この作品は、同人誌「入れかえ魂Vol.3」「入れかえ魂Vol.4」に掲載された「どうにもならない(前編)」と「どうにもならない(後編)」となります。
 先生が大好きな高校生が、彼女の体を乗っ取り、色々な悪戯を行います。また、その性質上ダークな展開になりますので、読みたいと思われる方のみ、閲覧くださいませ。
「智恵、何か飲む?」
「……ううん……何もいらない」
「……そう……」

 マンションの部屋に着いた二人。絨毯の上に置かれた小さな四角い木製机の前に座っている智恵に、由希恵が話しかけていた。
 すでに泣き止んではいたが、酷く落ち込んだ様子が伺える。

「何があったの? 今日の智恵は絶対におかしいわ」
「……言いたくても話せない」
「え? それってどういう事?」
「私の……私の体はもう私のものじゃないから」
「何それ?」
「…………」

 由希恵は冷蔵庫に入っていたウーロン茶を二つのグラスに注ぐと、そのグラスを机の上に置き智恵の横に座った。

「私に相談出来ない事?」

 智恵は首を横に振った。

「それじゃあ……」
「駄目なの。私に言わせてくれないの」
「……言わせてくれないって……誰が?」
「…………」

 智恵は俯いたまま次の言葉を話そうとはしなかった。そんな智恵を見て、「ふぅ〜」とため息をついた由希恵は、「智恵が何を言っているのかよく分からないよ。でも、言いたいことがあるなら頑張って言ってみたら?」と言った。
 しばらくの沈黙のあと、智恵がポツリと言葉を漏らした。

「……藤田君……」
「え、何? 藤田……くん?」
「藤田君が……私の中に……いるの」
「え? え?」

 俯いたまま答える智恵に、首をかしげた由希恵。

「藤田君が私に乗り移って……体を勝手に使っているの」

 吾郎に遮られるかと思っていた言葉を何とか出す事が出来た智恵。

「藤田君って、あの……この前、病院で亡くなった?」
「……そうなのっ。その死んだ藤田君が私の中に入り込んでいるのっ。私の体を勝手に動かして変な事ばかりさせるのよ。そして言いたくない事を言わせるのっ。助けて由希恵っ! 私にはもうどうにもならないっ!」

 智恵は吾郎に遮られる前に全てを話そうと、必死になって由希恵に言った。由希恵はあっけに取られた様子で智恵を見ていたが、智恵の悲痛な心からの叫びが分かったのか、やさしい笑顔で智恵を見つめ返した。

「そっか、最近おかしいなって思ってたけど、やっぱりそういう理由があったのね。居酒屋の時も藤田君の悪戯だったんだ。でも、どうして藤田君は智恵の中に入り込んだの?」
「それは……藤田君、私の事が好きだって言ってた」
「藤田君が智恵の事を?」
「そう……でも私は藤田君に恋愛感情なんてもてない。だって教師と生徒の関係でしょ。ううん、それが理由じゃない。私は、私は藤田君の事が……」
「藤田君のことが?」
「……大嫌い……」
「……そっか。それなのに藤田君が強引に入り込んで来たんだ。でも藤田君はどうしてそんな事が出来るようになったのかしら。もしかして幽霊になったって事?」
「幽体離脱みたい。体から魂を切り離して他人の体に乗り移るらしいんだけど……ねえ由希恵。私、嘘をついていると思う?」
「どうして?」
「だって……こんな現実味のない話をしているんだもの」
「……そうね。確かに現実味は無いけど、私は智恵の事を信じるわ」
「ほ、ほんとに?」
「うん。ほんとに。ねえ、ちょっと待っててよ。私が買った服を見せてあげるから」
「…………」

 智恵のために話題を変えようとしたのか、由希恵は立ち上がるとタンスの引き出しに仕舞っていた服を取り出した。バーゲンで買ったという服は、細い肩紐が付いた可愛らしいピンクのキャミソールと、淡い茶色をした七部丈くらいの綿のパンツだった。

「どう? この組み合わせ。結構可愛くてイケるでしょ!」
「あ……う、うん……」
「何よその返事は。もしかして可愛くない?」
「え、ううん。そんな事無いわ。可愛いよ」
「でしょ! ちょっと着替えてみるから」
「うん……」

 由希恵は着ていたTシャツとジーンズを脱ぐと、足元に置いていた茶色い綿パンツを穿いた。
 股上が短く、お臍が見えている。そして脹脛が見えるくらいの丈は、由希恵の細い足をより一層細く見せているような気がした。

「肩紐のないブラジャーの方が、見栄えがいいわね」

 そう言いながら、今つけているブラジャーを外し、タンスの中から肩紐のついていないブラジャーを取り出し、胸に着けた。智恵よりも少し大きめの胸が肩紐のないブラジャーに収まると、胸の谷間が深く強調されていた。
 その上からピンクのキャミソールを着た由希恵。二十五歳を過ぎた女性が着るには少し可愛らしすぎるような気もするが、由希恵の体には似合っていた。

「可愛いね」
「そう? モデルが良いからでしょ」
「またそんな事言って」
「ふふ」

 由希恵は笑いながら、智恵の前でくるりと回った。嬉しそうに笑っている由希恵を見ると、少し心が和むような気がする。

(もう私の表に現れないで)

 智恵はそう思いながら由希恵を見ていた。
 先ほどの居酒屋で中途半端にしか食べていなかった由希恵と簡単な夕食を取った智恵は、由希恵の勧めで風呂の入ることにした。

「ねえ、今日は泊まりなさいよ。私のパジャマを貸してあげるから」
「え……でも……」
「大丈夫よ。何も気にしないで」
(もし藤田君が出てきたら……)
「もしかして藤田君の事、考えているの? それなら大丈夫よ。私が追い払ってあげるから」
「そんな事出来ないわよ」
「任せといてよ。智恵に悪さしようとしたら縛ってあげるから」
「し、縛るって……」
「うそうそ、冗談よ。藤田君、聴こえてる? もう出て来ちゃダメだからね!」
「由希恵……」
「ほら、これが着替え。下着も貸してあげるけど、ちょっとサイズが合わないかな」
「大丈夫と思う。ごめんね由希恵」
「いいって。もうお湯は張ってあるから。早く入って来なよ」
「うん」

 智恵は淡い笑みを浮かべながら着替えを受け取ると、廊下の奥にある脱衣場へと歩いて行った。
 その後姿を見送った由希恵も、クスッと笑うと自分のタンスから着替えを取り出し始めた。



「ふぅ〜」

 湯煙が漂うバスルーム。小便がついた太ももをしっかりと流した智恵は、深く湯船に体を沈めた。
 由希恵に言う事が出来てよかった。
 一人でずっと抱え込んでいた悩みを、やっと他人に言える事が出来たのだから。吾郎は何を考えているのか分からないが、このままずっと奥に潜んでいてほしい。そして、居なくなってほしい。
 そう願った。

 カラカラカラ……

 バスルームのガラス扉がスライドする音が聞こえた。湯煙の中、智恵が振り向くと、そこには人影が見えた。

「私も入ろっかな」
「由希恵……」

 白いタオルで前を隠した由希恵。

「一人だと色々思い出すでしょ。私も一緒に入ってあげるから」
「あ……う、うん」
「湯加減はどう?」
「いいよ。気持ちいい」
「そう。それなら良かった」

 由希恵はニコッと笑うと、プラスチックの椅子に座ってシャワーで体を濡らし始めた。

「親が買ってくれたマンションで一人暮らしだから、こうやって二人でお風呂に入るのってちょっと嬉しいな。初めてかな、一緒にお風呂に入るのは」

 そう言いながら、智恵を見た由希恵。智恵は一瞬由希恵の顔を見たが、何気なく顔をそらすと、「体を洗うから交代しよ」と言って湯船から立ち上がった。
「うん」

 今度は由希恵が湯船に浸かる。
 よく分からない。
 よく分からないが、何となくおかしい気がする。
 由希恵は智恵と同じように深く湯船に浸かると、顔を天井に向けて目を閉じていた。そんな由希恵が……何故か怖かった。
 本当に分からないのだが、体がそう伝えているように感じる。智恵は不安な気持ちになりながらも、少し急いで体と頭を洗った。

「そんなに急いで洗わなくても良いのに」
「う、ううん。そういう訳じゃないけど……いつも早いんだ」
「早いって、家では急いで入るって事?」
「うん」
「ほんとに?」
「そうよ」
「ふふふ。嘘ばっかり」
「え?」
「ううん、何でもないよ」
(嘘ばっかりって……どういうことよ)

 由希恵のちょっとした言葉や行動が妙に気になる。鼓動が早くなるのを感じながらシャワーで綺麗に洗い流すと、智恵は「ごめん、先に上がっているわ」と言って脱衣場に戻っていった。

「……何を慌てているのかしら?」

 由希恵は顔をしかめると、湯船から出て体を洗い始めた。

「ふぅ。気持ちよかった。もう髪は乾かしたの?」
「あ、うん……鏡台に置いてあったドライヤーを使わせてもらったわ」
「そう。じゃあ私も乾かしてくるわ」

 智恵は由希恵から借りた白いパジャマを着て、先ほどいた部屋で座っていた。バスタオルを頭にかけている由希恵は、ドライヤーで乾かす為に鏡台のある隣の部屋に歩いていった。

(藤田君、ねえ藤田君。私の中にいるのなら返事をして)

 智恵が心の中で問いかける。しかし、吾郎は返事を返してこない。居酒屋で悪戯された後から全然表に出てこない吾郎に、智恵は不安を覚えていた。もしかして出てこないのではなく、すでにいないのではないかと。

(藤田君っ! ねえっ! 藤田君っ!)

 何度問いかけても吾郎は反応しなかった。学校での一件が、智恵の脳裏を駆け巡る。
 まさか……まさか……
 絶対にそうあってほしくない。
 だって、もしそうだったのなら……