次の日、理恵はスポーツクラブを無断欠勤した。
孝彦が心配して何度も携帯やメールで確認を取ろうとしている。
しかし、理恵からの返事はなかった。

「どうしたんだろう?理恵が無断欠勤するなんて初めだ」
「そうね。昨日の夜まで私、理恵の家に行っていたんだけど」
「その時は何も無かったのか?」
「うん。理恵が眠たくなったからっていうから帰ったの」
「そうか。心配だな。何事も無ければいいんだけど」
「孝彦君。帰りに理恵のマンションに行ってみない」
「そうだな。心配だから行こう」
「うん……」

曇った表情の孝彦を見て、香夏子は尚更理恵に嫉妬した。
もう孝彦の前には顔を出せない理恵を、無理矢理孝彦に見せてやる。
チ○ポのついた理恵を孝彦に見せて変態扱いさせてやる。
そう思ったのだった――。

スポーツクラブが終わった九時過ぎ。
香夏子は孝彦と共に理恵のワンルームマンションに向った。
二人きりで電車に乗る。
それがとても嬉しくて、つい孝彦に肩を摺り寄せてしまう。
孝彦は理恵を心配する気持ちとは裏腹に、少し顔を赤らめながらも嫌ではない様子。
今日は胸元が大きく開いた服を着ているので、孝彦が上から見ると胸の谷間を覗き見ることが出来る。
香夏子はその視線を感じながらも、気づかぬフリで車窓に映る景色を眺めていた。




「理恵、いるの?いるなら返事をして」
「お〜い、理恵。いるのか?」

軽くドアを叩いて、中の様子を伺う二人。
しかし、理恵の返事は無かった。

「いないのかな」
「分からないな。でも電気がついていないから出かけているのかもしれない」
「そうね」
「でも、もし部屋で倒れていたら……管理人に鍵を開けてもらうか」
「うん、孝彦君」

二人の声は部屋の中にも聞こえていたようだ。
管理人の所へ行こうとした香夏子の携帯がなった。

「あ、理恵からだわ」
「ほんとか!」
「うん」

慌てて携帯を取った香夏子は、心配そうな表情で会話を始めた。

「もしもし、理恵?理恵なの?」
「……うん」
「どうしたの?今何処にいるの?」
「……部屋にいる」
「じゃあどうして出てくれないの?」
「……私、もうどうしたらいいのか分からない……」
「な、何が?兎に角ドアを開けて」
「ダメ。それは絶対にダメ」
「どうして?」
「……言えない」
「……ねえ理恵。一体どうしたの?」
「…………」
「昨日、私が帰ってから何かあったの?」
「私……もう生きていけないよ……」
「ちょ、ちょっと待って!生きていけないって……」
「もう死にたいよ」
「な、何を馬鹿なことを言っているの!いいから早くドアを開けて!」
「……開けられない」
「だからどうして!」
「ねえ。そこに孝彦、いるんでしょ」
「いるわよ。ちょっと待って」

香夏子は、心配そうにやり取りを聞いていた孝彦に電話を渡した。

「もしもし、理恵か?どうしたんだ」
「孝彦……私、もう孝彦の前には出られない」
「どうして?」
「……言えない」
「言えないって……。何があったんだ?」
「……私にも分からない。どうしてこんなものが……」
「こんなものが?」
「……なんでもないの。私、もうスポーツクラブにも行かないし、孝彦にも……会わない」
「理恵……。何があったのか教えてくれないか?」
「……教えられないよ。こんな事……」
「ま、まさか強盗とか……。か、体は大丈夫なのか?それとも病気になったのか?」
「病気……そうかもね」
「ならば医者に行けばいい。俺が連れて行ってやるよ」
「ううん。きっと治らないからいいよ」
「治らないって……何の病気なんだ」
「言えない」
「だって病気ならっ」
「……熱があるわけじゃないの。別に痛いところがあるわけでもないし」
「……どういうことだ?」
「だから……孝彦には話せない」
「……ならば理恵には話せるのか?」
「…………」

孝彦が理恵に視線を合わせると、理恵はコクンと頷き電話を受け取った。

「……もしもし。ねえ理恵。私になら話せるの?」
「……話したくないよ。こんなの……」

電話の向こうからすすり泣く声が聞こえた。
香夏子は携帯のマイクを指で押さえながら、孝彦に囁いた。

「孝彦君。理恵、電話の向こうで泣いてるの。私一人で様子をみるから今日は帰ってくれない?」
「でも、俺だって心配だし」
「分かってる。でも……きっと孝彦君には知られたくないことなんじゃないかな?」
「……そうだな。じゃあ後で教えてくれるか?」
「うん。分かった」
「じゃあ……先に帰るよ。絶対に教えてくれよな」
「分かってるよ。じゃあね」
「ああ」

孝彦が振り向きながら帰ってゆく。
それを見届けながら、香夏子はまだ電話を始めた。

「あのね、孝彦君には帰ってもらったわ。今ここにいるのは私だけ。だから鍵を開けてくれない?」
「……でも、やっぱり香夏子にも言えない」
「どうしてなの?」
「だって……こんなの言えないよ。それに……見せられない」
「見せられない?何か持ってるの?」
「…………」

その先を話さない理恵だが、香夏子には分かっていた。
心配そうな声で話をしているが、内心は笑っているのだろう。
孝彦には見せられなかったが、理恵は相当落ち込んでいる様子。
しかも、自分でスポーツクラブを辞め、孝彦には会わないと言っているのだ。
それだけで十分だった。

「ねえ。お願い理恵。私、このままじゃ心配で帰れないよ」
「…………」
「誰にも言わない。二人の約束だから」
「……本当に言わない?」
「うん。絶対に言わないよ」
「……本当?」
「うん。だから……鍵を開けて」
「…………」

しばらくすると、ドアの鍵が開いた音がした。
そして、ゆっくりとドアが開くと、月明かりに照らされた理恵が真っ赤に目を腫らせて現れた。
その表情がまるでお化けのように見え、香夏子は思わず後ずさりした。

「り、理恵……」
「孝彦、いないの?」
「う、うん。は、入ってもいい?」
「……うん」

カーテンも閉め切った暗い部屋の中。
足元も良く分からない状態で部屋に入った二人。

「ねえ。電気、つけてもいい?」
「……つけたくない」
「どうして?」
「だって……」
「大丈夫。私、何を見ても驚かないよ」
「……でも……」
「理恵。私を信じて」
「……うん。分かった……」

理恵が壁際にある電気のスイッチを入れると、二人はまぶしさで目がくらんだ。

「香夏子。私、どうすればいいのか分からない……」

電気をつけたまま、香夏子に背を向けている。
昨日と同じ服を着ているということは、一日中着替えてないのだろう。
髪もボサボサで、これがあの綺麗な理恵だとは思えないほどだ。

「理恵。こっちを向いて」
「……ねえ香夏子」
「何?」
「私、こんな姿を誰にも見られたくないよ」
「こんな姿って……」
「……きっと私の姿を見たら、香夏子は逃げ出すわ……」
「……いいからこっちを向いて」

その言葉に、理恵はためらいながらも、ゆっくりと香夏子の方を向いた。
皺くちゃになったスウェットの上下だが、いつもどおりのスタイル。

「……別にいつもと変わらないじゃないの」
「……違うの。……ここが」

理恵は恥ずかしそうに股間を指差した。
じっと股間を見つめると、女性特有ののっぺりとした丘にはなっておらず――。

「えっ……な、何?」
「だから……ここに変なものが……」
「それ……何なの?」
「……だ、男性の……アレ……みたい」
「男性の……アレって……う、うそっ」
「……私、どうしたらいいの?ううっ!」

理恵が泣き崩れた。
その様子を見て、香夏子はドキドキしながら歩み寄った。

「信じられない。そ、それって……本物なの?」
「……分からない。でも、感覚があるの」
「そんな……」
「こんなのが付いていたら一生、外に出れないよ。うううっ……」
「理恵……」

香夏子はそっと理恵を抱きしめると、落ち着くまで無言で背中を撫で続けた。