この作品は「新入れかえ魂Vo.1」に掲載されたものです。
全編終了までに、「超能力」「MC(マインドコントロール)」「事実誤認」「憑依」が含まれます。
また、一部ダークな内容が含まれますので、読みたいと思われる方のみお読みください。
 今日はどんよりとした雲から今にも雨が降りそうな天気。窓を開けると湿気が入ってきそうだ。
 ぼーっとしながら、ふと思いついたこと。もしかしたら、物を動かすだけじゃなく人間の体も動かせるのではないかと。試しに、ギブスを嵌めた自分の足を見つめて上げようと努力する。しかし、ギブスの足は全く動かなかった。

「自分だからダメなのか? 他人ならOKとか」

 そう思って、今もまだ寝ている隣の老婆に視線を移した。天然カールの入った白髪をじっと見つめ、髪が思い通りに動くか確かめてみた。すると、見つめている白髪の部分がワサワサと動いた。

「出来る!?」

 次に、掛け布団の端から出ている老婆の左手を見つめると、老婆は寝ているにもかかわらず手を開いたり閉じたりした。
 もちろんそれは利和がそうするように精神を集中して念じたからだ。

「す、すごい……こんな事まで出来るなんて」

 感激した利和はたまらずガッツポーズをした。他人の体を自分が思った通りに動かすことが出来るのだから。これならすごい悪戯が出来そうだ。

「…………」

 利和は松葉杖と車椅子を使って、一階のロビーに降りた。相変わらずたくさんの人たちがいる。
 今すぐに試したい。
 そう思って行き交う人、椅子に座っている人を品定めした。そして一人の若い女性に視線を集中させる。その女性は風邪を引いているのか、顔に白いマスクをしていた。目元だけ見えるが、きっと綺麗な顔立ちをしているに違いない。そんな事よりも 利和が気に入ったのは、そのスタイルだった。
 体の線を強調する長袖の白いTシャツは、薄っすらとブラジャーの線が浮き出ている。
 そして、茶色いブーツカットジーンズは彼女の足をよりスラリと長く見せていた。受付を済ませた彼女は、長椅子に座って順番を待ち始めた。
何をするわけでもなく、座った太もものに小さなカバンを置いて周りの様子を見ているだけ。

「よ、よし。あの女性の手を動かして……」

 そう思いながら、彼女の右手に精神を集中させる。
 すると、彼女の指が一瞬動いたように見えた。しかし、それ以上は思うように動かない。

「あ、あれ? どうしてだ?」

 不思議に思った利和が、さらに意識を集中させる。
 だが、幾ら頑張っても彼女の手を自由に動かすことは出来なかった。能力がなくなってしまったのかと思い、先ほど病室でしたように彼女の髪を揺らしてみる。すると、髪は思った通りに揺れ、その揺れを不思議に思った彼女は手で髪を撫でた。

「やっぱり出来るんだ。これってどういう意味だろう?」

 しばらく考えた利和に、ある結論が浮かび上がった。

「もしかしたら、自分の意思で動かせない部分なら、能力で動かせるのかもしれないな。手足を動かそうとすると抵抗されるけど、髪の毛なら大丈夫なんだ。それに、病室で寝ている老婆の手を動かせたのは、本人の意識が無かったから。きっとそうなんだ」

 それを確認すべく、今度は椅子でウトウトと眠っているおばさんをターゲットにした。無理矢理穿き込んだようなズボンに包まれた両足に集中すると、おばさんの足が左右に開き始める。それは利和が足を開くように念じているから。

「やっぱり出来た。ということは、眠っている体なら自由に動かすことが出来るって事か……ん?待てよ。起きていても、自分の意思で動かせないところなら……」

 ふと思いついた発想。利和は、またマスクを付けた女性をターゲットに選んだ。
 そして――

「きゃっ!」

 女性は何を驚いたのか、急に悲鳴を上げて両手で胸を隠したのだ。

「す、すごい……やっぱり出来るんだ」

 じっと女性の胸に精神を集中させている利和。

「やっ……い……やっ……あっ」

 女性は胸を隠しながら眉を歪ませ、変な声を出していた。しかし、次の瞬間――

「痛いっ!」と言って、その場に倒れこんでしまったのだ。
 周りの人は、彼女に何が起こったのか分からない。マスクでよく分からないが、苦痛に顔を歪ませている様子。
 これはまずいと思った利和は、急いで自分の病室へと帰った。

「きっと強く胸を揉みすぎたんだ」

 ベッドの中で、彼女の状況を分析する。
 胸を揉むように念じると、彼女の胸を揉む事が出来た。でも、どのくらいの強さで揉んでいるのかは把握できない。
 先日、前のベッドで寝ている智津子への悪戯は、ブラシの柄が彼女の体に接する時の皮膚のへこみ具合でそれとなく分かったのだが、今回のように見えない場所を動かすというのは相当気をつけなければならないようだ。もしかしたら、相手の体を傷つけるだけではなく、最悪な場合は死を招いてしまうかもしれない。そう考えると恐ろしくなり、この能力を使えなくなってしまう。

「……要は、俺がどれくらいの感覚で触っているのかを感じることが出来ればいいんだ。そうだよな。俺自身がその感覚を知る事が出来れば加減をすることが出来るんだから」

 それをどう実現させるか?
 そこが問題だった。

「じっと見つめるのではなく、例えば俺が手で触るのと同じ感覚を相手に伝えることが出来れば……」

 コップを持ち上げるためには、コップに意識を集中して頭の中で念じる。すると、頭の中で思ったようにコップが浮かび上がる。この動作に、自分の手を加える事が出来るのだろうか?
 利和がやりたいと思っているのは、自分の手にコップをイメージすると、そのコップを持つ感触が手のひらに伝わり、その状態で手を上にあげるとコップが宙に浮くという行為だ。遠くにあるコップが、まるで手元にあるように自由に動かすことが出来る。
 もちろん、そのコップを握っているという感覚は絶えず手に伝わってくる。それがしたいのだ。

「練習して出来るようになるんだったらすごいよな。色々試して見ることは大事なことだし!」

 そんな事を呟きながら、利和は早速練習を始めた。
 紙コップをテレビ台から引き出したテーブルに置き、そのコップを握る感触が手に伝わってくるようイメージする。
 コップを握るように、右手の指を開いたり閉じたり。利和はこんな事をずっと続けていた――