やりたい事が出来ないとき――時間の経つのがとても遅く感じる。
 海十は正にその状態にあった。なかなか授業が進まない。三分おきに時計を見つめ、早く放課後にならないかと願う。それは平治も同じこと。海十が他人の体に乗り移れるようになったという事は、互いに女性の体を拝借し、楽しめるという事だ。
 ターゲットの女性は、今、二人が授業を受けている【沖河 美香】。飛び切りの美人というわけではなく、二人の感覚から言えば中の上くらいだろうか。今年、二十六歳になった美香は、海十の姉である香帆とは趣が違った。
 フレームの無いメガネを掛け、黒い髪を後ろで束ねている彼女は「真面目な先生」という肩書きがよく似合っている。
 そして、グレーの地味なスーツにタイトスカート。白いブラウスの襟はアイロンが掛けたての様に皺も無く綺麗だ。そのスーツの着こなしには「乱れ」がない。
 それは彼女が重度の潔癖症であるからであって、教卓にはいつも濡れた白いタオルが置いてあり、黒板にチョークで字を書くたびに指を拭いているところからも頷けた。きっとゴム手袋でもしてチョークを持ちたいに違いない。
 トイレに行くと石鹸を使って三回は手を洗う。スーツのポケットには四隅が綺麗に揃えられたハンカチが入っており、一回使うたびに鞄から新しいハンカチを出すほどだ。
 そんな彼女、沖河先生の口癖は「きちんと制服を着なさい」だった。ボタンを留めていない男子生徒や、襟元にある赤いリボンが曲がっている女子生徒を見つけると必ず注意する。

「この問題が分かる人はいる?」

 チョークを握っていた右手をタオルで拭きながら教室を見渡した沖河先生は、一人の女子生徒を指名した。

「岡島さん。どう?」
「あ……はい」

 指名されて立ち上がった岡島は、少し前屈みになって両手を机に付いたまま答えようとした。

「岡島さん。立ち上がるときは机に手を付かずにまっすぐに立ちなさい」
「は、はい……」

 神経質な性格も持ち合わせている。いちいち小言を言うので、生徒達からの印象はあまり良くなかった。
 このような授業が毎回続き、うんざりしていた海十と平治は沖河先生をからかってやろうと企んだのだ。
 学校が終わった後、平治の家に集合して薬を飲み幽体となる。そして二人で沖河先生をイカせ、乗り移る作戦だ。先生の体に入るのは平治の役目。海十は幽体のまましばらく遊ぶつもりだ。
 少しずれたメガネを指で直し、授業を続ける沖河先生のお尻にはタイトスカートの生地が張り付き、男心を擽る。
 顔はさておき、スーツに包まれた胸はかなり大きいと推測できた。
 スタイルは申し分ない――と、平治は一人思っていた。


 その後、昼休みを経て午後の授業が終わり、念願の放課後になった。

「早く行こうぜ、平治」
「分かってるって!」

 急いで教科書を鞄に詰め込んだ二人は、勢い良く教室を出ると平治の家にあがり、息を弾ませながら幽体離脱できる薬を飲んだ。

(急げっ。沖河先生の下へ)
(今日は美術部があるから、きっと美術室にいるはずだ)
(わくわくするよな。あの沖河先生の乱れた姿を見るのは)
(頼むぜ平治っ)
(おお。任せとけって)

 こうして二人は空を駆け抜け、沖河先生がいる美術室へ向った――。