――その頃、ウソップはというと――

「な、なんだこりゃ?」

情けない顔で気絶している自分の姿を見て大いに驚いていた。床の上にゴロンと転がっている自分の身体。気絶しているように見えるが、その顔色には生気が無い。

「なんで俺が二人もいるんだぁ?」

そう呟きながら自分の身体を見下ろすと、何故か半透明になっている。
目の前に両手を持ってくると、手のひらを透して、向こうの木の床が見えるのだ。

「はぁ?」

何が起こったのか分からないウソップ。そこにウソップを心配したビビが現れた。
ドアを開けて入って来たビビは、床で気絶しているウソップに気付くと、「ウ、ウソップさんっ、大丈夫!?」と言いながら血相を変えて近づいて来たのだ。

「あ、ビビか。いやあ、俺は大丈夫だけどさ……」

と、呟いたウソップには見向きもしない。
ビビは気絶しているウソップの前に座り込み、身体を抱きかかえて頭を膝の上に乗せた。

「ウソップさんっ、ウソップさんっ、しっかりして!」

ビビが険しい表情でウソップの頬をペシペシと叩いている。

「いや、だから俺はここにいるんですけど」
「ねえっ!ウソップさんっ。目を覚ましてっ」

全く無視するビビの肩に半透明になった手を置いて、俺はここだと教えようとしたウソップ。しかし、半透明の手はビビの肩にのめり込んでしまったのだ。

「えっ!?」

ウソップは驚いて手を離そうとした。だがウソップの手は自分の意思とは関係なくビビの肩にどんどんのめり込んでゆく。

「あうっ!」

ビビの身体がビクンと震えた。

「あっ!ああ……や……あぁぁ」

ビビはその大きな目を見開いたまま身体を膠着(こうちゃく)させた。

「わわっ!」

手首から腕、そして上半身。
ウソップの身体が、ビビの身体に吸い込まれてゆく。

「うう……あ……あう……い、いやぁ」

大きく口を開き、苦しそうなうめき声を出しながら、ガクガクと震えるビビ。その様子を目の前にしながらも、自分ではどうする事も出来ない。

(ど、どうなってるんだ……ビビッ!)
「あっ……あ、あ……はっ……あぁ」

目の前にビビの水色の髪の毛が迫る。
グッと目を瞑ると、ウソップはビビの身体の中に消えた。

「っ……」

その瞬間、力が抜けたようにガクンと頭を前に垂らしたビビ。ウソップの頭を膝に置いたまま気を失ってしまったようだ。
まったく動かないビビの身体。しかし――




「う、うう……」

しばらくすると、ビビが意識を取り戻したようだ。
瞑っていた瞼がゆっくりと開くと、始めはぼやけていた視界が徐々にはっきりと見えてくる。

「はぁ、はぁ……」

何が起こったのか分からないと言った表情をしているビビは少し息を弾ませた状態で、膝の上で気絶しているウソップを見た。

「あ、焦った……あ、えっ!……あれっ?」

まるで自分の声に驚いたように、慌てて口を押える。目をキョロキョロと左右に動かしたあと、もう1度、膝の上で気絶しているウソップを見た。

「え?な……何だぁ?俺ぇ?」

足を動かして膝を立てようとすると、太ももからウソップの頭がゴロンと床に落ちた。長い鼻がしなびているようで、何とも情けない。それを見ながらゆっくりと立ち上がると、やっと自分の姿がおかしいことに気付いた。黄色いノースリーブを盛り上げる二つのふくらみが見える。
こんなもの、いつの間に?
それに――ビビは先ほどから気になっていた、顔の横で目障りに揺れる水色のものを掴んで引っ張った。

「イテテ……」

頭を引っ張られるような感じがする。これは髪の毛だ。水色の長い髪の毛が生えている。

「この髪の毛って……それにこの声……」

ビビは俯いて自分の身体をじっと眺めた。黄色いノースリーブに白い綿の長ズボン。そして黒い靴。妙に細い体つきに白い腕。

「こ、これって……も、もしかして……ビビ!?」

ビビは目を丸くしながら自分の姿に唖然としていた。そう、今のビビはアラバスタ王国の王女ではない。彼女の身体を動かしているのは……ウソップなのだ!

「マ、マジかよ!俺……ビ……ビビになってる!」

信じられないが、こうやってビビの身体を動かしているのはウソップ。頭を打って幽体離脱してしまったウソップが、ビビの身体に乗り移ってしまったのだ。

「ま、まずい。こりゃあまずいぞ!」

ビビの身体になってしまったウソップは、その身体で部屋中をアタフタと歩き回った。どうなってるんだ?
どうしよう……どうすれば元に戻れるのか?
もしかしたら、このままビビの姿でアラバスタの反乱軍を止めに行かなければならないのか?俺が?

「そ、そんなの絶対に嫌だぁ〜!」

ビビの声で叫ぶウソップ。しかし、こうやって他人には見られたくないという時に限って必ずと言っていい程、誰かが現れるものだ。
ガチャッとドアを開けて入って来たのは、白いシャツに緑の腹巻、黒っぽいズボンを穿いているゾロだ。
手で頭を抱えたまま、ビビの眼でゾロを見たウソップ。

「あ〜、何だ?そんな顔して。俺の顔に何か付いてるのか?」

ゾロはビビの固まった表情を見ると、片方の眉毛を上げて怪訝な顔をした。
それは普段と変わらぬ表情だったが、今のビビ、いや、ウソップにはとても怖く見えてしまうのだ。

「あ……ぃや……そ、その……」

ビビは顔をプルプルと左右に振りながら両手を身体の前でばたつかせた。

「まだ気絶しているのか、ウソップは」

後ろで気絶しているウソップを見ながらビビに話し掛ける。ビビに乗り移っているウソップは、何とかこの場をやり過ごさなければと思い、動揺しながらも得意のウソでゾロを騙そうと頑張るのだった。

「あ……その、俺……あ、いや、ウソップ……というかウソップさん、ちょっと頭の打ち所が悪かったみたい。だから俺……あ、わ、私がちょっとだけ看病してあげようかなって思って……はは」

額に汗を流しながら乾いた笑顔で話すビビ。目がキョロキョロと動いて挙動不審なところが何とも怪しい雰囲気だったが、まさかウソップがビビに乗り移っているなんて思いもしないだろう。

「そうか。いつまでも寝ているようだったら叩き起こしてやるから呼んでくれ」
「な、何だとっ!」
「んん?」
「あっ……え、ええ。分かった……わ。ゾロ……いえ、ミスターブシドウ」

半笑いしながらビビが答えると、ゾロは首を傾げながら、何とも言えない表情で部屋を出て行った。




「……だぁ〜……」

ビビはその場にへたり込んだ。額の汗を腕で拭いながら緊張の糸を解す。
たぶんバレてはいないだろうが、不審に思われてしまったかもしれない。と言っても、どうする事も出来ないのだが――。

「危なかったぁ……でもゾロの奴、俺の事気付かなかったようだな。うん、さすが俺様だ」

いつもより格段に短い鼻を啜りながら、王女ビビの声で自慢するウソップ。さっきから何度も邪魔になっている水色の髪を左右に払いながら、とりあえずこれからどうするかを考え始めた。

「元に戻らないとまずいよな。やっぱり俺はウソップだし。でも、どうやって元に戻るか……」

腕を組んで頭をひねるビビ、いや、ウソップ。
組んだ腕にのしかかるビビの胸。その胸をじっと見つめる。

「…………」

しばらく悩んだ挙句、どうやらまったく別の考えが浮かんでしまったようだ。
何やらウンウンと肯きながら、俯いていた顔を上にあげた。

「うんうん。要はだ、今の俺はビビなんだ。ビビ王女なんだよ。だからこの身体は俺の物なんだ。うん、そう考えるべきだよな。そうさ、戻る方法なんて後で考えればいいや。きっとどうにかなるさっ」

都合がいい様に考えるところがウソップらしいと言えばそうなのだが、一体ビビの身体で何をしようというのだろうか?

「へへ、こんなチャンス、滅多に無いしな!」

ビビはいやらしい表情でニヤニヤしながら、部屋に一つだけある小さなガラス窓を覗き、周りに誰も近づいていない事を確認した。
ドアを閉めようか?いや、逆に怪しまれるからやめておこう。
ビビは、波で微妙に揺れるこの四畳程の小さな部屋で、信じられない行動を取り始めた。