15周年の時に少しだけ紹介していた「理想の妻」という個人誌の内容をもう少し掲載します。
この作品も早く書き上げて、個人誌として販売したいのですが(^^
前に掲載した内容は下記のURLにあります。
http://tira.blog.jp/archives/52173502.html


「今日は少し遅くなるかもしれないから」

「ええ。夕食は食べる?」

「食べるよ。じゃ、行ってくる」

「いってらっしゃい」

 玄関で典子と別れた直哉は普段どおり会社で仕事をこなし、定時を迎えた。有藤の話を信じたわけではない。しかし、もしそんな事が現実として有り得るのならば――。

 駅に着いた彼は、普段とは逆方向の電車に乗り、十分ほど揺られた。そして大きな駅に辿り着くと、改札を出て指定された店を探した。すでにあたりは暗くなり、繁華街のネオンがまぶしく思えた。

「……何処だ?」

 方向が掴めず、幾つかの路地を歩き続けると、ようやく店の名前が見つかった。小さなカフェのようだ。待ち合わせの時間から十五分程過ぎている。直哉は焦る気持ちを抑えながらガラスの扉を開いた。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

 カフェに入ると、若いウェイトレスが出迎えてくれる。

「いや……」

 ウェイトレスの背後に十ほどのテーブルが並んでおり、一番奥に二人組みの男女が横に並んで座っていた。男性は茶色のベレー帽を被っている。視線を合わせると、彼は立ち上がり、軽く会釈をした。

「あそこにいる人と待ち合わせていたんだ」

 直哉も軽く会釈をすると、ゆっくり彼等の元に歩いていった。

「勝河さんですね」

「はい、遅くなって申し訳ありません。お店の場所が良く分からなくて路地を彷徨っていました。目の前に表通りがあるのに……。私、方向音痴なんです」

「いえいえ。別に構いませんよ。どうぞお座りください」

「失礼します」

 男性はベレー帽を取ると、優しい微笑を見せた。歳は直哉よりも少し上だろうか。スポーツをしているのか、大きな体つきと日焼けした肌。茶色のジャケットが少し窮屈そうに思えた。そして隣に座っている女性は更に歳が離れているように見える。三十代前半だろうか。黒い眼鏡を掛け、少し釣り目で冷静な雰囲気を漂わせている。背筋を伸ばし、無表情で直哉を見ていた。

「どうも初めまして。私はTOSの榊山と申します」

「TOSの石垣です」

 男性が立ち上がり名刺を差し出すと、隣に座っていた女性も立ち上がり、軽い会釈で自分の名を名乗った。

「ああ……。勝河です」

 つられて立ち上がった直哉は、名刺入れから二枚取り出し、差し出した。

「有藤様からのご紹介でしたね。どうですか? 信じられましたか」

「いや、正直信じることが出来ません。申し訳ありませんが、何かのトリック……例えば催眠術に似た感じだと思っています。まあ、それでも私の望みは解消出来るでしょうけど」

「皆さん、最初はそうおっしゃいますよ。それが自然な考え方ですからね」

 榊山と名乗る男性は、背凭れに凭れ掛かると女性と顔を合わせた。

「お客様、ご注文は?」

「どうぞ。ここは私達が払いますので。いや、交際費として用意しているのです」

「そうですか。じゃあ、ホットで」

「かしこまりました」

 ウェイトレスは会釈をすると、店の奥に入っていった。手前のテーブルに座っていた男性が席を立つと、会計を済ませて出てゆく。店内を見回すと、客は直哉達だけになってしまった。

「さて……勝河さん。我々は表立った企業ではありませんので、ここでお会いした事は誰にも話さないで頂けますか」

「……ええ、構いませんけど。元々、話すつもりもありませんし」

「そうですか。石垣さん、勝河さんにご説明をお願いできますか」

「そうね。私から説明するわ」

 彼女は半分ほど飲んでいたコーヒーカップを角に置くと、両肘をテーブルに乗せて話を始めた。

「私達がどの様な企業か、有藤様からお聞きですか?」

「聞いているというか、あいつが一度だけ御社に依頼した事については聞きました。内容は、片想いだった女性と親しくなって、その……結ばれたいという事でした。それが、御社に頼めば実現出来たと」

「勝河さんは、その彼女に催眠術を掛けたと思っていますね」

「ええ。先ほども言いましたが、その類だと思っています」

「では実際に見て頂いた方が早いですね」

「催眠術を見せて頂けるんですか?」

「いえ、催眠術ではありませんよ」

 榊山がカバンからタブレット状の薬のような物を取り出した。

「これを使えば、他人の体に憑依することが出来るんですよ」

「憑依?」

「ええ。憑依です」

 石垣が頷いたところで、ウェイトレスがコーヒーを持ってきた。

「ごゆっくり」

 レシートを机に伏せたウェイトレスは、また店の奥に戻っていった。

「憑依って……」

「勝河さん、これは肉体と魂を一時的に切り離す事が出来る薬なんですよ。私が誰かに憑依して見せますから、お好きな人を指定してください」

「……本気でそんな事を言っているんですか?」

「もちろんですよ。先ほどのウェイトレスに憑依して見せましょうか。結構綺麗な女性でしたよね」

「いや……」

 直哉はこの馬鹿げた話に付き合う気になれなかった。イタコじゃあるまいし、そんな薬を飲んだ位で他人に憑依出来る筈がない。いや、イタコすら信じていない彼は、非現実的すぎると感じていた。

「あまり好みの女性では無かったですか?」

「そういう問題じゃなくて」

 大体の察しはついている。二人がこのカフェを指定した時点で、すでに根回しが出来ているのだ。ウェイトレスが、恰も憑依されたような行動を取り、信じ込ませる。そして、信じたところで勧誘し、金をむしり取る目論見だろう。

 そう簡単に騙されてたまるか――。直哉は店の外に視線を向けた。何人もの人達が行き交う中、青いジャージを来た女子が二人、携帯電話を操作しながらゆっくりと歩いている姿があった。遅くまで部活をしていたのだろうか。互いに顔を見合わせると、一人が手を振りながらバス停に向かって走っていった。

「それじゃ、あの青いジャージを来たショートカットの女の子でお願いしますよ」

 少し嫌味っぽく話しかけると、榊山は「いいですよ。じゃあ憑依してきますので」と薬を口に含み、グラスに入った水で流し込んだ。彼は背凭れに上半身を預けると、ゆっくりと目を瞑った。

「あの女の子、勝河さんのお知り合いですか?」

「全然知りませんよ。赤の他人です。たまたま目に留まったから指定しただけです」

「もちろん、私達も知らない女の子です」

「そりゃそうでしょ。あの子がエキストラだったらビックリです。どれだけ金を使っているのかと疑いますよ」

 心中では全く信じていない直哉は、ニヤニヤと笑いながら石垣を見つめた。そんな直哉の態度に無反応な彼女は、榊山のカバンから小さな御札のような紙を取り、彼の手に貼り付けた。

「何ですか、それは?」

「他の魂が入ってこない様にするための呪符のような物です。これを貼り付けることで、彼以外の魂が入って来る事はありません」

「へえ〜。随分と凝っているんですねぇ」

「既に榊山の肉体には魂が入っていませんから、浮遊霊達の格好の器になります」

「浮遊霊まで登場ですか。そりゃ大変だ」

 あまりの幼稚さに笑いまでこみ上げてくる。これで俺を信じさせて、幾らぼったくろうと思っているのだろうか。

 直哉はそう思いながら、一口だけコーヒーを飲むと帰る準備を始めた。

「どちらへ?」

「いや、帰るんですよ。こんな幼稚な勧誘には付き合っていられない。有藤も可哀想な奴だな。俺に相談してくれたら高い金払って騙される事無かったのに」

「信じる、信じないは勝河さんの自由ですが、有藤様は喜ばれていましたよ。もちろん、安価とは言いませんけれども。勝河さん、とりあえず後ろを見ていただけますか」

「今度は何ですか?」

 席から立ち上がった直哉が振り向くと、扉からジャージ姿の女子が入ってくる姿が見えた。そして、ウェイトレスと一言話をした後、重たそうなスポーツバックを肩に担ぎ、彼の元に歩いてきた。

「勝河さん、お待たせしました。この子ですよね」

 直哉は言葉を失った。彼が指定した女子が目の前にいる。石垣を見ると、至って平静な表情をしていた。

「帰ろうとしていたんですか? まあ、座ってくださいよ。時間は大丈夫でしょう」

「えっ……。ま、まあ……」

 女子に促され、もう一度席に着いた。

「驚いたでしょ。これが憑依です」

 隣の席に座ったジャージ姿の彼女が、その歳には似合わない敬語で話しかけてくる。呪札が貼られた榊山は、眠るように目を閉じたまま、全く動く気配が無かった。

「少しは信じてもらえましたか? こうして我々は他人の肉体を自由に操る事が出来るのです。有藤様の場合も、我々の仲間が指定された肉体を操り、望みどおりの事をして差し上げたのです」

「ほ、本当に……榊山さんなのか?」

「そうですよ。私、ラグビーで鍛えた体ですけど、今はこんなに華奢な女の子になっているんです」

 あの体格の男が小柄な肉体に憑依し、操っているなんて――。直哉は、どうしようもない興奮で鼓動が激しく高鳴った。ショートカットの彼女は、ウェイトレスの注文に「私、お水だけでいいです」と可愛らしい声で答えた。

そして、足元に置いていた大きなスポーツバックから生徒手帳を取り出した。

「秋ノ瀬美菜穂って名前みたいですね。住所からすると、この近くにある学校のようです。それにしてもこの参考書の量はすごいですねぇ。歳から考えたら来年は入試かな。部活と両立出来るように頑張って勉強しているんでしょう」

「そうなん……ですか」

 直哉は随分と年下の美菜穂に敬語で答えた。ショートカットで愛くるしい表情。視線を下ろすと、青いジャージに包まれた小ぶりな胸が可愛らしかった。

「どうです。信じてもらえましたか?」

「ま、まあ……。私が選んだ女の子だし、勝河って名前も知っていたし。しかし……どうなんだろうか? 気持ちは信じたいと思いますけど、本当に信じて良いのか分かりませんよ」

「じゃあ……。今時の女の子は、人前でこんな事をしますか?」

「えっ……。な、何を!」

 美菜穂はクスッと笑いながら、ズボンのゴムを引っ張って見せた。

「覗いてもいいですよ。今は私がこの子の意識を含めて支配しているので、何も覚えていませんから」

 信じられなかった。見ず知らずの女子が、自らの手で大切な股間を曝け出している。直哉は思わず身を乗り出し、彼女のズボンの中を覗き見た。白いパンティまでが可愛い手で引っ張られ、薄っすらと生えた陰毛が見えている。

「触りたいなら触ってもいいですよ。普通なら警察のお世話になる行為ですけどね」

 ショートカットの彼女がニヤリと笑ってウィンクする。

「ほ、本当に……大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。でも、ウェイトレスには見つからない様にしてくださいね。後が面倒ですから」

 その言葉に周囲を見回した直哉は、そっとジャージのズボンに手を忍ばせた。何とも柔らかい下腹部。そして指先に感じる陰毛。美菜穂は何事も無かったかのようにズボンから手を離すと、肩幅ほどに足を広げた。彼の手だけがズボンの中に入り込んでいる状態。

「まだ濡れていませんから、クリトリスを執拗に弄らないでくださいね。濡れていない状態で触られると結構痛いんですよ」

 そう言って、美菜穂は両手をジャージに差し入れ、胸の辺りを弄り始めた。

「スポーツブラか。勝河さん、私が今、何をしているか分かりますか?」

「えっ、な……何をって」

「スポーツブラの中に手を入れて乳首を弄っているんです。この肉体を興奮させるために」

「そ、そんな事……」

「直に濡れますから、好きな様に触ってください。ああ、ちょっと待ってくださいね」

 美菜穂が少し上を向きながら目を瞑った。

「はい、大丈夫です。この子、まだ学生なのに処女じゃないですね」

「しょ、処女じゃないって、どうして分かるんですか」

「意識を同調する事で、本人の記憶が分かるんですよ。同調出来るかどうかは憑依する熟練度で決まります。私は結構たくさんの人間に憑依してきたので、こんな感じで他人の記憶を盗み見ることが出来るんです。だから、本当は先ほどの様に、生徒手帳を見なくても分かっちゃうんですけどね」

「し、信じられない……」

「本人に成りすまして、普段どおりの生活も行えます。ただし、薬で憑依出来る時間は限られているので、いつまでも本人に成り代わることは出来ません。それに……」

「記憶がない状態が続くと、本人が不審に思います」

 途中から板垣が説明を始めた。

「もし、いつの間にか一週間が過ぎていたらどう思うでしょうか。記憶障害だと思い込むかもしれません。人によってはノイローゼになる可能性もあります。ですから、憑依する時間をある程度決めているのです」

 隣では榊山が美菜穂の手を操り、自慰をさせている。目を閉じたまま、時折「んっ」と小さな吐息を漏らしている姿に興奮が止まらない。彼女の足が更に開かれると、ズボンの中に忍ばせていた手が動かしやすくなる。それと同時に、指先に滑りを感じた。

 直哉は石垣の話を聞きながら、手をもう少し中に差し入れた。それとなく指を動かしてみると、彼女の体がビクンとが震えた。

「この体、スイッチが入ったみたいです。勝河さんの指がクリトリスに当たると、とても気持ちが良いですよ」

 胸を弄っていた手がジャージの裾から出てくると、テーブルの上に添えられた。

「そのまま弄っていても構いませんよ。石垣さん、説明の続きを……」

 そう言うと、股間を弄る勝河の手を右手でジャージ越しに掴み、秘部に押し付けるように動かし始めた。

「話を続けてもいいですか?」

「あ……はい」

 指先の粘りは確実に増えている。中指が割れ目の間に減り込み、一層の温かさを感じた。美菜穂の顔を見ると、気持ちよさそうに「んっ……あっ」と小さく喘いでいた。その表情がたまらない。

「勝河さんが体験している事は現実です。有藤様も、勝河さんと同じ体験をされました。私達を信じて頂けますか?」

「……信じますよ。色々言ってすみませんでした」

「いえ、何時もの事ですから。では勝河さん、私達のサービスを利用する目的を教えて頂けますか」

「分かりました。その前に……」

 直哉は隣で喘いでいる美菜穂の顔を見た後、ジャージのズボンに視線を落とした。細い手が必死に彼の手を掴み、股間に押し付けている。

「興奮して、話が出来ないんですけど」

「んっ……すいません勝河さん。もう少しでイケそうなので、クリトリスを激しく刺激してもらえませんか。私は声が出ないように両手で口を塞いでいますから」

「えっ……イ、イクッて……」

「この体がオーガズムを迎えそうなんですよ。憑依すれば、私の様な男でも女性のオーガズムを体感する事が出来るんです。すみませんがお願いします」

「男なのに、女の快感が得られるというんですか」

 美菜穂がテーブルに肘を突き、両手で口を塞いだ。開いていた足が更に大きく開き、股間を突き出すように、椅子に浅く座りなおした。言われるままに滑った指を動かし、硬く膨れたクリトリスを弄ると、美菜穂の足がビクビクと震えた。目を閉じ、眉を歪めた彼女が息を荒げ、両手の中で「んっ、あっ、あっ」と喘いでいる。

 そして、ほんの暫くすると全身がビクンと大きく震えた。ズボンの中にある手が愛液塗れになっているのが感覚で分かる。

「はぁ、はぁ、はぁ、あぁ……」

 何度か深呼吸した彼女が、ウットリとした表情で直哉を見つめた。その表情には可愛らしさが残っているが、不思議と大人びた印象を感じさせた。

「ふぅ〜。ありがとうございます。まだ経験が浅い肉体ですけど、思ったより気持ちよかったですよ」

 美菜穂のオーガズムを堪能した榊山は、「勝河さん、私の愛液で濡れた手、拭いて下さい」と、スポーツバックからタオルを取り出した。男であるのに、【私の愛液】という言葉を使う事に違和感を感じると共に、妙な興奮を覚えた。

「ありがとうございます」

 受け取ったタオルで愛液を拭き取った直哉は、彼等に話し始めた。

「妻の典子についての事なんですよ。私にとっては良き妻です。自慢するわけではありませんが、典子は私と同じ会社に勤めていたOLで、職場では何人もの男性から声を掛けられていました。真面目で大人しい性格、そして女子中学、女子高と、男のいない環境で育ったためか、男に対しては随分と警戒していたようです。私との付き合いは、仕事で悩んでいた彼女にアドバイスをした事から始まりました。私自身、不釣合いだと思っていたので、恋愛感情は持っていませんでしたが、彼女は私に好意を持ってくれたようでした。そして、暫く経ったある日、ダメ元で彼女に告白しました。すると、彼女は無言で頷いてくれたんです」

「なるほど。清いお付き合いですね」

「はい。付き合い始めて一年経ったくらいでしょうか。結婚することになりました。今は専業主婦として私を支えてくれています」

「結婚してどのくらい経っているのですか?」

「半年です」

「じゃあ、まだ新婚ですね」

「ええ」

「聞いている限りでは、別に私達が必要とは思いませんが」

 石垣の問いかけに、直哉は少し間をおいて答えた。

「先ほども言いましたが、典子は真面目で大人しい性格です」

「勝河さんが言わんとしている事は分かりますよ。要は、セックスに関する内容ですね」

「そういう事です」

「奥さんにどうなってもらいたいのですか?」

「典子は私がしたいと言えば、拒みません。ただ、夜になって電気を消した状態でなければ行いたくない様です。もちろん、彼女はベッドに仰向けに寝たまま。私が愛撫し、濡れたところで始めます」

「俗に言う、マグロ状態なんですね」

「ええ。正常位以外はしたがりません。きっと恥ずかしいんでしょうね。必死に喘ぎ声が漏れるのを我慢しています。本当は、もっと典子を見たいんです。そして、彼女には積極的になって欲しいんです」

「そうですか。内容はよく理解できました」

「すいません。こんな所で話す内容じゃなかったですね」

「いえ。こちらから聞かせてくださいとお願いしましたから。勝河さんの希望を叶える事は簡単です。隣にいる彼女の様に、我々が憑依し、勝河さんの思う妻を演じれば良いだけですから」

「可能……なんですね」

 石垣は榊山が持ってきたカバンから一枚の資料を取り出し、テーブルの上に置いた。

「これが料金表になります。憑依してから一時間で十万円、三時間で二十五万円となります」

「い、一時間で十万円……ですか」

「高いと感じるかもしれませんが、それ相応のサービスを提供していると思っています」

 直哉は料金表を、目を細くしながら眺めた。

「内容によってはお断りすることもあります。例えば、憑依した本人に成りすまして殺人を依頼される、その他、社会的に問題になるような依頼は受け付けられません。我々の手に掛かれば、戦争を起こすことも可能ですから」

「……確かに」

 彼女が言う意味は良く分かる。それに比べれば、俺が依頼する内容なんて可愛いもんだ。そう思ったが、一時間で十万円という金額に腰が引ける。

「勝河さん。今回は有藤様からのご紹介という事で、三十分だけですが無料で対応させて頂きます。もし、お気に召されましたら、次回から有料でのご利用という事でいかがでしょう」

「試せるという事ですか」

「ええ、三十分ですけど」

「是非お願いしますっ」

 直哉は身を乗り出して頭を下げた。三十分もあれば、積極的な妻を見ることが十分に出来るのだ。

「承知しました。では……そうですね。明日、土曜日の夜、奥さんが寝た後に憑依しましょうか。寝ている間なら気づかれる事もありませんから」

「分かりました。明日の夜ですね」

「はい。有料でご利用の場合は、先ほど榊山が渡した名刺のメールアドレス、または電話でご連絡ください」

「じゃ、私はこの子の体を返してきます。勝河さん、奥さん以外にも、こんな風に他人の体とセックスしたい場合にもご利用いただけますよ。この前は、同僚の妻と関係を持ちたい男性が利用されました」

「それは……すごいな」

 まだセックスも知らないであろう女子から聞く内容ではない。直哉は、心に湧き上がる興奮を必死に抑えつつ、椅子から立ち上がった。美菜穂が先に店を出ると、榊山が目を覚ます。

「お待たせしました。じゃ、帰りましょう」

 三人して店を出ると、美菜穂が首を傾げながら駅へと向かう姿が見えた。

「石垣さん、そろそろ体を返した方が?」

「そうね」

「え?」

 直哉は二人の会話に耳を疑った。

「実は彼女、石垣さんじゃないんですよ。石垣さんが憑依しているだけなんです」

「えっ? えっ? そ、それじゃあ……会う前からずっと?」

「そういう事です。初めてのお客様には、男女ペアで対応する事になっているんですけど、今日は生憎、女子社員が出払っていましてね。もちろん、石垣さんは男性ですよ」

 榊山が説明した後、石垣が口を開いた。

「この肉体は伊吹鈴江という名前です。そこのビルに勤めているOLですよ。だから名刺もお渡し出来ませんでした」

「ぜ、全然分かりませんでした」

「彼女の口調を真似て喋っていましたから。いやぁ、私自身はもう五十三になります」

「五、五十三歳……」

 その言葉に、直哉は目を見開いた。五十三歳の男性がこの女性に憑依していたなんて――。言われなければ、全く気付かなかっただろう。

 彼女はビルの壁に凭れ掛かると、「それじゃあ勝河さん。まずは三十分で、その価値を見出してください」と言い、目を閉じた。その後、体をビクンと震わせると、全身の力が抜けたように見えた。

「じゃ、明日の夜をお楽しみに」

 榊山が会釈をし、駅に向かって歩き始めた。その後姿を暫く眺め、石垣が憑依していた伊吹という女性に視線を移すと、彼女は辺りをキョロキョロと見ながら、首を傾げていた。恐らく、自分は今まで何をしていたのだろうかと思っているのだろう。胸元に手を当てながら、小走りにビルの中へと入ってゆく。

「……やっぱり、憑依されていた間の記憶はないんだ」

 そう思いながら、コートの襟を立てた彼は、心を躍らせながら家路に着いた。