「……おい、何してるんだよ」
「ん〜、精神統一」
「ハア?」
「いいから静かにしてろよ」
「眠いのか?何か自慢話をしたかったんだろ」
「いいから静かに」
「な、何だよそれ……」

志郎の会話を制止した博和は、テーブルの上に置いた両腕におでこを乗せ、伏せたままになっていた。
何も話さないまま、二分ほど経っただろうか?
いいかげんうんざりしてきた志郎が話を始めた。

「おい、さっきから何してるんだよ。いいかげんに話せよ」

そう問い掛けたのだが、博和はまったく反応しない。

「何してるんだよ」

テーブルに伏せている博和の肩を揺すっても、眠っているようにガクガクと頭が揺れるだけだ。

「おい、博和っ!」

信じられないことに、本気で寝てしまっている。
頭を殴ってやろうか。そう思った矢先、人の気配を感じた。
テーブルに影を落とした人物に視線を移すと、紺色のジャケットにタイトスカートというリクルートスーツを来た若い女性。

「あの、相席させて頂いても宜しいですか?」
「え?」

その女性は、笑顔で志郎に話し掛けてくる。
志郎は回りのテーブルを見た。
使っていないテーブルはあるし、一人掛けのカウンターも十分すぎるほど空いている。

「駄目ですか?」
「あ、いや。そんな事は無いですけど」

志郎はその女性に、他にもテーブルが空いている事を知らせるため、視線を店内に振ってみた。
しかし、「一人で座るの、ちょっと寂しくて」と言われてしまったのだ。

別に相席が嫌なわけで無い。
でもわざわざここに座らなくても。
そんな気持ちでいる志郎だったが、その女性が強引に志郎の横に座ってきたものだから仕方なく同意した。
美人から声を掛けられたのは嬉しいが、今は博和がこういう状態なので好ましく思わなかった。

「ゴメンね。無理矢理座っちゃって」

相席出来たのが嬉しかったのか、急になれなれしい言葉を使い始めた彼女。
少し茶色く髪を染めたストレートのショートカットから、シャンプーかリンスか分からないがいい香りが漂ってくる。
彼女は、薄いピンクのマニキュアを塗った指で黒いセカンドバッグを開くと、中から免許証を取り出して眺めていた。

「小谷 裕紀。二十二歳。ふ〜ん、年下なんだ。年上かと思ったけど」
「え?」
「ううん。何でもないの。私、小谷裕紀って言うの。あなたは?」
「お、俺は志郎」
「志郎さん。ふ〜ん、志郎さんてカッコいいわね」
「はぁ?」
「私、志郎さんとなら上手くやっていけそう」
「な、何が?何言ってるんです?」
「好みじゃないですか?この顔とスタイル」
「こ、好みとかそう言う問題じゃなくて……」
「ほら、ウェストだってこんなに細いのに」

裕紀がジャケットのボタンを外して、白いブラウス姿を志郎に見せる。
確かに、ブラウス越しにでも分かるウェストの細さは、タイトスカートにお腹の肉が乗っていないことからも明らかだ。

「どう?胸だって結構ありそうよ」

今度はブラウスの上から両手で胸を持ち上げて揺らしてみせる。
下から揺すると、両胸がブラウスの中で軽く跳ねている様だった。
周りに客がいないとはいえ、喫茶店の中でそんな事を――。

「お、おい。ちょっと!変な目で見られるじゃないか」
「私は構わないわよ。別に恥ずかしくないんだから」

胸を持ち上げるのを止めた裕紀は、焦る志郎を見てクスッと笑うとウェイトレスを呼んでアイスコーヒーを一つ注文した。

「走っていたみたいだから喉が渇いて仕方なかったのよねぇ」

まるで他人事の様に話している独り言がちょっと妙だった。
額を見ると、薄っすらと汗をかいている。
その視線に気づいた裕紀は、セカンドバックから白いハンカチを取り出し、今更額の汗をぬぐった。
だが、志郎はそんな仕草に少し心がときめいた。
少し間が空いた後、裕紀が博和を見ながら口を開いた――。