「ごめんね、手伝わせちゃって」
「いいえ。別に大丈夫ですよ。ボクは今日、それほど忙しくないんです」
「またそんな事言って。本当は猫の手も借りたいくらい忙しいんでしょ」
「そんな事ないですって」
「優しいのね、岸本君って」
「い、いえ……」


3階にある小さな会議室。
男は、夏子の体を使って岸本を誘い出し、一緒に特許関係の書類を整理させていた。
二人きりの部屋。
岸本は何処となく落ち着かない様子。
どうやら夏子の仕事を手伝う事が嫌ではないようだ。
むしろ、積極的にこなしている。


(こいつ、夏子に好意を持っているな)

それは、夏子に乗り移っている男でなくても分かる雰囲気だった。
気に入られようとしている行動がみえみえだ。
夏子自身もそれが分かっていたようだ。それを「私になついてくる可愛らしい男の子」だと位置づけていたのだろう。
そうは言うものの、夏子自身から「手伝って」と言った事はなかったようだ。
今回、夏子の「初めての誘い」に興奮する岸本は、この小さな会議室で岸本だけに見せる夏子の笑顔に鼓動を躍らせていた――
「その資料はこのファイルにまとめてね」
「あ、はい」
「ねえ岸本君」
「何ですか?水谷さん」
「……ふふ。あのね、今は岸本君のことを義弘って呼ぼうかな」
「えっ……」
「義弘も、私の事を夏子って呼んでいいわよ」
「そ、そんな事、言えませんよ……」

真っ赤な顔をしながら夏子を見ようとせず、黙々と書類を整理する岸本。

(クククク、真っ赤な顔しやがって。そんなにこの夏子の事が好きなのか?それならお前のち○ぽをこの膣で包み込んでやろうか)

「どうして?」
「せ、先輩の水谷さんに下の名前で呼び捨てするなんて、絶対に無理ですよ」
「そうかしら?義弘は私の事、どう思う?」
「ど、どう思うって……どういう事……ですか?」
「クスッ。義弘ったら分かってるくせに」

夏子は笑いながら書類を両手に持つと、岸本が整理してるファイルの横に置いた。
二人の肩が触れ合うと、岸本はほんの少し横にずれて夏子から離れた。

「ねえ義弘」
「は、はい」
「ずっと立ったまま作業してるけど、椅子に座ったら?」
「えっ……そ、そうですね」

岸本は椅子をひいて座ると、また長机の上に置いている書類の整理を始めた。

「そのまま書類整理、続けてくれる?」
「はい、いいですよ」
「何があってもよ」
「えっ?な、何があっても……って?」
「ふふ。これは水谷夏子から岸本義弘への命令よ。分かった?」
「は、はい……」

きょとんとして夏子を見た岸本に対して、更に書類を持ってきた夏子は、

「じゃあ頼んだわよ」

と言って、長机を挟んだ反対側に立った。

「はい……」

目の前に立っている夏子を気にしながら書類に手を掛けはじめた岸本。

「私のほうを見ちゃダメよ」
「え?」
「ほら、早く手を動かしなさい」
「あ、は、はい」

ファイルに書類をまとめている岸本を確認した夏子はニヤリと笑った後、岸本に背を向けると背中に手を回して青いベストの上からブラジャーのホックを外した。
そして、白い半袖の袖口からブラジャーの紐を器用に抜き始めたのだ。
シュルシュルという生地が擦れる音を耳にした岸本がふと頭を上げると、そこには左右の袖口からブラジャーの紐を垂らした夏子の後姿があった。

「…………」

言葉が出ない。
でも、その目はしっかりと夏子の後姿を見ていた。
クルッと岸本のほうに体を回転させた夏子と目が合う。

「手が止まっているわよ」
「あっ……は、はい」

真っ赤な顔をして慌てて俯き、書類を整理し始める岸本。
そんな岸本を見た夏子は、

「義弘、ちょっと手伝って」と声をかけると、長机の前に横向きになってかがみ、両腕を首の後ろに回した。

岸本の目の前には、ブラジャーの肩紐が垂れ下がった白い半袖の袖口がある。

「ねえ、ちょっとブラジャーの肩紐、引っ張ってくれない?」
「えっ……」
「胸が苦しいのよ」
「ぼ……僕が?」
「他に誰がいるのよ」
「で、でも……」
「早く引っ張ってよ、ねっ」
「…………」

真っ赤な顔のまま、岸本は夏子の横顔を見た。
そして袖口を見ると、その中には綺麗にムダ毛が処理された脇が見える。
それがとてもセクシーで……

「ほら、は・や・くっ!」
「は……はい……」


止まらないドキドキ。
心臓が飛び出しそうだ。
そんな思いの岸本が、震える指でブラジャーの肩紐を摘んだ。

「んっ……」
「す、すいません!」

慌てて肩紐から指を離す岸本に、「大丈夫。早く引っ張って」とせがんだ夏子。

「…………」

今度は、オドオドしながら肩紐を摘むと、ゆっくりと手前に引き始めた。
ブラジャーがブラウスの中に引っかかるのが指先に感じられる。
それはもちろん、胸から外れようとするブラジャーが抵抗しているせいだ。

「もう少し強く引っ張らないと取れないわよ」
「……は、はい……」

更に強く引っ張ると……

「あはんっ……」

ゴクンッ……

「乳首がブラジャーの生地に擦れちゃう」
「なっ……」
「はぁ、はぁ……ほら、早くぅ」
「……は……い……」

もう岸本はフラフラだ。
ピンと張った肩紐を引っ張ると、ブラジャーのカップが一つ現れる。

「んふっ」

生地が皮膚を刺激してくすぐったいらしい。
夏子は首の後ろに回した手をピクンと震わせ、キュッと上半身を丸めた。
そんな仕草が、またセクシーに見えて……

更に引っ張る。
すると、もう片方のカップが現れ、そのまま反対側の肩紐が抜けた。
岸本が手に持っているのは、今、夏子がつけていた白いブラジャー。
まだ乳房の温かみが残っているはず。

「ありがとう。お礼にそのブラジャー、義弘にあげるわ」
「えっ……」
「まだ胸のぬくもりが残っているわよ。ほらねっ」
「わっ!」

夏子は岸本が持っていたブラジャーを奪うと、片方のカップを岸本の鼻に押し付けた。
空いた手は、岸本の後頭部を持っている。
強引にカップのぬくもりを、その中の匂いを嗅がせているのだ。

「どう?暖かいでしょ。それに、私の匂いもついているし」
「ううっ……はぁ、はぁ、はぁ」
「クスッ。義弘っていやらしぃ〜。まるで変態みたいよ」

もう何を言われても構わない。
岸本はそんな気持ちだった。
鼻を覆う夏子のブラジャーからは暖かさと共に、ほんのりと洗剤のいい香りが漂ってきた。
これが普段、夏子が使っている洗剤の香り。そして、それを身に着けている夏子の香り。

「はぁ、はぁ……み、水谷さん」
「興奮しちゃったかしら?でも、そんな義弘も好きよ」
「ぼ、僕が……好き?」
「あら、口が滑っちゃったわ。今のは聞かなかった事にしてね。だって、私と義弘は上司と部下の関係なんだから」

聞かなかった事にしてと言われても、しっかりと二つの耳で聞いてしまっている。
岸本は、夏子の言葉に幸せを感じていた。
僕と水谷さんは両想いなんだと。

「み、水谷さん。ぼ、僕は水谷さんの事が……」

と言った岸本だったが、目の前にいた夏子の姿が見えない。

「あ、あれ?」

狐につままれたような感じだが、いきなり足を触られた感触にびっくりした。

「わっ!」

どうやら夏子は、長机の下にもぐりこんでいるようだ。

「そのまま仕事を続けて」
「だ、だって……そ、そんな……」
「いいから。私の言う事が聞けないの?」
「…………」

長机の下から聞こえる夏子の声。
その声に従った岸本は、ブラジャーを横に置くと、震える手で書類をファイルに挟んだ――