toshi9さんの「TS解体新書」に投稿予定の作品です。
前半のある部分までをブログで掲載し、あとはtoshi9さんのサイトで掲載して頂きます。



姉の旅行」

Tira

 

 

 コンコンと木製の扉を叩く乾いた音に「はい」と返事をした優奈は、扉を開いて部屋を覗き込む姉に対し、少し赤い頬で膨れっ面をしながら視線を合わせた。「入るね」と言いながら、タンスや姿見が置いてある妹の部屋を一通り目で追い、「ふ〜ん」と、両手を腰に沿えた。

「優奈ちゃん、夏休みなのに勉強してたんだ。偉いよねっ。制服姿って事は、高校に行くの?」

 姉の葵は、白いブラウスに紺のプリーツスカートを穿いた妹に笑顔で話し掛けてきた。

「もう少ししたら、友達と一緒に高校へ行くので。分からない問題を先生に聞こうと思って」

「そっか。高校の先生も夏休みまで学校に出て大変だね。まあ、部活もあるだろうから。数学? それなら教えてあげようか。大学じゃ、もっと難しい問題が出るから」

 机に向かって勉強している妹に寄り添った葵は、前かがみになりながらノートを覗き込んだ。優奈の視界に白いTシャツの胸が見え、姉が愛用している香水の香りが鼻をくすぐったが、彼女はノートを隠しながら「結構です。それより何か用ですか?」と尋ねた。

「別に用事があるわけじゃないけど、優奈ちゃんは何をしているのかなと思って」と、葵は机の後ろにある、淡いピンクの布団が敷かれたベッドに腰を下ろした。

「あの、勝手にベッドに座らないでもらえます?」

「えっ……ああ、ごめんね。普段はこんな風に話しているんじゃないの?」

 青いデニム生地のホットパンツから伸びる、艶めかしい生足を組んだ姉は優奈の背中に微笑んだ。

「いつもはそうだけど、今はそうしたいと思わないので」

 振り向こうともせず、参考書を捲りながら答える彼女に、「二人とも、今頃北海道で楽しんでいるかな?」と問うと、優奈は「ふう……」と溜息をついた。そして、机上に置いていたスマートフォンを操作し、左手だけを後ろに伸ばして姉に見せた。液晶画面には、運河を背に自我撮りする葵と彼氏の笑顔が表示されていた。美男美女――お似合いのカップルだ。

「今日は小樽か。秋生のやつ、彼女の肩に手を回しちゃって。まあ、二人でバイトして五十万円貯めたって言ってたから、三泊四日の旅行、たくさん楽しめたらいいなっ」

「あの、勉強の邪魔になるんですけど」

「ああ、ごめんね優奈ちゃん。部屋に入った時から怒っているみたいだね。嫌な事を言ったかな? 二人が旅行から戻って来るまでの辛抱だから」

 葵はそう言うとベッドから立ち上がり、部屋を出て行った。

「はぁ〜。昼間からあんな声を聞かせないでよ。妹が隣の部屋にいるのに信じられないよっ。全然勉強に集中出来ないしっ!」

 彼女は独り言を呟くと、大きな溜息を一つついた――。

 

 

 

 ――遡る事、数日前。

 優奈は姉の葵から突然の相談を受けた。

「優奈、ちょっといい?」

「あ、うん」

優奈の部屋、二人してベッドに腰掛けると、姉が嬉しそうに口を開いた。いつも優奈に自慢している彼氏と、大学生活最後の夏休みを使って北海道旅行に行って来るという話だった。彼氏は葵と同い年で長谷岡 秋生と言うらしい。イケメンでスポーツも出来、一流企業に内定していると話していた。

そんな彼氏と密かに旅行を計画していた訳だが、異性との付き合いに厳しい両親が、泊りの旅行なんて許すはずがない。もちろん、それは分かっていたので策を練っていたのだが、その内容を聞かされた時は到底、信じられなかった。

「そんな事、出来るわけないよ」

「それが出来るのよ。三木畑君が作った変身スーツならね」

 姉妹の間で嘘なんて付いたことがない姉だが、流石に冗談だと思った。秋生の親友である三木畑という学生が、ベンチャー企業と共に開発した変身スーツを着て姉に成りすまし、彼らが旅行に行っている間、家に居座るというのだ。

「どんなに精巧なスーツか知らないけど、父さんと母さんにバレないなんて考えられないよ。特殊メークしたって、絶対にバレるって!」

「それが、本当に私そっくりに変身出来るの。優奈も見たらビックリするよ」

「お姉ちゃん。もう心は北海道だから、そういう風に見えるんだよ。他人が見たらすぐに分かるよ」

「秋生も全く分からないって言ってたよ」

「だ〜か〜らっ! 二人の心はもう北海道なのっ。目の前の事が見えなくなってるんだよ。しかも、彼氏の親友って男でしょ。男がお姉ちゃんとそっくりな姿になる? もう、何を言ってるのか分からないよ」

 優奈は、「はぁ〜」と溜息を付き、片手で目を覆った。

「――百聞は一見に如かず――って言うじゃない。旅行に行く日、スーツを開発した三木畑君と交代するから、彼をフォローして欲しいの。優奈が欲しがっていた、北海道限定のコスメを買って来てあげるから」

「お姉ちゃん……。私、四日間も父さんと母さんの不機嫌な状態を見るのは辛いよ。どうして止めなかったんだって、私に八つ当たりされそう。いっその事、私も旅行に連れてってよ」

 嘆く妹に、クスっと笑った葵は、「……分かった。それじゃ、優奈が変身スーツを着た三木畑君を見て、父さんと母さんにバレるって感じたら、旅行は私の代わりに三木畑君に行ってもらうわ。親友同士で旅行に行くのも楽しいだろうし」と言った。

「えっ……でも、彼氏と……長谷岡さんと一緒に行きたいんでしょ」

「ええ。そのために二人でお金を貯めたからね。大丈夫、優奈は絶対にOKしてくれるから」

「……あの、先に謝るよ。ごめんね、お姉ちゃん」

「ふふっ。謝るのは、実際に見てからにしてねっ」

 こうして葵は一通りの事を話すと、優奈の肩に軽く手を添え、部屋を出て行った。

「あ〜あ。お姉ちゃんって、一度決めた事は絶対に曲げないからなぁ。私が似てないって言っても、結局行くんだろうな……」

 折角の夏休みが、姉のせいで憂鬱になる――そう思いながら、旅行当日を迎えた。