「まだ帰ってないのか?頼むから早く帰ってきてくれよ」

 何度携帯に電話しても応答が無かった平治だが、夕方過ぎに掛けるとやっと繋がった。

「平治か。やっと繋がった」
「わりぃな、今気づいたよ。昼寝するからマナーモードにしてたんだ。何度も電話してきたのか」
「まあな」
「で、どうだった?」
「全然ダメだったよ。体から弾き飛ばされたっていうか、すごい痛みが襲ってきたんだ」
「ああ、最初の俺と同じだな。だからイカせてから乗り移れって言っただろ」
「俺としてはそうしたつもりだったんだけど、本人は嫌がっていたみたいなんだ」
「嫌がってたんじゃ、乗り移れないな」
「だからどうすれば乗り移れるのか教えてもらおうと思って。もう二度とあの痛みは味わいたくないからさ」
「贅沢なやつだな。俺は死ぬ思いをしてやっと乗り移れるようになったのに」
「俺と平治の仲だろ。教えてくれよ」
「……ったく。まあ、俺も他に乗り移れる人間がいるほうが何かと面白いからな」
「じゃあ教えてくれるんだな」
「そうだな」
「なら今すぐ教えてくれよ。どうしても女に乗り移りたいんだ」
「慌てるなよ。俺、まだ夕飯も食べてないし」
「飯くらい俺の家で食わせてやるからさ。それとも幽体になってどこかで待ち合わせしないか?」
「だからそんなに慌てるなって。急いだところで失敗したらまた痛い思いをするだけなんだから」
「だ、だってさ……」
「分かってるって。海十にも乗り移れるように工夫してやるからしばらく待ってろ」
「しばらくってどのくらいだよ」
「う〜ん。今日がいいのか?」
「だからさっきから早く乗り移りたいって……」
「分かった分かった。今日中に何とかしてやるから」
「ほ、ほんとだろうな?」
「また連絡するから大人しく家で待ってろ」
「わ、分かった。信じてるからな、平治」
「ああ。じゃあな」

 平治はそう言って電話を切ってしまった。

「今日の夜って……やっぱり幽体になって何処かに行くんだろうか?」

 悶々としながら、海十は平治からの連絡を待つことした――。


 そして午後九時過ぎ。

「遅い!まだ連絡が無いのかよ。薬も水も用意してるってのに」

 今日の夜というのは十二時になるまで。海十はそう思っているが、平治はもしかしたら明日の明け方までだと認識しているのかもしれない。それだけは勘弁してほしいと思い、ベッドから起き上がったとき、扉をノックする音が聞こえた。

「海十、いるの?」

 二歳年上の姉、香帆の声だ。海十は時間を気にしながら「ああ、いるよ」と答えた。
 扉が開いて顔を覗かせた後、入ってくる。長袖で伸縮性のある白いプリントTシャツに、黒いタイトスリムジーンズ姿。夕食の時にはいなかったので、大学から帰ってきたところだろう。

「何?俺、忙しいんだけど」
「忙しそうにしているようには見えないけど」
「ツレから連絡があるんだ。用は早めに済ませてくれよ」
「ふ〜ん。姉ちゃんよりも友達の方が大事なんだ」
「そんな事、どうだっていいだろ。で、何の用事なんだよ」
「うん、実はね」

 香帆は扉を閉めると、勉強机の椅子を引き出して座った。海十の前で足を組み、セミロングの黒い髪を掻き上げる。

「姉ちゃんはそれほど海十とセックスするの、嫌だとは思っていないんだよ」
「……は?」
「姉弟だけど、お互い大人になって体も成長したし。男と女の関係っていうのかな。どうしても海十がしたいっていうのなら、応えてあげても構わないよ」
「な、何言ってんだよ」
「ほら見て。こうして離しているだけなのに、乳首が勃起してるでしょ」
「なっ!あ、姉貴……」
「ブラジャーしてないの。Tシャツに浮き上がってるでしょ」

 言われてみれば、確かに白いプリントTシャツの胸に乳首の盛り上がりが見える。しかしどうして下着を着けていないんだろう。

「別に男に飢えてるわけじゃないよ。単に海十が可愛いだけ」
「さ、さっきから何言ってんだよ……」
「姉弟でこんな会話をするのも面白いかなって。お前もそう思うだろ、海十」
「……えっ」
「待たせたな。お前の姉貴に乗り移るの、ちょっと手間取っちまったよ」

 胸を持ち上がるように腕を組んだ香帆は、そう言ってニヤニヤと笑った。

「の、乗り移るって……ま、まさか……平治なのか!?」
「ああ。今からこの体でトレーニングさせてやるよ」
「ちょ、ちょっと待てよ。さすがに姉貴の体は……」
「何言ってんだ。別にお前の体とセックスするわけじゃないだろ。お前の姉貴の体で教えてやるよ。どうすれば女をイカせられるか、そして乗り移れるのかを」

 平治は香帆の体を完全に支配しているようだ。普段、時折見せる顎を触る癖まで再現している。

「早く薬を飲んで幽体になれよ。そして俺が乗り移っている状態でこの体を弄るんだ。気持ちいいかそうでないか、全部教えてやるから」
「で、でもさ……」
「嫌ならおばさんに乗り移ってやろうか?」
「だ、だから身内じゃなくて別の女がいいんだけど……」
「この方がじっくり練習できるだろ?さっきも言ったけど、別に姉弟の体でセックスするんじゃなくて、幽体で弄るんだから問題ないって」
「……でも……」
「じゃあ止めるか?」
「……いや。やめたくない」
「だろ。もしイカせる事が出来たら、俺はすばやく体から離れるよ。そしたら海十が支配すればいいんだ。俺はそのまま帰るから、後は自由にすればいい」
「お、俺が……姉貴の体を?」
「ああ。初憑依ってところだな」
「初めて乗り移る女性が姉貴かぁ……」
「こんなに綺麗な姉貴に乗り移れるんだから贅沢言うなよ」
「でもなぁ」

 確かに香帆はスタイルもいいし顔立ちも整っている。きっと大学では男が寄って来ているに違いない。美人と言う言葉が当てはまることは、海十も反対しない。
 しかし、姉の体に乗り移ると言うことに少々抵抗を感じてしまうのだ。

「さっきはちょっと大げさに言ったけど、お前の姉貴はそれほど抵抗感は無いと思うぜ」
「そんなの分からない……って、記憶を読んだのか?」
「記憶を読むって言うか、もうお前の姉貴の全ては俺のものになってるんだから」

 【全ては俺のものになっている】という言葉にも抵抗を感じる。まるで姉を奪われてしまったような感じだ。きっとこれまで海十が接してきた香帆の行動が平治には全て分かるのだろう。そして海十が知らない香帆の気持ちや感覚も。
 逆に言えば、香帆の体に乗り移ることが出来れば自分の事をどんな風に思っているのか、具体的に知ることが出来る。自分が恥ずかしいと思っていたことを、香帆はどのように思っていたのだろうか?そういう点では非常に興味が沸いた。

「なんかその言い方、姉貴を取られたようで嫌だな」
「ああ、そうか。それは悪かった」
「いや。別に悪気があったわけじゃないからいいけどさ」
「だったら早く交代しようぜ。俺、別に海十の姉貴の体で遊ぼうと思ってないし。あくまでお前が乗り移れるようになるためのトレーニングなんだから」
「……そうだな。姉貴には悪いけど、実験に付き合ってもらうか」
「……いいよ。海十が私に乗り移ったら何するの?やっぱりエッチなこと?」
「急に姉貴のしゃべり方するなよ」
「どうして?こうしないと現実味がないでしょ。それとも男口調の私のほうが似合ってる?」
「そりゃ、姉貴に男口調でしゃべられたら違和感アリまくりだけどさ」
「ならいいじゃない。あ〜あ、これから海十に体を取られちゃうんだ。何されるんだろ?オナニーやセックスしてもいいけど、お願いだから無茶なことして傷つけないでねっ」

 平治は香帆に成りすましてしゃべりながら、「じゃあ私の部屋で待ってるから」と言って自分の部屋に戻っていった。

「やってくれるよな。よし、それじゃあ早速チャレンジするか!」

 やる気が出てきた海十は幽体離脱が出来るようになる薬を飲むと、ベッドに寝転んだ。 しばらくして体から湯気のような気体が出てきて、海十の体を形作る。

(上手く行ったぞ。それじゃあ姉貴……じゃなくて平治の待つ部屋に行くとするか)

 と言っても隣が香帆の部屋だ。壁をすり抜けると香帆が机に向って大学の図書館で借りてきた本を読んでいるところだった。

(雰囲気作ってるな。では作戦開始と行きますか)

 ぐるりと回って人魂になった海十は、ふわりと移動して机の下に潜り込んでいった。