「あ……お父さんも帰ってたんだ」
「ああ。今日は久しぶりに定時で帰れたからな」
「そう……」
「どうしたの里香?たまにはお父さんと一緒に夕食を取りたいって言ってたじゃない」
「う、うん。もちろん嬉しいよ」
「はは。お父さん、里香に嫌われたのかと思ったよ」
「そんな事ないよ」
「それじゃ、食べましょうか」
「ああ。いただきます」
「いただきます」

三人は、キッチンにあるテーブルで夕食を食べ始めた。

(俺にも食わせてくれよ)
「きゃっ!」

耳元で……というよりは、自分の髪の毛の中から聞こえてきた囁き声に、里香は驚いて茶碗をテーブルに落としてしまった。

「どうしたの?」
「な、何でも……ないよ。お母さん」

母親が首をかしげながら里香を見ている。
ご飯がこぼれそうになった茶碗を拾い上げた里香は、少しおどおどした表情で食べ始めた。
父親がビールを飲んでいる。そして母親は冷蔵庫にお茶を取りに立ち上がる。
その隙に、道夫は里香の前に並んでいる煮物をほおばった。
もちろん、口だけ瞬間的に現して。
様子を見ていた里香は気持ち悪くなった。
唇だけが現れたかと思うと、煮物が減ってゆくのだから。

「仁志さんとは上手くいってるの?」
「えっ……あ、うん……」
「仁志って、最近付き合い始めたってやつか?」
「そうよ。彼、結構イケメンなの」

母親が嬉しそうに答えた。

「お母さんったら」
「ふふ、ごめんなさいね。もし里香が仁志さんと結婚するのなら、お母さんは大賛成よ」
「そうなのか?お父さんはまだ会ったことがないからな。それに結婚なんてまだ早いだろ」
「何言っているのよあなた。里香はもう二十二歳なのよ。そろそろ結婚してもいいわよね」
「……う、うん……」
「ん?どうかしたの?」
「えっ……ううん」
「もしかして、仁志さんと喧嘩したとか?」
「そんな事ないよ。仁志とは……仲がいいよ……」

里香は身体を硬直させていた。
母親が仁志の話を始めた時から、道夫の手が里香の背中を撫で始めていたのだ。
それも、スウェットの上着の中から肌を直接。