだ。どうしようもない快感に身悶える彼女は、赤神の肩から背中に頭を移動させ、隠れたところで小さく喘いだ。そうして三分ほど経過しただろうか。また彼女の身体がビクビクと震え、赤神の腕をより一層強く抱きしめた。
 揺れていた紗枝の身体が止まり、彼の背中で大きく呼吸する彼女の息が聞こえる。

「あ、秋田。やりすぎだろ」

 何処にいるのか分からない秋田に小声で話し掛けたが、やはり幽体である彼の声は聞こえない。

「何処にいるんだよ? いいかげんにしないと、俺も講義に集中できないだろ」

 紗枝の後ろのほうに向かって、声にならない声を投げかけると、腕を抱きしめていた彼女が顔を上げ、口に人差し指を当てて「シーッ」と言った。

「あっ。ご、ごめん」

 腕を開放された赤神が座りなおすと、紗枝も彼に密着するように座りなおした。そして、自らの手で胸を掴み、その感触を確かめるように揉み始めた。Tシャツの生地に皺が寄り、指が乳房にめり込んでいる。何ともいやらしい手つきに、赤神は鼓動を高ぶらせた。幽体となった秋田に身体を刺激され、自ら慰め始めたのだろうか。そんな風に思っていると、「すげぇ柔らかい。これが胸の感触なんだ」と彼女らしからぬ言葉を漏らした。

「お前も触ってみるか?」
「へっ?」

 少し前屈みになりながら両手で胸を揉み、赤神を見た紗枝がニヤリと笑った。いつも見ている彼女の表情とは全く違う。紗枝はTシャツの襟首を引っ張り、その中を覗き込みながら両脇を開いたり閉じたりしていた。彼女の視線には、ブラジャーに包まれた胸の谷間が浅くなったり深くなったりしている様子が見て取れるだろう。

「丘蔵さん。そんな事してたら、余計に秋田を興奮させるだけだろ」

 そう言うと、彼女は「ここから出ようぜ」と、机上の書類を片付け始めた。

「えっ? だ、だってまだ講義が……」
「そんなの誰かに聞けばいいだろ。早くお前も片付けろよ」

 彼女の口調に違和感を覚えた赤神は、「いや、この講義は自分で聞いておきたいんだ」と言った。

「仕方ないな」

 紗枝は赤神の耳元に顔を近づけると、「俺だよ、秋田さ。俺が紗枝の身体に憑依しているんだ」と囁いた。

「えっ!」

 その言葉に驚いた赤神は、隣に座っている彼女の全身を眺めた。もちろん、その容姿からは何も分からない。

「こんな機会は滅多にないんだ。赤神、お前だって興味があるだろ? 憑依だぜ、憑依。紗枝の身体は俺が自由に操れるんだ」
「マ、マジで言ってるの?」
「じゃあさ、紗枝はこんな事しないだろ?」

 彼女の手が赤神のズボン越しに股間を摩り始めた。

「ちょっ」

 ズボンの中で勃起した肉棒を撫でられた赤神は、慌てて彼女の手を払いのけた。

「へへ、やっぱり。お前、俺が紗枝を弄ってるところ、ずっと見てたもんな。こんなに勃起させちゃって。赤神、童貞なんだろ。女ってモンを教えてやるよ。もちろん、俺も楽しませてもらうけどな」
「そ、そんな事したら……」

 紗枝はニヤニヤしながら、「部室に戻ろうぜ。赤神クン!」と言い、彼女らしく可愛らしくウィンクした。本当に秋田が憑依しているんだ――そう感じた赤神は、白板の文字を写していたノートを閉じると、秋田が憑依している紗枝と講堂を出た。
表紙(前編)_002