「鉄則。部活が終わったら、チアリーディング部の部室へ来てよ。すぐに来るんじゃなくて、チアリーディング部の皆が帰った後ね」
「どういう意味だよ」
「とりあえず五時……、やっぱり五時半かな。それくらいだったら確実にいないと思うから。扉をノックしてくれれば返事するよ。そしたら入って来て」
「は、はぁ? お前がチアリーディング部の部室にいるって事か?」
「まあ、そういうことかな」
「広永に何か話してくれるのか? 良くわかんないって。ちゃんと教えてくれよ」
「これ以上は、部室で話してあげる。じゃ!」
「お、おいっ。秋田っ、お前が言っている薬って……」
「アタシ、準備があるから」
「あっ」

 授業が終わり、秋田美野里から色々と話を聞こうと思った有吉だが、結局のところ薬についての話を聞きだす事が出来なかった。部活後にチアリーディング部の部室に来てくれということは、広永貴菜に惚れ薬を飲ませ、二人で待っているという事だろうか。
 最初に見た男性を好きになる薬なのかもしれない。
 悶々としながら教室を出た有吉は、とりあえず部活に精を出した。
 来週に行われるのは、県の代表を決める大事な試合だ。あと一勝すれば全国大会に出場できるという事で、部員達は気合を入れて練習を行っていた。もちろん有吉も志を共にし、練習に励んでいたのだが、今日は思うように集中できない。
 寒さのせいでもあるが、頭に過ぎるのはチアリーディング部の広永貴菜。彼女の日焼けした小麦色の肌に、ツインテールの笑顔が脳裏に焼きついていた。

「くそっ! ダメだ。こんな事じゃ皆に迷惑が掛かってしまう」

 そう呟き、必死に体を動かす有吉だが、全く良いところは無かった――。
「はぁ、疲れた」

 これほど集中できなかった日は無かった。無理に集中しようとすればするほど、気持ちが焦ってミスを続けてしまう。
 余程疲れたのか、有吉は何度も溜息をつきながら制服に着替えると、美野里が待つチアリーディング部の部室へと向かった。
 部活は疲れたが、これから広永貴菜と楽しい会話が出来るのかもしれない。そう思うと、自然と足取りが軽くなるような気がした。
 すでに空は暗くなり始め、校舎の一部では灯りが点いている。周囲を見ても、人影は殆ど無かった。

「チアリーディング部の部室か。入るの、初めてだな」

 扉の前で大きく深呼吸した後、周囲を見渡し、軽くノックした。

「はい」

 聞き覚えのある声が少し篭って耳に届くと、一気に緊張感が高まった。

「あの、有吉だけど」
「うん。入ってきて。鍵は掛って無いから。他の皆は帰ったよ」
「えっ……」

 違和感があった。聞えてきた声の主はチアリーディング部の貴菜に思えるが、その口調は幼馴染の美野里そっくりだ。

「どうしたの? 鍵、開いてない?」
「あっ、いや……」

 少し躊躇していると、自然に扉が開いた。

「あっ……」
「どうしたの? 早く入れば?」
「いや……。えっと……秋田は?」
「えっ? あ、そっか。うん、アタシだよ」
「へっ!?」
「クスッ。兎に角、中に入ってよ」
「あ、ああ……」

 セーラー服に着替えを済ませている貴菜は軽く微笑むと、彼を部室へ招き入れた。

「一応、鍵を閉めておいてくれる? 誰かに見られたらちょっとヤバイからね」
「…………」
「何してるの? 早く閉めてって」

 好意を抱いているとはいえ、年下の貴菜にタメ口で言われると少し腹が立つが、有吉は言われたとおり扉の鍵を閉めた。

「部活、大変だった?」
「まあな。それよりも広永。秋田は何処にいるんだ? それに、その喋り方。ちょっと嫌だな。やっぱり先輩に対してタメ口ってのはさ……」
「え? 何それ」
「何それって……」
「ちょっと。まだ気付いてないの? アタシよ、アタシ」
「だ、だからさ」
「ほんとに気付いてなかったの? アタシが秋田美野里だって」
「ええっ!」
「さっきもアタシだって言ったじゃない」

 貴菜は腕を組みながら、自慢げに微笑んだ。
OD女子高生3
「あ、秋田って……。広永……が?」
「うん、そうだよ」
「だ、だってさ。どう見ても広永にしかみえないじゃないか」
「当たり前よ。この体は本人のものなんだから。アタシが乗っ取ってるんだ」
「の、乗っ取る?」
「言ったでしょ。面白い薬があるって。あれって、体から魂を分離させる事が出来るんだ。ま、幽霊みたいになれるって事かな。でね、他人の体に入り込むと、こんな感じで自由に操れるんだ」
「……マジで?」
「うん。じゃないと、この子がこんな風にタメ口で喋る訳無いでしょ」
「それは……そうだな」
「ってことでさ。この体はアタシの自由って事。すごいでしょ!」

 普段とは全く違うテンションの高さで貴菜は答えた。声は違えど、目を瞑ると秋田美野里にしか思えない口調が、薬の効果を信じさせる。
 演技でここまで出来るのなら、相当なものだろう。

「すげぇな……。でも俺、薬っていうのは惚れ薬だと思ってたよ。惚れ薬を飲ませて、広永に好意を持たせてくれるんじゃないかって考えてた」
「あ〜、そっか。惚れ薬ね。ちょっと外れだったかな」
「ちょっとどころか、随分と外れじゃないか」
「そう? だって、鉄則は惚れ薬で広永さんと仲良くなりたかったって事でしょ」
「なっ……。ま、まあな」
「エッチな目で見てたもんね」
「バ、バカっ。何言ってんだよ」
「うわっ。顔が一気に赤くなった」
「当たり前だろ。お前だと分かってても、その姿は広永なんだからな。本人に言われてるみたいで、恥ずかしくならない方がおかしいだろ」
「アハハ! そう言われればそっか。鉄則のスケベッ! 変態っ。アタシの胸やお尻ばかり見ないでよねっ」
「なっ……」

 調子に乗る美野里は、貴菜の容姿と声を使ってからかった。

「や、やめろよ秋田。怒るぞっ」
「アハハ。そんなに大きな声、出さないでよ。近くに誰かがいたらマズイじゃない」
「お前がそうやってからかうからだろ」
「ごめんね。でも、こうして広永さんと話が出来るのって嬉しくない?」
「そ、それはまあ……な。でも、中身は秋田だって分かってるから」
「だよね〜。アタシのノリだと広永さんみたいに思えないかな」
「普段の彼女とはギャップっていうか、テンションが全然違うし」
「ま、アタシはアタシだから。でもね、真似する事くらいは出来るよ」
「真似?」
「うん。普段の私よりもちょっと大人しくすればいいだけだよね。後は、鉄則を先輩呼ばわりすれば」
「まあ……な」

 有吉が答えた後、貴菜の表情を少し厳しくした美野里が、間を置いて問いかけてきた。
【OD】女子高生3.5
「ねえ鉄則。ちょっと聞いてもいい?」
「何だよ。急に真剣な顔つきしてさ」
「うん。えっと……。あ、あのね、アタシが鉄則の事、好きだって言ったら笑う……かな?」
「……へっ?」
「あ〜、ちょっとストレートすぎちゃった」
「い、いや……。予想外の言葉にビックリしただけだけど」
「幼馴染で好きになるなんて、おかしい?」
「……っていうか、そんな風に想っているなんて……。いや、想ってくれているなんて全然気付かなかったよ。だってさ、お前と俺って昔から男同士の付き合いみたいな感じだし、恋愛感情なんて見せなかったじゃないか」
「だって、大人しいアタシなんて気持ち悪いでしょ」
「……気持ち悪いっていうか、ずっとハイテンションだったからさ。急に大人しくなると病気でもしてるのかなって思うかも」
「へへ。やっぱり」
「やっぱりって?」
「ほんとはね、アタシが鉄則にコクるためにこの薬を使ったの。鉄則って、広永さんみたいな感じの女の子が好きでしょ。可愛くて明るくて女の子らしくて。アタシみたいに、でしゃばる様な男っぽいハイテンションさが無い女の子が」
「……それは、まぁ」
「アタシは自分の性格を変えられないし、変えたいとも思ってない。でも、鉄則の事が好きなの。だから、鉄則の好みとアタシとのギャップを埋めるために、広永さんの体を借りたってわけ」
「そ、そっか。何となく言ってる事は分かるけど。でもさ、それなら自分の姿で言って欲しかったな。それに、広永にも申し訳ないし」
「鉄則ならそういうと思ったよ。分かってたけど、アタシはこうしなければ好きだってコクれなかったんだ。卑怯だと思うけど、この体ならアタシの気持ちを受け入れてくれるかもしれないし、もしダメだったとしても、自分が断られているんじゃなくて、この子が断られたんだって錯覚できるから……」
「あ、秋田……」
「我侭だよね。でもさ、自分の気持ちは抑えきれない。ほんと、自分でも分からないんだ。高校に入ってから、鉄則の事がすごく気になっちゃって。部活している姿や、他の女の子と話しているところを見ると、胸が苦しくなるの。きっとアタシ、鉄則の事が好きなんだ。でも、ずっと友達みたいな感じだったし、アタシが鉄則の好みじゃない事くらい分かってたから」
「お前……。そこまで俺の事を。ぜ、全然気付かなかったよ。こ、こういう時って、何て言ったらいいのかな。その……あ、ありがとな。でも……う〜ん。やっぱり俺は秋田の事を友達としか思えないし、彼女とは考えられないな」
「……へへ、やっぱりね。率直に言ってくれてありがと。でもストレートすぎてちょっと辛いかな」
「あ……ごめん」
「ううん。いいのいいの。変に言い訳されるほうが辛いから。でもさぁ、この体を使ってもダメだったかぁ〜」
「そういう問題じゃないと思うけどな」
「エッチな鉄則ならOKしてくれるかも知れないって思ったんだけど。仕方ないよねっ!」
「おいおい」

 吹っ切れたのか、美野里は貴菜の体で「う〜ん」と背伸びをすると、悪戯っぽいめで有吉を見つめた。

「ねえ鉄則。アタシには興味ないけど、この体には興味あるよね?」
「はぁ?」
「アタシの我侭、もうちょっと付き合ってくれない?」
「ど、どういうことだよ」
「どういうことだと思う?」

 両手を後ろに回し、ゆっくりと近づいた貴菜は、有吉の目の前で絶対に口には出さないであろう言葉を、美野里に笑顔で言わされた。

「……エッチしようよ」