この作品は「新入れかえ魂Vo.1」に掲載されたものです。
全編終了までに、「超能力」「MC(マインドコントロール)」「事実誤認」「憑依」が含まれます。
また、一部ダークな内容が含まれますので、読みたいと思われる方のみお読みください。
今回は、車に轢かれちゃいます(^^
 今日は妙に暑かった。殆ど木の無いコンクリートが犇く街中だと言うのに、蝉の声がけたたましい。
 少し向こうのアスファルトに視線を向けると、ぼんやりと蜃気楼が見えている。ネクタイを締め、首筋に汗を垂らしているサラリーマンが可哀想に思えるほど。
 そんな熱帯的空間を重河利和(しげかわ としかず)は一人でトボトボと歩いていた。白い半袖のカッターシャツにグレーのズボン。それが利和の通う三国川高校の制服だ。

「あっち〜。どうしてこんなに暑いんだよ。今日は異常だよな」

 独り言は彼の得意技だ。
 学校でもブツブツと呟いていることが多い。暑さのせいか、今日は特に多い様子。誰に聞かせるわけでもなく、とにかく心に思っていることをボソボソと口に出す性格。
 百七十三センチ、体格はほっそりとしていて色白。高校に入ってからの三年間、一度も部活に参加したことはない。その雰囲気からして、多少根暗なイメージがある事は否めないが、本人はそれほど意識しているわけでもなく、実際にクラスメイト達にもそうは思われていないようだ。
 友達もいないわけではない。同じような性格の人間はいるもので、利和のクラスにも似たもの同士と呼べる生徒が二人ほどいた。ただ、利和を含め、三人とも群れるのが嫌なようで、帰りは別行動を取っている。その方が気楽なのだ。

「今日は漫画の発売日だったな。帰りに買って帰ろうか」

 一人で歩いている最中、別に口から出していう必要も無いのだが――このビルの角を曲がった、交差点の向こうにある本屋。あの中に入れば、随分と涼しい思いができるだろう。

「あっ……帰りに会うなんて偶然だな」

 ちょうどビルの角を曲がった先、交差点に向かって歩いている女子生徒の後姿を見つけた。白い半袖のブラウスに、膝小僧が見えるグレーのスカート。黒いショートカットの柔らかいストレートが、項を撫でている。
 彼女は水泳部に所属しているが、夏のインターハイが終った今は大学受験に向けて猛勉強していところだ。身長百六十三センチ。体重は四十四キロ。
 これまでハードな運動をしてきた彼女には余分な贅肉がつく余裕はなかったが、女性としての膨よかさというか――女子高生らしさは持ち合わせていた。
 人気者とは言わないが、そのスタイルと少し奥手な性格が気になっている男子生徒は多い。
 そう。他に漏れず、利和も想いを寄せている南夏香(みなみ なつか)が一人で歩いていた。
 後姿から想像するに、どうやら彼女は携帯電話を片手にメールを打っているらしく、じっと俯いたまま歩いていた。

「誰にメールしているんだろうか?」

 気になった利和が、少し早歩きで夏香の後姿に近づいてゆく。だからと言って話しかけるわけではない。だって、これまで一度も話したことがないのだから。もちろん夏香も、違うクラスの利和のことなんて全く知らない。
 そんな二人の距離が徐々に小さくなっていく頃、目の前の信号が赤に変わった。

「これで南さんの横に並ぶことが出来るな」

 ブツブツ言いながら更に距離を縮めようとした利和だが、何故か夏香との距離は縮まらなかった。

「えっ?ちょ……あ、危ないっ!」

 利和は、思わず拳に力を込めた。夏香はメールの操作に夢中で、信号が赤に変わっていることに気づいていなかったのだ。上手い具合に、周りの人たちがいない隙間を歩いてゆく夏香。信号が赤になった横断歩道に足を踏み入れる。

「き、君っ!」

 夏香の危ない行動に気づいたサラリーマンが制止しようとした時、大きなトラックが近づいてきた。

「危ないっ!」

 けたたましいクラクションと共に、トラックが急ブレーキを踏んだ。重量物を積んだタイヤが軋む音。夏香は目の前に迫ったトラックの巨大さに体を硬直させ、立ち尽くすしかなかった。

(死ぬっ!)

 彼女はそう悟った。しかし、彼女の体はトラックに衝突する前に引き戻された。その代わりに、男性の体がトラックに轢かれた――



(うう……う……)

 体が動かない。
 利和は何が起きたのか分からなかった。夏香を助けなければ。その一身で、夏香の体を引き寄せた。
 それから――どうなったんだろうか?



 薄っすらと目を開けると、トラックの底面が見える。その向こうにはピンク色の携帯電話。きっと夏香がメールしていた物だろう。
 鼻につくタイヤのこげた匂い。そして、女性の悲鳴とざわめき。

(お、俺……そ、そうか)
「大丈夫か!おい、君っ!」
「揺すっちゃダメだ。もうすぐ救急車が来るからっ!頑張れよっ!」
(俺、トラックに轢かれたんだ。み、南さんは助かったのかな)

 しゃべろうとしても口が動かない。それよりも、目の前に広がるアスファルトが妙に熱く感じた。上を向いている耳に聞こえたサイレンの音。その音が大きくなるにつれ、利和の意識は徐々に薄れ始め、目の前が真っ暗になった――