結構早く出たつもりなのに、郁美ちゃんの家に着いたのは夕日が随分と傾いた頃だった。 あと少ししたら、見つけられなかったかもしれない。持っていた携帯も「圏外」表示。 殆ど人影の無いところ、何とか人を探して聞きまわり、やっと辿り着いた。荷物が重い事もあり、額には汗がにじみ出て息も切れかけていた。

「久しぶりね、利子ちゃん。ごめんね、わざわざ遠いところまで来てもらって」
「いえ、おばさん。お久しぶりです」
「迎えに行けば良かったんだけどねぇ」
「いえいえ。別にいいです。無事に辿り着きましたから……」

 古い造りの平屋は、映画やドラマに出てきそうな雰囲気。玄関の扉も木材で出来ていて、引いて開けるのではなく横にスライドさせるもの。同じく木製の下駄箱には、突っ掛けや黒い長靴がたくさん入っていた。
 挨拶した後、おばさんは「郁美〜。利子ちゃんが来てくれたわよ〜」と大きな声で叫んだ。すると、長い廊下の向こうから足音と床の軋む音が聞こえ始め、懐かしい面影が残る郁美ちゃんが姿を現した。
 半年ほど前の年賀状には、強く印象に残る黒いストレート、そして腰まである髪で写っていた郁美ちゃん。でも、目の前に現れたのはショートカットで明るく茶色に染めた姿だった。

「久しぶりだね、郁美ちゃん」
「う、うん……」

 郁美ちゃんは何だか申し訳なさそうな表情で返事をした。

「さあ。こんなところじゃなんだし、中に入って」
「あ、はい」

 おばさんがボストンバッグを持って、家の中へと案内してくれた。後ろから郁美ちゃんも付いて来る。久しぶりに会ったのが恥ずかしいのか、結構無口。一緒に遊んでいた時はおしゃべりだったのに――

「お、久しぶりだね利子ちゃん、元気にしてたかい?」
「あ、はい。おじさん。お久しぶりです」
「お父さんやお母さんも元気かい?」
「はい。元気でいます」
「そうか、それは良かった」

 十畳以上ある広い和室に卓袱台が置いてあり、座布団に座ってテレビを見ていたおじさん。おじさんもおばさんも、六年という歳月が歳を取らせたようで、少し白髪が目立つようになっていた。

「それにしても綺麗になったわねぇ。おばちゃん、見違えたわよ」
「ほんとだ。アイドルみたいな顔してるよ。スタイルもねっ!」

 おじさんがニコニコしながら、ちょっといやらしい目つきで視線を送ると、すかさずおばさんが「もうお父さんはっ!」と言って頭を叩いた。

「イタタ。いや、冗談だよ。ああ、冗談と言っても、綺麗だというのは冗談じゃないよ。なあ郁美」

 不意に郁美ちゃんに話を振ったおじさんだが、郁美ちゃんは「う、うん」と返事をしただけだった。おじさんが話題を変えてしばらく、おばさんは夕食を作り始めた。

「郁美、利子ちゃんを部屋に案内してあげたらどうだ」

 おじさんはノイズが入ったテレビの画面を見ながら郁美ちゃんに話しかけた。

「……うん。じゃあ行こっか」
「うん」

 今日、初めて郁美ちゃんから話しかけてくれたので、私はちょっと嬉しかった。和室を出て廊下を歩く。その廊下から見える中庭はとても広く、まるで時代劇に出てくるお城を思わせた。

「すごく広い中庭だね。家も大きいけど」
「うん。でも広すぎて寂しいよ」
「そっか。三人で過ごすには広すぎるかもね」
「えっ……そ、そうだね」
「ん?違うの?」
「えっ、そ、そうだけど」

 私が『三人で』と言うと、郁美ちゃんは少し言葉を濁した。他にもおばあちゃんか誰かと一緒に住んでいるのかと思ったけど、そういうわけでは無いみたい。

 私は郁美ちゃんの部屋に案内された。
 蚊取り線香の香りが漂うこの和室も、十畳くらいあるだろうか。あまり女の子らしい物は置いていないが、田舎ならこれが普通なのかもしれない。

「今日から三日間、私とこの部屋で寝るんだけど」
「うん、いいよ。畳の上で寝るのなんて久しぶりだな」
「うん。布団もあるから」
「暑いから畳の上で寝たほうが気持ちいいかもね」
「でも体が痛くなるよ」
「そ、そっか。そうだよね」
「うん。それから、夜は蚊帳の中で寝るんだ。でないと、寝ている間にたくさん刺されるから」
「ふ〜ん。やっぱり蚊は多いんだ」
「利子ちゃんの住んでいるところにもいるでしょ」
「いるにはいるけど、家を締め切ってエアコンかけてるから」
「じゃあすごく暑く感じるかも。うちは扇風機しかないし」
「ううん、そんな事無いよ。今でも結構涼しいし。都会とここじゃ、暑さっていうか涼しさが全然違うって感じ」
「ふ〜ん、それならいいんだけど」

 少しずつ昔の郁美ちゃんに戻ってきた。私達は畳の上に座り込むと、しばらくお互いの生活について話した。都会生活とは随分とギャップがあるけど、一番嫌だと思ったのが汲み取り式のトイレ。
 まだ下水道が整備されていないようで、廊下の端にある【ぼっとん便所】でしなければならないらしい。四日間もトイレに行かないなんて考えられない。これだけは覚悟しておかなければ。

「郁美〜、利子ちゃ〜ん。ご飯が出来たわよ〜」

 おばさんの声に、私達は先ほどの部屋に戻った。卓袱台にはたくさんのおかずが並んでいて、どれもおいしそうだ。

「お口に合うかどうか分からないけど」
「ううん。すごくおいしそう。じゃあいただきます」
「はいどうぞ」

 私を含めて四人での食事。「まるで娘が二人いるようだなぁ」そんな事をおじさんに言われた私は、クスッと笑って「じゃあ今日から四日間は郁美ちゃんの姉としてよろしくお願いします」なんて事を言って皆を笑わせた。
 実際、この家族の中にいるとそんな気がする。それだけ温かく迎えてくれているという事が身に沁みて分かるから。
 自分の両親と食べる時とは、また違った安らぎの様なものを感じた私は、お腹がいっぱいになるまで食事を楽しんだ。

「ご馳走様でした」
「ふふ。たくさん食べてくれてありがとう」
「おばさんの手料理、すごく美味しかったから」
「あらあら。どうもありがとうね」

 後片付けを手伝おうとすると、「いいのいいの。久しぶりなんだから郁美と色々話してやってくれない?郁美は学校から帰ってきたらいつも一人だから」そう言って私の手からお皿を引き取った。

「じゃあ……」

 申し訳ない気もしたが、おばさんがそういうのなら――。
 私達はまた郁美ちゃんの部屋に移動した。日が落ちて随分と時間が経っているせいか、先ほどよりもさらに涼しく感じる。都会の家とは大違いだ。

「やっぱり都会よりも涼しいよ」
「そう?私はいつもこんな感じだから。小さい頃のことはもう忘れちゃったよ」
「だよね。郁美ちゃんが引越してからもう六年も経つんだから」
「うん」

 私達は、また二人で他愛もない話をした。私が持ってきた小型の携帯ミュージックプレーヤーにはすごく驚いていたし、ここでは繋がらないおしゃれな携帯を見て欲しがった。
 やはり都会の生活とは違うんだ。そう実感させられる瞬間だった。
 その後、順番に風呂に入って寝る準備。他人の布団で寝るのって久しぶり。シーツは綺麗に洗濯されて、いい香りがした。二つ並べた布団に枕も二つ。ひんやり冷たくて気持ちよさそうだ。
 蚊帳を作って電気を消すと、外から月明かりが差し込んで部屋を薄っすらと照らし始める。その月の光が青白く、幻想的な雰囲気を作り出していた。
「なんだかドキドキする」私の言葉に、「私も……ドキドキする」と郁美ちゃんが返してきた。

「どうして?」
「えっ……ううん。別に……理由は無いけど」
「そうなの?」
「う、うん……」

 私は旅行気分が抜け出せないせいでドキドキしているけれど――郁美ちゃんは私が来たからちょっと興奮しているのかもしれない。もちろん私にもその気持ちはある。

「あの、利子ちゃん」
「ん?」
「も、もし私が……私がおかしな事をしたり、変な事を言ったりしても気にしないでね」
「えっ?ど、どういう事?」
「……う、ううん。何でもない。気にしないでね。おやすみ」
「う、うん。おやすみ」

 郁美ちゃんは妙な事を言った後、少し不安そうな表情で私に背を向けて眠り始めた。
 私だって寝言くらい言うかもしれない。いちいち気にしなくていいのに。
 私にとっては長旅だったので疲れていたけど、まだ眠たいという気分になれない。月明かりが妙に明るすぎるせいかもしれない。いつもはカーテンを閉め、真っ暗にして寝ているから。

(もう寝たのかな?)

 十五分、いや、三十分ほど経っただろうか。私は郁美ちゃんの背中を眺めた。タオルケットを羽織って寝ている背中が規則正しく動いている。きっと眠りについたのだろう。 
 私も早く寝なければ明日起きられないかも。
 そんな風に意識すると、余計に眠れなくなる。体は疲れているはずなのに。

(あ〜あ。全然眠れないっ!)

 タオルケットを頭からすっぽりとかぶって少しでも眠れるように努力する。自分の家ならテレビを見たりマンガを読んだりして眠たくなるのを待つ事が出来るけど、さすがにこの状況では無理。
 郁美ちゃんをうらやましく思いながら、またタオルケットから顔を出した。

(ん?)

 視界に入った郁美ちゃんの体が小刻みに震えている。寒いわけでもないだろうに。そう思いながら、しばらく郁美ちゃんの背中を見ていると――

「はぁ……はぁ……ぁぁ……」

 と、妙な声が聞こえ始めた。もちろんそれは郁美ちゃんの声だ。

(えっ?)

 私はその声が少し上ずっているように思えた。郁美ちゃんの腕が動いている。私のところからは見えないけれど、苦しいのか胸の辺りを擦っているように思えた。

「ぁ……ぁぁ……ぃや……ぁ」

 か細い声が私の耳に。そして郁美ちゃんは上向きに体勢を変えた。

(なっ!!)

 ビックリして声が漏れそうになった。郁美ちゃんが両手で胸を揉んでいる。それはタオルケットの上からでもはっきりと分かった。

「だ、だめ……利子ちゃん……が……いるの……に……ぁぁ……」

 目を瞑ったまま険しい表情。私はどうしていいのか分からず、じっと寝ているフリをした。でも、どうしても気になるから薄っすらと目を開けて様子を伺った。

「ぅっ……はぁ……ん。ぁぁっ」

 まるで乳首を摘むように動く両手の指。その仕草が異様ないやらしさを表現していた。私がいるのに。自然と鼓動が早くなる。郁美ちゃん――も、もしかしてオナニーしてるの?
 はぁはぁと激しく息を乱しながら胸を弄っていた郁美ちゃんは、タオルケットの中でスルスルと右手を下へと移動させた。その手を待っていたかのように股が開き、その股の間に潜り込んでゆく。

 「んっ!んっ……ぁぁ……だ、だめぇ……お、お願いだか……らぁ」

 郁美ちゃんは声を殺しながら、まるで誰かに話しかけるようにな言葉を口にした。
股間でモゾモゾと動く右手。郁美ちゃんはギュッと目を瞑ったままオナニーしていた。眠りながらオナニーしているのか、それとも私がいるから恥ずかしくて目が開けられないのか?
 よく分からないけど、郁美ちゃんはこの後、しばらくオナニーを続けていた。嫌がる言葉を言いつつも、その手はしっかりと体を弄んでいる。言っている事とやっている事がまるで正反対。

「ぁっ、ぁっ……んっ!んんんっ!」

――郁美ちゃんがお尻を上げて足を突っ張らせた。

 きっと指でイッてしまったんだ。ビクン、ビクンと体を震わせたあと、ゆっくりとお尻が布団に着地する。

(信じられないよ。私の前でオナニーするなんて)

 私は赤面した。郁美ちゃんってこんな子だったかな?そんな事を考えながら、悶々とした気持ちで寝付けない夜を過ごした――。