「ねえ和馬」
「んん?」
「お互いの言葉で話さない?」
「……そうだな。周りには誰もいないし」
「慣れてはいるけど、人と話す時は自分の言葉をずっと押し殺しているから」
「だよな。こういうチャンスはなかなか無いからな」

随分離れたところにウェイトレスが立っている。
客は入口近くのテーブルに座っているおばさんが二人だけで、二人の会話が届く範囲に人はいない。
二人はグラスをテーブルに置いた後、互いの顔を見合った。

「いざしゃべろうと思っても、何だか改まった感じで変よね」
「ああ。でも折角の機会だし」
「そうよね。それじゃあ私から話すわ。えっと……お袋は元気にしているか?親父は相変わらず酒ばかり飲んでいるのか?」

景子と入れ替わってしまった和馬は、ためらいながらも自分の口調で両親についての質問を投げかけた。

「ええ、元気よ。今はもう私の事、すっかり『和馬』だと思い込んでいるの。お父さんは禁酒したのよ」

その体格から考えると非常にミスマッチな口調で返答した和馬。
男性の体で女性の口調は他人から見ると違和感を覚えるが、和馬の体になってしまった景子からすれば、それが正しいのだ。

和馬の口から父親が禁酒したという事を聞かされた景子は、目を丸くして驚いていた。

「禁酒?嘘だろ。タバゴ漬けの親父が禁酒なんかできるわけない」
「ううん。三ヶ月くらい前からだけど、一本も吸っていないの」
「へぇ〜、信じられないな。親父にしては頑張ったってところか」

華奢な体で男らしく腕組みをながら感心する景子に、和馬は「禁酒した事には理由があるんだけどね」と付け加えた。

「理由?どんな?」
「……それは後から話すわ。それより私の両親は?特にお母さんは元気にしてる?」

和馬の顔に似合わない、心配そうな表情に景子は笑いかけた。

「ぜ〜んぜん大丈夫。二人とも元気さ。ついでに弟の将冶もな」
「そ、そう。それなら良かったわ」
「俺の事、みんな『景子』だと思って疑わないよ」
「やっぱり誰も気づかないのね。私達が入れ替わってしまった事」
「ああ。最初は大変だったけどな」
「ええ。ほんと、大変だったわね……」

二人は六年前に起きた出来事を思い浮かべていた。