携帯からアクセスして頂いた場合、PDFファイルが見れない方もいらっしゃると思うので先日掲載していた個人誌のサンプルをテキストにして掲載しました。
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初詣に行こう!(個人誌用サンプル)
作 Tira
珍しく白い小雪の舞う大晦日。十一月の中旬から急に冷え込み始めた今年の冬は、昨年よりも寒さが身に沁みる。
今宵はゆっくりと家で過ごし、新しい一年を迎えるのが一番だ。母親が作った、少々衣が太い海老入りの年越し蕎麦を食べ終えた志郎は、妹の裕香と三人で、火燵に潜って歌番組を眺めていた。
「毎年、よく同じ番組を見るよなあ」
「何言ってるのよ。最初にお兄ちゃんがこのチャンネルを見ていたんじゃない。ねえ、お母さん」
「そうだっけ」
自分がテレビを付けた事さえ忘れていた彼は、頭を掻きながら大きな欠伸をした。
「あんたも自分で付けておいてよく言うねえ」
「たまたまテレビを付けたら、この番組だっただけさ」
「私、他の音楽番組が見たいんだけど」
「どうぞ勝手に」
「じゃあ、チャンネル替えるよ」
裕香はリモコンを片手に、好きなアイドルが出演している番組に替えた。テレビの向こうにある華やかな世界と、火燵に入り、地味に蜜柑を食べる自分達とは大違いだ。あの世界で生きてゆくのは大変だろうと、志郎は蜜柑の皮を剥きながら思った。
「ねえ志郎。とうとう今年中に就職決まらなかったわね」
「いいんだよ。俺はちゃんと探してるんだから」
「それならいいんだけど。浪人しそうで心配だよ」
「その時はその時で何とかなるさ」
「またそんな呑気な事を言って。難しいんだよ、現役で就職出来なかったら。母さんね、近所の人に嫌って程、聞いているんだから」
「そんなの関係ないって。大丈夫だからほっといてくれよ」
「またそれなの。あんた、ほんとに就職活動しているのかい?」
「してるって。何度も言わせないでくれよ」
「だって志郎。あんたは大学に行くか家で寝ているかのどちらかじゃない。スーツを着て何処かに行っている姿なんて見たこと無いよ。普通はスーツ姿で面接に行くんじゃないの?」
「べ、別にスーツじゃなくても、会社の面接くらい行けるよ」
「ほら、そんな事だから全部断られるんだよ。きちんとした服装で行きなさいよ」
「ちぇっ、分かってるよ。俺の事なんだから、ほっといてくれよ」
「ほっとけないから言ってるんじゃないの」
「俺が就職しようとしまいと関係ないだろっ」
「何言ってんだい。何時までも親に甘えてどうするのっ。お母さん、いつかはいなくなるんだよ」
「もうっ! 二人とも五月蝿いなぁ。テレビ聞こえないじゃない。喧嘩するならあっちでしてよ」
親子のやりとりにうんざりした裕香が話しを遮った。
「俺、もう寝るよ」
「全くこの子は……。来年は頑張りなさいよ」
志郎は、剥き掛けていた蜜柑を手に取ると、少しふてくされながら二階にある自分の部屋に戻った。エアコンを入れ、テレビを付けるとベッドに身を投げ溜息をつく。
「一々、五月蝿いよ。何度も言われなくたって分かってるんだ」
就職する気持ちはあるものの、なかなか自分のやりたい仕事が見つけられない志郎は、ここしばらく憂鬱な毎日を送っていた。幽体離脱し、他人に憑依しながら仕事を体験する。その方法は最も自分に適した仕事を見つけられると思うのだが、それ以前に、こういう仕事がしたいという業種が見つからないのだ。周りの学生達が次々と就職先を決める中、自分だけが取り残されてゆく。親友の博和でさえ就職先が決まっている中、志郎は徐々に焦り始めていたのだ。
「はぁ〜」
もう一度溜息をつき蜜柑を口に運んでいると、電話が鳴り始めた。勉強机の上に置いていた子機を取ろうとすると鳴り止む。どうやら一階で誰かが取ったようだ。
しばらくすると、子機から内線を告げる音楽が鳴り始めた。志郎は気だるそうに通話ボタンを押した。
「あっ、お兄ちゃん。博和君から」
「博和? ああ、代わってくれ」
「うん」
小さな電子音のあと、博和の声が聞こえた。
「もしもし、志郎か」
「ああ、何だよ博和。大晦日の夜に」
「どうせ暇してるんだろ。だったら俺に付き合えよ」
「はぁ? 今から外に出ろって言うのか。雪が降っているのに」
「そんなの関係ないよ。あのさ、来年はとうとう二〇〇〇年、新世紀だよな。お前の就職が決まるように初詣に行かないか?」
「いいよ別に。去年だってお参りしたのに全然効果なかったし」
「そう言わずに行こうぜ。お参りしたら来年は絶対良い事があるって」
「嫌だよ。こんな寒い中、どうして行かなきゃならないんだ。俺の事ならほっといて、お前一人で行って来いよ。俺は暖かい部屋でゆっくりと年を越したいんだ」
「そう連れない事を言うなって。俺とお前の仲じゃないか」
「どんな仲だよ」
「そりゃ、愛し合った仲じゃないか」
「……馬鹿かお前は」
「ははっ、それは冗談だけど、何て言うかさ……」
「何だよ、まだ何か言いたいのか?」
苛立ちを隠さない志郎に、博和は少し声を小さくしながら話しを続けた。
「俺、まだ初詣に行った事が無いんだ」
「ふ〜ん。それで?」
「だから志郎。一緒に行って欲しいんだ」
「何で俺なんだ? 俺じゃなくてもいいじゃないか……っていうか、よく考えたら去年も一緒に行ったじゃないか。思い出したぞ。階段でこけて膝を打ったんだ。あれは最悪の初詣だったな」
「だからさ。その……女と一緒に初詣に行った事が無いんだ。こ、今年で二十世紀も終わりだろ。せめて二十一世紀になる瞬間くらい、女の子と一緒にいたいなって思ってさ……」
「……で?」
志郎は彼が何を言いたいのか分かっていたが、そのまま続きをしゃべらせた。
「お願いだから俺と神社に行って、楽しい時を過ごさせてくれ!」
「何て自分勝手な奴だ」
「何とでも言えっ! 恥を忍んで頼んでいるんだから」
「寒いんだよ。外出るの、嫌だ」
「そんな事、言うなよ。ちょっとだけさ、ちょっとだけ。それに幽体離脱したら寒さなんか感じないんだろ」
「それはそうだけど、乗り移ったら寒いじゃないか」
「大丈夫だって。みんな振袖を着ているから寒くないよ」
「ほんとに他人事みたいに言うなあ」
「いやっ。他人事じゃないぞ。俺の今世紀最後のイベントなんだから」
「……そこまで思っているなら、自分で彼女見つければいいじゃないか。神社に一人で来てる女の子もいるかもしれないし。いや、大体二人で来てるからさ。適当に話してその場だけ付き合ってもらえば? 両手に花ってもんだ」
「志郎。お前ってほんとに冷たい奴だな。俺がそんな事、出来ると思ってるのか」
「いや、思わないけど」
「だったら頼むよ。何か奢るからさ」
「いいよ別に。腹減ってないし。明日は家族でおせち料理食べるから、別に無理する事もないし」
「くっ。そ、それじゃあお前の言う事、何でも一つ聞いてやるよ。それならどうだ?」
「お前にしてもらいたい事なんて無いよ」
「……そんなものか。俺たちの仲って」
「いい仲じゃないか。俺たち親友だろ」
「そうさ、親友さ。親友だったらこのくらいの願いは聞いてくれたっていいんじゃないの」
「何かさ、お前ばっかりいい思いをしてないか?」
「うっ。そ、そんな事ないさ。俺だって志郎の事を心配しているんだ」
「ほんとかぁ?」
「ほんとだって。お前が早く就職先を見つけられればいいと思ってる。これはほんとなんだ。それに初詣に行こうって思った時も、最初はお前の事を考えてたんだよ。ただ、それなら俺の願いも叶えて欲しいなあって思って。もちろん今だって、神社に行ったらまずお前の就職祈願をするつもりだよ」
「怪しいな」
「疑うなら別にいいけど。……はぁ、もういいや。すまなかった。俺が悪かったよ。どうも志郎に頼り過ぎるところがあるからな。今の事は忘れてくれ。来年こそ頑張れよ。じゃあな」
「おいっ、ちょっと待てよ。自分で話を完結するな。それで、何処の神社に行くつもりなんだよ」
「えっ?」
「何処の神社に行くのかって聞いてるんだよ。行きたいんだろ、初詣に」
「志郎……。お前はいい奴だよ」
「いいから早く言えよ」
「ああ。お前も知ってるところだよ。ほら、隣町にある大きな神社、知ってるだろ」
「あの有名な神社か?」
「そうそう。かなり人が集まるけど、その分、夜店なんかがいっぱい出てるし、願い事するならあそこがいいんじゃないかな」
「そうだな。あの神社はよく願いが叶うって言う噂だから。去年行った神社とは正反対の方向だな」
「ああ。鳥居の前に集合しようぜ」
「構わないけど。で、女性はどうするんだ?」
「俺、考えてたんだけどさ。志郎は幽体離脱した状態で神社に行くんだ。そして適当な女性に憑依して俺と過ごす。お前の体ごと神社に来たら、どこかに体を置いておく必要があるだろ」
「それもそうだな。でも、やっぱり自分の体でお参りしたいなあ」
「そうだよな。そうしないと、願い事も叶わないかも知れないし」
「俺、自分の体で行く事にするよ。お前の願いはしっかり叶えてやるから」
「ほんとか?」
「ああ、任せとけ」
「でも、お前の体はどうするんだよ。まさか、憑依している間、草むらに隠しておくわけじゃないだろ」
「その事は、今、ちゃんと考えたから」
「わ、分かった。それじゃ、志郎に任せるよ」
「ああ。一時間後に、神社の鳥居に集合だ」
「オッケー! 楽しみにしてるよ」
「ああ」
志郎はうれしそうな博和の声を聞きながら子機を置いた。隣町の神社には何度か行った事があるので、志郎の家から一時間足らずで行けることは分かっている。
「あいつ、話の持って行き方が上手いよな。ああいう風に女性に話したら、きっと上手くいくと思うのに」
家着から私服に着替えた志郎は、一階に下りて居間を覗き込んだ。母親と裕香が、まだ歌番組を見ている。
「ちょっと出掛けて来るよ」
「今から出掛けるのかい?」
「ああ、博和が初詣に行かないかってさ」
「もしかしてお兄ちゃん、博和君と二人で行くの?」
「ああ、そうだけど」
「さびしい〜。男同士で初詣に行くなんて、お兄ちゃんも可哀想だね」
「五月蝿い! ほっとけ」
志郎は腹を立てながら玄関で靴を履き、扉を開いた。冷たい風と共に、粉雪が顔めがけて飛んでくる。その雪の冷たさに目を細くした。
「うわっ、寒〜っ!」
首を竦めながら、最寄りの駅に向かって歩き始めた。黒い空を見上げると、灰色の雲が垂れ込んでいてしばらく止みそうに無い。駅前近くに着くと、窓の曇った電車が走っているのが見える。
「まだ運行していて良かった。帰りは大丈夫かな」
改札口を潜り、電車に乗り込むと、若いカップルがいやらしく抱き合ったり、恥ずかしくなるような会話をしていた。殆どの女性は華やかな振袖姿で、初詣に向かう人達ばかりだ。賑わう電車の中、志郎は一人でつり革を持って立っていた。自分だけが孤立している様な感じで、妙に虚しくなる。
「やっぱり止めときゃよかったかなぁ」
少し後悔したが、ここまで来たら引き返すのも気が引ける。
「まっ、いいか。立場は違うけど、結局俺もあんな風になるわけだし」
志郎は神社のある駅に着くまで、曇った車窓の外で溶ける雪を眺めていた。
車掌のアナウンスと共に速度が落ち、駅に辿り着く。殆どの乗客が、この駅で降りるようだ。彼も人の流れに合わせて電車を降りた。
神社は駅の目の前にある。改札口を抜けた志郎は辺りを見渡した。丁度、一時間程経ったところだ。鳥居前には大勢の人達が待ち合わせのために集まっていて、とても賑やかだった。
「おーい、志郎〜っ!」
人ごみの中から博和の声が聞こえる。
「どこだ?」
再度見回すと、左の方から博和が近づいてきた。
「遅かったな、志郎」
「そうか? 丁度、一時間くらいだけどな」
「俺、二十分前に着いてたんだ」
「そんなに早く着いていたのか?」
「何かドキドキしちゃってさ。思わずタクシーで来ちゃったよ」
「何て贅沢な奴だ」
「いいだろ、俺の金だし。それより早く行こうぜ」
「ああ。俺の用事は最後でいいから、お前の希望を叶えてやるよ。十二時まであと三十分位しか無いしさ」
「いいのか? 俺が先で」
「ああ、お参りなんて今すぐじゃなくてもいいからな。とりあえず神社の横にある休憩所まで行こうか」
「休憩所?」
「ああ、そこで俺の体を預けるんだ。あそこは迷子の相談や疲れた人が休憩する場所として使っているはずだから。酔っ払って倒れたとか言ったら、とりあえず休ませてくれるだろ」
「なるほど、さすが志郎! 悪知恵は天下一品だな」
「悪知恵じゃないさ。お前のためにやってやるんだから」
「はい、失言でした。申し訳ありません」
「分かればいいんだ、分かれば」
「へへ〜っ、お代官様〜」
二人は間抜けな会話をしながら、休憩所に向かった。道の両側には夜店がたくさん並んでおり、人だかりが出来ている。ゆっくりした流れの中、二人はようやく休憩所の前に辿り着いた。
「無茶苦茶多いな。人が多すぎて呼吸困難になりそうだ」
「そりゃあ、この神社な有名だからな。毎年これ位の人は来てるんじゃないかな」
「こんなんじゃ、ゆっくり楽しめそうにないか」
「ま、女性と二人なら気にならないんじゃない?」
「それもそうだな」
「それじゃ、はじめようか。博和」
「ああ」
二人は頷くと、休憩所に入った。子供の泣き声が賑やかに聞こえ、疲れた人達が畳の上で休憩している姿が目に映る。
「すいません。ちょっと気分が悪いので休憩させてください」
志郎の問いかけに、奥から巫女装束を纏った、若い女性が歩いてきた。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと頭が痛くなって。休憩させてもらってもいいですか? うう……」
「それではこちらにどうぞ」
靴を脱いで畳に上がった志郎は、博和に耳打ちした。
「俺はここで仮眠を取って体を離れるから、お前は休憩所の前で待っていてくれ。適当な女性を見つけて乗り移ってくるから」
「分かった。それじゃ、頼むよ」
「ああ」
部屋の端に寝転んだ志郎が毛布を掛けてもらっている姿を見届けた博和は、休憩所の外に出た。
「やっぱり外は寒いなぁ。あいつ、どんな女性に乗り移るんだろう。俺好みの女性ならいいけどな。でも、さっきの巫女さんも綺麗だったな。白と赤の巫女装束がとても似合っていたし」
博和が妄想している頃、眠りに入った志郎は幽体離脱していた。
(さて、どんな女性がいいかな)
休憩所の壁をすり抜け、小雪の舞う神社の全体が見える様に、少し高い位置で見回す。
(皆、カップルか。そう言えば、鳥居の前に待ち合わせしている人がたくさんいたよな)
その事を思い出した志郎は、鳥居の前に戻る事にした。
いくら人が多くても、幽体なら簡単に鳥居の前まで移動する事が出来る。
(ここも相変わらず多いな。さっきよりも増えたんじゃないか?)
人の多さに圧倒されながらも、彼はターゲットとなる女性を探した。
(おっ、この女性はいいんじゃないかな)
志郎はゆっくりとその女性に近づいていった。二十歳くらいの女性が一人、鳥居の横で佇んでいる。
茶色の髪を綺麗に後ろで結い、ピンクの可愛らしい振袖を着ている。
白い足袋に赤い鼻緒のついた下駄を履き、手には刺繍入りの小さな巾着を持っていた。
(彼女も誰かと待ち合わせしてるのか……)
彼女の表情は曇っていた。しきりに周りを見ているのは、待ち人を探しているのかもしれない。
(待ち合わせの彼が来ないのかな?)
そんな事を思っていると、彼女の携帯が鳴り始めた。巾着から携帯電話を取り出し、話を始める。
「うん、十一時って言ってたのに……。私、もう鳥居の前に来ているのよ。……どうして来れないの? そんなのって無いよっ」
(もしかして、やっぱり彼氏が来ないのか?)
「酷いよ。ずっと待ってたんだからっ。もういいっ!」
彼女は途中で電話を切ってしまった。
(やっぱり!)
巾着に携帯を入れた彼女は、肩を落として鳥居に手をつき、深く溜息を付いた。
(落ち込んでいるところ申し訳ないんだけど、予定の空いちゃった君の体をちょっと借りるよ)
志郎は彼女の後ろに回りこんだ。そして、セクシーな白い項を眺めながら彼女の背中に幽体を滑り込ませた。
「うっ……」
鳥居に付いていた手に力が入った。寒さとは別の感覚が彼女を襲い、身震いしている。
「あっ、うっ、うう……あぅっ」
志郎の幽体が勢いよく侵入すると、彼女は苦悩の表情を作った。反対の手に持っていた巾着を地面に落としてしまったが、震えが止まるとゆっくりと体を屈め、地面から拾い上げた。底に付いた砂を綺麗に叩いた彼女の表情は和らぎ、赤く綺麗に染められた唇でニヤ二やと笑っている。
「携帯、壊れたかもしれないな。確認しておいてやるか」
彼女の口から男口調の言葉が漏れると、折りたたみ式の携帯を開いて、適当にボタンを押した。画面は乱れていないし、ボタンもしっかりと反応する。
「ちょっと傷が付いたけど、壊れて無くて良かった」
彼女の体を完全に支配した志郎は、携帯を巾着に戻すと、代わりに財布を取り出して中に入っていた免許証を見た。免許証には、彼女の写真と名前が載っている。
「陣内 亜理紗か。二十歳の大学生、もしくはOLってところか。あまり時間が無いから、早く博和の所に行かないと」
志郎は、人ごみを掻き分けて休憩所前に急いだ。なかなか前に進まない上、髪の毛を結っているので少し痛く感じる。また、帯をきつく締めているので急ぐと腹部が苦しくなった。
「どうしてこんなに辛いんだよ」
息を切らせながら歩幅が取れない振袖で小股に歩き、やっとの思いで休憩所前に辿り着く。博和は、休憩所の横にある大きな木の前でしゃがみこんで俯いていた。
「ちょっと時間が掛かったからなあ」
志郎はゆっくりと歩き、しゃがみこんでいる博和の前に立った。人の気配に気付いた博和が少し頭を上げると、目の前に赤い帯の下駄が見えた。
更にゆっくりと目線を上げると、ピンクの振袖が徐々に現れ、巾着を持った綺麗な手が見えた。
「あ……」
そのまま見上げると、茶色い髪を結っている可愛い女性が博和の方を見て微笑んでいた。
「えっと……」
「お待たせ」
「志郎?」
「ああ、遅くなったな」
思わず立ち上がり、目の前の女性を見つめる。
「可愛い……」
「もうすぐ十二時だな。間に合って良かったよ」
「さすが志郎! 俺好みの女性じゃないか」
「たまたまだよ。この女性は彼氏が来なかったんだ。携帯で話している内容を聞いて分かったよ」
「そっか。で、彼女は何て名前なんだ」
「亜理紗っていうんだ。二十歳らしい」
「おお〜っ。いいじゃないか。亜理紗ちゃんか。二十歳なら少し年下だな」
「丁度いいだろ」
「ああ」
「じゃあとりあえず境内でお参りするか」
「うん、そうしようそうしようっ」
博和は亜理紗の手を握って歩き始めた。
「あまり速く歩くなよ。振袖は歩きにくいんだからな」
「す、すまん。つい嬉しくなっちゃってさ。それからさあ、悪いけどいつもの様に女口調でしゃべってくれないか。何かしっくりこないんだよ」
「それもそうだな。いいぜ、女口調でしゃべってやるよ。照れるなよ」
そう言うと志郎は、博和と繋いでいた手を切って、横に並び腕を組んだ。
「ねえ博和、早く行こうよ。年が明けちゃうよ」
博和の目を見つめながら、思いきり彼女の雰囲気を表現する。その仕草に博和の顔が赤くなった。
「あっ……うん」
躊躇いながら、ぎこちない足取りで境内に向かう。
「何か博和の顔、赤いよ。それに歩き方が変だし。大丈夫?」
亜理紗を真似る志郎は、わざとからかった。
「だ、大丈夫だよ。階段になっているから気をつけて」
お参りをするために、境内の階段には多くの人が立っていた。博和と志郎も順番待ちをしている。
「これで最高の年が越せるよ。新世紀に向かって俄然やる気が出てきたよ」
「良かったね。来年は志郎君の言う事、何でも聞いてあげてね」
「わ、分かってるよ。その位、お安い御用さ」
「へへっ、嬉しいよ」
笑顔で話す亜理紗に、博和はとても嬉しそうだ。
少しの時間が過ぎたあと、何とか賽銭箱の前まで来る事が出来た。二人はお賽銭を入れ、顔を見合わせてから手を叩いてお参りをした。
丁度十二時になり、周りの人達が、
「ハッピーニューイヤー」
「あけましておめでとう!」
「二十一世紀もよろしく〜っ!」等、声を上げた。
「博和、あけましておめでとう」
「こ、こちらこそ。あけましておめでとう」
「今年もよろしくねっ!」
「うん。今年もよろしく!」
階段を下りた二人は、夜店のある道を歩き始めた。
「何かしようよ。金魚掬いなんてどう?」
「うん。金魚掬いしようよ」
志郎は亜理紗の足でコツコツと下駄を鳴らしながら博和に付いていった。
「一回ずつしたいんだけど」
「それじゃあ四百円ね。ハイ、これ」
店のおじさんから和紙を張った網を受け取った二人は、水槽の前にしゃがみこんで金魚を掬い始めた。
「袖が濡れないように気をつけてね」
「うん、ありがとう。博和って優しいね」
「そ、そうかなあ」と言った矢先、博和の網が脆くも破れてしまった。
「あっ、しまった!」
「私の使っていいよ。袖が濡れそうだから、博和が掬っているところを見ているよ」
「そうか。じゃあ頑張るよ」
亜理紗から網を受け取った博和は、真剣な眼差しで水槽を見つめた。そっと網を水に濡らし、ゆっくりと金魚を追いかける。
「よっと!」
網の上で金魚が小さな体を仰け反らしながら元気よく跳ねる。水槽に浮かべていたプラスチックの容器に金魚を入れると、彼は慢心の笑みを浮かべた。
「すごいすごい。博和って上手だね」
亜理紗は彼を称えるように手を叩いた。
「ざっとこんなもんさ」
調子に乗った博和は、このあと五匹程掬ったが、そこで網が破けてしまった。
「もっと掬えたのになあ」
「いいじゃない。六匹も掬ったんだから」
「はい、じゃあ二匹持って帰ってね」
店のおじさんは、ビニールに二匹入れようとしたが、博和がその手を止めた。
「いいや、持ってかえっても死んじゃうから」
「そうね」
「そうか。じゃあまた来てくれよな」
「うん。その時は十匹以上掬うよ」
そう言って、二人はその場を離れた。
「ずっと持ってるのも大変だからね」
「うん」
二人はこの小雪の舞う寒い中、ソフトクリームを買って食べながら歩いていた。
「この寒いときに、冷たいものを食べるのがいいんだよ」
一人で納得している博和に、亜理紗が話を切り出した。
「ねえ博和。いい事教えてあげようか?」
悪戯っぽい目をしながら博和に話し掛ける彼女の向こうに、志郎のいやらしい笑みを感じる。
「何?」
「あのね。私ってブラジャー付けてないんだよ」
「えっ」
「見なくても分かるの。胸の感じが全然違うから。パンティーも穿いて無いと思うの」
「そ、そうなんだ」
「想像してみてよ。この振袖の下に、何も来ていない姿を。ねえ博和、この体に興味あるよね」
亜理紗が空いている手で胸元を押さえ、何度か揉むように動かした。
「柔らかいな。これ、やっぱりブラジャー付けてないよ。触ってみたい?」
「そ、そりゃあそうだけど」
博和の鼓動が急激に早くなる。少し泳いだ視線を見ながら、志郎は更に亜理紗の声を使って囁いた。
「へへ。胸だけ触らせてあげようか」
「い、いいの?」
「胸だけならいいよ」
「ほ、ほんと?」
「うん。そこの茂みに入ろうよ」
「よ、よしっ!」
ソフトクリームを早々に食べ終えた二人は人ごみから離れると、木が並んでいる茂みの中に入った。この場所なら木の陰に隠れ、二人の姿は見えない。遠くに聞こえるざわめきが無ければ、深々と降り積もる雪によって白く化粧された緑の木々が、神秘的に感じるだろう。
「振袖が乱れちゃうから、少しだけだよ」
亜理紗が背を向け、博和に凭れ掛かった。目の前に現れた白い項がとてもセクシーに感じる。
「いいよ、触っても」
彼女の手が、博和の両手を振袖の上に導く。志郎が乗り移っている事を知りながらも、振袖姿の女性に興奮する博和は胸に宛がった手をゆっくりと動かし始めた。振袖の上を撫でるようにしながら寄せたり、円を描いて胸の感触を確かめる。通常の服よりも生地の厚い振袖は、博和の手から胸を守ろうとしているように思えた。少し顔をしかめながら、更に何度か揉んでみる。
「どう? 亜理紗の胸は。大きい?」
「う〜ん。大きいと思うけど、振袖の上からじゃ、よく分からないなぁ。振袖って生地が分厚いからさ」
「自分で揉むと、揉まれている感じが分かるし、ブラジャーを着けていないから柔らかいって意識するけど……。博和には分かりにくいかな」
「胸の柔らかさを感じないよ」
「そっか。……あっ、そうだっ!」
亜理紗は両腕を少し横に広げた。
「ねえ、振袖の脇の下に切れ目が無い?」
博和は亜理紗の胸から手を遠ざけると、袖をよけて脇の下を見た。
「あ、切れ目がある」
「身八つ口っていうの。確かそこから手が入るから」
「へぇ〜。こんな所に穴が開いているんだ。よく知ってたな」
「たまたまテレビを見ていたときに、振袖の着方をやっていたから、それを思い出したの」
「へぇ〜」
博和は、身八つ口からゆっくりと手を忍ばせた。
「冷たっ!」
冷気に晒されていた博和の手が肌に触れると、亜理紗は脇を閉め、身震いした。
「ご、ごめん」
「ううん。ちょっと冷たかっただけ。そのまま前に手を動かしてみて」
「うん」
身八つ口で止まっていた彼の手が、振袖の中へと入り込んで行く。亜理紗の体温で温められた生地。そして柔らかい彼女の肌が博和の手を包み込み、何とも言えない優しさを感じた。
「ふっ……ん」
俯いてその様子を見ていた志郎は、亜理紗の声で吐息を漏らした。左右から徐々に盛り上がる振袖の生地が胸全体を押し上げると同時に、冷たい博和の掌が乳房を包み込んだ事が分かる。
「直接、胸を掴んじゃったね」
「うん。とっても温かくて柔らかいよ」
「これなら振袖も崩れないよ」
「そうだな。指を動かしてもいい?」
「うん」
「それじゃあ」
振袖の中で、博和の指が動き始めた。
「まるで透明人間に揉まれているみたいでいやらしいな。少し弄られただけでも感じちゃうよ。あふっ……」
振袖の上から博和の手を押さえた亜理紗が艶かしい声を漏らした。博和は後ろから亜理紗の胸元を眺めると、指の間に乳首を挟んだまま、乳房を回すように揉んだ。
「んっ。それっ、いいよ」
中に来ている白い襦袢に乳首が擦れて、敏感な女性の刺激が伝わってくる。
「あんっ! どう? 亜理紗の胸の感触は?」
「すごいよ。指に吸い付いてくるみたい。乳首も勃ってきたから、結構感じているんじゃない?」
博和は振袖の中で軽く拳を作ると、勃起した乳首を人差し指と親指で摘まんでコリコリと転がした。胸元の生地が内側からより一層盛り上がり、異物が侵入している事が容易に伺える。
「んんっ。ち、乳首……そんなに摘まんじゃ……。んっ、んふぅ」
「いやらしいなぁ。それにしても、振袖の中ってこんなに温かくて気持ちいいんだ」
「はぁ、はぁ。ほんとに? 私も触ってみたいな」
「じゃあ手を抜くから、自分で触ってみれば?」
「そうね。ちょっといいかな」
博和が身八つ口から両手を引き抜くと、代わりに亜理紗が自らの手を忍ばせた。
「冷たいな。よいしょ……んっ。わあっ、ほんとだ。指が吸い付く感じがする。温かくて柔らかけぇ……」
亜理紗が自分で胸を揉みながら感動している。振袖の胸元が微妙に形を変える様を眺めている博和は興奮した。こんなに可愛らしい女性が、自ら振袖の中に両手を入れ、いやらしく胸を揉んでいるのだ。こんな痴態を生で見ることが出来るなんて、恐らく二度とないだろう。
「んっ。こうやって揉むのもまた……あっ、気持ちいいよ」
志郎は一人で亜理紗の快感を楽しんでいた。腰をくねらせ、吐息を漏らす仕草は、女性の色気を漂わせていた。
「な、なあ志郎。俺、もうダメだめだよ」
「んんっ。ダメっ。振袖が乱れたら着付け出来ないでしょ。やっぱり乳首が……んっ、はぁ」
少し首を傾け、胸元の生地を盛り上げながらビクン、ビクンと体を震わせる亜理紗の艶かしさがたまらない。
「そんなこと言わずにさあ、頼むよ」
「あっ、あん。仕方ないわね。それじゃあ口でしてあげるから、それで我慢してね」
「それでもいいっ!」
博和はズボンのジッパーを下ろし、トランクスの中から勃起した肉棒を引き出した。
「こんなに大きくしちゃって。興奮しすぎじゃない?」
振袖の中に両手を入れたまましゃがみこんだ志郎は、上目遣いで胸を揉みながら、ガマン汁の付いた亀頭に軽くキスをした。
「うっ」
白い息を吐きながら舌を使い、いやらしく亀頭を舐め回されると肉棒がビクビクと震える。
「うっ、はぁ、はぁ」
硬くした舌先で、先程食べていたソフトクリームの様に下から上へと肉茎を刺激し、ニヤリと笑った亜理紗は、「早く咥えて欲しい?」と尋ねた。
「ああっ! 早く咥えて欲しいよ」
「じゃあ……。この口を使ってフェラしてあげるわ。んっ、んっ、んっ。あふぅ」
顔を上げて艶やかな唇を見せ付けた後、ゆっくりと口を開いて肉棒を咥えてゆく。 その仕草がとてもいやらしく思えた。彼女は未だ身八つ口に手を差し込んだ状態で乳首を刺激している。肉棒の根元まで口に含み、唾液を絡めながら舌で刺激されると、博和は身震いした。
「ん〜っ。んっ……んん」
「うっ。くっ、ううっ」
仁王立ちをしながら、気持ちよさそうに鼻の下を伸ばしていると、亜里沙は身八つ口から両手を抜いて、博和の太ももを持ち、体を固定した。そして、喉の奥までしっかりと咥え込んだ。
「はむっ。んぐっ、んん、んっ、んっ」
「うああ。すごいよ、そのフェラ。も、もうイキそうだ」
亜理紗は博和の肉棒に吸い付きながら、頭を前後に素早く動かした。いやらしい水音が彼女の口から漏れ、聴覚を刺激する。白い息が鼻から漏れ、肉棒の付け根に当たっている。この寒空の下、亜理紗の生温かい口内は極上の気持ち良さだった。そして、たまに上目遣いで見ている亜理紗の表情も快感を増幅させる要因であった。
「うはっ。うっ、すげぇ気持ちいいっ」
「んっ、んぐう。んっ、んふっ、んふっ」
決して肉棒を口から離さない彼女は、片手で玉袋を転がしながら激しく頭を動かしていた。白い息がより一層、博和の下腹部を包み込む。振袖姿の魅力的な女性がこれ程大胆にフェラチオしてくれているのだから、イクなという方が無理であった。
「すごっ! ああっ。もう出るっ!」
その言葉に、亜理紗は咄嗟に肉棒を開放し、しゃがんだまま博和の横に移動すると、玉袋を弄っていた柔らかい手で肉棒をしごいた。
「はあっ、はあっ、出るよっ! うっ!」
ほんの十秒ほどしごくと、亀頭から白濁液が激しく飛び散った。
「あうっ! くぅっ。うっ、うっ、ううっ」
彼女はゆっくりと肉棒をしごきながら、博和の顔をニヤニヤと見つめた。
「すごい勢いで飛んだね」
「はぁ、はぁ、はぁ。すごく気持ちよかった」
「そう、良かった。新年早々、振袖姿の女性にフェラチオしてもらえて」
「うん。ありがとう。でも……」
「でも?」
「したかったなあ。亜理紗ちゃんとのセックス」
「贅沢言わないの。もう十分でしょ」
亜理紗は巾着の中にあったポケットティッシュで口を拭った。その後、博和の肉棒を綺麗に拭いてやる。
「さて。この体を元の場所に返してくるか」
「うん。残念だけど」
「……俺もこの下半身の疼きを慰めたいけど、流石にこの状態じゃあ無理だからな。あ、振袖を少し汚しちゃったか。綺麗だったのに申し訳ないな。まあ、とりあえず休憩所の中で待っててくれ。すぐに戻るから」
「ああ。楽しかったよ、志郎」
「ああ。じゃ、また後で」
志郎は、亜理紗の手で少し皺の寄った膝の後ろを叩いた後、地面について汚れてしまった袖の部分を気にしながら、鳥居に向かって歩いていった。
「ちょっと残念だったな」
軽く溜息を付いた博和は、休憩所の中で待つことにした。空調が効いた休憩所内は先程と変わらず、子供の泣き声と休憩している大人が大勢いた。見たところ、世話をしている人も増えている様だ。皆、アルバイトだろうか。数人の巫女装束を纏った若い女性が、対応に追われている。
しばらく待っていた博和は時計を気にし始めた。志郎と別れてから十分程度経っている。
「もう戻って来てもいい頃じゃないのか?」
五分もあれば戻っているはずだ。博和は、本当に寝ているのではないかと思い、近くにいる巫女に話し掛けた。
「すいません。あの畳で寝ている男性を起こしてもらえませんか。俺のツレなんですよ。そろそろ起きると思うんで」
「あ、はい。分かりました。ちょっとお待ち下さい」
笑顔を絶やさない彼女は、志郎の方に歩いていった。
「いいよなあ、巫女さんかぁ。綺麗で清楚で穢れが無いって感じだ」
赤と白のコントラストが美しい巫女装束を着た後姿に、彼は見惚れていた。彼女は寝ている志郎の横に正座し、何度か肩を叩いている。
すると、彼女の表情が強張った。離れているのでよく分からないが、背筋を退け反らしたかと思うと、眠っている志郎に、覆い被さる様に倒れてしまったのだ。
何が起きているのか分からない。慌てて近づこうと靴を脱ぎ、畳に足を付いたのだが、巫女装束の女性はすぐに起き上がり、志郎を残したまま博和に向かって歩いてくる。
「あ、あの。大丈夫ですか? 俺のツレを起こして欲しいんですけど」
「彼、まだ起きないの。さっき乗り移った女性の火照った体が忘れられなくて、続きをしたいんだって」
「え?!」
「へへ。俺だよ、俺」
「俺って……まさか、志郎か!」
「ああ。どうだ? この姿は」
巫女装束を着た女性は、胸を軽く持ち上げながらニヤリと笑った――。
※この作品は個人誌掲載分の一部を抜き取ったものです。
作 Tira
珍しく白い小雪の舞う大晦日。十一月の中旬から急に冷え込み始めた今年の冬は、昨年よりも寒さが身に沁みる。
今宵はゆっくりと家で過ごし、新しい一年を迎えるのが一番だ。母親が作った、少々衣が太い海老入りの年越し蕎麦を食べ終えた志郎は、妹の裕香と三人で、火燵に潜って歌番組を眺めていた。
「毎年、よく同じ番組を見るよなあ」
「何言ってるのよ。最初にお兄ちゃんがこのチャンネルを見ていたんじゃない。ねえ、お母さん」
「そうだっけ」
自分がテレビを付けた事さえ忘れていた彼は、頭を掻きながら大きな欠伸をした。
「あんたも自分で付けておいてよく言うねえ」
「たまたまテレビを付けたら、この番組だっただけさ」
「私、他の音楽番組が見たいんだけど」
「どうぞ勝手に」
「じゃあ、チャンネル替えるよ」
裕香はリモコンを片手に、好きなアイドルが出演している番組に替えた。テレビの向こうにある華やかな世界と、火燵に入り、地味に蜜柑を食べる自分達とは大違いだ。あの世界で生きてゆくのは大変だろうと、志郎は蜜柑の皮を剥きながら思った。
「ねえ志郎。とうとう今年中に就職決まらなかったわね」
「いいんだよ。俺はちゃんと探してるんだから」
「それならいいんだけど。浪人しそうで心配だよ」
「その時はその時で何とかなるさ」
「またそんな呑気な事を言って。難しいんだよ、現役で就職出来なかったら。母さんね、近所の人に嫌って程、聞いているんだから」
「そんなの関係ないって。大丈夫だからほっといてくれよ」
「またそれなの。あんた、ほんとに就職活動しているのかい?」
「してるって。何度も言わせないでくれよ」
「だって志郎。あんたは大学に行くか家で寝ているかのどちらかじゃない。スーツを着て何処かに行っている姿なんて見たこと無いよ。普通はスーツ姿で面接に行くんじゃないの?」
「べ、別にスーツじゃなくても、会社の面接くらい行けるよ」
「ほら、そんな事だから全部断られるんだよ。きちんとした服装で行きなさいよ」
「ちぇっ、分かってるよ。俺の事なんだから、ほっといてくれよ」
「ほっとけないから言ってるんじゃないの」
「俺が就職しようとしまいと関係ないだろっ」
「何言ってんだい。何時までも親に甘えてどうするのっ。お母さん、いつかはいなくなるんだよ」
「もうっ! 二人とも五月蝿いなぁ。テレビ聞こえないじゃない。喧嘩するならあっちでしてよ」
親子のやりとりにうんざりした裕香が話しを遮った。
「俺、もう寝るよ」
「全くこの子は……。来年は頑張りなさいよ」
志郎は、剥き掛けていた蜜柑を手に取ると、少しふてくされながら二階にある自分の部屋に戻った。エアコンを入れ、テレビを付けるとベッドに身を投げ溜息をつく。
「一々、五月蝿いよ。何度も言われなくたって分かってるんだ」
就職する気持ちはあるものの、なかなか自分のやりたい仕事が見つけられない志郎は、ここしばらく憂鬱な毎日を送っていた。幽体離脱し、他人に憑依しながら仕事を体験する。その方法は最も自分に適した仕事を見つけられると思うのだが、それ以前に、こういう仕事がしたいという業種が見つからないのだ。周りの学生達が次々と就職先を決める中、自分だけが取り残されてゆく。親友の博和でさえ就職先が決まっている中、志郎は徐々に焦り始めていたのだ。
「はぁ〜」
もう一度溜息をつき蜜柑を口に運んでいると、電話が鳴り始めた。勉強机の上に置いていた子機を取ろうとすると鳴り止む。どうやら一階で誰かが取ったようだ。
しばらくすると、子機から内線を告げる音楽が鳴り始めた。志郎は気だるそうに通話ボタンを押した。
「あっ、お兄ちゃん。博和君から」
「博和? ああ、代わってくれ」
「うん」
小さな電子音のあと、博和の声が聞こえた。
「もしもし、志郎か」
「ああ、何だよ博和。大晦日の夜に」
「どうせ暇してるんだろ。だったら俺に付き合えよ」
「はぁ? 今から外に出ろって言うのか。雪が降っているのに」
「そんなの関係ないよ。あのさ、来年はとうとう二〇〇〇年、新世紀だよな。お前の就職が決まるように初詣に行かないか?」
「いいよ別に。去年だってお参りしたのに全然効果なかったし」
「そう言わずに行こうぜ。お参りしたら来年は絶対良い事があるって」
「嫌だよ。こんな寒い中、どうして行かなきゃならないんだ。俺の事ならほっといて、お前一人で行って来いよ。俺は暖かい部屋でゆっくりと年を越したいんだ」
「そう連れない事を言うなって。俺とお前の仲じゃないか」
「どんな仲だよ」
「そりゃ、愛し合った仲じゃないか」
「……馬鹿かお前は」
「ははっ、それは冗談だけど、何て言うかさ……」
「何だよ、まだ何か言いたいのか?」
苛立ちを隠さない志郎に、博和は少し声を小さくしながら話しを続けた。
「俺、まだ初詣に行った事が無いんだ」
「ふ〜ん。それで?」
「だから志郎。一緒に行って欲しいんだ」
「何で俺なんだ? 俺じゃなくてもいいじゃないか……っていうか、よく考えたら去年も一緒に行ったじゃないか。思い出したぞ。階段でこけて膝を打ったんだ。あれは最悪の初詣だったな」
「だからさ。その……女と一緒に初詣に行った事が無いんだ。こ、今年で二十世紀も終わりだろ。せめて二十一世紀になる瞬間くらい、女の子と一緒にいたいなって思ってさ……」
「……で?」
志郎は彼が何を言いたいのか分かっていたが、そのまま続きをしゃべらせた。
「お願いだから俺と神社に行って、楽しい時を過ごさせてくれ!」
「何て自分勝手な奴だ」
「何とでも言えっ! 恥を忍んで頼んでいるんだから」
「寒いんだよ。外出るの、嫌だ」
「そんな事、言うなよ。ちょっとだけさ、ちょっとだけ。それに幽体離脱したら寒さなんか感じないんだろ」
「それはそうだけど、乗り移ったら寒いじゃないか」
「大丈夫だって。みんな振袖を着ているから寒くないよ」
「ほんとに他人事みたいに言うなあ」
「いやっ。他人事じゃないぞ。俺の今世紀最後のイベントなんだから」
「……そこまで思っているなら、自分で彼女見つければいいじゃないか。神社に一人で来てる女の子もいるかもしれないし。いや、大体二人で来てるからさ。適当に話してその場だけ付き合ってもらえば? 両手に花ってもんだ」
「志郎。お前ってほんとに冷たい奴だな。俺がそんな事、出来ると思ってるのか」
「いや、思わないけど」
「だったら頼むよ。何か奢るからさ」
「いいよ別に。腹減ってないし。明日は家族でおせち料理食べるから、別に無理する事もないし」
「くっ。そ、それじゃあお前の言う事、何でも一つ聞いてやるよ。それならどうだ?」
「お前にしてもらいたい事なんて無いよ」
「……そんなものか。俺たちの仲って」
「いい仲じゃないか。俺たち親友だろ」
「そうさ、親友さ。親友だったらこのくらいの願いは聞いてくれたっていいんじゃないの」
「何かさ、お前ばっかりいい思いをしてないか?」
「うっ。そ、そんな事ないさ。俺だって志郎の事を心配しているんだ」
「ほんとかぁ?」
「ほんとだって。お前が早く就職先を見つけられればいいと思ってる。これはほんとなんだ。それに初詣に行こうって思った時も、最初はお前の事を考えてたんだよ。ただ、それなら俺の願いも叶えて欲しいなあって思って。もちろん今だって、神社に行ったらまずお前の就職祈願をするつもりだよ」
「怪しいな」
「疑うなら別にいいけど。……はぁ、もういいや。すまなかった。俺が悪かったよ。どうも志郎に頼り過ぎるところがあるからな。今の事は忘れてくれ。来年こそ頑張れよ。じゃあな」
「おいっ、ちょっと待てよ。自分で話を完結するな。それで、何処の神社に行くつもりなんだよ」
「えっ?」
「何処の神社に行くのかって聞いてるんだよ。行きたいんだろ、初詣に」
「志郎……。お前はいい奴だよ」
「いいから早く言えよ」
「ああ。お前も知ってるところだよ。ほら、隣町にある大きな神社、知ってるだろ」
「あの有名な神社か?」
「そうそう。かなり人が集まるけど、その分、夜店なんかがいっぱい出てるし、願い事するならあそこがいいんじゃないかな」
「そうだな。あの神社はよく願いが叶うって言う噂だから。去年行った神社とは正反対の方向だな」
「ああ。鳥居の前に集合しようぜ」
「構わないけど。で、女性はどうするんだ?」
「俺、考えてたんだけどさ。志郎は幽体離脱した状態で神社に行くんだ。そして適当な女性に憑依して俺と過ごす。お前の体ごと神社に来たら、どこかに体を置いておく必要があるだろ」
「それもそうだな。でも、やっぱり自分の体でお参りしたいなあ」
「そうだよな。そうしないと、願い事も叶わないかも知れないし」
「俺、自分の体で行く事にするよ。お前の願いはしっかり叶えてやるから」
「ほんとか?」
「ああ、任せとけ」
「でも、お前の体はどうするんだよ。まさか、憑依している間、草むらに隠しておくわけじゃないだろ」
「その事は、今、ちゃんと考えたから」
「わ、分かった。それじゃ、志郎に任せるよ」
「ああ。一時間後に、神社の鳥居に集合だ」
「オッケー! 楽しみにしてるよ」
「ああ」
志郎はうれしそうな博和の声を聞きながら子機を置いた。隣町の神社には何度か行った事があるので、志郎の家から一時間足らずで行けることは分かっている。
「あいつ、話の持って行き方が上手いよな。ああいう風に女性に話したら、きっと上手くいくと思うのに」
家着から私服に着替えた志郎は、一階に下りて居間を覗き込んだ。母親と裕香が、まだ歌番組を見ている。
「ちょっと出掛けて来るよ」
「今から出掛けるのかい?」
「ああ、博和が初詣に行かないかってさ」
「もしかしてお兄ちゃん、博和君と二人で行くの?」
「ああ、そうだけど」
「さびしい〜。男同士で初詣に行くなんて、お兄ちゃんも可哀想だね」
「五月蝿い! ほっとけ」
志郎は腹を立てながら玄関で靴を履き、扉を開いた。冷たい風と共に、粉雪が顔めがけて飛んでくる。その雪の冷たさに目を細くした。
「うわっ、寒〜っ!」
首を竦めながら、最寄りの駅に向かって歩き始めた。黒い空を見上げると、灰色の雲が垂れ込んでいてしばらく止みそうに無い。駅前近くに着くと、窓の曇った電車が走っているのが見える。
「まだ運行していて良かった。帰りは大丈夫かな」
改札口を潜り、電車に乗り込むと、若いカップルがいやらしく抱き合ったり、恥ずかしくなるような会話をしていた。殆どの女性は華やかな振袖姿で、初詣に向かう人達ばかりだ。賑わう電車の中、志郎は一人でつり革を持って立っていた。自分だけが孤立している様な感じで、妙に虚しくなる。
「やっぱり止めときゃよかったかなぁ」
少し後悔したが、ここまで来たら引き返すのも気が引ける。
「まっ、いいか。立場は違うけど、結局俺もあんな風になるわけだし」
志郎は神社のある駅に着くまで、曇った車窓の外で溶ける雪を眺めていた。
車掌のアナウンスと共に速度が落ち、駅に辿り着く。殆どの乗客が、この駅で降りるようだ。彼も人の流れに合わせて電車を降りた。
神社は駅の目の前にある。改札口を抜けた志郎は辺りを見渡した。丁度、一時間程経ったところだ。鳥居前には大勢の人達が待ち合わせのために集まっていて、とても賑やかだった。
「おーい、志郎〜っ!」
人ごみの中から博和の声が聞こえる。
「どこだ?」
再度見回すと、左の方から博和が近づいてきた。
「遅かったな、志郎」
「そうか? 丁度、一時間くらいだけどな」
「俺、二十分前に着いてたんだ」
「そんなに早く着いていたのか?」
「何かドキドキしちゃってさ。思わずタクシーで来ちゃったよ」
「何て贅沢な奴だ」
「いいだろ、俺の金だし。それより早く行こうぜ」
「ああ。俺の用事は最後でいいから、お前の希望を叶えてやるよ。十二時まであと三十分位しか無いしさ」
「いいのか? 俺が先で」
「ああ、お参りなんて今すぐじゃなくてもいいからな。とりあえず神社の横にある休憩所まで行こうか」
「休憩所?」
「ああ、そこで俺の体を預けるんだ。あそこは迷子の相談や疲れた人が休憩する場所として使っているはずだから。酔っ払って倒れたとか言ったら、とりあえず休ませてくれるだろ」
「なるほど、さすが志郎! 悪知恵は天下一品だな」
「悪知恵じゃないさ。お前のためにやってやるんだから」
「はい、失言でした。申し訳ありません」
「分かればいいんだ、分かれば」
「へへ〜っ、お代官様〜」
二人は間抜けな会話をしながら、休憩所に向かった。道の両側には夜店がたくさん並んでおり、人だかりが出来ている。ゆっくりした流れの中、二人はようやく休憩所の前に辿り着いた。
「無茶苦茶多いな。人が多すぎて呼吸困難になりそうだ」
「そりゃあ、この神社な有名だからな。毎年これ位の人は来てるんじゃないかな」
「こんなんじゃ、ゆっくり楽しめそうにないか」
「ま、女性と二人なら気にならないんじゃない?」
「それもそうだな」
「それじゃ、はじめようか。博和」
「ああ」
二人は頷くと、休憩所に入った。子供の泣き声が賑やかに聞こえ、疲れた人達が畳の上で休憩している姿が目に映る。
「すいません。ちょっと気分が悪いので休憩させてください」
志郎の問いかけに、奥から巫女装束を纏った、若い女性が歩いてきた。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと頭が痛くなって。休憩させてもらってもいいですか? うう……」
「それではこちらにどうぞ」
靴を脱いで畳に上がった志郎は、博和に耳打ちした。
「俺はここで仮眠を取って体を離れるから、お前は休憩所の前で待っていてくれ。適当な女性を見つけて乗り移ってくるから」
「分かった。それじゃ、頼むよ」
「ああ」
部屋の端に寝転んだ志郎が毛布を掛けてもらっている姿を見届けた博和は、休憩所の外に出た。
「やっぱり外は寒いなぁ。あいつ、どんな女性に乗り移るんだろう。俺好みの女性ならいいけどな。でも、さっきの巫女さんも綺麗だったな。白と赤の巫女装束がとても似合っていたし」
博和が妄想している頃、眠りに入った志郎は幽体離脱していた。
(さて、どんな女性がいいかな)
休憩所の壁をすり抜け、小雪の舞う神社の全体が見える様に、少し高い位置で見回す。
(皆、カップルか。そう言えば、鳥居の前に待ち合わせしている人がたくさんいたよな)
その事を思い出した志郎は、鳥居の前に戻る事にした。
いくら人が多くても、幽体なら簡単に鳥居の前まで移動する事が出来る。
(ここも相変わらず多いな。さっきよりも増えたんじゃないか?)
人の多さに圧倒されながらも、彼はターゲットとなる女性を探した。
(おっ、この女性はいいんじゃないかな)
志郎はゆっくりとその女性に近づいていった。二十歳くらいの女性が一人、鳥居の横で佇んでいる。
茶色の髪を綺麗に後ろで結い、ピンクの可愛らしい振袖を着ている。
白い足袋に赤い鼻緒のついた下駄を履き、手には刺繍入りの小さな巾着を持っていた。
(彼女も誰かと待ち合わせしてるのか……)
彼女の表情は曇っていた。しきりに周りを見ているのは、待ち人を探しているのかもしれない。
(待ち合わせの彼が来ないのかな?)
そんな事を思っていると、彼女の携帯が鳴り始めた。巾着から携帯電話を取り出し、話を始める。
「うん、十一時って言ってたのに……。私、もう鳥居の前に来ているのよ。……どうして来れないの? そんなのって無いよっ」
(もしかして、やっぱり彼氏が来ないのか?)
「酷いよ。ずっと待ってたんだからっ。もういいっ!」
彼女は途中で電話を切ってしまった。
(やっぱり!)
巾着に携帯を入れた彼女は、肩を落として鳥居に手をつき、深く溜息を付いた。
(落ち込んでいるところ申し訳ないんだけど、予定の空いちゃった君の体をちょっと借りるよ)
志郎は彼女の後ろに回りこんだ。そして、セクシーな白い項を眺めながら彼女の背中に幽体を滑り込ませた。
「うっ……」
鳥居に付いていた手に力が入った。寒さとは別の感覚が彼女を襲い、身震いしている。
「あっ、うっ、うう……あぅっ」
志郎の幽体が勢いよく侵入すると、彼女は苦悩の表情を作った。反対の手に持っていた巾着を地面に落としてしまったが、震えが止まるとゆっくりと体を屈め、地面から拾い上げた。底に付いた砂を綺麗に叩いた彼女の表情は和らぎ、赤く綺麗に染められた唇でニヤ二やと笑っている。
「携帯、壊れたかもしれないな。確認しておいてやるか」
彼女の口から男口調の言葉が漏れると、折りたたみ式の携帯を開いて、適当にボタンを押した。画面は乱れていないし、ボタンもしっかりと反応する。
「ちょっと傷が付いたけど、壊れて無くて良かった」
彼女の体を完全に支配した志郎は、携帯を巾着に戻すと、代わりに財布を取り出して中に入っていた免許証を見た。免許証には、彼女の写真と名前が載っている。
「陣内 亜理紗か。二十歳の大学生、もしくはOLってところか。あまり時間が無いから、早く博和の所に行かないと」
志郎は、人ごみを掻き分けて休憩所前に急いだ。なかなか前に進まない上、髪の毛を結っているので少し痛く感じる。また、帯をきつく締めているので急ぐと腹部が苦しくなった。
「どうしてこんなに辛いんだよ」
息を切らせながら歩幅が取れない振袖で小股に歩き、やっとの思いで休憩所前に辿り着く。博和は、休憩所の横にある大きな木の前でしゃがみこんで俯いていた。
「ちょっと時間が掛かったからなあ」
志郎はゆっくりと歩き、しゃがみこんでいる博和の前に立った。人の気配に気付いた博和が少し頭を上げると、目の前に赤い帯の下駄が見えた。
更にゆっくりと目線を上げると、ピンクの振袖が徐々に現れ、巾着を持った綺麗な手が見えた。
「あ……」
そのまま見上げると、茶色い髪を結っている可愛い女性が博和の方を見て微笑んでいた。
「えっと……」
「お待たせ」
「志郎?」
「ああ、遅くなったな」
思わず立ち上がり、目の前の女性を見つめる。
「可愛い……」
「もうすぐ十二時だな。間に合って良かったよ」
「さすが志郎! 俺好みの女性じゃないか」
「たまたまだよ。この女性は彼氏が来なかったんだ。携帯で話している内容を聞いて分かったよ」
「そっか。で、彼女は何て名前なんだ」
「亜理紗っていうんだ。二十歳らしい」
「おお〜っ。いいじゃないか。亜理紗ちゃんか。二十歳なら少し年下だな」
「丁度いいだろ」
「ああ」
「じゃあとりあえず境内でお参りするか」
「うん、そうしようそうしようっ」
博和は亜理紗の手を握って歩き始めた。
「あまり速く歩くなよ。振袖は歩きにくいんだからな」
「す、すまん。つい嬉しくなっちゃってさ。それからさあ、悪いけどいつもの様に女口調でしゃべってくれないか。何かしっくりこないんだよ」
「それもそうだな。いいぜ、女口調でしゃべってやるよ。照れるなよ」
そう言うと志郎は、博和と繋いでいた手を切って、横に並び腕を組んだ。
「ねえ博和、早く行こうよ。年が明けちゃうよ」
博和の目を見つめながら、思いきり彼女の雰囲気を表現する。その仕草に博和の顔が赤くなった。
「あっ……うん」
躊躇いながら、ぎこちない足取りで境内に向かう。
「何か博和の顔、赤いよ。それに歩き方が変だし。大丈夫?」
亜理紗を真似る志郎は、わざとからかった。
「だ、大丈夫だよ。階段になっているから気をつけて」
お参りをするために、境内の階段には多くの人が立っていた。博和と志郎も順番待ちをしている。
「これで最高の年が越せるよ。新世紀に向かって俄然やる気が出てきたよ」
「良かったね。来年は志郎君の言う事、何でも聞いてあげてね」
「わ、分かってるよ。その位、お安い御用さ」
「へへっ、嬉しいよ」
笑顔で話す亜理紗に、博和はとても嬉しそうだ。
少しの時間が過ぎたあと、何とか賽銭箱の前まで来る事が出来た。二人はお賽銭を入れ、顔を見合わせてから手を叩いてお参りをした。
丁度十二時になり、周りの人達が、
「ハッピーニューイヤー」
「あけましておめでとう!」
「二十一世紀もよろしく〜っ!」等、声を上げた。
「博和、あけましておめでとう」
「こ、こちらこそ。あけましておめでとう」
「今年もよろしくねっ!」
「うん。今年もよろしく!」
階段を下りた二人は、夜店のある道を歩き始めた。
「何かしようよ。金魚掬いなんてどう?」
「うん。金魚掬いしようよ」
志郎は亜理紗の足でコツコツと下駄を鳴らしながら博和に付いていった。
「一回ずつしたいんだけど」
「それじゃあ四百円ね。ハイ、これ」
店のおじさんから和紙を張った網を受け取った二人は、水槽の前にしゃがみこんで金魚を掬い始めた。
「袖が濡れないように気をつけてね」
「うん、ありがとう。博和って優しいね」
「そ、そうかなあ」と言った矢先、博和の網が脆くも破れてしまった。
「あっ、しまった!」
「私の使っていいよ。袖が濡れそうだから、博和が掬っているところを見ているよ」
「そうか。じゃあ頑張るよ」
亜理紗から網を受け取った博和は、真剣な眼差しで水槽を見つめた。そっと網を水に濡らし、ゆっくりと金魚を追いかける。
「よっと!」
網の上で金魚が小さな体を仰け反らしながら元気よく跳ねる。水槽に浮かべていたプラスチックの容器に金魚を入れると、彼は慢心の笑みを浮かべた。
「すごいすごい。博和って上手だね」
亜理紗は彼を称えるように手を叩いた。
「ざっとこんなもんさ」
調子に乗った博和は、このあと五匹程掬ったが、そこで網が破けてしまった。
「もっと掬えたのになあ」
「いいじゃない。六匹も掬ったんだから」
「はい、じゃあ二匹持って帰ってね」
店のおじさんは、ビニールに二匹入れようとしたが、博和がその手を止めた。
「いいや、持ってかえっても死んじゃうから」
「そうね」
「そうか。じゃあまた来てくれよな」
「うん。その時は十匹以上掬うよ」
そう言って、二人はその場を離れた。
「ずっと持ってるのも大変だからね」
「うん」
二人はこの小雪の舞う寒い中、ソフトクリームを買って食べながら歩いていた。
「この寒いときに、冷たいものを食べるのがいいんだよ」
一人で納得している博和に、亜理紗が話を切り出した。
「ねえ博和。いい事教えてあげようか?」
悪戯っぽい目をしながら博和に話し掛ける彼女の向こうに、志郎のいやらしい笑みを感じる。
「何?」
「あのね。私ってブラジャー付けてないんだよ」
「えっ」
「見なくても分かるの。胸の感じが全然違うから。パンティーも穿いて無いと思うの」
「そ、そうなんだ」
「想像してみてよ。この振袖の下に、何も来ていない姿を。ねえ博和、この体に興味あるよね」
亜理紗が空いている手で胸元を押さえ、何度か揉むように動かした。
「柔らかいな。これ、やっぱりブラジャー付けてないよ。触ってみたい?」
「そ、そりゃあそうだけど」
博和の鼓動が急激に早くなる。少し泳いだ視線を見ながら、志郎は更に亜理紗の声を使って囁いた。
「へへ。胸だけ触らせてあげようか」
「い、いいの?」
「胸だけならいいよ」
「ほ、ほんと?」
「うん。そこの茂みに入ろうよ」
「よ、よしっ!」
ソフトクリームを早々に食べ終えた二人は人ごみから離れると、木が並んでいる茂みの中に入った。この場所なら木の陰に隠れ、二人の姿は見えない。遠くに聞こえるざわめきが無ければ、深々と降り積もる雪によって白く化粧された緑の木々が、神秘的に感じるだろう。
「振袖が乱れちゃうから、少しだけだよ」
亜理紗が背を向け、博和に凭れ掛かった。目の前に現れた白い項がとてもセクシーに感じる。
「いいよ、触っても」
彼女の手が、博和の両手を振袖の上に導く。志郎が乗り移っている事を知りながらも、振袖姿の女性に興奮する博和は胸に宛がった手をゆっくりと動かし始めた。振袖の上を撫でるようにしながら寄せたり、円を描いて胸の感触を確かめる。通常の服よりも生地の厚い振袖は、博和の手から胸を守ろうとしているように思えた。少し顔をしかめながら、更に何度か揉んでみる。
「どう? 亜理紗の胸は。大きい?」
「う〜ん。大きいと思うけど、振袖の上からじゃ、よく分からないなぁ。振袖って生地が分厚いからさ」
「自分で揉むと、揉まれている感じが分かるし、ブラジャーを着けていないから柔らかいって意識するけど……。博和には分かりにくいかな」
「胸の柔らかさを感じないよ」
「そっか。……あっ、そうだっ!」
亜理紗は両腕を少し横に広げた。
「ねえ、振袖の脇の下に切れ目が無い?」
博和は亜理紗の胸から手を遠ざけると、袖をよけて脇の下を見た。
「あ、切れ目がある」
「身八つ口っていうの。確かそこから手が入るから」
「へぇ〜。こんな所に穴が開いているんだ。よく知ってたな」
「たまたまテレビを見ていたときに、振袖の着方をやっていたから、それを思い出したの」
「へぇ〜」
博和は、身八つ口からゆっくりと手を忍ばせた。
「冷たっ!」
冷気に晒されていた博和の手が肌に触れると、亜理紗は脇を閉め、身震いした。
「ご、ごめん」
「ううん。ちょっと冷たかっただけ。そのまま前に手を動かしてみて」
「うん」
身八つ口で止まっていた彼の手が、振袖の中へと入り込んで行く。亜理紗の体温で温められた生地。そして柔らかい彼女の肌が博和の手を包み込み、何とも言えない優しさを感じた。
「ふっ……ん」
俯いてその様子を見ていた志郎は、亜理紗の声で吐息を漏らした。左右から徐々に盛り上がる振袖の生地が胸全体を押し上げると同時に、冷たい博和の掌が乳房を包み込んだ事が分かる。
「直接、胸を掴んじゃったね」
「うん。とっても温かくて柔らかいよ」
「これなら振袖も崩れないよ」
「そうだな。指を動かしてもいい?」
「うん」
「それじゃあ」
振袖の中で、博和の指が動き始めた。
「まるで透明人間に揉まれているみたいでいやらしいな。少し弄られただけでも感じちゃうよ。あふっ……」
振袖の上から博和の手を押さえた亜理紗が艶かしい声を漏らした。博和は後ろから亜理紗の胸元を眺めると、指の間に乳首を挟んだまま、乳房を回すように揉んだ。
「んっ。それっ、いいよ」
中に来ている白い襦袢に乳首が擦れて、敏感な女性の刺激が伝わってくる。
「あんっ! どう? 亜理紗の胸の感触は?」
「すごいよ。指に吸い付いてくるみたい。乳首も勃ってきたから、結構感じているんじゃない?」
博和は振袖の中で軽く拳を作ると、勃起した乳首を人差し指と親指で摘まんでコリコリと転がした。胸元の生地が内側からより一層盛り上がり、異物が侵入している事が容易に伺える。
「んんっ。ち、乳首……そんなに摘まんじゃ……。んっ、んふぅ」
「いやらしいなぁ。それにしても、振袖の中ってこんなに温かくて気持ちいいんだ」
「はぁ、はぁ。ほんとに? 私も触ってみたいな」
「じゃあ手を抜くから、自分で触ってみれば?」
「そうね。ちょっといいかな」
博和が身八つ口から両手を引き抜くと、代わりに亜理紗が自らの手を忍ばせた。
「冷たいな。よいしょ……んっ。わあっ、ほんとだ。指が吸い付く感じがする。温かくて柔らかけぇ……」
亜理紗が自分で胸を揉みながら感動している。振袖の胸元が微妙に形を変える様を眺めている博和は興奮した。こんなに可愛らしい女性が、自ら振袖の中に両手を入れ、いやらしく胸を揉んでいるのだ。こんな痴態を生で見ることが出来るなんて、恐らく二度とないだろう。
「んっ。こうやって揉むのもまた……あっ、気持ちいいよ」
志郎は一人で亜理紗の快感を楽しんでいた。腰をくねらせ、吐息を漏らす仕草は、女性の色気を漂わせていた。
「な、なあ志郎。俺、もうダメだめだよ」
「んんっ。ダメっ。振袖が乱れたら着付け出来ないでしょ。やっぱり乳首が……んっ、はぁ」
少し首を傾け、胸元の生地を盛り上げながらビクン、ビクンと体を震わせる亜理紗の艶かしさがたまらない。
「そんなこと言わずにさあ、頼むよ」
「あっ、あん。仕方ないわね。それじゃあ口でしてあげるから、それで我慢してね」
「それでもいいっ!」
博和はズボンのジッパーを下ろし、トランクスの中から勃起した肉棒を引き出した。
「こんなに大きくしちゃって。興奮しすぎじゃない?」
振袖の中に両手を入れたまましゃがみこんだ志郎は、上目遣いで胸を揉みながら、ガマン汁の付いた亀頭に軽くキスをした。
「うっ」
白い息を吐きながら舌を使い、いやらしく亀頭を舐め回されると肉棒がビクビクと震える。
「うっ、はぁ、はぁ」
硬くした舌先で、先程食べていたソフトクリームの様に下から上へと肉茎を刺激し、ニヤリと笑った亜理紗は、「早く咥えて欲しい?」と尋ねた。
「ああっ! 早く咥えて欲しいよ」
「じゃあ……。この口を使ってフェラしてあげるわ。んっ、んっ、んっ。あふぅ」
顔を上げて艶やかな唇を見せ付けた後、ゆっくりと口を開いて肉棒を咥えてゆく。 その仕草がとてもいやらしく思えた。彼女は未だ身八つ口に手を差し込んだ状態で乳首を刺激している。肉棒の根元まで口に含み、唾液を絡めながら舌で刺激されると、博和は身震いした。
「ん〜っ。んっ……んん」
「うっ。くっ、ううっ」
仁王立ちをしながら、気持ちよさそうに鼻の下を伸ばしていると、亜里沙は身八つ口から両手を抜いて、博和の太ももを持ち、体を固定した。そして、喉の奥までしっかりと咥え込んだ。
「はむっ。んぐっ、んん、んっ、んっ」
「うああ。すごいよ、そのフェラ。も、もうイキそうだ」
亜理紗は博和の肉棒に吸い付きながら、頭を前後に素早く動かした。いやらしい水音が彼女の口から漏れ、聴覚を刺激する。白い息が鼻から漏れ、肉棒の付け根に当たっている。この寒空の下、亜理紗の生温かい口内は極上の気持ち良さだった。そして、たまに上目遣いで見ている亜理紗の表情も快感を増幅させる要因であった。
「うはっ。うっ、すげぇ気持ちいいっ」
「んっ、んぐう。んっ、んふっ、んふっ」
決して肉棒を口から離さない彼女は、片手で玉袋を転がしながら激しく頭を動かしていた。白い息がより一層、博和の下腹部を包み込む。振袖姿の魅力的な女性がこれ程大胆にフェラチオしてくれているのだから、イクなという方が無理であった。
「すごっ! ああっ。もう出るっ!」
その言葉に、亜理紗は咄嗟に肉棒を開放し、しゃがんだまま博和の横に移動すると、玉袋を弄っていた柔らかい手で肉棒をしごいた。
「はあっ、はあっ、出るよっ! うっ!」
ほんの十秒ほどしごくと、亀頭から白濁液が激しく飛び散った。
「あうっ! くぅっ。うっ、うっ、ううっ」
彼女はゆっくりと肉棒をしごきながら、博和の顔をニヤニヤと見つめた。
「すごい勢いで飛んだね」
「はぁ、はぁ、はぁ。すごく気持ちよかった」
「そう、良かった。新年早々、振袖姿の女性にフェラチオしてもらえて」
「うん。ありがとう。でも……」
「でも?」
「したかったなあ。亜理紗ちゃんとのセックス」
「贅沢言わないの。もう十分でしょ」
亜理紗は巾着の中にあったポケットティッシュで口を拭った。その後、博和の肉棒を綺麗に拭いてやる。
「さて。この体を元の場所に返してくるか」
「うん。残念だけど」
「……俺もこの下半身の疼きを慰めたいけど、流石にこの状態じゃあ無理だからな。あ、振袖を少し汚しちゃったか。綺麗だったのに申し訳ないな。まあ、とりあえず休憩所の中で待っててくれ。すぐに戻るから」
「ああ。楽しかったよ、志郎」
「ああ。じゃ、また後で」
志郎は、亜理紗の手で少し皺の寄った膝の後ろを叩いた後、地面について汚れてしまった袖の部分を気にしながら、鳥居に向かって歩いていった。
「ちょっと残念だったな」
軽く溜息を付いた博和は、休憩所の中で待つことにした。空調が効いた休憩所内は先程と変わらず、子供の泣き声と休憩している大人が大勢いた。見たところ、世話をしている人も増えている様だ。皆、アルバイトだろうか。数人の巫女装束を纏った若い女性が、対応に追われている。
しばらく待っていた博和は時計を気にし始めた。志郎と別れてから十分程度経っている。
「もう戻って来てもいい頃じゃないのか?」
五分もあれば戻っているはずだ。博和は、本当に寝ているのではないかと思い、近くにいる巫女に話し掛けた。
「すいません。あの畳で寝ている男性を起こしてもらえませんか。俺のツレなんですよ。そろそろ起きると思うんで」
「あ、はい。分かりました。ちょっとお待ち下さい」
笑顔を絶やさない彼女は、志郎の方に歩いていった。
「いいよなあ、巫女さんかぁ。綺麗で清楚で穢れが無いって感じだ」
赤と白のコントラストが美しい巫女装束を着た後姿に、彼は見惚れていた。彼女は寝ている志郎の横に正座し、何度か肩を叩いている。
すると、彼女の表情が強張った。離れているのでよく分からないが、背筋を退け反らしたかと思うと、眠っている志郎に、覆い被さる様に倒れてしまったのだ。
何が起きているのか分からない。慌てて近づこうと靴を脱ぎ、畳に足を付いたのだが、巫女装束の女性はすぐに起き上がり、志郎を残したまま博和に向かって歩いてくる。
「あ、あの。大丈夫ですか? 俺のツレを起こして欲しいんですけど」
「彼、まだ起きないの。さっき乗り移った女性の火照った体が忘れられなくて、続きをしたいんだって」
「え?!」
「へへ。俺だよ、俺」
「俺って……まさか、志郎か!」
「ああ。どうだ? この姿は」
巫女装束を着た女性は、胸を軽く持ち上げながらニヤリと笑った――。
※この作品は個人誌掲載分の一部を抜き取ったものです。
コメント
コメント一覧 (2)
素早い対応でご配慮していただいて、ありがとうございます^^
サンプルでこのボリューム、完成品が楽しみです。
寒くなりますし、何かとお忙しい中かもしれないですが、体には御自愛されてくださいね。
まったり楽しみにしてます♪
読む事が出来てよかったです。
そしてお読み頂きありがとうございます。
今回の掲載分は、「初詣に行こう!」の2/3程度ですね。
後は志郎が巫女装束のお姉さんの体を楽しむ事になります。
こんな感じで「行こう!」シリーズは10タイトルあるのですが、ちょこちょこと加筆修正しながら作っています。
楽しんでいただけるように頑張りますよ!