窓からの日差しがまぶしいベッドには、もう千夏の姿はなかった。
土曜日の朝、普段なら十一時ごろまで寝ている彼女には珍しい光景だ。
早朝からパートがある母親が用意した朝食を済ませてた後、洗面所で髪を整え薄っすらと化粧を施す。
父親はリビングで欠伸をしながらゴルフ中継をみていた。
すでに着替えを済ませていると言うことは、朝からパチンコに行くつもりだろう。
給料日前なのに、よく小遣いが余っているものだ。
そう言えば、先日は珍しくケーキを買って帰ってきた。
もしかしたら、会社帰りにパチンコに行って儲けたのかもしれない。
千夏はまだ寝ているであろう姉、明菜の部屋を通り過ぎると、自分の部屋に入り着替えを始めた。

「九時半か。ちょうどいい時間ね」
学校が休みにも関わらず、短い丈のプリーツスカートを穿き、ブラジャーの上からセーラー服を身に纏う。そしてプリーツスカートと同じ紺色のニーソックスを穿くと、姿見の前に立って全身を映した。
肩より少し眺めで、ライトブラウンに染めたセミロングの髪を両手でかき上げると、セーラー服の裾から細いウェストと縦長のおへそが見えた。
「うん、さすがに高校生だけあってセーラー服が似合うわ。これなら真二も文句ないでしょ。千夏には悪いけど、しばらく体を借りるわね。それにしてもこのスカート、丈がちょっと短すぎない?」
千夏は、右手でプリーツスカートの裾を少し捲ると、姿見に映る生の太ももを眺めた。
「まあ、普段からこの姿なんだから構わないか。真二が手を出してきそうだけど」
姿見の前でくるりと体を回した千夏は部屋を出ると、隣にある明菜の部屋に入った。
ベッドに寝ている明菜の顔に、窓から入った日差しが当たっている。
「あ〜あ。私の顔、焼けちゃうじゃない」
窓のカーテンを閉めた後、明菜の財布や携帯等を勝手に取り出すと、おしゃれなポーチの中に仕舞った。
「自分の物なのに、何だか泥棒しているみたいだわ。泥棒しているのは私のほうなのにね」
寝息をたてる明菜を見た後、俯いてセーラー服を着ている自分の体を確認した。
「ほんの五時間だけだから。千夏にはこんど好きな物を買ってあげる。と言っても、千夏には聞こえていないか」
訳の分からない独り言を呟いているようだが、実はそうではない。
目の前で眠っている明菜の体には魂の存在はなく、息をしているが抜け殻のような状態。
そして、セーラー服を着ている千夏の体には魂が二つ存在していた。
一つは千夏本人の魂で、もう一つは明菜の魂。
「PPZ-4086」という怪しげな薬を入手した明菜が、千夏の体に乗り移っているのだ。
それは、明菜が会社で付き合っている男性、角腰 真二(かどごし しんじ)のため。
実は二人、結婚を前提に付き合っているのだが、真二から結婚前にどうしてもセーラー服を着て欲しいとせがまれてしまった。
二十五歳になる明菜にとって、セーラー服を着るなんてコスプレのようで考えられない行為。
しかし、もう真二と結婚する事しか頭にない明菜は、何とかして真二の願いを叶えたいと思っていた。
そんなときに知ったPPZ-4086の存在。
この薬を使うと、魂(幽体)となって体から抜け出すことが出来、また他人の体に入り込むことが出来る。それは、相手の体を乗っ取る事ができる事を意味していた。
インターネットで会員制サイトから購入した明菜は今、PPZ-4086を飲んで八歳離れた妹、千夏の体を支配しているのだった。
この妹の体を使い、セーラー服を着て真二とデートしてやる。
それが明菜の考えだった。
「そろそろ出ないと。じゃあね、私の体っ!」
千夏を自分の体のように操る明菜は、玄関に置いていた黒い靴を履くとポーチを片手に、勤めている会社がある駅前で待ち合わせた真二の元に向った――。


あとがき
久しぶりのOD作品です。
と言っても、入れ替わりではなく憑依ですが(^^
長くても中編、後編で終了となります(多分)。