「ただいまお母さん」
「お帰り。今日は遅かったのね」
「うん」
「ご飯は済ませたの?」
「まだ。お母さんは?」
「遅いからもう済ませたわよ。香夏子のご飯は置いてあるから」
「うん。ねえお母さん。今日ね、駅前でおいしそうなジュースを買ってきたんだ。一緒に飲まない?」
「ジュース?」
「うん。一緒に飲もうよ」
「いいわよ。どんなジュースかしら」
母親が椅子から立ち上がろうとすると、香夏子は「私がするからソファーで座って待ってて」と制止した。
ショルダーバッグに入っていた瓶入りのジュースを流し台に置き、グラスを二つ用意する。
そして冷凍庫にある氷を数個入れた後、グラスに注いだ。

「はい」
「ありがとう。何味なの?」
「フルーツジュースだから」
「見た目、そのままね」

母親はソファーの前にあるガラステーブルに置かれたグラスを手にすると、香夏子より先に口にした。

「結構美味しいわ」
「そう?よかった。じゃあ私も」

同じくソファーに座り、ジュースを飲んだ香夏子。
二人はしばらくジュースを飲みつつ、雑談をしていた。
母親はすでに風呂にも入っているようで、刺繍の入った白いパジャマ姿。
歳は四十後半だが、気が若いということもあって歳相応の老け方はしていない。
香夏子がスポーツクラブに勤めているので、家でも出来るようなフィットネスを教えてもらっている事も大きいだろう。

「お母さん、お父さんがいないと寂しい?」
「ええ?どうしてそんな事を聞くの?」
「ううん、出張だと夜も一人で寝ることになるじゃない」
「もう慣れたわよ。それに子供じゃないんだからね」
「そうだよね」
「香夏子はもう二十四歳なんだから、そろそろいい人を見つけないと」
「……うん。好きな人はいるんだけど」
「そうなの?片想い?」
「さあ、どうかな」
「今度家に来てもらったら?」
「そうね。でも今はそれほど親しい仲じゃないから」
「そうなの……。ふぁぁ、お母さん、何だか眠たくなっちゃった」
「いいよ。後は私が片付けておくから」
「そう。ちゃんとご飯は食べてね」
「うん、分かった」
「じゃ、お母さん先に歯を磨いて寝るから」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ」

母親は急に眠気に襲われたようで、ソファーを立つとふらふらとした足取りで洗面所へ歩いていった。

「…………」

グラスを流し台に片付け、先に風呂に入る用意をする。
廊下でほとんど意識のない母親が懸命に瞼を開きながら寝室に向かうところを確認すると、クスッと微笑みバスルームへ向かった。