喉元から下腹部まであるファスナーが付いたタイツを着る北斗を見て、文男は腕を組みながら目を細めた。

「う〜ん。他人がタイツを着ている姿を見るのは初めてだから妙な感じだよ」
「俺だって同じさ。それにしても、やっぱりこのファスナーは目立つよな」

 北斗はファスナーを撫でながら答えた。引き手の金具に指が触れるたびに、カチカチという金属音が聞える。

「如何にもタイツって感じでいいじゃんか。俺の着ているタイツなんて、見た目は全く分からないんだ。妹に成りすまそうと思えば簡単に出来るし」
「でもさ。その妹そっくりな声でも、喋り方ですぐに分かるよ」
「喋り方なんてどうにでもなるって。それに妹の事はよく分かっているつもりだし」
「ま、そういう事にしといてやるよ」
「んん? 信じないのか? それなら信じさせてやるよ」

 ニヤニヤと笑いながら北斗の後ろに回りこんだ文男は、妹の腕で華奢になった彼の体を抱きしめた。

「お、おい文男。急に抱きつくなよ」
「……タイツ着てるけど、お兄ちゃんの友達なんだよね?」
「え?」
「私、妹の唯香。今日はよろしくね」
「あっ……」

 妹の口調を真似した文男が、後ろから北斗の胸を揉んだ。他人に胸を揉まれる感覚に驚いた彼は、慌てて離れようとした。しかし、逆に強く揉まれて動けなくなった。乳首が押しつぶされ、体がビクビクと震える。

「ああっ!」
「気持ちいいでしょ。女の体って。すぐに乳首が勃起して、オマンコが濡れてくるよ」
「ふ、文男っ。お、お前っ」
「私、お兄ちゃんじゃないもん。お兄ちゃんはまだ大学から帰って来てないよ」
「ううっ。胸を揉まれると体に力が入らないっ。それにしてもマジで女っていうか、妹みたいだよ。喋り方ひとつでそんなに変わるんだ」
「うふふ。私、お兄ちゃんの真似をしてただけで、本物の妹なんだけど」
「へ?」
「上手だったでしょ、お兄ちゃんの真似。私、知ってたんだ。お兄ちゃんが怪しげなタイツを作っていた事。ずっと家族に隠していたつもりみたいだけどね」
「お、おいおい。冗談言うなよ。文男なんだろ?」
「幾らお兄ちゃんでも、ファスナーが見えないようなタイツなんて作れないよ。ちょっと恥ずかしいけど、私の体を見せてあげようか」

 胸を解放された北斗は、慌てて後ろを振り向いた。すると、文男だと思っていた唯香が少し悪戯っぽい目をしながらスカートのファスナーに手を掛け、足元に落とした。少し内股になりながらセーラー服を脱いでゆく様に、文男の雰囲気は全く無かった。

「んしょ……。どう? ファスナーなんて付いてないでしょ」

 白い下着姿になった唯香が頭の後ろに両手を添え、ポーズを取りながら彼の前で一回転する。滑らかな肌の何処を見てもファスナーらしき物は付いていない。

「まだ疑っているの? それなら……」

 何も言わない北斗に背を向けた唯香は、背中のホックを外してブラジャーを脱いだ。そして北斗の視線を気にしながらパンティを脱ぐと、恥ずかしそうに胸と股間を隠しつつ、北斗に全裸を見せたのだ。

「ど、どう? これで分かった?」
「そ、そんな事言われても……」
「あの……。そ、そんなに見つめないで。恥ずかしいよ」
「あっ。ご、ごめん」

 北斗は慌てて背を向けた。彼女の言動からは、本人にしか思えない。しかし、こうして彼の部屋で待ち合わせようと話したのは大学だったから、妹が知っているはずが無いのだ。完璧な妹に成り切っているのだろう。北斗はそう思った。

「ねえ。北斗さんは女になりたかったの?」
「……そうだな。このタイツは俺が好意を持っていた従妹――瑞菜ちゃんの姿なんだ。自分が瑞菜ちゃんに思うと、すごく興奮するよ」
「へぇ〜、そうなんだ。何か変態みたいだね」
「それはお互い様だろ。妹のタイツを着て、そこまで成りすますんだからさ」
「あ〜。まだ疑ってるんだ。どうしたら信用してくれるのよ〜」
「信用するも何も、どう考えたっておかしいじゃないか。最初に喋りすぎてなかったら信じたかもしれないけどさ」
「お兄ちゃんの真似して喋った事?」
「ああ」
「私、高校では演劇部の副部長してるの。お兄ちゃんの真似なんて簡単だし、タイツの話なんて適当に作ったから嘘の話だよ。ほんとの作り方なんて全然知らないもん」
「へぇ〜。じゃあ俺を楽しませてくれるって言うのも嘘だったのか?」
「あ……。そ、それは……」
「レズろうぜって言ったのはデタラメだったのか?」
「あの……。そういう訳じゃないけど、ちょっと口が滑っちゃって」
「口が滑ったくらいでレズろうとかバイブの話なんてしないだろ。普通の女子高生がそんな言葉を口にするはずないし、ほんとにしているならお前の妹って、かなりの変態だと思うけど」

 北斗が後ろを向いたまま話していると、急に後ろから抱きつかれた。

「ああ〜ん。妹の事をそんな風に言わないで〜。もう、北斗の馬鹿ぁ」
「俺を騙そうとするから悪いんだ」
「ちょっと位いいでしょ? 成りすますのって面白いんだから。でも、本当の妹に見えた?」
「ああ。仕草は本当の女性みたいに思えたよ。それだけ成りすませれば、両親だって欺けるんじゃない?」
「北斗も練習すればこれくらいの事は出来るようになると思うよ」
「別にそこまで出来るようになりたいとは思わないけどさ」
「そう? 本人の代わりに家に上がりこんで、他人の家族と暮らすのって面白いと思わない?」
「そうか?」
「例えば、瑞菜ちゃんが合宿とかでいない時に、彼女に成りすまして彼女の家に上がりこむとか」
「そんな事してどうなるんだよ」
「他人を騙す楽しみが分からないかなぁ。私、北斗さんを騙している時はすごく楽しかったけど」
「まだ妹の真似をしているのか」
「いいじゃない。北斗さんも、タイツの中身がむさ苦しい男だと思うと萎えるでしょ? それなら私は唯香として対応してあげる」
「……ま、文男がそういうのなら俺は構わないけど。それにしても、完璧にファスナーが見えない作りになっているんだな」
「そうだよ。継ぎ目なんて絶対に分からないでしょ。私の事、何度でも褒めてくれていいからね!」
「またそれかよ」
「じゃあ、ベッドに寝転んでよ。この舌を使って、全身愛撫してあげる」
「まるで風俗店みたいだ」

 瑞菜の顔で苦笑した北斗は、言われたとおりベッドに仰向けに寝転んだ。