Ts・TSバージョンを掲載します。
5章目まではTS解体新書バージョンと同じで、6章目が「下種」→「漂流」になります。
「TiraのPDF作品」にも追加しました。
1. 相談

 駅前の繁華街から少し離れた商業施設の一角。五階建ての白いビルに眩い太陽の光が反射し、尚更白さが際立って見える。そんなビルの四階――小奇麗なオフィスには事務机が複数の島を作っており、比較的若い社員達が各々のディスプレイを眺めていた。
 奥田は椅子から立ち上がると、背後のブラインドを閉じ日差しを遮った。空調が利いているものの、背中に日差しが当たり続けるとジワリと汗が滲み出てくる。少し背を反り、大きく息を吐いた彼は椅子に座りなおすと、社員達が奏でるキーボードやマウスのクリック音を聞きながらディスプレイに映るデータを眺めた。
「課長。東北地方への男性用トレーナー出荷数を多めにしたいと思うのですが」
「どれ……」
 男性社員から手渡された資料に軽く目を通した奥田は、「分かった。じゃあついでにこのまえ投入した新製品の評判について、各店舗に確認しておいてもらえるか?」と微笑んだ。
「はい課長。では各店舗に確認しておきます。結果はまとまり次第、お伝えします」
「ああ、頼むよ角谷君」
 軽く会釈した角谷は自分のデスクに戻ると、素早い手捌きでキーボードを叩き始めた。
 奥田は全国に百店舗以上を展開するスポーツ関連商品を販売する会社に勤めており、各店舗に品物を配送する部署の課長を務めていた。部下は十五名程度。殆どが二十代の若い社員だ。
 先ほど奥田に提案した角谷も、入社二年目のフレッシュな社員である。短めの黒い髪に細身で白い肌――インドア派であまり社交的な性格ではないが、彼の真面目さはこの部署で随一だと思っており、若いながらも信頼のおける部下の一人だと感じていた。
 元々開発部隊で働いていた四十過ぎの自分が、畑違いの部署で若い社員達と働く事に若干の違和感を覚えないでもないが、部長から是非努めて欲しいという要望があり、また開発以外の事もしてみたいという気持ちも少なからずあったため、一週間程考えた末に承諾した。正直、課長と言うポストにも魅力を感じていた。
 自慢では無いが、前の職場でもリーダーとして人間関係は上手く出来ていたと思う。部長にもその辺りが気に入られていた様だ。
 この職場に来て約三年。部下達とのコミュニケーションもそれなりに取れている。女子社員からも慕われ、何の問題も感じなかったし、遣り甲斐のある仕事だとも思っていた。
「奥田課長。熱いお茶でいいですか?」
「ああ。いつも悪いね。でも自分で入れるから気を使わないでくれよ」
「いえ、私も飲むので一緒に入れます」
「そうか、ありがとう白藤さん」
「はい」
 昼休み――殆どの社員が外食で済ませるが、数名はコンビニで買い物を済ませたり、自分で作った弁当を持参し、職場で食べている。奥田も同じく、妻が作った弁当を持参し食べていた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 白籐 奈津実は湯呑を机に置くと、ダークブラウンのポニーテールを揺らしながら奥田が食べようとしている弁当に視線を移した。
「奥田課長の奥さんって素敵ですよね。毎日お弁当を作ってくれるんですから」
「そうかな。家内は専業主婦だし子供も出来なかったから時間はたっぷりあるんだ」
「でも、朝早くに起きて作っていらっしゃるんですよね」
「それは君だって同じじゃないか。毎日手作りの弁当を持って来ているんだろ?」
「私は自分で作り置きしているおかずを入れて来ているだけですから。早起きは苦手なので簡単に済ませてます」
「確か栄養士の資格も持っていたんだっけ」
「はい。私なりに体調には気をつけているつもりなんです。それに、食べ過ぎるとすぐに太っちゃうんです」
「そうか……」
 奥田はそれとなく奈津実の全身を眺めた。今日はダークグレーのスーツだ。彼女はお洒落に気を使っているのか、綺麗好きなのかは分からないが、毎日異なるスーツで出社していた。殆ど替えない奥田にとっては、そんな彼女が清潔感のある女性に映った。ウェストの括れたジャケットとタイトスカートに身を包み、背筋がピンと伸びた奈津実のスタイルに女性らしい美しさを感じる。彼女は今年度入社したばかりだが、整った顔立ちと括れたスーツを着こなすスタイル、それに温和な性格が職場でも貴重な存在となっていた。男性社員から良く飲みに誘われる様だが、誰かと付き合っているという噂はまだ聞こえてこなかった。
「あの、奥田課長」
「何だい?」
「食事が終わったら少し相談させて頂きたい事があるのですが……」
 少し顔色を曇らせた彼女は奥田から視線を外し、呟く様な小さな声で言った。
「俺に? 仕事の事か?」
「いえ、プライベートの事なので、仕事中には話し辛くて」
「構わないよ。じゃあ食事が終わったら隣の小会議室で聞くよ」
「ありがとうございます」
 奥田の返答に笑顔を作った奈津実は、自分の席に戻り弁当を食べ始めた。
 誰か好きな男性社員でも出来たか――彼はそんな事を思いながら愛妻弁当に箸を付けた。



「すみません。折角のお昼休みなのに」
「別に構わないよ。昼休みと言っても大してする事は無いんだから」
「ありがとうございます」
 小さな会議室には白いテーブルが置かれ、複数人が座れる椅子が並んでいる。奥田はブラインドを下ろすと、テーブルを挟んで彼女を座らせた。
「で……どうしたんだ?」
「はい。あの……」
 奈津実は少しの間を空けると、「角谷先輩ってどんな方なんですか?」と切り出した。
「角谷君?」
「はい」
「彼の事が気になるのかい?」
「その……。彼女になって欲しいと告白されました」
「へぇ〜。あの真面目で女性の噂も無かった角谷君が君に告白したのか」
「私自身、角谷先輩とは殆ど話した事が無くて……」
「まあ、彼はどちらかと言うと聞き手だからな」
 机上に置いた指を絡ませながら、彼女は少し困った表情をした。
「それで……返事はしたのか?」
「もし職場で付き合う様になったら別れた時に居辛くなるので、出来れば今の関係のままが嬉しいですと話しました」
「要は好きでは無いって事か」
「私は同年代の男性にはあまり興味が無くて。結婚するならもう少し年上の男性がいいんです。包容力があって誰からも好かれる様な優しい人が……」
 俯いていた奈津実がチラリと奥田を見て、軽く頬を赤らめた。
「こう言うとセクハラと思われるかもしれないが、君みたいな美人なら若い男性の方がお似合いだと思うけどな」
「私なんて美人じゃないですよ。大木先輩や橋爪先輩の様にルックスもスタイルも……仕事もテキパキとこなす先輩がいますし、私はそんな先輩方に憧れています。私も先輩方の様に素敵な女性にならたらいいなって」
「まあ……確かに彼女達は美人だけど、個人的には白藤さんの方が……」と言いかけて言葉を止めた。課長の立場で、女性社員の容姿に関して優劣を話すべきではないと思ったのだが、目の前にいる奈津実は俯いたまま、顔を真っ赤に染めていた。
「ほ……本当ですか?」
「えっ。な……何が?」
「奥田課長から見たら、私の方が……その……」
 両手で赤らいだ頬を隠す彼女が妙に可愛らしく思えた。彼女の言動から、自分に好意を持ってくれているんだと感じた奥田は「あくまで個人的な話だから、誰にも言わないでくれよ」と話した。
「私、もっともっと仕事を頑張って奥田課長のお役に立てるようになりますっ」
「ははは。今のままで十分助かってるよ。白藤さんは、今の白藤さんのままでいてくれたらいいんだ」
「……ありがとうございます。奥田課長。私、角谷先輩にきちんと自分の気持ちを伝えます。実は今日、仕事帰りに食事に誘われているんです。その時に……」
「行くのかい?」
「別に食事をするくらいなら、他の先輩達と同じですから。私には片思いの男性がいると話せば諦めてもらえると思うんです」
「……そうか。彼とはまだ短い付き合いだが、本当に真面目で奥手な男性なんだ。そんな角谷君が女性に告白する勇気があったとはなぁ。しかも食事にまで誘うなんて。余程、白藤さんの事がお気に入りなのかな」
「真面目なタイプは嫌いじゃないんですけど……。私は先程お話しした様に年上で包容力のある男性の方が好きなんです。奥田課長の奥様がとても羨ましいですよ」
「俺なんて大した男じゃないよ。平和主義者で自分の気持ちをしっかり伝えられない臆病者さ」
「誰も奥田課長をそんな風には思っていませんよ。ああっ、すみません。お昼休みが終わっちゃいましたね」
 壁掛け時計を見た奈津実が申し訳なさそうに会釈した。
「全然構わないよ。俺に相談してくれて逆に嬉しかった。どれくらいサポートできるか分からないけど、何かあれば出来る事はするから」
「ありがとうございます。奥田課長に相談させていただいて良かったです!」
 椅子から立ち上がった奈津実は、赤く染まった頬を手のひらで冷ましながら会議室を出て行った。
 ――満更悪い気はしない。
 二周りほど若い女性から好意を持たれる事に、心が軽くなる。人生、まだ捨てたもんじゃない。
 そんな風に思った奥田は、席に戻ると軽く鼻歌を歌いながらディスプレイのデータを眺めた。



「なあ角谷君。帰りにちょっと寄って行かないか?」
 そろそろ定時になろうと言う時間。奥田は廊下ですれ違った角谷に話し掛けた。
「課長すみません。今日はちょっと……」
「何だ? 用事があるのか?」
「用事と言うか……。実は白藤さんを食事に誘っているんです」
「ほうっ。真面目な角谷君が白藤さんを……。一体どうしたんだ?」
 奥田は何も知らぬ振りをして彼に問い掛けた。角谷はしばらく迷いながらも、周りに人がいない事を確認すると「僕は白藤さんを好きになりました。こんな感情……初めてです。何としても彼女と付き合いたい。そう思っています」と返答した。
「そうか。彼女は私の部署の優秀な社員だからな。角谷君以外にも、彼女に好意を持っている男性社員は結構いるみたいだが」
「はい。殆どの先輩が白藤さんに好意を持っていると聞いています。でも僕は絶対に諦められないんです。だから今日は僕の気持ちを全て白藤さんに伝えて、彼女を僕の色に染めるんです」
「なあ角谷君。君の気持ちはとてもよく分かるが、一番大切なのは白藤さんが君の事をどう思っているかだ。あまり強引な事をしたら、逆に嫌われるぞ」
「……課長、ご忠告ありがとうございます。白藤さんが僕を受け入れてくれなければ素直に諦めます」
 彼の言葉に感心した奥田は、「そうか。君はまだ若いのに、潔くて立派な男性だな」と微笑んだ。
「でも課長。僕は……白藤さんが僕を受け入れてくれる様に最大限の努力はしますよ」
「そうだな。分かっているとは思うが、女性には紳士の対応が大切だぞ」
「はい、分かりました。課長、そういう事情で今日のお誘いは……」
「ああ、構わないよ。そこまで決心しているなら止めはしないし、誘わないよ。くれぐれも白藤さんに辛い思いだけはさせない様にな。これは上司と部下ではなく、男同士の約束だ」
「はい、課長」
 ちょうど就業時間が終わり、他の社員がオフィスから出てきた。
 少しは援護射撃が出来ただろうか?
 ある意味、自己満足かも知れないが、奥田は奈津実を角谷から守ってやっている気分になっていた――。






2.身勝手

 ――翌日。奥田がオフィスに入ると、すでに奈津実の姿があり、黙々と仕事をしていた。普段は一番に入る奥田はその様子に少し驚いた。
「課長、おはようございます」
「あ……ああ、おはよう。今日はやけに早いんだな」
「はい。急いで片付けないと仕事が溜まるので」
「そうか。感心だが、あまり無理はしない様にな」
「ありがとうございます」
 笑顔で話す奈津実の後ろを通った時に、ふと違和感を覚えた。彼女は昨日と同じダークグレーのスーツを着ている。普段は必ず別のスーツを着て出社する奈津実には珍しい。
 ふと脳裏に過ぎったのは、彼女が家に帰らなかったと言う事だ。もしかしたら、角谷と夜遅くまで一緒にいたのかもしれない。いや、朝まで――。
「なあ白藤さん。昨日はその……角谷君と食事をしたのかい?」
「あ、はい。しましたよ。ご馳走になりました」
「そうか……」
 プライベートな内容をどの辺りまで聞いてよいのか分からず、躊躇していると「あの、課長。角谷先輩は三日ほど会社を休むそうです」と奈津実が話し掛けてきた。
「角谷君が? 昨日は飲みすぎたのか?」
「そういう訳じゃないですけど」
「どういう理由だろうか。白藤さんは知っているのかい?」
「まあ……そうですね。角谷先輩は自分の家にいますけど、出社は無理みたいです」
「出社が出来ない? まさか……」
 彼の気持ちが通じて奈津実と付き合う事になったのかと思ったが、逆に断られて出社拒否か――。
 そんな事で会社を休まれては困る。そう思った奥田は席に座ると、彼のスマホに電話を掛けた。程なくして呼び出し音が奈津実の方から聞こえた。
「あっ、課長。角谷先輩のスマホは私が預かっています」
 彼女はジャケットの内ポケットから彼のスマホを取り出した。
「白藤さんが? どうして?」
「電話は出れませんけど、メール等のやり取りなら代わりに出来ますから」
「角谷君の代わりに白藤さんが?」
「はい」
 彼女はニコッと笑い、また内ポケットにスマホをしまった。
「彼は……角谷君はどうしたんだ? 白藤さん、何か隠しているのか」
「課長、少し話が長くなるので、昨日の様にお昼休みに時間を頂けませんか?」
「今じゃ駄目なのか?」
「たくさん仕事がありますし、他の人に聞かれたくないので」
 そう言うと、「おはようございます」と数人の社員が入ってきた。
「あ、ああ。おはよう」
 奥田は曖昧な返事をした。
「おっ、白藤さん。今日は早いんだね!」
「はい。ちょっと仕事が溜まってて」
「あれ! 昨日と同じスーツなんて珍しいな。はは〜ん、さては昨日、角谷と食事に行くって言ってたよな。まさかアイツと朝帰り?」
「嫌だ丸山先輩。からかわないで下さいよ」
 そう言いながらも、彼女は満更でも無い表情でディスプレイに映る数字にカーソルを合わせていた。
「でも、実際そうなんじゃない?」
「……ご想像にお任せします」
「否定しないって事は……。へぇ〜、あの角谷がなぁ。一番無いと思ってたのに。マジ有り得ないな」
 その言葉に手を止めた奈津実は、「角谷先輩もやる時はやるんですよ。先輩の事、馬鹿にしないで下さいね」と言い、素早い手捌きでキーボードを打った。
「おっ! アイツをかばうなんて……じゃあ白藤さんは角谷のものになっちゃったって事か。残念だなぁ」
「まだ決まった訳じゃないですけど。そうなればいいかなって……」
「何それ? 変な言い方だな。ははは」
「私、角谷先輩以外の男性には興味が無くなりそうです」
「無くなりそう? じゃあ今ならまだ大丈夫って事か」
「いえ、多分無理だと思います」
「なら素直に角谷の彼女になったって言えばいいのにさっ」
 丸山に言われて少し考えた彼女は、「まあ……そうですね。別に付き合っているって言ってもおかしくないですよね」と答えた。
 そのやり取りを聞いていた奥田は訳が分からなくなった。話し方からすると、彼女は角谷と一夜を共にしたのだろうか。やはり、彼の熱意に心が動き、受け入れたという事か――。出社してこないのは断られたのではなく、嬉しくて酒を飲み過ぎたせいか?
「それにしても、三日も会社を休みたいなんてどうなっているんだ。一体何を考えているのやら……」
 自分には理解できない。それに、昨日話していた彼女の気持ちは何だったのか。奥田は若干腑に落ちない気持ちで午前中を過ごした。



「なあ白藤さん。プライベートな事を聞くなんて、俺の立場じゃマズイと思うが……。差し支えなければ、昨日の事を聞かせてくれないか?」
 昼食を終えた二人は、昨日と同じく小会議室にいた。背凭れに寄りかかり、タイトスカートの上に両手を添える奈津実は、「いいですよ課長。全部話します。いや、課長には知っておいてもらった方が後々楽なので」と目を細めて笑った。
「白藤さん、どういう意味だ?」
「順番に話しますね。昨日の仕事帰り、私と角谷先輩で食事に行きました。最初は他愛も無い話をしていましたが、角谷先輩が私と付き合いたいと言い始めたんです」
「まあ……。想像はつくが」
 奥田も背凭れに背中を預け、彼女の言葉に頷いた。
「私は昨日、課長にお話した通り、角谷先輩には好意を持っていなかったのでお断りしました」
「で?」
「何度か同じ事を繰り返して話したのですが、私の気持ちが変わらない事が分かると、お酒をたくさん飲み始めたんです。次第に呂律が回らなくなって来て」
「自棄酒になったんだな。彼にとって白藤さんへの告白は一大決心だった様だから、致し方が無いか」
 昨日、角谷から聞いた決心を思い出した奥田は唇を歪めながら「ふん」と鼻息を漏らした。
「お店から出るのもフラフラだったので、とりあえず角谷先輩が住んでいるワンルームマンションまで送り届けたんです」
「大変だったな。じゃあ角谷は二日酔いになって電話にも出れない状態だから、白藤さんが彼のスマホを代わりに……。いや、違うか。おかしいな」
「はい、違います。角谷先輩、酔っ払った振りをしていただけだったんです」
「……何のために?」
「私を自分の家に誘い出すために……です」
「んん? まさか……」
 奈津実と関係を持つために、わざと連れ込んで――奥田は険しい表情で彼女を見た。
「水を飲みたいと言ったので、コップに入れて渡しました。そうしたら、角谷先輩はポケットから取り出した何かの薬を口に含んで、水と一緒に飲み込んだんです」
「薬?」
「酔いを醒ます薬かと思いましたが、角谷先輩はすぐに深い眠りに付きました。玄関を入ったところだったので、部屋まで引きずろうと思いましたが、私の記憶はそこで無くなりました」
「無くなった?」
「はい」
「気を失った……と言う事か。でもなぜ?」
「角谷先輩が飲んだ薬って、怪しいネットサイトから手に入れたものだったんです」
 首を傾げる奥田を見つめた奈津実は両腕で身体を抱きしめると、「それって、肉体から魂を分離する薬で、他人の肉体を乗っ取る事が出来るんですよ。こうして僕が白藤さんの肉体を乗っ取っているみたいに」と怪しげに笑った。
「……の、乗っ取る?」
「はい課長。僕は角谷です。僕は薬を使って魂の存在になり、白藤さんの肉体を乗っ取って操っています」
「な……何を訳の分からない事……」
「課長。そんな事を言いながら気づいていますよね。普段の彼女じゃないって事くらい」
 分かっていた。昨日までの彼女とは違うと気付いていた。奥田課長と呼ばれていたのに、今日は課長と呼んでいた。スーツだって昨日のままだ。それに、普段の彼女とは明らかに違うキーボード捌きは奥谷そのものだった。しかし、その理由が理解できない。自分の目に映るのはどう見ても白藤奈津実だ。にも関わらず、本人は角谷だというのだ。
「事実なんですよ。僕は白藤さんを自由に出来る。この肉体も記憶も! 昨日もここで白藤さんと話をしたんですよね。彼女に乗り移った後、記憶を盗み見たんです。僕には好意を持っていない事が分かりました。白藤さんは課長の事が好きなんですよ。課長の言葉に胸が高鳴り、課長と話せる事が嬉しい。出来れば課長の奥さんになりたいって思っていた様です」
「ほ、本当に……角谷君なのか?」
「昨日の定時前、僕と話しましたよね。あれって僕に白藤さんの事を諦めさせるためだって事、彼女の記憶から察しがつきました。男同士の約束だと言っていましたけど、裏ではそういう気持ちだったんですね。事実を知ると、何だか残念に思いましたよ。正直、あの時は課長の言葉に心が揺れたんですけどね……」
「そ、それは……」
 言い返す言葉を思いつかない。
「課長、僕がこうして白藤さんの肉体を乗っ取っている間、魂の抜けた僕の肉体は眠ったままです。だから出社は無理なんです。でも、その分は白藤さんの身体を使って働きます。そのために早く出社して、僕の仕事もやっていました」
 奥田は、彼女の口から暴露される言葉に驚愕した。奈津実の肉体が角谷に乗っ取られている――彼の思い通りに操られているなんて。
「信じられない……。しかし、それが本当だとしたら何のために? 君は白藤さんが好きなんだろう。その白藤さんの身体を乗っ取って何になるんだ」
「記憶を書き換えるんです。僕が乗っ取っている間は、白藤さんの脳にある記憶も全て僕のものです。僕の事が好きになる様に……いや、元々僕の事が好きだったという記憶に書き換えれば、白藤さん自身も辛い思いをしなくてすむし、僕もハッピーです。上手く記憶を書き換えるためには3日くらい必要なんですよ。だからその間は僕が白藤さんとして会社に出社しつつ、新しい記憶を定着させます」
「な……なんて事を……。本気なのか?」
「それだけ白藤さんの事が好きなんですよ。僕が自分の肉体に戻った時には、白藤さんは僕の彼女になっています。朝方も白藤さんの口調を真似して話しましたけど、他の先輩達にも白藤さんに成りすまして、角谷先輩と付き合っていると言い回れば納得してくれるでしょう」
 奈津実の声で淡々と話す角谷に、心底怒りを感じる。
「角谷君っ! いや、角谷っ。自分が何をしようとしているのか分かってるのか? 彼女の本心を捻じ曲げようと……彼女の人生も捻じ曲げようとしているんだぞっ」
「そんなに大げさな話じゃないですよ。だって、もしかしたら僕自身の気持ちが変わって、彼女と別れるかもしれないし、彼女も付き合っている間に別れたいって思うかも知れませんよね。先の事なんて誰にも分かりませんから。でも、とりあえず今は僕の事を好きになる様に記憶を書き換えて……彼女を僕の色に染めます」
「やめろっ!」
 思わず席を立ち、大声を出した奥田は怒りの形相で奈津実を睨み付けた。
「課長。どうして僕が課長に全てを話したか分かりますか? それは僕自身が出社出来ない事を、他の人達が怪しまない様に隠して欲しいからです。もちろん、この身体を使って二人分の仕事を一生懸命します。それに……」
 奈津実が悪戯っぽい表情に変わると、白いブラウスのボタンを胸元まで外した。
「課長も白藤さんの身体に興味がありますよね。何も詮索せずに黙っていてくれるなら、好きにしても構いませんよ」
 そう言うと、右手でジャケットごとブラウスを開いた。白い肌の鎖骨が見え、ブラジャーの肩紐が露になる。
「昨夜、この肉体を乗っ取った後、隅々まで確認しました。とても綺麗ですよ。お尻にほくろが一つあるんです。陰毛はすごく薄いから水着を着る時も特別な処理をしなくて構わないみたいですね。本人は薄毛を気にしている様ですけど、僕は全然問題ありませんよ。むしろ女性器が丸見えなので興奮します」
「くっ……」
 奥田は歯を食いしばった。自ら白いブラウスを肌蹴け、肉体の特徴を恥ずかしげも無く話す彼女に、少なからず興奮を覚えてしまう。他人に肉体を操られ、淫らな言動を強要される彼女の気持ちはどんなだろう。
「いい加減にしろっ。彼女の事が好きならば、どうして彼女の気持ちを大切にしてやらないんだ」
「これから白藤さんが何を大切にしたくなるのか。それは僕が決めるんです。課長は僕の事を黙っていてくれますよね!」
 立ち上がった奈津実が奥田の元に近づき、細い腕で彼の身体を引き寄せる。俯けばブラウスの向こうに、ブラジャーに包まれた胸の谷間がしっかりと見えた。
「いつでも触っていいですよ。白藤さん、課長の事が好きでしたからね。今から会議室を出て白藤奈津実に成りすまします。僕の仕事もまとめてやるので残業になりますけど、気にしないで下さいね」
 そう言った奈津実が服装を整えながら会議室を出てゆく。拳を握り締めながら彼女の後姿を見ていた奥田は、「こんな事になるなんて……。どうすれば白藤さんを助けられるんだ」と呟き、目を閉じた――。



 今日は星が良く見える。
 ブラインドの隙間から外を眺めた奥田は、一つため息をつくと黙々と仕事をする奈津実に視線を移した。カチカチとマウスをクリックしながら、各店舗に配送する物品の仕分けをしている様だ。その雰囲気だけ見ていれば奈津実そのものだ。他の社員は皆帰り、角谷が乗り移った白藤奈津実と奥田の二人だけ。時計を見ると、二十一時を回っていた。
「なあ白藤……いや、角谷。そろそろ終わらないか。白藤さんの身体にも負担が掛かるだろう」
「大丈夫です。あと三十分くらいで終わりますから」
 そう返事をした彼女に近づくと、ブラウスのボタンが一つ外され、左手が潜り込んでいた。
「お、おい……」
 彼の視線に気づいた奈津実がクスッと笑った。
「ずっと画面ばかり見ているとイライラするので、こうやって気分転換しながらしているんです。女性って乳首を弄るとすごく気持ちいいんですよ。硬く勃起して、指で摘まむと全身がゾクゾクするんです」
 奈津実は視線を画面に向けたまま、ブラウスの中に差し入れた手を大きく動かし、「んっ」と小さく吐息を漏らした。蠢く生地の向こうで彼女の乳首が執拗に弄られている事を想像すると、鼓動が高鳴る。
「頼むから白藤さんに悪戯するのはやめてくれないか」
「別に傷つけている訳じゃないですよ。それに、彼女はこの刺激を求めていますから。ああ、そうですね。じゃあ……奥田課長が代わりに弄りますか? 僕は……私は仕事をしているので好きにしてもらっていいですよ。奥田課長に触られるの、嬉しいですし」
 ブラウスから手を抜いた角谷が、彼女の口調で話し掛けてくる。
「なあ角谷……」
「奥田課長が何を言っても、角谷先輩は私の記憶を書き換えるまで出てきませんよ。それなら奥田課長もしたいようにすればいいんです。私は……奥田課長の事が好きだから何をされても構わないです。そっか……昨日は角谷先輩のところでシャワーを浴びただけの汚い身体だから触りたくないですよね」
「そういう事を言っているんじゃ……」
「私の事、気にして頂いているなら、私が奥田課長にして欲しかった事を叶えて欲しいです。こんな事にならなければ、絶対にしてもらえないですから」
 彼女はジャケットとブラウスのボタンを全て外し、大胆に開いた。白いブラジャーに包まれた二つの胸が現れ、奥田の鼓動を更に高ぶらせる。
「奥田課長。私、これでもDカップなんですよ。奥様の方が大きいですか?」
 角谷が彼女の手を操り、ブラジャーに包まれたふくよかな胸を下から持ち上げ、何度も揺らした。
「そ、それは……。なあ角谷っ。お前は彼女の身体で俺を誘惑して……どうしたいんだ」
「別に何もありませんよ。僕自身、課長にはすごくお世話になっていると思っていますし、今回の事を秘密にしておいてもらうんですから、これくらいは何の抵抗もありません。そう言えば白藤さんって、過去に三人の男性と付き合っていて、全員とセックスしているんですよ。もちろんみんな、三十代後半から四十代前半の男性です。お父さんの事が大好きだったから、その影響があるみたいですね。若干、ファザコンですよ」
 また彼女の記憶を盗み見し、知られたくもないプライバシーを暴露する角谷に「それ以上、彼女の記憶を見るなよ。プライバシーの侵害も甚だしい」と、強い口調で言った。
「課長が他人に言わなければいいだけです。僕と課長だけの秘密ですからね。ふぅ〜、キリがいいので、やっぱり今日はこれで終わります。もう帰りますけど、触りますか?」
 立ち上がった奈津実が両手でブラウスを広げ、身体を左右に揺すった。奥田の目の前で、ブラジャーに包まれた胸が窮屈そうに揺れ、理性を崩そうとする。
「俺は彼女自身の気持ちを大切にしたいんだ。それ以前に大切な妻がいる。部下の女性社員に手を出したなんて事になったら、俺の人生は終わりだからな」
「二人の秘密にするって言ってるじゃないですか。まあ……別にいいですけど」
 微笑む表情は、普段の彼女そのものだった。
「これから帰るって……何処に帰るんだ?」
「もちろん白藤さんの家ですよ。彼女もワンルームマンションで一人暮らしをしていますから。帰って一息ついたら、彼女の記憶を書き換えます。少しずつですけどね!」
 嬉しそうにブラウスのボタンを留める彼女にどうしてやる事も出来ない奥田は、「もう一度言うが、今の彼女の気持ちを大切にしてやったらどうだ」と話した。
「昨日の昼休み、白藤さんが課長と話す前に乗り移っていたら、課長もここまで気にしなかったと思うんですけど……やっぱり、白藤さんにあんな風に好意を表現されたら気になりますよね」
 そう言って、ジャケットのボタンを留めた。
「そうでなくても自分の部下なんだ。気にならない訳はないだろう」
「やっぱり課長は優しいですね。僕も課長の部下として働けて嬉しいですよ」
「今、そうやって言われても、彼女自身が生きているはずの大切な時間を消費するお前には何も感じないよ」
「僕が乗っ取っている間の記憶は上手く繋ぎますから。昨日、僕が肉体を乗っ取った瞬間から出て行くまでの記憶をね。朝食をとって会社で働いて……仕事の後は、僕の部屋で愛し合ってから帰る。この繰り返しです」
「角谷……」
「ねえ課長、想像して下さいよ。記憶を書き換えるためには、彼女の脳が気を許している状態でなければならないんです。こうして仕事をしていたり、緊張している状態ではなかなか難しくて。それに、眠っている間では定着しないんです」
「何が言いたいんだ」
「すなわち、性的に満足している状態が一番記憶を書き換えやすいんです。僕が彼女の手で、彼女が感じる部分を刺激してオーガズムに達する。その過程で、徐々に記憶を書き換えるんですよ。白藤さんがオナニーしている状況を想像すると興奮しませんか?」
 角谷が彼女の手を胸と股間に沿わせ、わざとらしく眉を歪めながら「あふん…あっ、あん!」と艶かしい吐息を漏らす。その姿から視線を逸らした奥田は、「何を言っても無駄なら早く帰れっ」と吐き捨てるように言った。
「分かりました。それじゃあ奥田課長、お先に失礼します。明日も早めに出社して頑張りますので、よろしくお願いしますっ」
 また奈津実に成りすました角谷は会釈をすると、普段の彼女と変わらない、背筋を伸ばした女性らしい歩き方でオフィスを後にした。
「くそっ。自分の部下をこれほど憎く思ったのは初めてだ……」
 奥田はやり場のない怒りを覚えながら、家路に着いた。



3.誘惑

「ただいま」
「おかえりなさい。今日は遅かったのね」
「ああ。仕事が忙しくてな」
「ご飯、まだでしょ? 先に食べる?」
「いや、風呂に入ってからにするよ」
 我が家に帰り、妻を目の前にすると少し気分が和らぐ。奥田は妻に服を預けると、風呂に入った。白い天井を見ながら目を瞑り、今日の出来事を思い出す。
 他人の肉体を操り、本人の意図しない言動をさせる事が出来るなんて――。
 現実味のない事実に翻弄される。これが彼女の演技ならば大した役者だ。そんな事を思いながら、奈津実のブラウスが肌蹴た姿を瞼の裏に映し出した。
 若い女性の下着姿なんて、妻以外ではアダルトビデオでしか見た事がない。しかも、自分の部下であり、部署の中では一番の美人だと思っていた女性だ。彼女が好意を持ってくれていた事は嬉しかったし、もしかしたら……等と想像する事もあった。もちろん、妻を愛しているし、浮気なんてしたら奈津実自身も不幸になってしまう。そう思っていただけに、角谷が「二人だけの秘密」と称しながら彼女の肉体を思うがままに操り、見せ付けられた瞬間は怒りと興奮に苛まれた。
 角谷が残した「彼女の肉体でオナニーをしながら記憶を書き換える」という言葉。
 彼は奈津実の身体を彼女の目を通して見つめ、男性では想像出来ない女性の性感を欲望のままに手に入れるのだろうか。
 白藤奈津実が裸体になり、オナニーするシーンを思い浮かべる。
 彼女が切ない声を漏らしながら蜜壷から溢れる愛液を指に絡め、敏感になった小さな肉豆を弄り、ビクビクと全身を震わせオーガズムに達する。
「うっ! はぁ、はぁ、はぁ……」
 彼女の淫らな姿を想像しながら肉棒を扱いていた奥田は、やるせない気持ちで湯船の中に漂う白濁液を眺めた――。
 その頃、一晩留守にしていたワンルームマンションに着いた奈津実は、普段通り小さなクローゼットにスーツを片付けると、ブラウスと下着を洗濯機に入れ、化粧を落とした。一糸纏わぬ姿でポニーテールの髪を解き、頭を左右に振りながらコンビニで買ってきた弁当をレンジで温める。
「ごめんな白藤さん。いつもは栄養を考えて食べてるのに。さて、今のうちに……」
 彼女はタンスの引き出しを一つずつ開け、綺麗に畳んで仕舞っていた下着や普段着を嬉しそうに眺めた。
「休日に僕とデートする時は、スカートよりもズボンにしてもらうか」
 姿見の前で、白いスキニージーンズを身体に当てて楽しんだ奈津実は、座布団代わりに使っているクッションをフローリングの床に敷き、丸いテーブルに温めた弁当を置いて食べ始めた。
「全裸でコンビニ弁当を食べる白藤さんか。本人が見たらどう思うだろうな」
 弁当を食べながら、両手で身体を撫で回すと、脇と尻の間に少しの湿り気があった。股を広げるとピンクの肉襞が露になる。角谷はその肉襞を彼女の指を使って左右に開くと、前かがみになりながら中に続く肉壷を覗き込んだ。
「待っててね白藤さん。昨日と同じ様に、後でここを気持ちよくしてあげるから。僕と白藤さんは一つなんだ」
 ニヤリと笑った彼女は弁当を食べ終わると風呂で綺麗に身体を洗い、ベッドに寝転んだ。
「じゃあ……始めるか」
 スマホを手に取った彼女は、テレビ電話の画面にすると電話を掛け始めた。
「もしもし。……角谷か」
 リビングで寛いでいた奥田は眉を顰めながらスマホを手にすると、髪を解いた奈津実が映る画面を見た。
「はい課長。今、お時間大丈夫ですか?」
 聞きなれた奈津実の声で角谷が話す。
「……白藤さんの部屋か」
「そうです。今から白藤さんの身体でオナニーをするので、良かったら課長も見てくださいね」
「なっ!」
 奥田のスマホに彼女の顔が映り、その映像がゆっくりと下に移動する。ベッドに寝転がる彼女の胸が見え、すでに乳首が勃起している様子が伺える。更には下腹部、そして股間から足先までが惜し気もなく映し出された。
「どうです? これが白藤さんの身体です。ほら、会社で話していたほくろです」
 細いフェストを捩じると滑らかな尻が現れ、小さなほくろが見えた。
「それに……見えています?」
 今度は股間を拡大した映像が映し出された。非常に細い陰毛が薄っすらと生えているだけで、女性器が丸見えだ。
「角谷っ。お前……」
「見たくなければ電話を切ってくださいね。全体が見えるように、ここに置いておきますから」
 彼女は丸いテーブルを引き寄せ、その上にスマホスタンドにセットしたスマホを置いた。ベッドが横から映し出されるアングルで、彼女が仰向けに寝転がっている姿が見える。
「どうしたのあなた?」
「えっ! いや……何でもない。会社の部下が電話を掛けて来たんだ。明日の会議について確認しておきたいんだと……」
 トイレに行っていた妻に話し掛けられた奥田は、あわててスマホの音量を下げ、画面を隠した。
「そうなの。それじゃあ私は先に寝ててもいい?」
「ああ、電話が終わったら寝室に行くよ」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
 心臓が止まりそうになった奥田は、妻が寝室へ移動した事を確認すると、改めてスマホの画面を見た。
 そこには、内股に足を閉じ、両手で胸を弄る裸体の女子社員がいた。
「あっ……はぁ。んっ……んん……」
 音量を上げると、普段は聞く事のない奈津実の切ない喘ぎ声が聞こえる。
「はぁ、あっ……。角谷先輩……。もっと弄ってください。私の感じるところ、全部触って欲しいんです」
 いやらしく身体を撫で回す彼女の両手が、大きく開いた足の付け根に迫りそのまま股間へと移動する。
「んっ! あっ、ああっ。そこっ……角谷先輩っ。あはっ…大好きっ」
 少し尻を上げながら快感に酔いしれる彼女は身体を横に倒すと、片膝を立て、股間をスマホに映し出した。
「ここ……クリトリス。ほら、こうして皮を剥いて……あんっ!」
 左手の二本の指で赤く充血した肉豆の皮を剥き、愛液で滑った右手の指で擦る。その様子を見ていた奥田は、ソファーに座ったまま下半身を晒し、勃起した肉棒を扱き始めた。
「んっ、んっ。角谷先輩っ、角谷先輩っ!」
 右手の動きが早くなる。左手の指が勃起した乳首を力強く摘み、捻じる様に刺激している。
「ああっ! 和弘先輩っ。イクッ…和弘先輩に弄られてっ……。私っ!」
 彼女の脳裏には、角谷に弄られるシーンが映し出されていた。彼のテクニックに打ちのめされる自分の姿がインプットされ、角谷和弘という先輩が自分の彼だと言う認識を植え付けられる。
「イックゥ!」
 奈津実の身体がビクンと跳ねた。
「あっ、あっ、あああ〜っ」
 額に汗を滲ませ、クリトリスによるオーガズムを得た彼女は、何度か身体を震わせながら大きく息をしていた。
 その一部始終を見ていた奥田も、風呂に続いて二度目の射精を終えた。妻が二階の寝室にいると言うのに、部下である女子社員のオナニーを見て射精するなんて――。
 罪悪感と興奮が入り乱れる中、もう一度スマホの画面を見ると、奈津実がスマホに尻を向け、四つん這いになりながらオナニーを始めていた。今度は二本の指を肉壺に捻じ込み、グチュグチュといやらしい音を立てながら何度も出し入れしている。
「あっ、あっ、和弘っ! 和弘っ! 気持ちいいのっ。そうやってオマンコをグチュグチュされたらっ……あっ。またイッちゃう」
 内腿に愛液が滴り、肛門がヒクヒクと動いている。肉体を支えていた肘が折れ、敷布団に顔を押し付けながら必死にオナニーをする奈津実の姿に、またしても奥田の肉棒が反応し、血液が急速に充満した。
「何ていやらしい姿なんだ。あの白藤さんが裸であんなに足を開いてっ」
「んっ! あっ、ダメッ。激しっ! あっ、あっ、んあっ!」
 スマホには映っていないが、激しい喘ぎ声から甘美の表情が容易に想像できる。会社で見ている彼女とは全く異なる妖艶で淫乱な姿は、奥田の理性を消し去るに十分な破壊力を持っていた。
「イッちゃう。イッちゃう。あっ、んっ、ん、ん、んっ……あっ……あああっ!」
 両足の爪先に異常なほどの力が入っている様子が伺える。肉壺を掻き回していた右手が存分に濡れ、手首からは粘り気のある透明な愛液が何度も布団へと滴り落ちていた。
「あはぁ〜。和弘ぉ〜、気持ちよかったのぉ……」
 ビクビクと身体を震わせ、鼻に掛かった甘えた声で角谷の名前を口にした奈津実がゆっくりと起き上がると、スマホの前にしゃがみ、快感に火照った顔を映し出した。
「んふっ。私のエッチなお汁がいっぱい付いた指だよ。甘酸っぱくて美味しいの!」
 乱れた髪をそのままに、奈津実が奥田に見せ付けるように指を咥え、いやらしく舐め回る。
「私、もう和弘しか見えないからね。明日はもっと激しく和弘に愛してもらうの。すごく楽しみ! じゃあねっ」
 そこで電話が切れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 リビングの床に、薄っすらと白い精液が散乱している。奥田はソファーから立ち上がると、息を弾ませながらウェットティッシュを手に取った――。




4.承諾

「課長、おはようございます」
「……ああ」
 次の日、奥田がオフィスに入ると、昨日と同じ様に奈津実が仕事を始めていた。今日はライトグレーのパンツルックだ。
「電話、最後まで切りませんでしたね」
 その言葉に、何も言い返せない。
「課長もかなり激しく扱いていましたね。まだまだ若い証拠ですよねっ」
「なっ!」
「テレビ電話ですから。相手の様子も見えてますよ。僕が奈津実の身体でオナニーしているところを見ながら、課長もオナニーしたんですよね。全部見えていました。良かったでしょ?」
「も、もう何も言わないでくれ。俺は……」
「素直になってくださいよ。僕だって逆の立場なら絶対にオナニーしてますから」
 彼女の口から恥ずかしげもなくオナニーと言う言葉が出てくる事に、次第に違和感を覚えなくなってきた。まるで、角谷が奈津実の肉体を支配している事が当たり前の様な錯覚さえ覚え始めた。
「なあ角谷。もう記憶の書き換えは終わったのか?」
「まだ……もう少し掛かります。でも、奈津実は僕の事をかなり素直に受け入れてくれる感覚はありますね。こうして下の名前で呼んだ方がしっくりきます」
「奈津実と和弘……か」
「ですね」
「じゃあ俺への感情は……」
「好きと言う感情は殆どないと思います。課長に……というか、年齢の離れた男性が好きだと言う感覚が無いっていう感じですね」
「……そうか」
 奥田は席に着くと、深いため息をついた。
 正直、気持ちが淀んだ。彼女と浮気がしたかったわけではない。最初から叶わぬ事、叶えてはならない事だと分かっていても、彼女とは淡い恋愛感情を持っていたかった。二人だけで共有出来る、とうに忘れていた甘い雰囲気を感じていたかった。
「おはようございます」
 他の社員が出社すると、奈津実は普段どおり「おはようございますっ」と元気に挨拶をしていた。そして、女子社員には角谷と互いの肉体を求め合い、相思相愛である事を言い広めた――。



 その日の夕方、煮え切らない思いをしていた奥田に奈津実が話しかけてきた。
「課長、今日は忙しいですか?」
「何がだ?」
「実は課長に協力してもらいたいと思いまして」
「協力?」
「はい。小会議室で話してもいいですか?」
「…………」
 何を企んでいるのか。奥田は投げ遣りな気分で角谷の話を聞き始めた。
「座って話をしませんか?」
「座るまでも無い。早く言えよ」
 奥田はズボンに手を入れ、彼女に背を向けた格好で立った。
「分かりました」
 彼の後ろに立った奈津実は、両手を前で揃えて話を始めた。
「先ほども言いましたが、課長に協力して欲しいんです」
「だから何のっ」
 苛立ちを乗せた奥田の声に、奈津実は動揺する事無く次の言葉を口にした。
「擬似的に僕の代わりをお願いしたいんです」
「……意味が分からん」
「僕の事が好きになるように記憶を書き換える効率的な方法なんです」
「あのなっ。どうして俺がお前に協力しなければ……」と強い口調で断わろうとした最中、「私とセックスして欲しいんです」という言葉が彼女の口から飛び出した。
「……何て言った?」
 振り向くと、彼女は軽く微笑みながら視線を合わせてきた。
「それじゃあ白藤奈津実として話しますね。私はもう少しで和弘の事が好きになれます。でも、完全に記憶の書き換えが終了するには、彼とのセックスが必要なんです。でも彼は魂が抜けて肉体が動かない状態ですよね。だから奥田課長……彼の代わりに私を抱いて欲しいんです」
「な…何を馬鹿げた事……」
 声が震えた。
「私は奥田課長の事を和弘と言います。奥田課長は私を奈津実と呼び捨ててください。私の部屋で……昨日、私がオナニーをしたベッドで犯してください」
「ほ……本気で言ってるのか」
「はい。必要なら……奥田課長とのセックスシーンを録画してもらっても構いません。もちろんその時は、和弘じゃなくて、奥田課長と言って喘ぎます。別に奥田課長の下の名前でもいいですよ」
「いや……しかし……」
 心の中で返事は決まっていた。しかし、それを言葉にすると全てが壊れてしまう様な気がした。
「奥田課長が嫌なら、別の人にお願いするだけですけど。セックスできたら誰でもいいので。でも折角なら……慎二と……」
 下の名前で呼ばれた奥田の鼓動が激しく高鳴った。
「奥田課長、今だけ慎二って呼んでもいいですか?」
「……あ、ああ」
「恋人同士の様に、タメ口でお話しても大丈夫ですか?」
「い、今だけならな……」
「ありがとうございます。それじゃあ少しだけ練習させてくださいね」
「練習?」
「はい。……ねえ慎二っ。慎二といたら身体が疼くの。少しだけでいいから慰めて」
「なっ……。おいっ、慰めてって……」
「上からでいいから摩って欲しいの。私も慎二のオチンチン、摩ってあげるから」
 彼女の手がズボンの前を摩り始めた。若い女性の滑らかな手が、生地越しに肉棒を撫で回っている。その信じられない光景に興奮する奥田だが、彼女の身体に触れる勇気が無かった。
「ねえ慎二。触ってくれないの?」
「い、いや……。そう言われても……」
「直接でもいいよ。ほら……」
 奈津実は奥田の股間を撫でながら、空いている手でライトグレーのパンツのボタンを外した。更にファスナーを下げた彼女が奥田の手首を掴み、その中に差し入れようとする。
「お、おい……」
 慌てて手を引いた彼に、奈津実はクスッと笑った。
「見てたでしょ、私の股間。殆ど毛が生えてなくて恥ずかしいんだけど……。慎二なら好きにしていいからね。はい、どうぞ」
 彼女は肩幅ほどに足を開くと、手を入れやすい様にピンクのパンティを前に引っ張った。
「い…いいのか。俺が白藤さんの……」
「白藤さんじゃないでしょ。奈津実って呼んで。あ、ちょっと待ってね」
 思い出したかの様な表情をした彼女は奥田の手を掴むと、「乾いていると痛いから」と言って、彼の中指を口に含んだ。
「うっ……」
 少しラメの入っている、パステルピンクの口紅が塗られた唇。その唇に銜えられた指が生温かい舌で執拗に舐られる。指を舐められる事がこれほど気持ちのいいものだとは思っても見なかった彼は、奈津実の歪んだ眉を見ながら酔いしれた。
「んふっ。これでいいわ。ねえ慎二……」
 彼女が目を閉じ、先ほど指を咥えていた唇を尖らせた。叶わない筈の事情が現実のものとなる――。奥田はゆっくりと顔を近づけると、彼女の唇に自分の唇を合わせた。
 何て柔らかい唇だろうか――。マシュマロの様な弾力を感じていると、奈津実が彼の手をパンティの中へと導いた。手の甲には滑らかな生地の感触。そして指の腹には温かい彼女の下腹部がある。
 奥田はそのまま指を動かし、更に奥へと手を忍ばせていった。
「んふっ。ん……」
 指先に触れる小さな肉豆の感触。指の腹で円を描くように撫でると、彼女の腰が自然と前後に動き始めた。
「あっ、慎二っ」
 奈津実が唇を開き、舌を入れ始めた。互いの舌が絡み合い、粘り気のある唾液が口内に溢れる。
 彼女の手で扱かれる肉棒がはちきれんばかりになると、ズボンにその形状が浮かび上がった。
「んっ……。慎二のオチンチン、おっきいね」
 そう言って、もう一度ディープキスを始めた。奈津実の手がズボン越しに肉棒を掴む様に扱いている。
「あふっ。そこ、気持ちいい……」
 パンティに忍ばせた指に粘り気のある愛液が絡み、動かしやすくなった。更に奥に忍ばせた指が、肉壺の中に入り込むと、奈津実は「んふぅ!」と篭った喘ぎ声を漏らした。
 もう止まらない――。
 右手を前後に動かし、彼女の下腹部を震わせる様に刺激する。相当気持ちがいいのか、奈津実は扱いていた手を、パンティの奥に忍び込んだ手に沿わせた。
「慎二っ。すごいっ……あっ。パンツが汚れちゃうっ」
「すごく濡れてるぞっ。気持ちいいのか?」
「うんっ! すごく気持ちい…いのっ。そんなにしたらっ」
 ライトグレーのパンツに薄黒いシミが出来始めた。クチュクチュと水音が鳴り、爪先立ちになった彼女が奥田の胸に顔を押し付ける。
「はあっ、はあっ。あっ……んっ……。イ……イクッ!」
 その言葉に夢中で手を動かした奥田は、オーガズムによって反り返った奈津実の身体を強く抱きしめた。
「あぁ……あっ。ああ……あはぁ……」
 虚ろな目をした彼女の熱い息が顔に掛かると、奥田はまた唇を奪い、激しく舌を絡めた。このままテーブルに押し倒して、奈津実を奪いたい――そんな衝動に駆られたが、彼女は軽く奥田を突き放すと、「その気になってくれましたね。課長、後は奈津実の家に行ってからです。もちろん来てくれますよね?」と言い、悪戯っぽくウィンクした――。



5.欲望

「今日はかなり遅くなるから、先に寝ておいてくれないか? うっ……ああ。終電には間に合うように帰るから……。そうだな、夕食は自分で温めるから……。すまんな……」
 裸体の奥田はベッドに腰かけ、スマホで妻に連絡を取った。俯くと、胸を揺らしながら肉棒を舐める奈津実の姿があった。
「ねえ和弘。誰と電話してたの?」
「いや、ツレだよ」
「ふ〜ん、そんな会話には聞こえなかったけど。私以外に彼女を作っちゃ嫌だからね」
「当り前だろ。俺の彼女は奈津実だけさ」
「うふっ! 嬉しいっ」
 奈津実は女座りで亀頭を舐めた後、ゆっくりと肉棒を口の中に飲み込んだ。
「うはぁ!」
 思わず腰が引ける。部下の女子社員が四十を過ぎた自分の肉棒を咥えているなんて――。
 彼は彼女の頭を撫でながら、フェラチオの快感に酔いしれた。
「んっ、んっ、んふっ」
 鼻に掛かった声を漏らしながら肉棒にしゃぶりつく奈津実の姿に、思わず射精しそうになる。これは彼女の意思ではない。角谷が奈津実の肉体を操り、彼女の声を使って喋っているのだ。それが分かっていても、目の前にいる奈津実から角谷をイメージする事が出来ない。
「奈津実っ。そんなにしたら……」
「んふっ! 出そうになった? 出すなら私のオマンコにねっ」
「オ……オマンコって……」
「どうしたの? 別にいいでしょ、付き合っているんだから。会社じゃ堅苦しい言葉しか使えないもの。二人でいる時は素の私でもいいよね!」
 それが彼女の本心なのか、角谷が作り出した彼女の性格なのかは分からなかった。
 悪戯っぽい目をした彼女がコンドームを用意し、唾液に塗れた肉棒に嵌めてゆく。
「ねえ和弘。入れる前に私も可愛がって欲しいな……」
 ベッドに上がった彼女は仰向けに寝転がると、足をM字大きくに開いた。そして両手で薄っすらと茂った肉襞を開き、濡れそぼった膣口と赤く充血した肉豆を見せつける。
「私のクリトリス……舐めてくれる?」
「あ、ああ。もちろん」
 慌てて彼女の股の間に入った奥田は、鼓動を高ぶらせながら肉豆に舌を添わせた。
「あふんっ! あっ、クリトリスを舌で転がしてるの? もっといっぱい感じさせてっ!」
 奈津実は彼の両手を掴むと乳房に導いた。するとゴツゴツとした指達が力強く乳房を弄り、勃起した乳首を捏ねる様に摘んだ。
「はあっ! あんっ、あっ、ああんっ」
 彼女は一際大きな喘ぎ声を漏らし、肉豆を舐める奥田の頭を両手で押さえつけた。
 奥田が希望した、一日働いた後の洗っていない女体。肉壺から溢れる甘酸っぱい蜜と、少しのアンモニア臭が脳天を貫く。
 柔らかい内腿に顔を挟まれ、愛液で口元を汚しながら股間むさぼる奥田は、彼女の「イ、イクッ!」という言葉を耳にすると、両手の指で乳首を強く摘まみ、口に含んだ肉豆を舌を使って激しく刺激した。
 華奢な腰が浮きあがり、顔を挟む内腿の力が一層強くなると、「んあああっ!」と言う喘ぎ声が部屋に響いた。
 見上げると、二つの乳房が上下に揺れ、何度も大きく息をしている事が伺えた。その向こうに、髪を乱した奈津実の満足そうな表情がある。視線を合わせた彼女は「イッちゃった……。もうすぐだよ。もうすぐ私……和弘のものになるからね」と微笑み、「来て!」と両手の人差し指で膣口を開いてみせた。
「も、もう我慢できないっ!」
 奥田は汚れた口を腕で拭うと、妻には見せられないほど硬く勃起した肉棒を膣口に当てがい、一気に押し込んだ。
「んはあっ!」
「ううっ!」
 肉壺いっぱいにめり込まれ、一瞬眉を歪めた奈津実は、「ふ……深いよ和弘」と甘い声を漏らした。
「すごい締め付けだ。コンドームをしていてもこんなに気持ちがいいなんて」
「いいよ。和弘の動きたい様に動いても」
 その言葉に、奥田は必死に腰を振り始めた。もう妻への罪悪感は頭の中から消えていた。目の前にいる白藤奈津実という女子社員とのセックスが全てだった。
「うっ、うっ、奈津実っ! すごくいいっ!」
「私もっ! もっと……もっと私を気持ちよくしてっ。もう……書き換わるのっ!」
 頭を左右に振り、シートを握りしめる奈津実は額に汗を滲ませながら絶頂を迎えようとしていた。
 肉壺に蠢くピンクの襞が肉棒に絡みつき、奥田に強烈な快感を与える。妻の肉壺とは明らかに違う締め付けに、彼女の若さを感じた。
「ふうっ、ふうっ、うっ、ううっ」
 奥田は上半身を倒して奈津実を抱きしめた。すると奈津実も細い腕で彼の身体を抱きしめ、耳元で「あはぁ。早くイカせて……」と囁いた。
「ああ、すぐにイカせてやる」
 普段は全く運動をしない彼は、全身の力を振り絞り、奈津実を絶頂に導いた。腰を絶え間なく動かし、硬く勃起した肉棒で肉壺の奥深くまで刺激する。
「か……和弘っ! イ……イクッ! 私っ……和弘のものにっ……なるのっ!」
 彼を抱きしめる腕に、相当な力が入った。広い背中に彼女の爪がめり込み、悲鳴にも似た喘ぎ声が部屋に響いた。
「あっ、あっ、ああああっ!」
「ううっ……。うああっ!」
 身悶える奈津実の姿に更なる興奮を覚えた奥田は、コンドームの中に激しく射精した。そして、二人は互いに息を弾ませながら絶頂の余韻に浸った――。



「ふぅ〜」
 一息ついた奈津実はベッドから起き上がると、冷蔵庫に冷やしていた缶ビールを手に取り、喉を鳴らしながら半分ほど飲んだ。
「課長も飲みます?」
 上半身を起こし、その缶ビールを受け取った奥田が、残りのビールを勢いよく飲み干した。
「まだまだ若いですね。僕よりも体力、あるんじゃないですか?」
 角谷の口調で話す奈津実に、奥田は「そんな事無いさ。明日……いや、明後日は全身筋肉痛だ。妻に怪しまれるかな」と若干微笑みながら答えた。
「課長のおかげで目的が達成できましたよ。ありがとうございます」
「……という事は、彼女は……」
「はい。僕が肉体から抜け出しても、奈津実は僕から離れられませんよ。完全に僕の彼女です」
「……そうか。俺がその引導を渡したんだな」
「ですね。でも課長が奈津実のセックス相手で良かったですよ。先輩や知らない男性だと、やっぱり抵抗がありましたからね。奈津実にとっても正解だったと思います」
「複雑な心境だ。君の強引な計画から彼女を救おうと思っていたのに、逆に手を貸してしまう結果になったんだから……」
 奥田はそう言い、深いため息をついた。
「別にいいじゃないですか。課長だって奈津実としたかったんですよね。お互い、ウィンウィンの関係だったって事ですよ。奈津実の気持ちも、最初から僕に気があった事になっていますから、無理やり付き合うという感覚はありませんしね」
 角谷は彼女の乱れた髪を弄りながら奥田の横に腰かけた。
「課長、どうします? まだ奈津実とセックスしたいでしょ? 今度は課長の名前……慎二で奈津実に喘がせますよ。スマホで映像、撮ります?」
 彼女がスマホを持って目の前にちらつかせた。
「そうしたいが、証拠が残すとばれた時が大変だからな。妻に知られたら……」
「分かりました。それじゃあ僕が上に乗って動きます。だって慎二、さっきのセックスで疲れたもんね!」
 可愛らしく笑う彼女を見て頭を書いた奥田は、「じゃあ……頼むよ奈津実」と言い、白濁液が溜まったコンドームを新しいものに付け直した。
「またそんなに硬くして。ねえ、寝転がって慎二。私のオマンコでそのいきり立ったオチンチンを慰めてあげる」
 奈津実は彼に背を向けて跨り、ゆっくりと腰を下ろしていった。肉襞の間に入り込んだ亀頭が、何の抵抗もなく奥へとめり込んでゆく。
「あっ……ん。慎二のオチンチン、すごく大きいから入れただけでイッちゃいそう」
 彼の両足に手を添えた奈津実がゆっくりと腰を動かし始めた。滑らかな背中に解いた髪を揺らし、上ずった喘ぎ声を漏らす。彼女の肉体を思うがままに操る角谷は、下腹部に力を入れながら膣を収縮させ、奥まで入り込んだ肉棒を悦ばせた。
「うはぁ。気持ちいいよ。本当に気持ちがいい」
「そう? 良かった。私のオマンコ、好きなだけ食べてね」
 彼に背を向けながら腰を振る奈津実は、ニヤニヤと笑いながら偽りの喘ぎ声を漏らした――。



6.漂流

 次の日、オフィスは慌ただしい雰囲気に包まれていた。
 角谷が病院に運ばれ、死亡したとの連絡が入ったからだ。その連絡は奈津実からで、彼女は病院を後にすると、警察の事情聴取を受けていた。自分でもどうしてこんな事になったのか分からず、終始泣いていたという。
 角谷の肉体に外傷は無く、また薬物も検知されなかった事から、何らかの原因で急死したと考えられた。また、彼女には殺害する動機が見当たらず、事件性は低いと判断された様だ。
 そして、葬儀が終わった数日後、奈津実は少しやつれた表情で出社した。
「おはようございます、奥田課長」
「ああ、おはよう。もう出社しても大丈夫なのか?」
「はい。どうしてこんな事になったのか。愛する彼が――朝起きると、息をしていないなんて未だに信じられません」
 そう話しながら、瞳を潤ませた。
「今は辛いかもしれないが、時間が経てば少しずつ心も癒される筈だ。俺に出来る事があれば遠慮なく言ってくれよ。相談にも乗るから」
「……ありがとうございます。奥田課長」
 彼女は少しの笑みを浮かべると、軽く会釈し自分の席に着いた。普段とは異なる、重い空気がオフィス内を流れている。
「ふぅ〜」
 奥田は深いため息をつくと、パソコンを操作しながら考えた。奈津実の言動からすると、角谷の思惑通り、彼女の記憶は書き換えられてしまった様だ。そうであれば、愛する男性が目の前で死んでしまった事に、酷く心を落ち込ませているに違いない。そんな彼女の心を少しでも癒す事が出来るなら――。
 彼女がこうなってしまった原因を作った一人なのだ。そう思い、奈津実の表情を窺った。キーボードを打つ手の動きは遅く、ディスプレイを見つめる瞳も虚ろな感じで集中出来ていない。
 それに気づいたのか、隣にいる社員が彼女の肩を叩き、言葉を掛けていた。
 ――しかし、角谷はどうなったのだろうか?
 あの夜、奈津実の身体から自分の身体に戻る筈だったが、もしかしたら自分の身体に戻れない状況になったのかもしれない。肉体の体力が無くなり、魂を受け付けなくなったのか、或いは奈津実の身体から抜け出せなくなったのか――。
 彼女の様子からすると、角谷が成りすましているとは思えなかった。
 奥田は何気なくオフィス内を見渡した。まさか、幽体のままこの世に留まり、他人の身体に憑依しようとしているのではないかと。
「まさか……な」
 現実味の無い考えに失笑した彼は、近づいてくる女性に視線を合わせた。
「奥田課長」
「ん?」
「この資料を見て頂きたいのですが」
「ああ……」
 彼女――大木 紹子は奥田を見つめると、口元に手を添えてクスッと笑った。
「な…なんだ?」
「いえ、何もありません。すみません」
 紹子は咳払いをすると、艶のある黒い髪を手で靡かせ、香水の香りを漂わせた。
「ん?」
 その香りに違和感を覚えた奥田に、「気付きました? 私、香水を変えたんです。ちょっと大人っぽい香りの方がいいかなって。おかしいですか?」
「い、いや。似合ってるんじゃないかな」
「ふふ……。ありがとうございます。奥田課長!」
 軽くウィンクをして微笑む、普段は見せない言動の紹子に嫌な予感がした。そしてこの香りは女性がつける香水ではない。しかし、奥田が良く知っている香りだ。まさか、彼女の身体には――。
 動揺を隠せない奥田は、「すぐに確認するから席に戻っていてくれ」と言い、資料に目を落とした。
「そんなに慌てなくてもいいです。奥田課長が思っている通りですよっ」
 耳元で囁かれた奥田は、目を見開き彼女を凝視した。普段の紹子と変わらぬ笑顔。しかし、淡いパステルピンクの唇から、「この香り、知ってますよね。僕がいつも付けていた香水です」という言葉が小さく漏れた。
「な……まさか」
「お昼休みに小会議室で。いいですよね」
 ジワリと掌に汗を滲ませた奥田は、無言で俯いた――。



 事実なんだろうか?
 角谷は死んでいない。いや、肉体は死んだが、その魂はこの世に留まり、大木紹子に憑依しているのだ。
 手早く食事を済ませた奥田は先に小会議室に入り、腕を組みながら椅子に座った。目を閉じたまま、何故角谷が大木紹子に乗り移ったのかを考える。
 肉体を失った彼が、自分の新たな器として彼女を選んだのだろうか? また他人の人生を狂わせる様な行動を取っているならば――。
「失礼します」
 扉をノックする音と共に、女性社員が入って来た。
「……え? 白藤……さんか?」
「はい」
「あ……ああ、すまない。実は今から大木さんと話があるんだ。話が終わったら呼ぶから、少しオフィスで待っていてくれないか」
 てっきり紹子が入って来たのだと思った奥田は、奈津実であった事に戸惑いながら返答した。
「いいんです、私で。大木さんは来ませんから」
「……どういう事だ?」
「私が全部説明します」
 クスッと笑った奈津実は、奥田の対面に座るとパンツルックの足を組み、両肘をテーブルに添えながら話を始めた。
「課長、その節は色々とお世話になりました。ずっと肉体を放置していたからでしょうね。奈津実から抜け出たのはいいのですが、戻ろうとしても戻れませんでした。予想外の展開に驚きましたよ」
「……角谷……か」
「はい、そうです。僕は角谷です」
 目の前にいる彼女は、出社時に話をした表情が嘘の様に、いつもの元気な雰囲気を醸し出していた。
「ど、どういう事だ? お前は……大木さんの身体に憑依していたんじゃないのか?」
「先程はそうでしたが、今は奈津実の身体に乗り移っています――と言いますか、奈津実の身体が僕の基本的な肉体になりますね」
「き、基本的な肉体だと?」
「はい。僕は今、本当に幽霊みたいな存在なんですよ。だから奈津実だけではなく、色々な人間の身体に入り込み、操る事が出来るんです」
 信じられない事を軽々しく口にする奈津実は、マニキュアが淡く塗られた細い指を愛しそうに見ながら話を続けた。
「自分の肉体に戻れないと悟った時は、本当にショックでしたね。これから記憶を書き換えた奈津実と幸せな暮らしが出来ると思っていたのに。折角、課長にも手伝って頂いたのに申し訳ありません。でも正直、今の状態が一番良かったですよ。何のしがらみもありませんからね」
「お、お前は……いつまでこの世に留まるつもりなんだ。成仏しないのか? 出来ないのか?」
「する気なんてありませんよ。奈津実の身体で生きていきます。僕の色に染めるというか、もう彼女は僕自身なんですから。それに、先程の様に奈津実の身体から抜け出し、他人に憑依出来るんです。こんなに素晴らしい状態を誰が手放すんです?」
「ま、待て角谷。そんな身勝手な事――それに白藤さん自身はどうなったんだ」
「ちゃんといますよ、この身体の中に。ただ僕の色に染まっていますけど。僕が身体から抜け出ている間は彼女自身ですが、僕の思い通りの言動をさせる事が出来るので放置していても大丈夫なんです。その間、僕は他人の身体に憑依して、また僕の色に染めるんです。やり方は奈津実と同じですよ。だから、大木さんは僕が好きな香水を、自分が好きだと思い込んで付けています。気づきませんでしたか? 大木さんだけじゃないんですよ。この数日で、他の女性社員も少しずつ僕の色に染まっています。タイトスカートじゃなくて、パンツルックの女性が増えてきたでしょ!」
 そう言われれば確かにそうだ。大木紹子といい、複数の女性がタイトスカートを穿いていない。 
 奈津実として出社した今日までに――奥田の気づかない間に女子社員達に憑依していたなんて。
 全ては角谷の仕業という事か――。
「か、角谷。お前……」
「課長に迷惑が掛かる事はしませんよ。逆に、こんな状況になれたのは課長が協力してくれたおかげでもありますから。課長が望むなら、どの女性社員とでもセックスさせてあげますよ。ちなみに全員、処女では無いです。ただ、そうですね。西岡さんは大久保先輩と付き合っているのでやめておいた方がいいです。バレたら面倒でしょ。ねえ課長、何なら今すぐに私としますか?」
 悪戯っぽい目をした奈津実が、ジャケットの胸元に手を滑り込ませた。
「俺の部下達は全員、お前に憑依されたという事か。嗜好を変えられ、お前の思う様に……」
「前にも話しましたけど、本人達は元々そうであったと言う認識なので、嫌だとか辛いと言う感情は持ちません。だから気にしないで下さい。それよりも――ねえ慎二。この前みたいに、私を抱いてくれないの? こうして慎二を見ているだけで身体が疼いちゃうのに」
 少し頬を赤らめた奈津実が、うっとりとした表情でジャケットに差し入れた手を動かしている。
「うっ……ん。もう乳首が勃起してる。実はブラジャーを付けていないの。だからブラウス越しにでもすごく感じるのよ。見てみる?」
 奈津実がジャケットのボタンを外し、左右に開いた。白いブラウスを盛り上げる乳房。その頂点に勃起した乳首がクッキリと浮かび上がっている。
「角谷……」
「別に私じゃなくてもいいのよ。今ならアイドルや女優にだって憑依出来るの。女優とセックスして一躍有名になる?」
「ば、馬鹿な事をっ! いい加減にしてくれっ。俺の人生まで崩壊させるつもりかっ」
 奥田は、心とは裏腹の言葉を角谷に投げつけた。
「冗談ですよ。流石に僕も面倒な事になるのは嫌ですから。でも……課長が望むなら大木さんや橋爪さんとセックスさせてあげますよ」
「もう……頼むからやめてくれ。お前が何をしようと勝手だが、俺の部下が不幸になる事だけは勘弁してくれ」
「大丈夫ですよ。誰も不幸にはなりませんから」
 そう言って立ち上がった彼女は、女性らしい歩き方で小会議室を出て行った。
「まさかこんな事になるなんて。俺は一体どうすれば……」
 奥田は昼休みが終わった後も暫くの間、小会議室で頭を抱えていた。角谷がいつ、誰に乗り移っているのか分からないのだ。こんな状態で仕事を続けなければならないなんて。それに、理性をいつまで保つ事が出来るのだろうか。
「奥田課長。TS会社の湊さんからお電話ですよ」
 扉をノックした荒西 佑香が扉から顔を覗かせた。
「あ、ああ……」
「大丈夫ですか? 顔色が良くないですけど」
「大丈夫だ。すぐに行くよ」
「良かったら……僕が代わりに返答しておきましょうか?」
 クスクスと笑う佑香の口からそんな言葉が漏れた。
「もう……好きにしてくれ。暫く一人になりたいんだ」
 奥田はゆらりと立ち上がると、力なく小会議室を出て行った――。



僕色に染める  おわり