瀬里菜が稔の部屋に戻ると、今度はオナニーを済ませた瀬里奈(稔)がベッドに座ってニヤニヤと笑いながら待っていた。

「へへ。姉ちゃんも随分と遅かったね。僕の体なら十分くらいで上がれるのに。どうだった?」
「な、何がよ」
「気持ちよかったでしょ?」
「し、知らないわよ。そんなの」
「でも、したんでしょ。僕の体で」
「……し、したら何だって言うのよ」
「僕は気持ちよかったか聞きたいだけだよ。だって、姉ちゃんと僕の体じゃ全然気持ちよさが違うんだから」
「そういう事を女性に聞くなんて、最低だと思うんだけど」

 瀬里菜は小さな体で勉強机の椅子に座ると、パジャマ代わりの白いTシャツを団扇の様に揺らし、中に風を通した。

「でも、こんな体験が出来たのって、僕と姉ちゃんくらいじゃない」
「友達が持っているんでしょ? 体が入れ替わるラムネ。ほかの友達にも渡しているんじゃないの? それに、自分で試しているかもしれないし」
「それは無いよ。だって、あのラムネを渡すの、僕が初めてだって言ってたから。自分でも使った事がないんだって」
「はぁ? 何それ。じゃあ、ほんとに入れ替われるかどうか分からない状態だったって事?」
「多分。だからタダでくれたんだと思うよ」
「アタシ達で実験したわけ?」
「そんな感じかなぁ」
「信じられない。もし死んじゃったらどうするつもりだったのよ」
「何かあっても、お腹が痛くなるくらいだから大丈夫だって言ってたよ」
「どういう思考をしているんだか。そんなの誰も試したことがないなら分からないじゃない」
「あ、そっか。さすが姉ちゃん」
「さすが姉ちゃんじゃないわよ。はぁ〜、死ななくてよかった」

 小さな口で溜息をついた瀬里菜は、呆れた顔で見返した。

「姉ちゃんはこれからどうするの?」
「どうするって、どういう意味よ」
「もう寝るのかなぁと思って」
「そうね。明日になって戻れるのなら早く寝ちゃいたいけど。アンタも寝たら?」
「え〜。折角姉ちゃんの体になったのに、そんなに早く寝たら勿体無いよ」
「何しようとしてる訳?」

 彼が何をするのか分かっていながらも、瀬里奈は稔の目を細めながら質問した。

「べ、別に何もしないけど……」
「ねえ稔。アンタって女の体になりたいの?」
「えっ?」
「アタシの体が随分と気に入っているようだけど。それとも早く大人の体になりたいの?」
「そういう訳じゃないけど」
「もし、このままずっと体が入れ替わっていたらどうする?」
「ずっと?」
「そう。アタシと稔の体がずっと入れ替わったまま」
「……そんな事、全然考えて無かったよ。だって戻れる事が分かっているんだもん」
「じゃあ、アタシがラムネを食べるの、嫌だって言ったら?」
「えっ?」

 瀬里奈が予想外の事を口にするので、稔は随分と戸惑った。一生、姉の体で過ごさなければならないとなれば、色々と問題が発生する。高校生の勉強なんて出来るわけないし、今の友達とも一緒に遊べないのだ。女の体だと苛められるかもしれないという偏見も稔にはあった。
 稔にとっては女の体を知りたかっただけであるから、もう十分に楽しんだのである。

「な、何言ってるんだよ姉ちゃん。姉ちゃんは自分の体に戻りたいって言ってたじゃない」
「……そうだね。でも、もう一度小学生からやり直すのも悪くないかもしれない。だって、アタシは高校レベルの頭脳を持っているから、稔の勉強なんて簡単だし、この調子で勉強していれば私立の賢い中学や高校に入れるかも。それにパパやママだって喜ぶだろうし」

 顎に手を当て、一人で納得しながら呟いている稔(瀬里奈)に慌てた彼は、「ちょ、ちょっと待ってよ姉ちゃん。冗談でしょっ!」と真顔で問いかけた。その様子を見て、心の中で笑った瀬里奈は、「冗談かどうかは明日教えてあげる。今日はもう寝るから。アタシの部屋に戻ってよ」と、瀬里奈(稔)手を引っ張った。

「ね、姉ちゃんっ」
「いいから早く。アタシは疲れたからもう寝たいの」
「だって、明日には戻るって約束したじゃない。姉ちゃんだって自分の体に戻りたいはずだよ」
「ラムネを飲めばすぐに戻れるんでしょ。最初はすごく嫌だったけど、こうして稔の体でいたら、しばらくはこのままでもいいかなぁって思い始めたの。何たって小学生は楽だしね」
「そ、そんなぁ……」
「もういいでしょ。早く自分の部屋に戻ってよ。お、ね、え、ちゃん!」

 無理矢理背中を押され、部屋を追い出された稔は額に汗を滲ませながら瀬里奈の部屋に戻った。そして隠していたラムネを手にした。

「ずっと戻れないなんて嫌だよ。それなら今すぐに戻るほうがいい。でも……きっと冗談で言っているんだ。わざと僕をからかっているだけなんだ。明日になったら逆に戻らないって言ってやろう!」

 稔は電気を消して眼鏡を外すと、姉の体でベッドに寝転がり、胸を揉みながら眠りについた――。
 そして夜中の三時過ぎだろうか。ベッドで寝ていた瀬里奈(稔)は額に汗を滲ませながら目を覚ました。

「ううっ。痛い……」

 苦痛に顔を歪ませた彼は、下腹部を押さえて蹲った。姉の体が異常を来たしている。今まで感じたことの無い痛みに、稔はそう思った。便意ではない、腹の奥から響く重い痛み。しばらく耐えていたが、これ以上は無理だと判断した稔はゆっくりと上半身を起こすと、両手で下腹部を押さえ、よろめきながら部屋を出た。

「ね、姉ちゃん起きてよ。姉ちゃん」
「うう〜ん、まだ暗いじゃない。邪魔しないで寝かせてよ」
「痛いんだ。お腹がすごく痛くて……ううっ」
「……トイレに行ったら?」
「違うんだ。そんな痛さじゃなくて、もっと……痛いんだよ。姉ちゃんの体が……うう。おかしいんだ」

 ぐっすりと寝ていた彼女は、小さな体を瀬里奈(稔)の方に向け、少し瞼を開いた。暗い部屋の中で自分の体が立っている。視線を上げると、下腹部を押さえて苦しそうに顔を歪める姿があった。

「……もしかして生理?」
「え? そ、そんなの分からないよ」
「えっと……」

 瀬里奈は寝ぼけた頭で先月の生理日を思い出していた。予定よりも少し早いが、そろそろ生理が来てもおかしくない頃だ。

「ね、姉ちゃん」
「それってきっと生理だよ。あっ! もしかして……」

 ハッとして飛び起きた稔(瀬里奈)は、電気を点けて下腹部に手を添える股間を見た。予想通り、パジャマに赤いシミが出来ている。

「ちょ、ちょっと! どうしてもっと早く言わないのよ。下着もパジャマも汚れちゃってるじゃない」
「だ、だってそんなの知らなかったんだ。痛くて目が覚めたから姉ちゃんのところに来たんだよ。ううっ」
「もうっ!」

 その後、瀬里奈は自分の部屋から生理用品を持ってくると、稔に目を瞑らせたまま処理した。自分の生理を弟の手で処理しなければならない事に羞恥心を感じる。新しい生理用下着とパジャマを身に着けさせた瀬里奈は、「ふぅ」と息をついた。

「ほら、これで大丈夫だから。このパジャマと下着、アタシが稔の体で持って行くのはおかしいから、稔が洗濯機に持っていってよ。そ、それから……汚れた部分は手で洗ってから入れてよね」
「ぼ、僕が洗うの? お腹痛いのに。それに父さんも母さん寝てるから姉ちゃんが持っていっても大丈夫だよ」
「起きて来るかもしれないでしょ。仕方ないじゃない。アンタがアタシの体になっているんだから」
「ううっ……」

 稔は溜息をつくと、汚れたパジャマのズボンとパンティを持って洗面台に向かい、血のついた部分を水で洗った。

「い、痛いよ。生理ってこんなに痛いんだ。もう十分に楽しんだから自分の体に戻ろう……」

 ある程度汚れの落ちたパジャマとパンティを洗濯機に放り込んだ稔は、前屈みになって階段を上ると残っていた二粒のラムネを手に取り、姉の待つ自分の部屋に戻った。

「綺麗に洗ってくれた?」
「う、うん。それよりもこの痛さってどうにもならないの?」
「仕方ないじゃない。それが女の体なんだから。はぁ良かった。生理痛を感じなくて。アタシの生理、きっと他の人と比べて重いのよね。たまに頭も痛くなるし」
「ね、姉ちゃん。実は……ラムネを持っているんだ」
「はぁ?」
「ほら」

 稔は手に持っていた二粒のラムネを瀬里奈に見せた。

「何それ。どういう事よ」
「こっそり隠していたんだ」
「……じゃあ、ほんとはすぐに戻れていたって事?」
「うん。ごめん姉ちゃん」
「どうして明日にならなければ手に入らないって騙してたのよ」
「だ、だからもうちょっと姉ちゃんの体で……」
「信じられない。それって範子と戻って来た時には元に戻れていたのよね。ううん、もっと前から……最初に入れ替わったときから戻れてたんだ」
「う、うん……。そ、そうなんだけど……ううっ。はぁ、はぁ。い、痛いよ」

 余程痛いのか、稔は勉強机の上にラムネを置くと蹲った。

「それは稔が悪戯しすぎた罰だね。しばらくそのままでいれば」
「そ、そんなぁ。元に戻ろうよ。姉ちゃんはこの痛さに耐えられるんでしょ。僕は無理だよ」
「アタシの体なんだから、痛みは同じじゃない。アタシが耐えられるんだから、稔だって耐えられるわよ。じゃ、おやすみ」
「ね、姉ちゃん。待ってよっ」

 瀬里奈は電気を消すと、小さな体でベッドに潜り込んだ。

「稔もアタシの部屋に戻って寝なよ。ずっとそこにいたら眠りにくいじゃない」
「だ、だって……痛いんだもん」
「だから仕方ないでしょ、生理なんだから。良かったねぇ。生理まで体験できて。ほんとは嬉しいんじゃないの?」

 喋る声が笑っていた。それが悲しいのか、稔は瀬里奈の声ですすり泣き始めた。暗い部屋で蹲ったまま、眼鏡の内側に伝う涙が雫となってパジャマを塗らしてゆく。

「痛いよぉ。グスン……。ううっ」
「もう、寝れないじゃない。静かにしてよね」
「だってぇ。お腹痛い……グスッ……んだもん。うっ、ううっ」

 自分の声で情けなく泣かれるのも気持ち悪い。電気を消して十分ほど経っただろうか。未だに泣き続ける稔が可愛そうになった瀬里奈は溜息を付くと、頭を掻きながら起き上がった。

「もうっ。自分のした事を反省してるの?」
「はぁ、はぁ。う、うん……ごめんなさい」
「範子にも謝るんだよ。見せたく無い裸を見られたんだからね」
「はい……」
「じゃあ……戻ってあげるよ。アタシの体に」
「姉ちゃん、いいの?」
「何時までのアタシの顔で泣かれるのも嫌だし、反省しているのなら……」

 電気を点けた瀬里奈は小さな手でラムネを取ると、一粒稔に渡した。

「これで自分の体に戻れるわけね。はぁ……」

 また溜息を付いた瀬里奈は、頭の中で色々な事を考えた。これを飲めば自分の体に戻れる。嬉しい反面、少し複雑な気持ちにもなった。

「じ、じゃあ姉ちゃん。食べるよ」
「うん」

 こうして姉弟は、本来の体に戻ったのであった――。

「痛い?」
「痛いに決まってるじゃない。アンタだってさっきまで体験してたでしょ」
「うん。やっぱり自分の体のほうがいいよね。あんな痛みを感じなくてもいいんだから」
「稔は女の体の方がいいと思ってたかもしれないけど、色々大変なんだから」
「そうだね。男の方が気軽でいいや。それにもう女の体も体験したし。姉ちゃんも体験できて良かったでしょ?」
「アンタね、生理の痛みから解放されたからって調子に乗るんじゃないわよ。もっと痛い事を体験させてあげようか」

 瀬里奈は拳を作ると、稔の頭に思い切り押し付けてグリグリと捻った。

「イタタタッ! ね、姉ちゃん痛いよっ」
「生理の痛さはこんなもんじゃなかったでしょ? もっと痛かったよねえ?」
「も、もう十分だからっ。痛いってっ」
「何してるのアンタたち」
「あっ。ママ……」
「夜中じゃないの。近所の人にも迷惑でしょっ!」
「ご、ごめんなさい」
「早く寝なさいっ!」
「は、はい」

 騒がしさに目を覚ました母親に怒られた二人は、各々の部屋で眠りに付くことにした。

「今回の生理は結構痛いな。でも、世の中には痛み止めって薬があるのよねぇ〜」

 瀬里奈は稔にわざと話していなかった生理痛の薬を飲むと、ベッドに潜り込んだ――。



 そして次の日。範子は放課後、瀬里奈達の家に来ていた。

「稔君。夜中に元の体に戻ったんだって?」
「うん。だって生理の痛さに耐えられなかったんだ」
「そっか。やっぱり初めての痛みって辛いよね。稔君も懲りたでしょ」
「うん。もう自分の体でいいと思ったよ。でも、範子さんは僕と姉ちゃんが元に戻って残念かな?」
「え?」
「だって……」
「な、何言ってるの。私は残念とか……そんなの関係ないでしょ」
「どうしたの範子。顔が赤いけど」
「な、なんでもない。なんでもないの」

 ペロリと舌を出した稔に、範子は更に顔を赤らめた。事情を知らない瀬里奈は、二人のやり取りを見て首をかしげたのであった。
 今回の騒動で一番得したのは、範子だったのかもしれない――。


おしまい。