幽体となった和人がパンツの中に消えた後、その女性――道川美佐代の表情に変化が現れた。
怪訝な表情で円卓の下、パンプスを脱いでパンストに包まれた両足先を擦り合わせている。
どうやら痒みを生じているようだ。

((急に痒くなったわ。水虫かしら?))

そう思って擦っていると、その痒みも消えた。

(最初は可愛い悪戯から……徐々に楽しませてもらうよ)

パンストに憑依した和人は、色々な場所に鼻の感覚を移動させ、クンクン匂ってみた。
パンプスに包まれた足は、お世辞でもいい匂いとはいえない。
世の中にはこの匂いが好きな人もいるだろうが――
そして、ふくらはぎから太ももへ掛けて匂ってみると、何気なくいい匂いがする。
ボディーシャンプーの匂いが残っているのだろうか?
そんな感じの匂いだった。
そして更に上に移動し、まずはお尻の方へ。
パンティに包まれたお尻からは、特に何も匂う事は無かった。
更には股間の部分へ。

(ちょっと匂うかな?でも微妙だなぁ)

気持ち、アンモニア臭がする感じがする。でも、匂わないといえばそうかもしれない。
多分、小便の匂いがするだろうと思っていたから、そういう風に思えたのかも。

(まあいいや。ここはそのうち別の匂いが充満するだろうから!)

それは和人の経験上の話だ。
十中八九、そうなっているのだから。

「えっ?」

資料を眺めていた美佐代が、少し驚いた表情で一言あげた。

「どうしたんだ、道川君」
「い、いえ……」
「資料に間違いでもあったのかい?」
「いえ……」
「そうか」

今、資料の説明をしていた男性が美佐代に話し掛けてきた。
一瞬、ふくらはぎを掴まれた感じがしたのです――と言うわけにも行かず、ただ曖昧な返事をしただけの美佐代だった。

(へへ。びっくりしただろうな。じゃあ次は……)

今度はふくらはぎを優しく撫でるように動いてみる。
すると、美佐代の手が伸びてきてパンツの上からふくらはぎを撫でる感じがした。

(おっと……)

美佐代がふくらはぎを手で撫でると、その奇妙な感覚は消えた。

((何だったのかしら?誰かに撫でられた感じがするなんて……))

不思議に思いながら、また手を円卓の上に移動させる。
――が、次の瞬間、ビクッと体を震わせて持っていたシャーペンを落としてしまった。

((な……何!?))


本来なら『キャッ!』とか声を上げると思うのだが、そこは美佐代が普通の女性と違うところだ。
会議中にそんな声を上げるはずが無い――上げられるはずが無い。
少々の事では動じない。
動じても表に出さない。
それが美佐代だった。
そういうクールな女性に悪戯したかったのだ――というか、クールという言葉を使うのが正しいとは思えないのだが。
足をギュッと閉じて、パンツを見つめる美佐代。
そのパンツの中、内ももあたりを誰かに触られているような感覚がある。
もちろん、こうやって見ていても何があるわけでもない。

((ど、どういう事!?))

顔には出さず、頭の中で解釈しようとする。
とりあえずは手で内ももあたりを触れてみる。
すると、パンツの中で何かが微妙に動いている事を手のひらに感じ取る事が出来た。
まるで指先が前後に動いているような――誰かに触られている動きだ。

((えっ?えっ?何?この感覚))

パンツの中で何が動いているのか?
虫?
いや、そんな動きではない。
明らかに『人の手』『人の指先』だ。
しかし、それはありえない。
では一体――

ギュッ――

美佐代は手元に落ちたシャーペンを握りしめた――