「奥さんと課長の体、相性がばっちりなんですね。こんなに気持ちいいと思ったのは初めてです。愛している課長とセックスできたからかもしれませんね」
「…………」
「私の体はどうでした?奥さんの体と同じくらい感じてもらえたら嬉しいですけど」
「……さあな」
「そうですよね。まだ課長は自分の体で私の体とセックスしたことがありませんから。私、早く自分の体で課長とセックスしてみたいです。でも今はダメ。お腹の赤ちゃんがびっくりするから」
一通りセックスを終えた二人は、ベッドの上に並んで寝転んでいた。
規子が猪田の腕に手を添えながら話しているところだ。
「なあ屋河」
「はい」
「もう俺の家族に乗り移るのはやめてくれないか」
「……いいですよ。課長がきちんと……」
「別れるから」
「えっ」
「今夜、二人に本当の事を話すよ」
「……決心してくれたんですね」
「ああ。これ以上、二人の体を勝手に使われるは嫌なんだ」
「そうですか。私、とても嬉しいですよ。これで課長を独り占めできますね」
「ただし、条件がある」
「条件?」
「あの薬は二度と使わないと約束してくれ」
「……PPZ−4086の事ですか?」
「そうだ」
「いいですよ。私は課長と結婚して子供と三人、幸せに暮らせればそれでいいですから」
「信用しないわけじゃないが……」
「課長が疑うのなら、あの薬は課長が処分してください。全部持ってきますから」
規子はベッドから起き上がると、乱れた髪を手串で梳いた。
そして、膣内から伝い落ちる愛液の混ざった精液を拭き取っている。
「結婚できるのなら、もう使う必要はありませんからね」
「たくさん余っているのか?」
「いえ。実はあと二錠しか余っていませんでした」
「……そうだったのか」
「はい。でも、手に入れようと思えば手に入れられます」
「どうやって手に入れるんだ?あの薬はもう出回っていないはず。俺も二度と手に入らないからと言われて受け取ったんだ」
「それは秘密ですよ。課長が本当に私と結婚して、子供をしっかりと育ててくれるようになればお話します。でも、お互いに忘れているかもしれませんね」
「……そうだといいんだがな」
「ねえ課長。ひとつ確認させてください」
「……何だ?」
「課長は……私と赤ちゃんの事、愛してくれていますよね」
下着を身につけ、クローゼットに入っていた服を取り出した規子が猪田を見つめた。
妻である規子の顔の向こうに、志乃理の少し不安げな表情が見え隠れするような気がした。
志乃理に対しても、規子と由菜に対しても悪いのは全て自分だ。
全てを背負って生きていかなければならない。
そう思った猪田は「ああ、愛しているよ。屋河も、生まれてくる赤ちゃんも」と答えた。
その言葉に、規子は微笑んだ。
「嬉しいです。私が一人、片思いしているだけなら悲しいですから」
「……そうだな、もう逃げないさ」
「はい」
「しかし……そう言えば、結婚すると言っていた園口君はどうするんだ?彼は屋河と結婚するつもりでいるんだろ?今になって結婚はしないとか、お腹の子供は園口君の子供ではないなんて言ったら……」
「うふふ、大丈夫ですよ。あれは嘘ですから」
「ええっ!?」
「園口君の事は、私が勝手に言っていただけです。だってそうでしょ。社内で噂も聞こえて来ないなんて、あり得ないと思いませんか?」
「俺を……騙したのか?」
「課長が悪いんですよ。私の体を使ってセックスしたこと。そして確信が無いにしろ、妊娠しているかも知れないって教えてくれなかったんですから。勝手に私の体を使った罰です」
規子はペロッと舌を出して笑った。
「奥さんの体、少しの間お借りしますね。このまま薬を取ってきますから。私の体で持ってくるのはまずいでしょ」
「そ、そうだが……」
「ふふ。それじゃ、あなた。薬を取ってくるわね。その前に化粧をしないと。あと、由菜の朝食を作らないといけないわね。あなたの分も用意しておくわ」
服を調え、部屋を出る後姿は普段の規子にしか見えなかった。
よく考えれば、四ヶ月の間にPPZ−4086を使って、家に忍び込んでいたのかもしれない。
それどころか、規子や由菜が気づかない間に乗り移っていたのかも。
猪田が見抜けない程の口調や仕草をしてみせる志乃理を見ていると、おそらくそうなのだろう。
考えれば考えるほど恐ろしくなる猪田であった――。