そして試験の前日。

 その日の朝、学校の教室では藤雄が嬉しそうに武則に話している姿があった。

「よおっ、橋田」
「ああ、宮西か」
「昨日はサンキューな。お前が河上に勉強を教えてくれるように頼んでくれたんだって」
「まあな。お前がイライラしてると俺までイライラしてくるからな」

 笑いながら話す二人。藤雄は昨日の夜も一生懸命勉強したらしく、教えてもらった教科はそれなりの点数が取れそうな気がしてきたらしい。

「それにしても河上ってすごく教え方が上手いんだぜ。お前も一度教えてもらってみろよ」
「そ、そうだな。俺も教えてもらうか」
「そうしろよ。あ、そうだ。そう言えばさ。お前と河上ってどういう関係なんだよ」
「え、何がだよ?」

 藤雄の問いかけに少し戸惑った。

「だってお前が頼んでくれたんだから。俺が直々にお願いしても教えてくれそうにないし。もしかして付き合ってるのか?」
「はは、そんな訳ないだろ。どうして俺と河上が付き合うんだよ。そんな仲じゃないって」
「そうか?でも……」
「疑い深いやつだな」
「そ、そう言う訳じゃないけどさ」
「そうとしか聞こえないぜ」
「…………」

 何となく武則にごまかされているような感じ。やはり二人は付き会っているのだろうか?そう思った藤雄は、ちょっとうらやましいと感じながらも自分の席へと戻った。
 学校にいる間、夏樹と接する機会は全く無かった。それとなく目を合わせてみたが、夏樹は何も意識する様子が無い。もちろんそういう風にするって約束していたからなのだが、それにしても何だか寂しい。
 藤雄は放課後、夏樹が一人になったところを見計らって、それとなく話しかけてみた。

「な、なあ、河上」
「えっ、何?」

 急に藤雄に話しかけられ、驚いている様子。

「き、今日の事なんだけどさ」
「え?」
「今日も来てくれるんだろ」
「……な、何が?」

 夏樹は何の事やらさっぱり分からないと言った様子。そこまで白を切らなくても……。

「勉強の事だよ。昨日、家に来て教えてくれるって言ってたじゃないか」
「何それ。私、そんな事言った覚えないよ」
「えっ……」

 夏樹は普段殆ど会話しない藤雄がいきなり訳の分からないことを話しかけてきたので、少しムッとしているようだった。

「おい宮西っ!ちょっと来いよ!」

 そんな二人を見かけた橋田が、慌てて藤雄に声をかける。そして無理矢理夏樹から引き離すと、誰もいない廊下に連れ出したのだ。

「な、何だよ」
「お前、河上に内緒にしてくれって言われてただろ」
「わ、分かってるよそんな事。でも放課後になったし誰もいないから今日も来てくれるのか確認してみただけなんだ。でも河上は知らん振りしてさ。そこまで白を切らなくてもいいじゃないか?お前もそう思うだろ」
「違うんだって。河上は何も覚えてないんだよ。とりあえずお前は家に戻っていろ。後で河上がお前の家に行くから」
「どういう事だ?どうなってるんだよ。お前、俺に何か隠して無い?」
「後で教えてやるから。とりあえず帰れよ」
「……何だよそれ。全然スッキリしねえや」

 納得の行かない藤雄は、ちょっとふて腐れながらも家に帰った。冷や汗を流した武則も急いで家に帰ると、あのカプセルを口に含み、幽体離脱を始めたのだった……。






「ごめんね。やっぱり学校じゃ誰が見てるか分からないから慎重になっちゃうのよ」
「べ、別にいいけど……こうやって来てくれたし、勉強も教えてくれるんだから」
「うん。それじゃ、残りの教科を勉強しよっか」
「それよりさ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 藤雄の家。学校から帰ってから少し時を置いて、昨日と同じくセーラー服を着た夏樹が来ていた。二階の藤雄の部屋で、ガラステーブルを挟んで座っている二人。今日の武則や夏樹の態度がどうも納得のいかない藤雄は、勉強よりも先に二人がどういう関係なのかを知りたかったのだ。

「あ、もしかして橋田君との事?」
「ああ。別に二人が付き合っていたって全然構わないんだ。でも、何か俺の知らないところでコソコソと隠し事をされちゃ、俺もイマイチ気分が悪くてさ」

 藤雄の質問にふぅとため息をついた夏樹。如何にも納得がいかないといった表情をしている藤雄を見ると、「……勉強が終わったら全て教えてあげる。だから先に勉強しようよ」と宥めた。

「そんなんじゃ全然勉強に身が入らないよ。先に教えてくれよ」

藤雄はじっと夏樹の目を見た。それでも夏樹は首を横に振ると、

「ダメ。今言ったら……宮西君も私も……理性が利かなくなるから」

と意味深な言葉を口にした。理性が利かなくなる?どういう事なのだろうか。理性が利かなくなるという言葉から連想できるのは……やっぱりいやらしい雰囲気。

「ど、どういう事だよ、それ」

 思わず先を聞きたくなる。しかし夏樹はそれ以上答えようとはしなかった。

「後で教えてあげるって言ってるのに…そんなにしつこく聞くなら、私帰るわ」

 怒らせてしまったのだろうか?藤雄があまりにしつこく聞くものだから、夏樹は嫌な表情をして立ち上がった。慌てて藤雄が謝る。

「あ、ご……ごめん。怒らせるつもりは無かったんだ。その……ごめん……」
「それじゃあ勉強が終わるまで聞かない?」
「ああ、約束するよ」
「それなら……」

 夏樹は、もう一度ガラステーブルの前に座りなおした。そして、そのガラステーブルの上に置いてあった英語の教科書を開いて、試験範囲を確認し始めたのだった。

「ここからここまでよね。宮西君、このページ訳せる?」

 夏樹の指が、英文を指している。

「う〜ん、大体だけど……」

 藤雄は時間を掛けながら、それなりに英文を訳してみた。
 それをじっと聞いていた夏樹。

「そうね、大体あってるけど、ここのところは少し違うわ」

 夏樹は英文を滑らかに読んだ後、その訳を説明した。学校で先生にあてられた時に読んでいる英文。まるで外国に住んでいたかと思うくらい素晴らしい発音で英文を読む夏樹に、藤雄は聞き惚れてしまった。

「な、なあ。今のところ、もう一回読んでくれよ」
「え、今の文?」
「そう。頼むよ」
「い、いいけど……」

 夏樹は藤雄のリクエストに答えて、もう一度英文を読んだ。何度聞いても素晴らしいと思ってしまう。

「すげぇよな、河上ってまるで外国に住んでたみたいに英語を話せるんだもんな」
「そんな事ないよ。宮西君だって練習すればすぐにしゃべれるようになるよ」
「そうかな、へへ……」

 嬉しそうに会話する藤雄。夏樹はそんな藤雄を見てフッと微笑んだ……。