スランプ脱出用小説ですw
化学部の小野寺が作った奇妙な薬の正体は……。
まあ、タイトルそのままになるんですけど(^^
その3くらいまで続くかもしれません。
 狭い化学室の中に、少し酸っぱい臭いがする。お酢でもなく、梅干やレモンでもない。今まで嗅いだ事がない、言葉ではどう表現したら良いのか分からない臭いだった。小野寺は、その臭いの元が入っているフラスコを片手に持ち、ニヤニヤと笑っていた。フラスコの中で揺らめく液体は、臭いの元とは思えないほど青く透き通り、美しく澄んでいた。

「なあ小野寺。それ、何の液体だよ。嗅いだ事が無い臭いだけど」
「臭いなんてどうでもいいんだ。これ、俺が一年間掛けて作った特殊な薬なんだ」
「特殊な薬?」
「そうさ!」

 若干、顎を突き出して自慢げに見せ付けてくる。俺と小野寺の二人しかいない化学部は、まともに部費も貰えないから殆ど活動をしていなかった。たまにこうして顔を合わせると、小野寺が妙な薬を作って自慢する。この前は、食べ物に振り掛けると必ずカレー味になる「ふりかけ」を開発したって言うから、リンゴに振り掛けて食べてみた。見た目はリンゴなのに、舌がカレー味だという。シャキシャキの歯ごたえがあるカレー味のリンゴはとても奇妙だった。でも、こいつが言うように、確かにカレーの味がした。どこから知識や金を得ているのかは分からないけど、小野寺はこんな感じで不思議なものを作る天才だった。

「今までで一番大変だったんだ。この薬は男のロマンが詰まっているのさ」
「はぁ? 男のロマンって何だよ」
「それはだなぁ……って、すぐに教えても面白くないからな」
「何だよ、勿体ぶらずに教えてくれよ」

 小野寺は相変わらず嬉しそうにニヤニヤと笑いながら首を横に振った。焦らされると余計に知りたくなるけど、五分ほど問い詰め、口を割らなかったので諦めた。

「後で教えてやるから。それより藤元、今日は真っ直ぐ家に帰るだろ」
「ああ、別にやる事ないし」
「家が近いっていいよな。歩いて十分も掛からないだろ? 確か、茶色いマンションがある道を左に曲がってすぐの家だったよな」
「そうだけど。それがどうしたんだ」
「へへ、家が近くて羨ましいって言ってるだけさ」
「何だよそれ……。まあいいや。特にやる事無いんだったら帰るぞ」

 単に自慢を聞きに来ただけという結果になった俺は、狭い化学部の部屋をぐるりを眺めながら軽くため息をついた。自慢を聞いたと言っても、何を自慢したいのかすら分からない。全く、時間の無駄って訳だ。

「ああ。この薬の効果、じっくりと見せてやるからな」
「だから、薬の効果って……って、もういいや。また明日な」

 どのタイミングか分からないけど、見せてくれるって言うならその時でいいや。そう思い、小野寺を残したまま部室の扉を閉めると、殆ど生徒の姿が見えなくなった正門を出た。

「あ、雅嗣。もう帰るの?」

 背後から女性の声で名前を呼ばれ、無意識に振り向くと、幼馴染の六橋 雫が立っていた。女子バスケットボール部の白いユニフォームを着ているという事は、まだ部活をしているって事か。
バスケユニフォーム1
「ああ。小野寺がまた妙な薬を作ったって言うから部室に行ってたんだ」
「へぇ〜。また、カレー味になるふりかけみたいなのを作ってたの?」
「いや、それが良く分からないんだ。あいつ、見せるだけ見せて、どんな薬なのか教えてくれなかったんだ」
「何それ。訳分かんないね」
「だろ。俺もそう言って問い詰めたんだけど、結局教えてもらえず。だからもう帰るって部室を出てきた」
「ふ〜ん。相変わらず小野寺君って変わってるね」
「まあな。でも、結構良いやつなんだ。付き合ってると面白いし」
「でも、あまり関わらない方がいいんじゃない? 雅嗣も前に変な薬を飲まされて二日くらい学校を休んだでしょ」
「……だったな。あの薬は牡蠣のエキスを入れて作ったって言ってたから、食あたりだったかも」
「無責任だよね。まずは自分で試せばいいのに」
「小野寺が試したときは大丈夫だったみたいなんだけどさ。一週間くらい部室で放置したのを飲んだからなぁ。新鮮さが大事だったのかもしれないな」
「そうだったの? よくそんなの飲んだよね」
「ま、まあな」
「あれって結局、何の薬だったの?」
「ああ、あれは……」

 俺は、その次の言葉を躊躇った。たしかあの薬は、服が透けて見えるようになる効果があるって言うから、小野寺の制止を振り切って飲んだんだっけ。男のロマンに欲が眩んで――って、んん? あいつ、もしかしたらまた同じような薬を開発したって事か。
 ふと、そんな事が頭に浮かんだ。

「ねえ、雅嗣。聞いてるの?」
「えっ! あ、ああ。悪い悪い。あの薬って確か、筋力が二倍になるって効果があったんだっけ。まあ、効き目は一時間くらいみたいだけど……」
「ふ〜ん。じゃあ、試合の前に飲んだらすごい力が出るって事ね」

 雫は右腕を曲げて小ぶりの筋肉を盛り上げると、左手で何度か摘んでいた。

「そういう事かな。俺の場合は腹痛で終わっちゃったけど。それより、ここで油を売ってて大丈夫なのか?」
「えっ……あっ! 私、ランニングの途中だったんだ。やばいよ、部長に怒られるっ。じゃ、また明日ね。雅嗣」
「あ、ああ」

 何だかんだで十分くらいは時間を潰してた様な気がする。俺にとっては唯一、親しく話せる女子だし、雫といる時は心が弾む。小さい頃から見ているけど、彼女は明るくて誰とでも話が出来るから何時でも周りに友達が出来ていた。彼氏の一人や二人はいるんじゃないかと思うけど、雫の口から付き合っている人がいるとは一度も聞いた事がなかった。いや、別に俺に報告する義務は無いからいいんだけど。
 あっという間に白いユニフォームが見えなくなると、俺はゆっくりと歩き、家路に着いた。