「ビジネスホテルでゆっくりと」は一旦TSとして完結しましたが、その続編と言うことで今度は猪田がピンチに追い込まれます。
志乃理の体を弄んだ猪田ですが、四ヵ月後に彼女が会社を辞めると言い出して――。
今回は女性が女性の乗り移るという展開になりそうです。


猪田が志乃理の体に乗り移って悪戯した四ヵ月後――。
仕事が少し遅くなった猪田がふとオフィスを見渡すと、ちょうど部下たちが帰ってゆくところだった。
「お疲れ様です、課長。先に帰りますけど、一杯如何ですか?」
「ああ、お疲れさん。今日はやめとくよ。また今度な」
「はい、じゃあお先です」
「ああ」
ぞろぞろと四、五人の部下が帰るのを見届けた猪田がふとオフィスに目を戻すと、一人の女性がまだ仕事をしていた。
パソコンに向かって頑張っているのは志乃理だ。
「おっ、屋河。まだ頑張っているのか」
「……みんな帰りましたね」
「ああ。お前も無理しなくていいんだぞ」
「はい。あの、課長」
「んん?」
志乃理はキーボードを打っていた手を止めると、猪田が座っている机まで歩いてきた。
「どうした?」
「私、会社を辞めさせていただきます」
「何っ!?」
「子供、出来たんです」
「子供!だ、誰の?」
「同じ課の園口君です」
「……そ、そうなのか。園口と付き合っていたなんて知らなかったよ」
「はい。誰にも気づかれないよう、内緒にしていましたから」
「そうか。結婚退職するのか。残念だなぁ」
「ありがとうございます」
「しかし……その、なんだ。出来ちゃった結婚ってやつだな」
「そのつもりは全く無かったんですけどね、課長」
「まあ、そういうこともあるからな。今時拘る必要はないだろうし」
「妊娠四ヶ月なんです」
「へぇ〜。まだお腹が目立つというわけでもないな」
「あの、課長。少し聞いてもらえますか?」
「ん?俺にか?」
「はい」
「ああ、構わないよ」
「お話しするのが恥ずかしいんですけど、私……実は園口君と四ヶ月前にはエッチしていなかったんです」
「は?」
「だから子供なんて出来るはず無いんですよ」
「そ、それはおかしいじゃないか。一体どういうことだ?」
「私にも分かりません。ただ、逆算すると……」
「ああ」
「ちょうど課長と出張に行った時くらいになるんです」
「…………」
「猪田課長。あの時、何かあったんですか?」
「な、何かって……」
「私、ビジネスホテルに泊まった時の記憶が全然無いんです。いつの間にか浴衣を着て部屋で寝ていました」
「そ、そうなのか……。さ、さあな。俺にはさっぱり。出張で疲れていたんじゃないのか?」
「……そうですよね」
志乃理はスーツの上からお腹を優しくさすった。
「この子のお父さんは誰なんでしょう」
「……そ、園口君……だろ」
「いえ。でも生まれてきた子供をDNA鑑定すれば分かることです」
「DNA鑑定……。だ、誰の?」
「もちろん、課長と赤ちゃんのですよ」
「そ、そんな事をしても、俺は何もしていないんだから」
「そうですか?私、いろいろ調べましたよ。課長のこと」
「えっ?」
「これ……見覚えありませんか?」
「あっ!」
思わず声を上げてしまった猪田は、あわてて口をふさいだ。
「これ、何か分かります?」
「さ、さぁ……」
明らかに動揺した猪田に、志乃理は話を続けた。
「このカプセルは【PPZ-4086】という、幽体離脱が出来る薬です。これを飲むとしばらくの間、幽体離脱できるそうですね」
「そ、そうなのか。それはすごい薬だな。でもそんな薬を何に使うんだ?」
「他人の乗り移るんですよ、幽体になって」
「た、他人に乗り移る?」
「はい。課長が私に乗り移ったように」
「……お、俺はそんな事、していないぞ。それにその薬自体、初めて見るものなのに」
「そうでしょうか?私、さっきも言いましたけど課長のこと、色々と調べたんですよ」
「……な、何を調べたというんだ」
「課長。課長には高校生のお嬢さんがいらっしゃるんですね」
「ああ、それがどうした?」
「彼女、高校生なのに美人ですね。奥さんに似ていますよ」
「だからそれがどうしたんだ?」
「娘さん……妊娠していますよ」
「……えっ!?」
「同級生の男子の子供を」
「う、うそだろ?どうしてそんな事、お前が知っているんだっ」
「だって……私がお嬢さんに乗り移って妊娠させたんですもの」
「なっ……」
「ふふふ、冗談ですよ。まだこの薬を使っていませんから」
「お、おい……」
「責任を取って私と結婚してください。でないと、本当にお嬢さんに乗り移って妊娠させますよ。それか、奥さんに乗り移って知らない男の子供を妊娠させます」
「ま、待てっ!ちょっと待て。何の証拠があってそんな事を言うんだ」
「もらったんですよね。ある人からこの薬を」
「なっ……」
「私の知り合いに超常現象を専門に研究している人がいるんです。その人が霊能力を持つ人を紹介してくれて、私の過去を遡って教えてくれたんですよ。他人の魂が体に入り込んだ形跡があるって」
「そ、そんな事……」
「名指ししていましたよ、猪田課長のことを。それに、薬のことも知っていました」
「…………」
「課長が私の体に乗り移って……課長の体とエッチをしたことも教えてくれました」
「ま、待ってくれ!お、俺が悪かったよ。たしかに俺はお前に乗り移った。しかし……」
「魂の抜けた課長の体が射精していたんですよ。私の中に」
「……そ、そうなのか」
「分かっていたんじゃないですか?精子が私の中に注ぎ込まれていたことを」
「……そ、それは……確信はしていなかったが……な、なんとなく……」
「無責任ですよね、課長。でも……私、課長の事が好きでした」
「えっ!?」
「部下にも信頼があるし、ちゃんと家庭を持っているし。仕事だってほとんど失敗しない。そんな課長に憧れていました。だから二人で出張する事が決まったときは本当に嬉しかったんですよ」
「…………」
「あんなことしなくても私、課長に迫られたら抵抗しようとは思わなかった。課長に家族がいても」
「お、屋河……」
「別にいいじゃないですか。私の事、愛してくれるんでしょ。私は課長の事、今でも愛しています」
「し、しかし俺には……。それに園口と結婚するって言ったじゃないか」
「課長は私のこと、遊びだったんですか?遊びで私を妊娠させたんですか?私、赤ちゃんのお父さんと違う男性と結婚しようとしているんですよ」
「それは……。な、なあ屋河。ちょ、ちょっと考えさせてくれ」
「いつまで?」
「い、一週間。一週間の時間をくれ」
「嫌です。一週間も待てませんよ。今夜にでも家族会議をして私と結婚すると伝えてください。そして奥さんとお嬢さんと別れてください」
「そ、そんな……」
「この子が可哀想じゃないですか」
志乃理はずっと下腹部を擦り続けていた。
動揺している猪田は、微笑んでいる志乃理が悪魔のように思えた。
「ねえ課長。私のこと、愛してくれますよね」
「……だ、だからちょっと待ってくれ。まさか妊娠しているなんて」
「課長と私とこのお腹の中にいる赤ちゃんで小さなマンションを借りて生活したい。養育費や慰謝料を払うでしょうから、質素な生活でもいいんです。私も体調さえ戻ればパートで働きますし」
「そんな先の話を言われても……」
「そんな先の話じゃありませんよ。ほんの一年くらい後の話です」
「……し、しかし……」
「私、今日はお先に失礼します」
「…………」
猪田に会釈した志乃理は、パソコンを切ると「お疲れ様でした」と帰ってしまった。
「そ、そんな馬鹿な……。彼女が秘密を知ったなんて……」
しばらく放心状態だった猪田は、重い腰を上げると力なく家に帰っていった――。