――その日の夜。
 携帯電話にメールが入った。入院している典子からだ。私の妻、典子は二週間ほど前に明良を幼稚園に連れて行く際、明良をかばって車に轢かれてしまったのだ。
 幸い、頭を軽く打った事と右足を骨折した程度で済んだが、打ち所が悪ければ即死を免れない状態だったと担当医はいう。
 その後遺症か、典子は体から魂が抜け出るという不思議な現象を体験する事となった。最初は夢かと思っていたらしいが、そうではないらしい。一般的にはこの現象のことを【幽体離脱】と言うらしいが、私はあくまで夢の話だと思っていた。
 しかし、しばらくすると私の前に見知らぬ女性達が現れるようになった。その女性達は、自分のことを典子だという。
「からかわれているのか?」とも思ったが、話し方や彼女達が知る由も無い私達の秘密事を口にした時、本当に典子だと確信した。幽体離脱した典子は、他人の体に乗り移る事が出来るようになっていたのだ。
 夕方に会った少年野球の若妻。典子が乗り移った女性は、彼女で四人目だ。

---今から家に戻ってもいい?---

 そんな内容のメールだった。もちろん典子が直接帰ってくるという意味ではない。

---今日は疲れたから、また明日病院に行くよ---

 メールを打ち返したが、それ以降返信は無かった。


 その後、一時間ほど経っただろうか。
 明良を寝かしつけ、明日幼稚園で食べる弁当の下ごしらえをしようとキッチンに立つと、玄関の扉を軽く叩く音が聞こえた。最初は風かと思ったが、どうやら誰かが来たらしい。
「こんな時間に誰だ?」
 軽く手を洗い、チェーンを掛けたまま扉を開けると、見覚えのある若い女性が立っていた。
「あ……。大倉さんのお嬢さん?」
 隣の家に住んでいる娘さんだ。朝、会社に行くときによく挨拶してくれる。確か、公立の女子大に進学していて、来年はいよいよ就職すると言っていたな。
 いや、そんな事を思い出している場合ではなく、恐らく彼女には――。
「ただいま、あなた」
「……やっぱり典子か」
「丁度、由果ちゃんが帰ってくるところだったから体を借りたの」
「まずいだろ。勝手に大蔵さんのお嬢さんに乗り移るなんて」
「大丈夫よ。由果ちゃん、今日は合コンで帰りが遅くなるって両親に言っていたみたいだから」
「合コン?真面目そうに見えるお嬢さんが?」
「初めてだったみたい。普段はお酒なんて飲まないから体がフラフラするの。ねえ、早く家に入れてくれない?」
「あ、ああ……」
 私は仕方なくお嬢さん――由果ちゃんに乗り移っている典子を家に入れた。白いワンピースに背中まで伸びるストレートの黒い髪。
 いつもは清楚な雰囲気を漂わしている由果ちゃんが、少し顔を赤らめながら廊下をゆらゆらと歩き、リビングの絨毯に細い足をさらけ出して座り込む。
 ワンピースの裾から見える白い太ももが妙に艶かしくか感じた。
「ねえあなた。お水をもらっていいかしら?」
「ああ。ちょっと待ってくれ」
 由果ちゃんの声なのに典子の口調でしゃべられると、まるで別人の様に思える。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、グラスに入れて手渡してやると、典子は由果ちゃんの喉を鳴らしながら一気に飲み干してしまった。
「はぁ〜、美味しかったわ」
「そうか。じゃあそろそろ由果ちゃんの体を返しに行ったらどうだ?」
「何言ってるのよ。今、来たばかりじゃないの」
「でもさ……」
「もう明良は寝たの?」
「え?あ、ああ」
 ゆっくりと立ち上がり、明良が寝ている和室の扉を少しだけ開けた由果ちゃんが優しく微笑んでいる。
「可愛らしい寝顔」
「ああ、そうだな」
「今日の夕食は何にしたの?」
「焼き飯とインスタントのコンソメスープ。焼き飯は明日の弁当に入れてやろうと思って」
「そう。ごめんね、私が事故に巻き込まれたからあなたに随分と負担を掛けてしまって」
「いや、別にいいんだ。怪我をしたけど、命に別状が無くて良かったよ」
 ソファーに座っていた俺の隣に腰を下ろした由果ちゃんが腕を絡めてくる。少しアルコールの匂いを漂わせる彼女の瞳が潤んでいた。
「あなた……。私、毎日あなたと会わないと寂しいの」
「俺だって寂しいさ。でも……何だな。由果ちゃんの顔でそう言われると変な感じだよ」
「どうして?」
「だって……そうだろ?」
「体なんて関係ないわ。人は心で愛し合うものでしょ」
「あ、ああ」
「あなた……」
 由果ちゃんが私に顔を近づけ、目を瞑った。
「お、おい。今はまずいだろ。由果ちゃんの体なんだぞ」
 それでも典子は由果ちゃんの瞳を開けようとはしなかった。
「く、口はまずいから……」
「駄目。口にキスして」
「だ、だってさ」
「由果ちゃん。真面目だけど、もう立派な大人の女性なのよ」
「だからって……」
「することはしてるの。両親は知らないみたいだけど」
「お、おい。何を言い出すんだよ」
 アルコールが入っているせいだろうか。他の女性に乗り移っていた典子よりも大胆な言葉を口にしている。いや、口だけではなく行動も伴っていた。
「ねえあなた。久しぶりに……したいの」
 ゆっくりと目を開いた由果ちゃんの手が、私の股間に宛がわれた。
 パジャマのズボン越しに感じる、その柔らかい手の温もり。典子以外の女性に触られたのは初めてだった。
「お、おいっ!」
「大きな声を出さないで。明良が起きるわよ」
「だ、だってさ……いくら何でもそれはまずいって」
「うふふ。あなた、そんな事言いながらこんなに大きくなっているわ」
「そ、それは……」
「あなたも久しぶりでしょ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。そんな事したら由果ちゃんが……うっ」
「大丈夫よ。私が乗り移っている間は由果ちゃんの意識は無いの。それにお酒に酔っているから私が乗り移っている間の時間なんて覚えていないわよ」
 怪しげな笑みを浮かべながら、パジャマのズボンに手を忍ばせた由果ちゃんは、そのままトランクスの中の肉棒を握り締めた。
「すごく硬いわ。これ、久しぶりだから?それとも由果ちゃんの手で握っているからかしら」
「へ、変な事を聞くなよ」
「だって、私の手で握ってもこんなに硬くならないんじゃない?」
「そんな事無いって……」
「そうかしら?三十代の私より、大学生の由果ちゃんの方が興奮するのね」
「何を馬鹿なことを。今日の典子はおかしいぞ」
「不思議と大胆になれるの。由果ちゃんの体がアルコールを飲んでいるからかも知れないわ。とても心地いいの」
「おい……」
 由果ちゃんの手がゆっくりと上下に動き始める。まさか女子大生に肉棒をしごかれるなんて思っても見なかった私は、典子が操る彼女に理性を奪われそうになっていた。