(俺から乗り移るぞ)
(ああ)

博和はにやりと笑うと、中腰になって亜季の背中を押す友里の後ろに立った。
一度志郎の顔を見た後、ユニフォームの背中を眺める。
うっすらと見えているのは、ブラジャーのライン。
ホックの金具が浮き出ていないのはフロントホックのブラか、スポーツブラか?
今はそんな事を考える必要は無い。

(よし!)

友里と同じように幽体の身体を屈めた博和が、ゆっくりとその背中に触れ始めた。
後ろから覆いかぶさるように、両腕を友里の首の左右に突き出している。

ビクンッ!

背中に悪寒を感じたのか、友里の身体が震えたように見えた。
亜季の背中を押していた手のひらが拳に変わる。

「ひ……」

引きつった表情に詰まる声。

ヌッ……いや、ズブズブという表現の方が合っているだろうか?
まさに今、半透明の幽体が生身の女の子の身体にめり込んでゆく瞬間。

「ぃ……ぁ……」
「ん?どうしたの?」

不思議に思った亜季が振向くと、両腕をだらんと下げて、じっと見つめ返してくる姿があった。
瞳が左右に小刻みな運動をしているように見える。

「ゆ、友里?」

横から見ている志郎の目にも、すでに博和の幽体が見えなくなっていた。
ほんのしばらく、友里が一、二回瞬きをした。
半開きの口が閉まると、そのままニッと唇が横に広がる。
そして、

「だ、大丈夫?」

と心配そうな表情で見つめる亜季に「ニヒッ!心配されるのは亜季の方じゃない?」と、両手を腰に当てまっすぐに立ちあがった。

「え?私が……」

返事をしたのもつかの間、亜季は今まで体験したことがない違和感を身体に感じた。
体中の神経が切断されていく。
反射的にグランドについていた手で土を握り締めた。

声が出ない。
まるで自分の身体ではなくなったような感覚。
金縛りという表現が正しいのか?
いや、そういう事を考える余裕が彼女にはなかった。
ニヤケながら見つめ返してくる友里の顔に助けを叫ぼうと最後の声を振り絞ったその瞬間、彼女の意識はフッと消え失せた。

「大丈夫?亜季」
「くっ……う。……うん」

気を失ったように見えた亜季が土を払った右手をスッと上げると、友里はその手を掴み立ち上がらせた。
互いに見つめあい、その姿を上から下まで舐めるように眺めている。

「ねえ亜季。もう苦しくないの?」
「友里こそ。あんなに苦しそうな顔をしていたのに」
「まあね。今はどうにも表現できないくらい嬉しいの」
「どうして?」
「分かってるでしょ、亜季にも」
「そうね。この声、結構好きだな」
「私も、こうやって自分の口から女の子の声が出ている事を実感するだけでも興奮するの」
「そう、良かったじゃない」
「ねえ、私、我慢できない。今からエッチしようよ」
「馬鹿ね。他の人に聞こえるじゃない。それに、部活が始まったばかりなんだよ」
「だって……」

友里はユニフォームの襟元を引っ張り、中を覗き込んだ。

「ほら……ああ、もうたまんねぇ……胸が白いスポーツブラに包まれて……結構大きいな」
「もう。たまんねぇだなんて。友里ったら男子みたいな話し方しないでよ」

亜季の言葉に耳を傾けない友里は、覗き込んだまま上半身を左右に振ってユニフォームの中で揺れる胸を眺めていた。
そして覗き込むのを止めたかと思うと、今度はそのまま襟元に鼻まで顔を入れて匂いをかぎ始めたのだ。

「はぁ、はぁ……女の子の匂いがする」
「友里ったらおかしいよ」
「よくそれだけ我慢できるよな。俺、もう真似なんかしてられないって」
「折角ここまで我慢したんだから、もう少しこの二人の雰囲気を楽しんでからでもいいじゃない。後で幾らでも……レズることが出来るんだから」

そっと耳元で囁いた。

「うう……そ、そうだな。じゃ、じゃあ我慢するよ」
「うん。ソフトボールなんて久しぶりだし……後輩を一人捕まえて剥いちゃうのも面白いかもね」
「……ほ、ほうほう!なるほど、それはいいかも。分かったわ亜季。私、友里に成り切るね!」
「そう来なくっちゃ!」

納得した友里……の身体を乗っ取っている博和は、志郎の言うとおり部活に汗を流すことにした。
この瞬間、志郎と博和という幽体の存在は消え、いつもどおりの女子ソフトボール部の練習が始まった。