「今日は早めに帰ってくるよ」
「うん。気をつけてね」
「ああ。留美も気をつけろよ。家にいる間はしっかりと鍵をしてさ」
「大丈夫よ。子供じゃないんだから」
「そうだな。じゃ、行ってくる」
「うん」

 玄関で徹の頬に軽くキスをした留美は、最寄の駅に歩いてゆく彼の背中が見えなくなると家の中に戻った。

「よし。じゃあ洗濯から始めようかな」

 いつもどおり、夫を見送った留美の専業主婦としての生活が始まる。結婚して半年、中古の家を手に入れた留美は、毎日部屋の隅々まで綺麗に掃除し、徹の帰りを待っている。綺麗好きの徹は新築の家を欲しかったのだが、今の給料ではローンを組む事が出来なかった。また、マンションは周りに気を使うので嫌だという二人の意見が一致した結果だった。外観は年季が入っているが、部屋の壁紙などは張り替えたので、古さは気にならない。
 今日も洗濯をした後、念入りに掃除をすると昼前になる。そして簡単に昼食を済ませた後、夕方買い物に行くまでの数時間が彼女の自由時間だ。

「はぁ。テレビでも見ようかな」

 毎日見ている昼のドラマをつけた留美がソファーに座ろうとした瞬間、背中に悪寒を感じた。まるで金縛りの様に体が膠着して動けない。

「あっ……。ああぁ……うぅ」

 肩に手を添えられた気がし、咄嗟に逃げようとしたが全く体が動かない。そして、背後から何かが入り込んでくる感じがして胸が詰まった。

「うっ。はぁ、はぁ、何? うあああっ」
若奥さん1

 顔が青ざめ、白目を剥いた彼女は何度も体をビクビクと痙攣させると、立ったまま意識を失った。そして、時計の針が幾分進んだ後、ビクリと体を震わせ、意識を取り戻した。

「……へへへ。乗っ取れた。ちょっと手間取ったけど上手くいったな」

 胸元に軽く手を添えた留美は冷笑を浮かべると、俯いて自分の体を眺めた。
若奥さん2

「この体に張り付いたジーンズ姿もそそられるよな。女の体って感じだ。それにこの胸、昨夜もあの旦那が吸い付いていたんだろうか。ま、そんな事はどうでもいいや。このスタイルバツグンの体を持って帰るか。それにしてもこの声、俺が出しているんだよな。マジで女になった気分だ」

 留美は喉仏のない首を満足げに撫でると、玄関でいつも履いている靴を履き、外に出た。

「はぁ〜。誰も俺をブタって言う奴はいないだろうな。何せ俺は、美人若妻の赤岸留美なんだから」

 嬉しさを隠せない彼女は、終始笑顔を見せながら近くにあるワンルームマンションの二階へ上がった。扉の鍵は掛かっていないようで、ノブを回すと簡単に開いた。足元には汚いスニーカーが無造作に置かれており、部屋にはカップラーメンの残り香が漂っている。

「ただいま〜。俺の体」

 鍵を閉めた後、フローリングの部屋に足を踏み入れた留美は、隅で寝転がっているアザラシのような男の体に声を掛けた。体重は百二十キロくらいありそうで、着ているTシャツが横に伸びきって可哀想に思える。普通の店では売っていなさそうな大きさのトランクスは何度も穿きこなれていて少し不潔さを感じさせる。

「残念だなぁ。いつも窓の外からこっそりと見ていた美人が部屋に来ているのに起きないなんて。ま、魂が入っていないから当然なんけどさ」

 意識の無い彼が寝ている横には、空になった怪しげな形のペットボトルが置いてあった。

「このドリンク、すげぇな。あの値段なら、もう少し買っときゃよかったよ」

 男の前にしゃがんだ留美は、空になったペットボトルを手にすると指で軽く弾き、ゴミ箱の中に放り投げた。

「さて、赤岸留美さん。いつもは暇だろうけど、今日は夕方までのひと時、俺が一つになって付き合ってやるよ。そして、隅々までじっくりと観察して、女の快感ってのを堪能させてもらうよ。その為に、鏡まで用意したんだから」
若奥さん3
 留美は立ち上がると姿見を部屋の中央に移動させ、全身を映した。

「へへ。恥ずかしそうな顔しちゃって。今からこの服、脱いでやるよ」

 姿見に映る自分の姿に話しかけた彼女は、グレーの半袖シャツに手を掛けた。