しばらくして――。

アイスコーヒーの氷が溶け終わった頃、景子はゆっくりと目を開けた。

「はぁ。もう決めたんだろ。その決心は変わらないって事か」

和馬は無言でこくんと頷いた。

「……それでさ、景子が結婚したいっていう彼女はどんな人なんだ?」
「…………」

無言でかばんから携帯電話を取り出した和馬は、ディスプレイに映っている画像を見せた。
そこには、見たことのあるテーマパークの白いお城を背景に、楽しそうに笑っている二人がいた。

「えっ!この人って……も、もしかして!?」
「そうよ」
「まさか……付き合っていたのか?」
「……ええ。学校を卒業してからね」
「嘘だろっ。俺の初恋……片思いだった人と付き合っていたなんて……」
「ごめんね。でも最初は付き合うって感じじゃなかった。元々、寛子と私は親友だったでしょ。体は和馬になってしまったけど、私自身は寛子と友達でいたかったの。だから私から寛子に積極的に話しかけたわ。寛子は和馬になっている私を嫌がらなかったのよ」
「じゃ、じゃあもしかして俺が自分の体のときに、付き合って欲しいって告白すれば……」
「寛子は付き合っていたと思うよ」
「そ、そうだったんだ……。そりゃさ、あの時、景子の体になって寛子と色々と話せたのは嬉しかったけど……ますます気が重くなってきた」
「そんな事言わないで」
「別に景子を責めているんじゃないよ。俺自身、大事な人生の分岐点で何度も間違えていたと思ってさ」
「私と入れ替わってしまった事を後悔しているの?」

和馬は景子の言葉に表情を曇らせた。

「後悔じゃなくて……あれは事故だったんだし。景子だって本当は自分の体で一生を過ごしたかっただろ?」
「……最初はそう思っていたわ。でも今は自分の体に執着していないの」
「……一生、俺の体でも構わないって事か」
「私の体、そんなに嫌?」
「そうじゃないんだ。俺さ、いつか自分の体に戻れるんじゃないかって淡い期待をしていたんだ。だから、もし景子が自分の体に戻ったときに嫌な思いをしないように、こうやって景子の体を綺麗に保っていた……」
「和馬……」
「でも、景子が寛子と結婚してしまうのなら……景子が俺の体で一生過ごしたいというならその必要も無くなったって事だな」
「…………」
「はぁ〜……そっか。でもさ、これで良かったのかもしれないな」
「えっ」
「だってさ。いつか戻れるかもしれないって思いながら結局戻れなくて後悔するよりも、景子のように割り切ってしまえば精神的に楽かもしれないし」
「わ、割り切ってというか……その……」
「おめでとう、景子」
「あ……」
「俺の体、一生景子が使ってくれ。そして寛子を幸せにしてやってくれよな」
「か、和馬……」
「その代わり、景子の体は俺が自由に使わせてもらうからな」
「…………」
「実はさ。景子の体、まだ男を一人も知らないんだ」
「……うそ?」
「ほんとだって。嫌だろ?元に戻った時に、すでに男を知っていたなんて」
「そ、そんな気を使ってくれてたんだ……。ご、ごめんね。和馬」
「いいよ、そんなに申し訳なさそうな顔しなくても」
「そ、そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
「わ、私……和馬の体で……子供、作っちゃった」
「……へ?」
「あの……。寛子のお腹には私の……和馬の赤ちゃんがいるの」
「……ええ〜っ!」
「さっき、お父さんが禁煙したって言ったでしょ。あれ、妊娠した寛子が家に遊びに来るときに煙草の煙は良くないだろうって、自主的に禁煙してくれたのよ」
「……そ、そうか。結婚する前に出来ちゃったのか。そういうオチだったんだ。ははは……」
「私、幸せよ。和馬の家族と、私が作った家族で過ごせるんだもの」
「それは良かったな。うんうん、俺も何だか幸せな気分になってきたよ」

景子は椅子から転げ落ちそうになりながら眉毛をピクピクと震わせ、ぎこちない笑顔を作っていた。