「さっきも言ったが、俺は透視が出来るんだ。何故か分からないが、小さい頃から色々なものが透けてみるようになってな。眼力ってのか?集中する度合いで見え方が変わるんだ」

広い公園のベンチ。
男性は理恵が座っている前に立ち、独り言のように話をしていた。

「小学校の時、友達に話したら嘘だと言われて苛められた。中学のときは女子の更衣室を覗き見したと言われて男女問わず仲間外れにされた。先生もまともに相手にしてくれず、両親にも信じてもらえない。高校へは行かずに働き始めたが、景気が悪くなると真っ先に首にされて何度も働き先を変えたさ」

ワイシャツの胸ポケットから煙草を取り出した男性が、遠くを見つめながら乾いた唇で咥え火をつける。
その仕草がとても寂しそうに思えた。

「まあ、ろくな友達は出来なかったな。俺の事を信じる奴は、皆まともな性格じゃなかった。俺が透視出来ることを知ると、まず犯罪に利用しようとする奴ばかりだったな」

大きく息を吸い込んだ男性は、白い雲に向って煙を吐いくと理恵の前にしゃがみこんだ。
理恵は閉じた足のうえに両手を乗せて、無言で話を聞いている。
サングラスの奥にある瞳は、何処を見ているのか分からなかった。

「大人になると、透視以外のことも出来るようになった。まあ、信じられないかもしれないが色々できるようになったんだ。神さん(神様)は俺に何をさせようとしているんだろう。そんな事を何度も考えたよ。この能力を使えば俺は何だって出来る。でも、俺が俺で無くなりそうな気がして怖いんだよ」
「……そろそろいいでしょ?早く家に帰りたいの。私があなたの身の上話を聞いたところで何も変わらない」
「そうか?あんたと俺は同じだと思うぜ。他人には知られたくない秘密を持っている。そして他人に接することを拒んでいる。そうだろ?」
「それがどうだっていうの?私、こんな体になってしまったからあなたが何を言っても驚かないわよ。私の体を隅々まで透視したんでしょ。そして……」
「あんた、好きでそんなもの付けてるのか?」
「……私はそんな変態じゃない」
「……じゃあ何故?」
「知らないわよ、私に聞かれても。付いているものは付いているんだからっ」

初めて男の目を見ながら話している。そう感じた。

「……生まれてからずっとなのか?」
「……違うわ」
「じゃあ……成長する過程で……か?」
「そうじゃない」
「……どういうことだ?」
「あなたに話したって仕方ないことだわ。もう気が済んだでしょ。私は触れられたくない事に触れられて気分が悪いの。一刻も早く帰りたいんだから」

理恵がベンチから立ち上がり駅に向って歩き始めると、後ろから男性が声を掛けた。

「待てよ。なあ、あんた。それを取りたいと思っているのか?」
「……当たり前じゃない」
「もう少し詳しく聞かせてくれよ。もし……他人にやられたんだったら、取ることができるかもしれないぜ」
「……他人に?」
「ああ」
「他人に付けられたんじゃなくて、勝手に……は、生えてきたんだから」

足を止めた理恵は、男性に背を向けたまま俯いて答えた。

「……勝手に生える?そんな事ありえないだろ」
「あなたがあり得ない事が出来るように、世の中にはあり得ない事がたくさんあるのよ」
「……そうかな?俺はそうは思わない」
「どうして」
「なあ、少し詳しく話を聞かせてくれよ。俺はあんたがどうしても他人には思えないんだ」
「……私が変態に見えるから?」
「いや、そうじゃない。例えば……誰かにはめられたとか」
「……えっ?」
「俺はこの変な力のせいで何人もの人間にはめられてきたんだ。あんた、誰かにはめられたんじゃないのか?」
「そ、そんな事……ない」
「言い切れるのか?」
「……言い切れる。だって……」
「だって?」
「……あんなに私のこと、親身になってくれたんだもの」
「親切心は悪意を隠すオブラートみたいなもんだぜ。溶ける時はあっという間さ」
「悪意?悪意なんてあるはずないっ」
「……じゃあ。俺がそいつに聞いて来てやるよ。あんたがはめられたかどうか調べてやる」
「…………」

男性は振り向いた理恵を見てニヤリと笑うと、初めて名前を口にした。

「俺は吹雪幽二。あんたは?」
「……私は……理恵」
「いいぜ。苗字を名乗らなくても。おそらくすぐに分かることだ」
「探偵でもやってるの?」
「探偵か、良い様にいうよな。まあ、探偵や警察なんか俺にかかれば赤ん坊みたいなものだがな」
「……?」
「誰なんだ?あんたがはめられたと思っている奴は」
「…………」

はめられたなんて思っていない。
そう、大事な友達。こんな姿になった私を気遣ってくれた人。
疑うなんて出来ない――でも、本当にそうなんだろうか?
月日が経つに連れて、少しずつ思い始めていたこと。

「大丈夫さ、俺に任せとけよ。真実が知りたいんだろ」
「……真実。私が知っている事……体験したことが真実よ」
「そうか?本当の真実は自分の知らないところにあると思うが」
「自分の知らないところ……」

理恵はしばらく無言で考えていた。
その様子を見ていた吹雪幽二は、彼女が口を開くまでじっと待っていた――。