果乃河先生は一人娘で、両親と暮らしているらしい。
 父親は大学の先生、母親は製薬会社の研究スタッフとして働いて、いつも帰りは遅くなる――という情報を記憶から読み取っていた剛司は、自分の家を歩くように迷うことなく二階へ上がると、先生の部屋に招いてくれた。
先生6
「どうだ?果乃河先生の部屋は」
「ぬいぐるみとか置いていて女性らしいっていうか、先生の雰囲気からして高校生くらいの部屋って感じだな」
「あのぬいぐるみは両親と、死んだおばあちゃんからもらったものだから捨てられないんだってさ」
「へぇ〜。そんな記憶まで読み取れるのか」
「先生の記憶は全て俺の思うがままに盗み見ることが出来るんだ。さっきも言っただろ」
「ま、まあな」

 本当に不思議だ。
 こうして腕を組んで立っている果乃河先生はいつもと変わらないのに、口調は友人の剛司になっている。
 あまりに剛司らしく話されると、信じるしかないか。果乃河先生の体を乗っ取っていると。
 それにしても、よりによって果乃河先生に乗り移るなんて――。

「何を考えているんだ?」
「えっ。い、いや、何でもないけど」
「塔哉の憧れなんだろ。果乃河朝美先生は」
「そ、そりゃ……そうさ」
「お前、言ってたもんな。果乃河先生みたいな美人と結婚したいってさ」
「こ、ここで言うなよ。剛司が乗り移っているっていっても、見た目は果乃河先生なんだから。恥ずかしいだろ」
「何なら、俺がこのまま果乃河先生に成りすまして塔哉と結婚してやってもいいんだぜ」
「ば、ばかな事言うなって」
「ねえ塔哉。私と結婚してくれない?私、塔哉の事を愛しているの。勉強なら私が全部教えてあげる。ううん、学校の勉強だけじゃなくて、大人の勉強もね!」
「剛司っ!」
「ははは、怒るなって。冗談だよ。果乃河先生はお前を恋愛対象だなんて全く思ってないんだから」
「そういう心に突き刺さるような事をサラリと言うな」
「その方が割り切れるだろ。マジで先生は塔哉を一生徒としてしか見てないからな」
「だ〜か〜ら〜」
「あははは。悪い悪い」
「ったく〜」

 調子に乗り出すと、すぐに暴走する。相変わらずなやつだ。
 まあ、そこが面白いと言えば面白いのだが、たまにムカつく事もある。

「さてと。両親が帰ってくるまで随分と時間があるな。塔哉は何をしたい?」
「な、何をって?」
「すぐに果乃河先生とセックスしたいか?」
「単刀直入にいうやつだな。果乃河先生の品が下がるって」
「仕方ないだろ。俺は別に果乃河先生が好みじゃないんだから。わざわざお前のために乗っ取ってやったんだぞ」
「それはそれは。で、わざわざ乗っ取ってくれた理由は?」
「いや、別にない。ネットで幽体離脱薬ってのを売ってたから面白半分で買ったんだけどさ。一人で楽しむのも何だから塔哉にも楽しませてやろうかなって。まあ、俺の中では一番の親友だからな」
「そう言われるとムズ痒いものがあるな」
「お前が俺の事を果乃河先生に【褒め称えた】時は、同じ気分だったよ」
「別に褒め称えたわけじゃないけど」
「まあいいじゃん。俺が一人で楽しむなら同じクラスの芳野の乗り移ってひたすらオナニーしてたな」
「ああ、お前ってセーラー服好きだからな。芳野さんはセーラー服がすごく似合ってる」
先生7
「お前もそう思うだろ……あっ!ちょっと待てよ」
「どうしたんだ?」
「……そうか、持ってる持ってる!」
「何を?」
「セーラー服だよ。果乃河先生も高校時代に来ていたセーラー服を持ってるよ!」
「そうなんだ」

 どうやら果乃河先生の記憶から、セーラー服を持っている事を知ったようだ。
 記憶を覗けるというのは便利なものだ。

「よ〜し、折角だから果乃河先生にセーラー服を着てもらうか」
「マジで?大人の女性にセーラー服はちょっと……」
「いいだろ。俺はセーラー服を着ることに決めたぞ。塔哉、悪いけど後ろを向いててくれよ」
「どうして?」
「いきなり目の前にセーラー服の果乃河先生がいたらギャップがあって面白いだろ!へへ、まるでコスプレするみたいだな」
「また暴走が始まったか」
「別に暴走してないって。ほら、早く後ろを向けよ」
「分かった分かった」

 着替えるところを見たかったような気もするが、とりあえず俺は果乃河先生の姿が見えないように、後ろの壁と向き合った。