イッたあと、私は快感の名残がまだ残っていてまともに動けなかった。
ボーッとしながら現在の時間が気になり、何気なく時計を見ようとした。
小さなパンダを模したお気に入りの目覚まし時計。
のろのろと首を上げて、焦点をパンダに合わせた。

その時、パンダが抱えている笹の葉がわずかに欠けていることに気が付いた。
もちろん本物の葉ではなく、陶器のような素材で作ってあるものだ。
いつの間に破損したのだろうか。
どうにか手に取って顔の前に持ってくる。

欠けた部分から不思議な光景が見えた。
夕日に照らされている部屋とすぐ近くに誰かの口元がある。

あれ? この部屋ってどこかで見たような?

穴の向こう側からその人の息遣いが聞こえる。
激しい運動でもしたのか口を開け荒い息を吐いている。

やがてその人は体を起こした。
口が遠くなりその人の顔が見えるようになる。

修二君だ。
なるほどこの部屋は彼の部屋か。
でもなんで、彼がこんなところから見えるのか?
彼はキョロキョロとあたりを見回している。
訝しげな表情だ。
そのちょっと困ったような顔が素敵なのよね。

彼が私を見た。
そして驚愕の表情を浮かべた。

それからの彼の表情は次々に変化した。
驚きからかすかな恐怖へ、そして激しい後悔…瞬転、何かを決意するような表情に変わった。
決意の表情はやがて、今にも泣き出しそうなほどの悲しみの表情に変わった。
こんな悲しそうな表情は彼の両親が亡くなったとき以来だ。

…それで直感した。
彼の表情が全てを語っているように思えた。

彼がいる、すぐ近くに…いや、私の膣に。
なぜか『それ』が私には分かったのだ。

ただ、彼が何を決意したのかは分からなかった。何を悲しんだのかも。
しかし、このまま放っておくと彼に二度と会えなくなるような気がした。
彼が最後に見せた二つの表情は、それほど真に迫った顔だった。

もちろん根拠があるわけではないし、理屈でもない。
ただの勘である。
でも私のその勘は、間違いではないと確信できた。

次に私が取った行動は、自分でもよく動けたと感心するほど速かったと思う。
ここで動かなければ、私は大切な人を失うと思った。
何よりも大切な人を。

とっさにまだ私の膣に入っていたバイブを出し、愛液と精液でぬるぬるのそれを強く握った。

「待って! 修二ぃ!!」

彼を離したくなかった。

―――

しまったと思った。
いずれ姉さんもこの光景を見ることになる。

自分のうかつさに歯噛みする思いだった。
すぐにカモフラージュしていれば、こんなことにはならなかったのに。
快感で惚けていたその一瞬を衝かれるとは。

彼女の記憶を消すしかない。
姉さん…ごめん。
俺、やっちまった。

姉さんは失敗については厳しい。
おそらく俺についても雪那に関する記憶を消されることになるだろう。
当然このナイフも取り上げられ、しばらくは発明品に触らせてもらえなくなる。
それが決まりであり、姉さんが俺に与える罰だ。

雪那…済まない。
散々勝手なことをしてごめんな。
身勝手なのは分かってるけど、俺は…どうしても…。

もう二度と彼女に会えなくなるんだな…。
もう二度と…思い出せなくなる…。

俺の口の奥にはスイッチが仕込まれている。
緊急事態にこれを舌で押せば姉さんに異変を知らせることができる。
何かあったらすぐに使用しなさいと言われている。

俺はカバーを舌でめくり、そのスイッチを………!

 彼女を忘れたくない。
 姉さんにこれ以上迷惑はかけられない。
 雪那を忘れたくない。
 姉さんに知らせないといけない。

 忘れたくないんだ!
 早く知らせないと!

「うおあ!」
突然俺のアレが強く締め付けられた。
「待って! 修二ぃ!!」
同時に聞こえてくる彼女の声。

「ど、どうして…」
俺は激しく混乱した。

どうして彼女が俺のアレに気付いたのか。
どうして俺がこれからしようとしていることに気付いたのか。
冷静に考えれば彼女に分かるはずがないのだが、度重なる予想外の出来事に俺はすっかり狼狽していた。

「修二…修二は…いなくならないよね…、私…」
またドキリとさせられる。
どうしてこうも俺の心が分かるのか。
傍から見ると覗き穴越しの奇妙な会話だったが、俺も雪那もこれが正念場だと感じていたんだと思う。

「雪那…」
「私…今日のこと誰にも言ったりしないから…だから…」
彼女は真っ直ぐ俺を見詰め、泣き笑いのような表情で言った。
「そんな悲しそうな顔しないで…私…何でもするから…」

姉さん、例外を認めてくれないかな?
順番が逆になっちまったけど、俺が人を好きになっちゃいけないかな?
これからは3人で協力し合うわけにはいかないかな?

姉さんに比べたら、俺も彼女も凡人には違いない。
姉さんにとっての足でまといという意味なら、俺も彼女もそう変わりはしない。

決めたぞ、俺は。
決めたんだ。

「…雪那、全部話すよ。…聞いてくれるか?」

―――

やれやれ。
一時はどうなることかと思ったけど…。

雪那は物分かりが非常に良く、修二の話を熱心に聞き入っていた。
柔軟な思考、豊かな想像力、とっさの機転。
彼女の反応を見る限り、修二に勝るとも劣らない素質を持っているのは間違いない。

何より、あれだけのことをされてもあの子を好いてくれているのが気に入った。
これであの子は人並み以上の幸せを手に入れられるかもしれない。
私もそんなあの子たちを見ていると幸せだ。

私の罪も少しは償えただろうか。

このナイフに関しては、必要なデータはそろった。
実験は終了してもかまわないだろう。
信頼の置ける筋に売りさばけば、良い資金源になる。

それにしても…。

結局、切っても切れなくなったのは修二と雪那の縁だったか。


−−切っても切れないナイフ−−<終>


あとがき

自分がこのナイフについてどうしても書きたいことは書ききってしまいました。
よって物語をいったん閉じさせていただきます。

これより先は趣味の領域になります。
無事に姉さんの助手となった雪那が、修二と共にこのナイフでエロエロなことをする話とかw

彼らはこの先も私がエロアイテムを思いつく度に、はりきって登場してくれることでしょう。

今回の反省
・私が書くと、基本的に登場人物は善人になってしまいます。
・エロシーンが少なく、また思うように書けなかったです。
・人体を利用した『窓』についても書きたかったけど、今回は無理でした。
・悪人を書けるようになりたいけど、読者に不快な思いはさせたくないぞ!

ではまたいずれ…。