その4の続きです。
ようやく、ちょっとだけ差し掛かりました(^^;

「いつまで寝てるんだい。早く起きたらどう?」

 春斗は母親の声で目を覚ました。既に外は明るく、時計を見ると九時半を過ぎている。

「あ、ああ……」

 ベッドの横で腕を組み、しかめっ面で仁王立ちしている母親を見た春斗は、少しの気だるさを感じながら起き上がった。

「早く朝ご飯を食べなよ。片付けられないから」

 部屋を出てゆく母親の後姿を見ながら大きなあくびをした彼は着替えを済ませると、一階へ下りて行った。リビングでは茂達が寛いでいる。樹里と遊んでいた由香利と視線が合うと、彼女は軽く笑顔を作って「おはよう、春斗君」と声を掛けてきた。

「お、おはよう」

 一言だけ返事をし、キッチンテーブルに置いてあったパンをかじる。由香利は意識しない様に努めている様だ。それならと、春斗も普段どおりの態度を取った。

「なあ由香利、今日は昼から買い物に行くか。土産も買いたいしな」
「そうね。私も近所や実家にお土産を買いたいわ。樹里も外に出たいだろうし」
「午前中にちょっとだけゴルフの練習に行って来てもいいか? この近くにあるんだ。来週の日曜日は先輩とゴルフに行かなきゃならないからさ」
「いいよ。でも暑いから熱中症には気をつけてね」
「ああ」

 そんな会話が聞こえてきた。茂がいない間に、また由香利の肉体にこっそりと忍び込もうか? もう少ししたら自分の意思で由香利の体を動かせるようになるかもしれない。

(いや、それよりも……)

 春斗は牛乳を飲みながら考えていた。昨夜、由香利と指切りをした時の感覚。幽体で彼女の中に入り込んだ時と同じに思えたが、肉体同士で直に触れ合った方が強い結びつきが生まれるのかもしれない。どうにかして彼女と触れ合う時間が作れたらいいのに――。

「ご馳走様」

 コップと皿を流し台に置いた彼は、無言で自分の部屋に戻った。むわっとした暑さにエアコンの設定を下げ、パソコンを立ち上げる。

「指切りをするだけでも由香利さんの体に吸い込まれそうになったんだ。手を触れ合うだけでもいいから、もっと長い間接触出来たら……」

 ネット上にヒントが落ちていないか検索していると、思わぬ収穫を得る事が出来た。

「なるほどな。そういう方法があったか!」

 彼は手相を占うページを見ていた。意中の相手とスキンシップを取る方法として、手相が挙げられていたのだ。確かに、これなら手を触れながら色々と話が出来る。春斗はそのページを印刷すると暫く眺め、それなりの事を覚えた。

「よし、由香利さんの手相でも占ってみるか」

 出来るだけ長い間、彼女と触れる事が必要だ。そう思った春斗は、一階に降りると早速由香利に声を掛けた。

「兄貴は?」
「ゴルフの練習に行ったけど」
「そっか。ねえ由香利さん、手相って信じる?」

 樹里をあやしていた彼女は「う〜ん。そうね、テレビでも色々とやってるけど、結構当たっているかも知れないと思う事はあるよ」と答えた。

「じゃあさ、俺に手相を見せてよ。ちょっとだけど知識があるんだ」
「ほんとに? 手相なんて分かるの?」
「色々とネットで調べていたら、自然と知識が付いちゃって。大学でも、たまにツレの手相を見てるんだ」
「ふ〜ん。じゃあ私も見てもらおうかな」
「それじゃ、左手を見せて」
「いいよ」

 特に意識していなかった由香利は、ソファーに座ったまま左手を差し出した。その手を軽く掴み、白い掌を見つめる。すると、昨夜と同じく彼女の体に吸い込まれる様な感じがした。やはり由香利も違和感を覚えた様で、何気なく手を引こうとする。

「そんなに手を引いたら見れないよ」
「ご、ごめん。でも、何か変な感じがして」
「大丈夫。もう少し見せて」
「う、うん……」

 指切りをした時は五秒と接していなかったが、すでに一分以上、彼女と触れ合っている。幽体になって肉体に入り込んだ時よりも、遥かに強く彼女を感じる事が出来た。魂が完全に吸い込まれ、また戻ってくる。それが何度も繰り返されている感覚だった。

「ほら、由香利さんの生命線ってすごく長いよ。九十歳以上、生きられるんじゃないかな?」
「そ……そう。あまり長生きしたいと思わないけどね」
「感情線が上を向いてるから性格も明るいって事だね。へぇ〜、ギャンブル線があるから賭け事したら儲かるかも知れないよ」
「昔からギャンブルはしないから。ねえ、そろそろいい?」

 体に起きる違和感から逃れたい様だ。由香利は徐々に手を引き、春斗の手から逃れた。

「手相からすると、兄貴は由香利さんにとって良い旦那なのかも知れないな。俺にとっては最悪は兄だけど」
「私にとっては一番大切な人なんだから。春斗君も茂と仲良くして欲しいけど、お互いに歩み寄らないと難しいよね」
「別に今の関係が嫌って訳じゃないから。じゃあ俺、ちょっと大学に用事があるから外出するよ」
「そう。お昼からで良ければ一緒に車で行かない? 私達も買い物に出かけるから途中まで行けると思うけど。外は暑いからね」
「いや、いいよ。適当に行くから」

 春斗は樹里の頭を軽く撫でると、母親に「ちょっと外に出てくるから。昼ご飯はいらない」と言ってリビングを後にした。外出した事を醸し出すため、玄関の靴を持って二階の部屋に上がる。そして、靴を押入れの下に隠すと、自分は上の段に乗り上がり、内側から閉めた。

「これで皆、俺が外出したと思うだろうな」

 独り言を呟くと精神を集中させる。程なくして春斗の幽体が浮かび上がり、部屋の中を漂い始めた。

(早く由香利さんの体に入りたいっ)

 そう思った彼は、リビングの天井からこっそりと顔を出した。樹里が片手に玩具を持ちながらソファーの淵を伝え歩きしている。キッチンの天井から覗いてみると、母親がテーブルを拭いていた。

(あれ、由香利さんは何処に行ったんだ?)

 天井から顔だけ出し、廊下を確認すると由香利の後姿が見えた。彼女はトイレの扉を開き、中に入っていった。

(見つけた。トイレに行ったのか……好都合だな!)

 ふわりと移動し、トイレの天井から覗くと、由香利がジーンズを下ろし洋式の便座に座ろうとしたところだった。

(よし、早速……)

 春斗は気付かれない様、便座に座った白いブラウスの背中に幽体を侵入させていった。夜中と同じく、彼女の体をすり抜ける事は無かった。
 スッと由香利の五感が手に入る。そして、下腹部に排尿したいと言う感覚を覚えた。

「んっ」

 下腹部に力が入り、陰毛の生えた股の間から薄黄色の小便が出始めた。

(おおっ。これが女のションベンなんだ。すごい体験だよな。チンポの感覚が無いから頼りないと言うか。でも……)

 便器に当たる小便の音が由香利の耳を通して聞こえる。それはとても興奮する音色であった。しかし、こうして小便をし、股を眺めているのは由香利本人であり、春斗がそうさせている訳ではなかった。彼女の感覚が手に取る様に分かる。すぐにでも手足を動かせる雰囲気はあった。だが実際は、彼女が肉体の主導権を握り、普段どおりの行動をしているだけだった。

(こんなに由香利さんの感覚が分かるのに、どうして動かせなんだ……)

 小便が終わり、トイレットペーパーで股間を拭く様子を見せられる。これを自分でしたらどれほど興奮するだろう。白いパンティが引き上げられ、股間を多い尽くす。そして細い足にフィットしたジーンズで下腹部が包み込まれた。滑らかな股間に密着するジーンズをもっと見たかったが、彼女の視線は別のところに移動してしまった。

(はぁ……。絶対に操れると思ったんだけど、まだ駄目なのか)

 こうなったら操れるまで彼女の肉体に忍び込んでやる――そう思った春斗は、茂が帰宅し、昼食を取る間も由香利の中に留まり続けた。

「春斗君、お昼ご飯はいらないって言ってたけど、外で食べるのかな?」
「ほっておけばいい。適当に食べてるだろ」
「もし帰ってきたら、インスタントラーメンでも作って食べさせるから」

 皆、適当な事を言っていた。冷たい麦茶が喉を通る感覚。口内で白米を噛み砕き、舌に感じる甘み。それらは自分の肉体とは少し違っており、体が変わると味覚も結構変わるんだと思った。

「食べたら買い物に行くか」
「そうね。駅前のデパートでいいんじゃない?」
「そうだな」
「ついでに夕食の買い物をしてきてくれたら助かるんだけど」

 母親が話しに割り込んできた。

「ああ、構わないよ。何を買ってくればいい?」
「ねえ茂。今日は私が作ろうか?」

 由香利が言うと、母親が「いいよいいよ。家に来ている時位、ゆっくりすればいいんだから」と笑顔で答えた。

「そうですか。それじゃ、精一杯手伝います」
「うん。食べたいものがあるなら買っておいで。調理してあげるから」
「ああ、見てくるよ」

 その後、彼女と樹里に母乳を与える感覚を共有する。この感覚は何度体験しても気持ちが良く、歯のない歯茎と舌を使って器用に吸い付く樹里がテクニシャンだと思えた――。

「じゃ、行って来るよ」
「気をつけなよ」
「分かってる」
「それじゃ、お母さん。行ってきます」
「樹里ちゃん、迷子にならない様に気をつけてね」

 雲一つ無い快晴だ。熱気が篭る車のエンジンを掛け、カーエアコンを付ける。茂は由香利と共に後部座席のチャイルドシートに樹里を座らせ、ゆっくりと発進させた。助手席に座る由香利がシートベルトを付け、「暑いね」と話し掛ける。

「この猛暑はどうにかならないものかな。ずっとこの調子じゃ体調を崩しそうだ」
「そうね。樹里が熱中症にならないか心配になるわ。汗疹も出てきてるし」
「全くだ……」

 少し広い道路に出ると、すぐに渋滞に巻き込まれた。普段なら三十分もあれば駅前に出られるのに、この調子では一時間程度掛かりそうだ。

「参ったな。ま、仕方ないか」
「ねえ、近所へのお土産は何がいいと思う? やっぱりお菓子がいいかな?」
「地元じゃ有名なバームクーヘンがあるんだ。デパ地下にも売っていたはずだから、それでいいんじゃないか? 由香利のお父さんは日本酒が好きだったろ。実家には地酒を買って行けばいいさ」
「そうね。でも、あまり飲み過ぎ無い様にしてもらわないと。もう歳だから」
「お父さんはまだまだ若いじゃないか。気になるならバームクーヘンにすればいい」
「うん。まあ、今回だけお酒を買ってあげようかな。お父さん、甘いものはあまり好きじゃないし」
「そうだったかな」

 信号が青なのに、一向に進む気配が無い。お腹が一杯だった樹脂は早速、眠っている様だ。暫く会話をしていた二人も、次第に言葉が少なくなってきた。音量を絞ったカーステレオから茂の好きな音楽が流れている。彼が欠伸をすると、つられて由香利も欠伸をした。茂がガムを噛み始め、背中をグッと伸ばした。そんな彼を横目に、由香利の瞬きの回数が減り瞼が重くなる。前を見ている様で、焦点は定まっていなかった。由香利の意識が次第に薄れていくのを感じる。夜中、彼女が眠っている状態で入り込んでいた時とは明らかに違う感覚を覚えた。彼女の魂が肉体の制御を放棄し始めた――そんな風に感じる。春斗はその魂を自分の魂で包み込み、心の奥底へ沈める様なイメージを浮かべた。

 ゆっくりとゆっくりと――。

 由香利の頭がカクンと垂れると、茂は「眠いなら眠っていてもいいぞ。着いたら起こしてやるから」と話し掛けた。
 彼の言葉に、由香利は「あっ!」と声を上げた。

「どうしたんだ?」

 不思議そうに見つめ返してくる茂に「あっ……。いや、兄貴。何でもないんだ」と慌てて答える。

「兄貴?」
「えっ。あ、その……。いや、マジで何でもない。は、春斗君の夢を見ていたんだ……見ていたの」
「寝ぼけてるのか?」

 言葉を濁した由香利は、太ももに置いていた細く白い手で拳を作った。

(やった! 由香利さんの体が思い通りに動くっ)

 彼女の魂を押さえつけた春斗が、肉体の主導権を奪った瞬間だった。全く動かせなかった由香利の指が、自分の指の様に自由に動く。思い通りに呼吸が出来、舌が口内を滑らかに動いた。

「何、ニヤニヤしているんだ?」
「あ、ううん。何でもない」

 真面目な顔を作ろうとしても、思わずニヤけてしまう。ジーンズに包まれた細い足を彼女の目を通して眺める。その足に力を入れると、思い通りに開いていった。内股を両手で撫で回る。その滑らかな触り心地に、肉体の持ち主である由香利の鼓動が高鳴る。

(うわぁ。俺、マジで由香利さんの体を乗っ取ったんだ)

 さりげなくブラウスの胸元に手を宛がい、掻く様にしながら軽く押してみる。手に感じる乳房の柔らかさが何とも言えなかった。あまり変な事をしていると茂に感づかれるかもしれないと思った春斗は、彼の死角になる左の尻を由香利の手を操って揉んでみた。張りのあるジーンズの生地、そして尻の弾力が春斗を興奮させる。セミロングの髪を後ろに靡かせながら、車窓に薄っすらと映る由香利の顔を見ると、いやらしい目つきでニヤニヤと笑いながら見つめ返してきた。その表情を自分が取らせているなんて――。
 尻の弾力を楽しみつつ、白いブラウスの胸元を眺めた春斗は、この二つの膨らみを好きなだけ揉みたいという衝動に駆られた。隣に茂がいなければ、遠慮なく揉めるのに。そう感じながら外の景色に視線を移すと、真っ直ぐに伸びた道の向こうに駅が見えている。

(由香利さんの体を自由に操れる様になったんだ。もっと堪能したいけど、楽しみは夜に取っておくか)

 春斗は両手を滑らかな股間の上に乗せると、こっそりと撫でた。肉棒の無い滑らかな女性の股間。それが自分のものとして感じられる。もっと彼女の肉体を味わいたい――そう思った春斗だが、今は大人しく返そうと思い、心の奥底へ沈めた由香利の魂を引き上げる様にイメージした。眠っているのか、反応が無い。それならばと、魂を揺すってみた。すると、今まで春斗の幽体と繋がっていた肉体の神経が一気に切断され、本人が目を覚ました。

「あ……。ごめん、ちょっと寝てたみたい」
「はぁ? 何言ってるんだ。ずっと起きてたじゃないか」
「えっ、そ……そうなの? 私、何も覚えていない……」
「また寝ぼけてたんだろ。ほら、そこの駐車場に停めるから」
「う、うん。おかしいなぁ……」

 春斗が支配している間の記憶は残っていない様だ。駐車場に車が停まると、由香利の体からそっと抜け出た。見つからない様に駐車場の天井に入り、顔だけを覗かせる。

(はぁ〜。興奮しすぎて扱かなくてもイッちゃいそうだ。それにしても……俺、幽体でこんなに遠くまで来れたんだ。
家から出た事が無かったのに――由香利さんの体に入り込んでいたからだよな)

 不思議と緊張感は無い。そのまま駐車場を抜けて街中へ繰り出すと、太陽の強い光で目を細めた。沢山の人達が行き交う姿が見えるが、誰も春斗の存在には気付いていない。

(どうしよう……このまま飛んで帰れるかな。由香利さんの体に入ったまま帰ってもいいけど……操れる事が分かったんだ。色々と買い物をしないとな! へへ、今夜は由香利さんの体を思い存分堪能出来るぞっ!)

 鼻の下を伸ばした春斗は、幽体の体で高く舞い上がると、嬉しそうに自分の家へ戻っていった――。