憑依(その1)
「どうしたの雄喜。こんなところに呼び出して」
「え、ああ。別に……その……」
「用事が無いなら教室に戻るよ。薫が待ってるから」
「あ、ああ。だから……春香。お、俺さ。お前の事が」
「何?私がどうかしたの?早く言ってよ」
「そ、そうなんだけどさ。それがその……簡単に言えなくて」
「じゃあ簡単に言えるようになってから話してよ。じゃ、戻るね」
「えっ!あっ……」

 痺れを切らした新道 春香は砂埃を立てながらグランドを走り、教室へ戻ってしまった。

「はぁ〜。言えなかった」

 雄喜はため息をつくと木の陰に隠れていた友人、智也に視線を投げた。

「言えなかったのか?雄喜」
「ああ。やっぱり言えなかった」
「好きだから付き合って欲しいんだ……って、簡単に言えるだろ?」
「だから簡単に言えるならとっくに言ってるって」
「不思議だよなぁ。新道とは幼馴染なのにそんな事も言えないなんて」
「幼馴染だから逆に言いにくいんだよ。今更、好きだとか付き合ってくれとか言うのは恥ずかしいんだ」
「昔から遊んでいるなら、新道がお前の事を好きか嫌いかくらい分かるんだろ?」
「それは分からないよ。小さい頃はそうだったかもしれないけど、高校に入ってからは一緒に帰っていないし、殆ど付き合いがなくなったから。もしかしたら誰か好きな奴が出来ているかもしれないな」
「じゃあ、誰かと付き合っていたら諦めるって事か?」
「……そうだな。それなら仕方ないし」
「簡単に諦められるんだ」
「…………」
「それなら俺が新道と付き合おうかな」
「えっ……。智也が?」
「お前が言えないのなら俺が告白して新道と……深い付き合いになるかな」
「多分無理。春香は智也みたいな軽い男は嫌いみたいだから」
「俺、そんなに軽くないけど」
「そうかな?俺にはそう見えるけど」
「はは……まあいいや。兎に角、誰かに取られているなら諦められるって事は、それほど真剣に付き合いたいって訳じゃないんだな」
「い、いや。そんな事はないよ。もちろん付き合いたいし、その……春香とは幼馴染を超えた付き合いをしたいと思ってる」
「要は新道とエッチしたいって事だな」
「なっ……。誰もそこまでは言ってないだろ」
「でもそう言う事だろ?」
「……ま、まあ……そうだけど」
「あのさ雄喜。今日一日、新道の体を借りても怒らないか?」
「はあ?どういう事だよ」
「お前の願いを叶えてやろうと思ってさ」
「俺の願いをって……春香をどうするんだよ」
「それは後のお楽しみって事でさ!」

 智也はニヤリと笑うと、雄喜の肩を軽く叩いた。
 ちょうど予鈴のチャイムが鳴り、遠くに生徒達が校舎に戻ってゆく姿が見える。

「放課後、新道と一緒に帰れるようにしてやるよ」
「えっ……。でも春香はいつも他の女の子達と帰っているから無理だよ」
「だ〜か〜らぁ。俺に任せとけって!早く教室に戻ろうぜ」
「あ、ああ……でも智也」

 小走りする背中に話しかけたが、智也は振り向かずに校舎へと向った。その後をついて走った雄喜は、二人して教室へと戻った。