久美はキッチンでお茶を飲んで深呼吸した後、自分の部屋に戻った。
すると、琢次郎が何食わぬ顔をしてベッドに寝そべっている。
その姿を見て、久美はグッと歯を噛み締めた。

「……お姉ちゃんの体から抜け出てきたの」
「えっ?何のこと?」
「……後でお姉ちゃんに聞けば分かる事だけど。あの様子じゃ、琢次郎が乗り移っている間の記憶がないだろうから」
「うっ……ご、ごめん」
「……どうして最初から素直に言わないのよ」
「だって……交渉成立したし」
「だからって、お風呂に入るお姉ちゃんの体に乗り移る事無いでしょ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺は一美さんの体に何もしてないって」
「しっかり裸を見たじゃないっ。お姉ちゃんの体なのに」
「で、でも久美ちゃんとの約束は守っているじゃないか。久美ちゃんが変な事しないでよって言ったから、俺は何も手を出してない」
「……何だか嫌だな。私、琢次郎を連れてきた事、ちょっと後悔してる」
「そ、そんな……」
「お母さんが違っても、お姉ちゃんはお姉ちゃんなのよ。それなのに……」

久美の目に涙が滲んでいた。

「ご、ごめん。な、泣かないでよ。俺っ……」
「……グスン」
「……ひ、久美ちゃん……」
「今は琢次郎と話したくない」
「……ご、ごめん」

琢次郎がふわりと近づくと、久美はそれを無視するかのようにベッドに俯けになって寝転んでしまった。
その様子を悲しそうな目をしながらじっと見つめる琢次郎。
そして何も言ってくれない久美。

「久美ちゃん……」

しばらく黙って見ていた琢次郎だが、全く動かない久美に「分かったよ」と一言告げると、スッと姿を消した。
シンと静まり返った部屋。
沈黙の後、久美が顔を上げると琢次郎の姿は無かった。

「……琢次郎?」

返事は返ってこない。

「琢次郎?何処にいるの?」

何度問いかけても、琢次郎の姿も声も聞こえなかった。

「……出てっちゃったんだ……」

いつも一人の部屋なのに、妙な寂しさを感じた久美であった――