その日、家の郵便受けには封筒が届いていた。
「黒谷雪那様…、私に?」
白い封筒を裏返して見ると、差出人は『桜堂』とある。
「あ…」
私はちょっと赤面すると、それを持って自室に向かった。

中には便箋が一枚と、ハガキが入っていた。
ハガキには、『応募する・応募しない』という文字が大きめに書かれているのがチラッと見えた。

私はとりあえず便箋を読むことにした。

文面は、《いつも桜堂の商品をご愛顧いただき誠にありがとうございます》という言葉から始まっていた。
つらつらと文字を追っていく。

>つきましては、当社で開発した新製品についてご意見をいただきたく、
>モニターになっていただける方を募集しております。

「へえ、新製品かぁ…。いいかも♪」



私にはちょっとした趣味がある。
と言っても、決して大声では言えない趣味だ。
オナニーである。

書類上、私の父を名乗る男は大病院の医師。
料理の一つもできないくせに、私の母を名乗る女は中学の教師。

そんな家に生まれた私には自由なんてなかった。
私の将来に待っているのは、医者か、教師か。
はたまた顔も見たことの無い男との結婚生活か。
あいつらにとって、私は単なる道具。
家族だなんて間違っても呼べるようなものじゃない。

あの男は、あの女は。
まず家に帰ってこない。
夕食を一緒に食べることもなければ、会話もない。
お見合い結婚であったためか、夫婦仲は元々冷めきっている。
離婚しないのは単純に世間体を気にしてのことで、ほとんど別居状態だ。
おかげで、空虚なただ広いだけの家に私は一人で住んでいるようなものだ。

私が幼い頃はもう少しマシだった気もするが、もうどうにもならない。
お金で買えるものなら、私は本当の家族を買いたい…。

これが私の『家庭』事情だ。
そんな私がストレスの発散にとハマっているのがオナニーというわけだ。
もちろん最初は偶然気持ち良くなっただけで、その行為が何を意味することなのかは知らなかった。

エスカレートを始めたのは中学の時、今は通販で様々な物が買える時代だ。
何を買っていたのかは言わなくても分かるでしょ?
その頃から利用している『大人の玩具』の通販店が桜堂というわけだ。

一緒に付いてきたハガキの『応募する』の所に丸をつけて、私はそれを自分のカバンの中に入れた。

―――

「おはよう雪那ちゃん」
「あ、おはよう修二くん」
俺が声を掛けると、彼女は微笑みとともにそう返事をしてくれた。
長いストレートの黒髪が太陽の光にきらめいている。
立ち振る舞いから言葉のイントネーションまで実に美しい。
清楚な雰囲気にやや細身のスタイル、まさに『お嬢様』という言葉が似合う娘だ。

朝、高校へと向かって歩いている彼女の後姿を見かけて、俺は迷わず声をかけた。
俺と彼女が通う学校は違う。
しかし家が近所で、彼女の事は幼い頃から知っている。

彼女、夜にはあんなに乱れるんだよなぁ。
雪那ちゃんの『趣味』についても、俺は以前から知っていた。
というか、最初にエロアイテムの実験台にしたのが彼女だったのだ。
それ以来、彼女にはひとりエッチの癖がついてしまっている。

少々申し訳ないと思う反面、やはり昨夜の痴態を思い出して顔がニヤけてしまう自分がいる。

「何かいいことでもあったの?」
俺のそんな表情を見て、彼女は不思議そうに言った。
「え、うん。まあね」
「修二くんて、時々そんな顔をするよね? またお姉さん?」
姉さんのことについて言われて、一瞬ドキッとする俺。
が、冷静に考えればエロアイテムについて言っているのではない。

「ああ、俺の作ったメシを残さず食べてくれてな。それが嬉しくて」
…とりあえず、ウソは言ってない。
「いいなあ…。そうだ! ね、今度3人でどこか遊びに行かない?」
「俺はいいけど…。姉さんは忙しいからなぁ」
朝食をリスのように頬を膨らませて食べる姉さん(そういうクセがある)の様子を思い浮かべながら、俺は苦笑する。

「あなたと二人でデートするというお誘いなら承りますが、お嬢さん?」
俺は優雅な動作で一礼する。(俺はそうしたつもりだ)
「修二くんと? 悪くないかもね」
彼女は少し寂しそうに笑って言った。

そうやって会話をしているとやがて交差点に差し掛かった。
俺はここを右に、雪那ちゃんは正面を真っ直ぐ進むことになる。
「あ、青だわ。じゃあね修二くん」
「ああ、気を付けてな」
彼女の持っているカバンが揺れる。
俺は思わずそのカバンを目で追った。

そのカバンの中のハガキをポストに入れたらまた会えるさ、三日後に。
ちょっと変わったHな夜のデートすることになるだろうけど。



さて、今回のおまけは切っても切れないナイフに関する性能の詳細な設定についてだ。
例によって以下略。

例えばレンコンや鉄パイプ。
あれらをナイフで切ったらどうなるのか。
レンコンも鉄パイプも中が空洞になっている部分があるのは共通しているが、得られる結果は大きく違う。

双方ともに空間連結されるのは間違いない。
違うのは連結される面積だ。

レンコンの場合。
中に開いている空洞は無視され、平面状の連結断面ができあがる。

鉄パイプの場合。
中に開いている空洞は無視されず、中央は平常空間のままの連結断面ができあがる。

なぜこんなことが起こるのか、その条件を以下にまとめてみた。

1.ナイフが空間連結が可能なのは、ある程度の密度を持った物質に限られる。
2.ナイフが切断を開始した場所から終了した場所までは一つの『まとまり』と見なされる。
3.『まとまり』の中では密度の低い空洞は不安定な存在で、より安定した形に変化しようとする。

ナイフの効力は『空気』をも常に切断し続けている。
しかし空間連結が発生しないのは物質としての密度が不足しているからだ。
どうやら基本的に気体だけでは空間連結が発生しないらしい。

以前に木の板を投入口として使用した。
その木の板と言えども、厳密にもっとミクロな観点から見れば空洞になっている部分があるに決まっている。
空洞が断面として補正されないままだと、ところどころに連結されない部分ができあがることになる。
そうなったら向こう側を見るだけならまだしも、手を突っ込んだりなんてできるはずがない。
考えてみれば当然の話だ。

その後も様々な物を切断して実験してみた。
補正される空洞の大きさの限界はだいたいレンコンの穴程度の大きさらしい。
穴の大きさによっては補正されず、通常空間のままで存在している物もあった。

今後このナイフを使うときには留意しておこう。