俺は仕掛けに取りかかることにした。
まずは『覗き穴』の設置だ。
ベルゼブブ兇漏里に便利だが、それだけに頼っていたんじゃこのナイフを使いこなしたとは言えない。

一つ目の穴はぬいぐるみの目に開けよう。
うーん、そうだな、クマがいいかな。
プラスチックの眼球の表面を薄く切り、切った方の欠片を確保する。
切った方から覗けばクマの目から見た景色が見えるって寸法だ。

二つ目の穴はあのポスターの止め具がいいか。
人気ロックバンドのボーカルが大写しになっている上の方に、ちょっとオシャレなデザインのアルミ製の鋲がある。
ここのちょっと下の辺を少し切っておこう。
少し高い位置にあるから、普通に切ってしまうと彼女の様子を見る時に都合が悪い。

三つ目と四つ目は風呂場だ。
シャワーヘッドを固定しておくステンレス製止め具の下の辺り。
明かりを固定しているプラスチックの土台があるから、ここの下も。
これで視界は浴槽もカバーできる。

五つ目はリビングがいいな。
中央に置いてあるソファーをできるだけ正面から見えるようにしたいところだ。
ソファー前にはテレビ、その上にはド○ルドダックの置時計がある。
偉そうにふんぞりかえって葉巻をくわえている。
こいつの足の指がいいかな、あまり目立たないし。

次に『投入口』の設置だ。
いつでもこの部屋にちょっとしたアイテムを送れるようにする。
用意していた木の板(10僉10僉2)を縦に切る。
二つになった木の板(10僉10僉1)の片方を『なんでも接着剤』でベッドの裏側に貼り付ける。
貼り付ける場所は枕が置いてある場所の裏、両端のどちらかが理想的だな。
もう片方はもちろん俺の部屋にお持ち帰りだ。

投入口の設置位置は図に示すと以下の通りだ。

□枕■
□□□
□□□ ←ベッドの裏側
□□□
□□□

■=投入口の位置



最後に『ヤドカリ』君を選ぼう。
これが今回のイタズラの主力になるのだから。
彼女の大事にしているぬいぐるみのイルカがいいな。
とりあえずこのまま持って帰ろう。

洵子さんの部屋から俺の部屋までは無事に帰れたと言っておく。



俺は部屋に帰ってきた。
熟睡スプレーを嗅がせてから、1時間45分ほどが経過している。
急がなければ。
彼女が通常の睡眠に戻るまでにヤドカリ君を完成させたい。

まずこのイルカのぬいぐるみを『複製機』に入れる。
これも姉さんの(中略)で(中略)だから(中略)だ。

生ゴミその他、ぬいぐるみに必要そうな素材を材料口にどしどし投入していく。
完成予定時刻は2時間10分後と表示された。

その間に五つの覗き穴のカモフラージュをする必要がある。
小さな穴とは言え、見つかると厄介だ。
持ち帰った覗き穴の欠片をためしに覗いてみる。
当然向こう側は真っ暗だから、暗視ゴーグルを装着しなければならないが。
クマのぬいぐるみから見た洵子さんはあいかわらずスヤスヤと寝息をたてている。

覗き穴にはそれぞれ似たような素材の部品をあてがって塞いでおく。
これで向こう側から見ても、そう簡単には分からないはずだ。

念のため投入口も同様にして塞いでおく。
ベッドの下とは言っても見つかる可能性はある。
万が一の時でも、木の板が貼り付いているだけの状態をキープしておきたい。

残り時間は仮眠をとっておこう。

………。

目覚まし時計が鳴って、俺は眠い目をこすりながら上体を起こした。
あと5分とか言っている場合ではない。
地下施設の複製機の前に行くと、あと31秒と表示されていた。

チーンと電子レンジのような小気味のよい音が聞こえ、俺は急いで完成品を取り出した。
オリジナルのイルカも取り出してその出来栄えを比べてみる。
…見たところそっくり同じもののように見える。
良かった。材料は足りたらしい。
足りなければこの作戦は中止しなければならないところだった。

さあ、早くヤドカリ君を作らねば。
やり方は至ってシンプル。
イルカの胴体をこのナイフで真っ二つにする。
以上。

さあ急げ、時間がないぞ。
投入口を開け、イルカの頭の方を持って腕を突っ込む。
ぐ〜っと腕を曲げ、彼女の枕元にイルカの頭を置く。
客観的に見るとベッドの下から生えた腕が、半分になったイルカのぬいぐるみを洵子さんの枕元に置いた形になる。

そしてコピーしたぬいぐるみの尻尾の方を、俺の部屋に残してあるオリジナルの尻尾のほうに突っ込む。
すると結果として、彼女の枕元にはイルカが完成した状態で存在することになる。

さて、今回なぜこんな回りくどいことをしたのか?
今まで真面目に読んできた人はだいたい理解できると思うが、如何に見つからないでイタズラするか。
今回のコンセプトはこれに尽きる。

例えば俺の腕だけを切って彼女の布団に潜りこませたとする。
いろいろとイタズラできると思うが、異変に気付いて起きられたら大変だ。
俺の腕はどこにも逃げ道がない。
下手をすれば本物の刃物で刺されかねない。
そこまで行かなくても大騒ぎだ。

最悪の場合、彼女の記憶などを操作する必要が出てくるかもしれない。
その作業は当然俺の姉さんがすることになる。
そんなことになれば、俺にとってどれほどの苦痛か察して欲しい。
俺が苦労するにはかまわないが、姉さんの手を煩わせるなんてことだけは絶対に避けたい。

さあ、今回の準備は全て整った。
作戦開始だ。



おっと、この章を終わる前に、ヤドカリ作戦の意義を説明しておく。
洵子さんにイタズラしている最中にもし異変を感じて起きられたとしても、ぬいぐるみのイルカはもともと彼女のベッドの上にあるものだ。

彼女が起きたならば急いで腕を引っこ抜き、ぬいぐるみの尻尾を突っ込んで元の状態に戻す。

そうすれば、彼女自身が寝ぼけて無意識のうちにぬいぐるみを持ってきたことになる。
何も異変は起こらなかったし、気持ち良かったのは彼女の勘違いで説明できるのだ。

というか、誰がそれ以外の可能性を想像するだろうか?