「勝手に入っていいのか?」
「だって、ピアノは啓子姉の部屋にしかないんだから」
「でも、お姉さんがいないときに入るのはまずいんじゃ……」
「いいのよ、そんな事気にしなくても。そこに座って」

あまり女性の部屋に入ったことが無いので、引け目を感じているようだ。
そんな優二を気にすることもなくピアノの椅子に座った亜樹は、両手を目の前にしてじっと見つめた。
十本の細い指。爪には透明なマニキュアが塗ってある。

「頼むよ、啓子姉」
「は?」
「ううん、なんでもない。じゃあ弾くからね」
「あ、ああ。絶対に笑わないから」
「笑えないと思うけどね」
「そっか。じゃあ聞かせてもらうよ」

真剣な表情。
亜樹は背筋を伸ばして鍵盤を見つめた後、両手を鍵盤の上に軽く乗せた。
そして信じられないことに、目を閉じながらピアノを弾き始めたのだ。

♪ハピバスディ、トゥ〜ユ〜
♪ハピバスディ、トゥ〜ユ〜
♪ハピバスディ、ディア優二〜
♪ハピバスディ、トゥ〜ユ〜

「ふぅ〜。優二、お誕生日おめでとう」
「…………」

笑顔で振り返った亜樹だが、優二はポカンと口を開けたまま。

「優二っ!」
「……えっ。あ、ああ」
「ちゃんと聞いてくれてた?」
「あ、ああ。もちろん。びっくりした」
「どう?」
「ほんと、正直驚いた。一週間でこんなに上手く弾けるようになるなんて」
「へへ〜ん、どんなもんですか」
「すごく練習したんだな。俺、感動したよ」
「そ、そう。そう言ってくれると私も嬉しいんだけど……」
「けど?」
「ちょっとズル……してるんだ」
「ズル?」
「うん」
「ズルって何?俺にはズルしているように見えなかったけど」
「だよね。でも、私も正直に言わないと心苦しいから」
「何したんだ?録音していた曲を流して演奏しているフリをしたとか?」
「ううん。ちゃんと弾いたよ。この手で」

絨毯の上に胡坐をかいて座っている優二の前で女座りした亜樹は、彼に両手を差し出した。