一体どこにいるんだろうか……






勉は何も見えない真っ暗な空間の中を一人彷徨っていた。身体の感覚もない。まるで無重力の世界に入り込んでしまったかのようだ。
 そんな状態がしばらく続くと、どこからか小さな声が聞こえてきた。


む……とむ……つとむ……勉


あれ……誰かが呼んでる……


その声は女性のようだった。とても悲しそうな声。その声に導かれるように手足をジタバタさせながら移動すると、徐々に光が見え始め、その光の中へ飛び込むと――。




「ああっ。勉っ!勉が目を覚ましたわっ!」

 まばゆい光の中、ゆっくりと目を開ける。おぼろげに見えてきた顔は……勉の母親だった。

「……あれ……か、母さん……」
「もうっ!一体どうしたって言うのよ。お母さん、勉が死んじゃったかと思ったじゃないのっ!」

 涙を流しながら勉を見つめる母親。勉が視線を移動させると、そこには父親の姿もあった。そして知っている人たちが何人もいるのだ。

「ど、どうしたの?みんなで……」
「どうしたのって、お前こそどうしたんだ。正月から電話もよこさないで。心配でお前のアパートに行ってみたら布団で冷たくなっているじゃなか。父さんビックリして救急車を呼んだんだぞ」
「そうなんだ……そう言えば俺……」

 勉は病室であろう白い部屋の中を見渡した。あれ、さっきまで何してたんだっけ?
 頭の中が何となくスッキリしない勉は「ちょっと休ませてよ」と、そのまま目を閉じた。


 えっと……何だっけ?


 よく考えてみる。確か昨日は年越しそばを食べてから布団に入って……。


「あっ!そうだっ。美穂ちゃんっ!」

 パッと目をあけてベッドから身体を起こした勉。

「どうしたの?急に起きて」
「美穂ちゃんは?それに香奈ちゃんはどこだ?」
「何言ってるんだ?誰だそれ。お前の友達か?」
「違うよ、ツートップの……アイドルの二人さ」
「その二人がどうしたんだ」
「え……そ、その二人が……」

勉はその後の言葉を続けなかった。そう……確か美穂に乗り移って色々なことをしたのだ。そして最後に香奈と二人で……。

「あのさ、テレビ見れる?」
「テレビ?ああ、そこにあるじゃないか」

 ベッドの横にテレビが置いてあり、すでに電源は入っている。その画面には、偶然にも美穂と香奈が映っていた。二人はとても楽しそうに話している。

「美穂ちゃん……」

 勉はそっと呟いた。あれは夢だったのか?
 いや、そんなことは無い。だってあれだけリアルな感じ、到底夢では味わえないのだから。
 じっとテレビを見つめる勉。不意に香奈の顔がアップで映し出された。
 そしてその首筋を見た勉は、ハッとして……思わずニヤけてしまった。
 香奈の首筋には、小さな赤い点がついていた。
 それは勉が美穂に乗り移った時に付けた『キスマーク』だったのだ。

「やっぱり……夢じゃなかったんだ。俺、美穂ちゃんに乗り移ってたんだ……」

 テレビに映る二人を見ながら確信した勉。あのホテルや車の中、そしてスタジオや控え室での出来事は全て現実にあった事なのだ。

「勉?ねえ勉?」
「何?」
「何がおかしいの?」
「え、別に何でもないよ」
「……それならいいんだけど」

 心配する母親をよそに、勉は今回の出来事を心の中にそっと閉まっておこうと思った。 アイドルとして楽しんだひと時。美穂の身体で感じた女性の快感。誰に話したところで信じてもらえる事ではないのだ。
 ただ、それからしばらくして、ある週刊誌を賑わせた記事は、勉の鼓動を高ぶらせた。

『ツートップの美穂と香奈。二人の危ない関係は何時始まったのかっ!』

勉が原因で危ない関係を持ってしまった二人。どうやらあの後も続いていたようだ。少し申し訳ないことをしたと思いつつも、全てを知っているのは自分しかいないと優越感に浸った。
 目の前にある参考書。結局今年も受験に失敗した勉は、早く来年の正月が来ないかと、もう一度勉強を始めたのだった。
 また、あの体験が出来ると信じて。


正月早々…おわり





あとがき

と言うわけで、ミグさんの同人誌「入れかえ魂Vol.2」に掲載された作品でした。
最後まで読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
Tiraでした。