過去作品を掲載します。

鳥居前の不揃いに詰まれている石畳にじりじりと太陽が照り付けて、それが余計にゆがんで見える。今まで何十回、いやもっと登って来たかもしれないがこの階段はとてもつらい。 その石畳を1段ずつ登って鳥居をくぐると、神社の前でほうきを持ち、きれいに砂を掃いている巫女装束を着た若い女性が一人・・・


進一:「ようっ!」
優奈:「あっ、進一!また私の身体を奪いに来たのねっ!」
進一:「違うよ、今日はそんなんじゃないんだ」
優奈:「じゃあ何?」

ほうきを持っている手を止めて進一に視線を合わせる。
その澄んだ瞳は、進一の鼓動を少し早めた。

進一:「うん。ちょっと数学の宿題で分からないところがあってさ」
優奈:「また私を頼って!ちゃんと自分で考えなきゃ駄目じゃない」
進一:「そんな事言ったってさ。分からないものは分からないんだから」
優奈:「ちゃんと考えたの?」
進一:「ちょっと見ただけだけど。全然分からないからさ」
優奈:「それじゃあ何にも考えてないのと同じじゃない」
進一:「だって邪魔くさいんだもん」
優奈:「ちゃんと考えてから聞きなさいよ。でないと教えてあげないから」
進一:「そんな事言わずに教えてくれよ。なっ」
優奈:「駄目よ。私だっておじいちゃんに仕事を頼まれていて忙しいんだから」
進一:「それなら俺も手伝うよ。だからさっ」
優奈:「だぁ〜め!ちゃんと自分で考えなさいっ!」
進一:「ちぇっ!そんなにイケズするなら優奈の身体、奪っちゃうぞ!」
優奈:「はいはい。一度も成功していない人からそんな事言われても、全然迫力ないもんね」
進一:「うっ・・・そ、それならもしも優奈の身体が奪えたら教えてくれるか?」
優奈:「う〜ん・・・・ま、どっちみち実現出来ないから別にいいよ。私は霊感が強いから幽霊とかよく見えるし」
進一:「よ、よしっ。それじゃあ決まりだ。優奈の身体、絶対に奪ってやるからっ!」
優奈:「無理だろうけどね」
進一:「夏休みは長いんだ。隙を見て絶対に・・・」
優奈:「そんな事より、夏休みが長いんだったらちゃんと勉強したら? 考えていればそのうち分かるかもしれないじゃない」
進一:「俺はそう言うところに労力を使いたくないの!」
優奈:「まったく・・・」
進一:「じゃあ、覚悟しとけよっ」
優奈:「そうね。覚悟するわ」

少し小バカにした笑顔を浮かべる優奈。

進一:「くっそ〜っ・・・」

進一は石畳の階段を転げ落ちるように走って家に帰ったのだった・・・








目的は宿題?それとも私の身体?(第1話)







七瀬進一は高校2年の17歳。勉強はあまり得意ではないが、同じクラスの榛原優奈(はいばらゆうな)によく教えてもらっている。
優奈はとりあえず人並み以上に頭がいいので、学校で受ける授業の内容くらいはさほど苦も無く出来ている。
二人は別に付き合っているわけではない。優奈としてはクラスメイトの一人という認識だが、進一にとっては「好きな女の子」なのだ。
優奈は毎年夏休みの間、住込みでおじいちゃんが住職をしている神社にアルバイトに
きている。優奈は結構この神社が好きで、小さいころからよく遊びに来ているようだ。
おじいちゃんが神社の住職というせいかは分からないが、優奈は強い霊感を持っている。通常の人が見えない霊も、見えるのだ。そして、その霊を追い払う霊力も備えていた。

実は、進一はひょんな事から幽体離脱出来る体質になっていて、以前、彼女に乗り移ろうとたくらんだことがある。しかし、彼女の強い霊感で幽体となった進一は速攻でばれてしまったのだ。
幽体になった自分と目線が合ったときには、進一もかなり驚いたのだろう。
世の中には同じような人がたくさんいて、そのうちばれて警察にでもつかまらないだろうか・・・そんな事を考えるようになっていた。

だからその後、幽体離脱することは無かったのだ。
そんな事があったから、彼女と会うときはいつも「私の身体、奪いに来たんでしょ」と必ず最初に言われる始末。

身体に乗り移ってでも好きな彼女の事を全て知りたい・・・
その想いは、高校生の進一にとってはかなり大きなものだった。

で、今回の「宿題を教えてもらう」という賭け事。
進一はまた幽体となって優奈に乗り移る決心をしたのだ。
それは、勉強を教えてほしいという気持ちが半分、彼女の身体に興味があるということが半分。でも、どちらかというと後者か・・・


自転車で20分かけてやってきた神社を、また20分かけて家に戻る。
意地になって一生懸命サドルをこいだので、家に帰るともう汗だくで服がびしょびしょだ。
とりあえずシャワーを浴びて、クーラーの前で一休みする。
冷蔵庫から缶ジュースを取りだし一気に飲み干した進一は、自分の部屋に戻って小さなビーズがたくさん詰め込んである、白くて大きなクッションを絨毯(じゅうたん)の上に置き、頭を乗せた。

進一:「ふぅ〜・・・」

仰向けに寝るような体勢を取った進一は、まぶたを閉じて精神を統一する。
黒いまぶたの裏に映るモヤモヤとした模様を眺めていると、すっと身体が軽なり浮かんでいるような感じがする。
そこでゆっくりとまぶたを開けると、目の前30センチほどに天井が迫っている。

進一:「おわっ!」

久しぶりの幽体離脱。

天井にぶつからないのは分かっていても、いきなり目の前に天井が現れたのでびっくりしてしまった。
身体をひねり体勢を整えて、部屋の中をゆっくりと見回す。
当たり前だが、じゅうたんの上にはクッションに頭を乗せて眠っているように見える
進一の身体があった。

進一:「ひとまず成功したよ」

進一はそのまま窓ガラスをすり抜けて家の外に出たのだ。

自転車で20分かけて通った道のりも、悠々と空を飛んでいるととても
近く感じる。あっという間に赤い鳥居が見え始め、神社の近くにたどり着いた。


進一:「この前は見えないと思って油断していたからな。今度は慎重に近づかないと・・・」


そうつぶやいた進一は、少し高い位置から神社を見回した。
すると、掃除を終えて神社の横に植えている花に水をやっている優奈の姿が見えた。

進一:「あっ、見つけたぞ」

進一は彼女に見つからないよう、優奈の真上に移動すると、ゆっくりと下に降りていった。徐々に降下すると、彼女が鼻歌を歌っているのが分かる。

進一:「そのまま気づかないでくれよ〜・・・」

そう思いながらあと50センチくらいのところまで降りた。
すると、優奈がなにやら気配を感じたのか、キョロキョロあたりを見回し始めた。

進一:「えっ、マジ?気配で分かるのか?」

しかし、真上にいる進一には気づいていない様子。

進一:「このまま入り込めるか・・・」


優奈の頭に幽体の足先が触れようとした瞬間、優奈の霊力を込めた右手が進一の幽体の足先をパシンッと叩いた。

進一:「イッテ〜ッ!」

幽体中に電撃が走る感じがしてしびれまくる。
その痛さは生身の身体では味わえないほどの痛さ。
進一は空中をもがきながら痛みをこらえていた。

優奈:「フフッ、残念でした!幽体が近づく気配を感じるのよね。だからすぐに分かっちゃった」
進一:「イテテテテテ・・・・だって俺の事に気づいてなかったんじゃないの?」
優奈:「あれはわざと!進一に痛い思いさせてやろうと思って!」

優奈が笑いながら空中でもがいている進一を見る。

進一:「こんなに痛くしないでも・・・」
優奈:「そんなに痛い?私、力の加減が出来ないから。それに自分でその痛みを味わったこと無いし。ははっ」
進一:「痛いよ、ものすごく痛い。絶えられないくらい痛いんだから」
優奈:「じゃあもうあきらめて、素直に勉強すれば?」
進一:「そ、そうはいかない。絶対に優奈の身体に・・・」

笑っていた優奈が、急にまじめな顔をして進一に話しかける。

優奈:「・・・それって勉強が教えてほしいから?それとも私の身体がほしいの?」
進一:「えっ・・・そ、それは勉強が教えてほしいからに決まってるじゃないか」
優奈:「ふ〜ん。それなら別の人に教えてもらえばいいのに」
進一:「・・・・・い、いや。優奈の教え方が上手いから・・・なんだ」
優奈:「・・・ふ〜ん・・・・そうなんだ」

優奈の顔色が少し曇ったような気がする。
どういうことなんだろう?
とにかく優奈に乗り移る事に失敗した進一は、「ま、また来るからなっ!」と言って鳥居の向こうに消えたのだ。

優奈:「・・・・」

その様子を見た優奈は、ふぅ〜とため息をついたあと、また花に水をやり始めたのだった・・・




目的は宿題?それとも私の身体?(第1話)・・・・・終わり