二人で乗っ取り0
「ね、ねえ武原君。本当にするの?」
「今更、何言ってんだよ。足川だってその気になったんだろ」
「でも、やっぱりいけない事なんじゃないかな……」
「はぁ〜?お前さ、この段階まできて止めたいなんて許さないぞ」
「……わ、分かったよ」
「日が暮れ始めたから急げよ。学校裏に集合だからな」
「う、うん」

 武原が足川の小さな背中を押すと、彼は転びそうになりながら歩き始めた。その後姿をしばらく見ていた武原は、彼と反対方向に廊下を歩き、消えていった。
 その後、二十分ほど経った学校裏の壁際には一人の生徒が立っていた。腕を組み、イライラしながら待ち合わせている生徒――足川を待っているのだ。

「あいつ、まだ来ないのか。何やってんだよ」

 独り言を呟きながら更に五分ほど待つと、ようやく一人の生徒が彼の元へ現れた。

「足川か?」
「う、うん」
「遅いじゃねぇか。何してたんだよ」
「だ、だって。南丘さんが抵抗したから」
「嘘付け」
「あっ……うん。ごめん。やっぱり恥ずかしかったし、気が引けたから……」
二人で乗っ取り1

 足川は小さく呟いた――と言っても、今の彼はクラスメイトの【南丘 亜貴】という女子生徒の姿になっていた。一方、武原は生徒会長を務めている【荻塩 華菜】という、大人びた雰囲気を持つ女子高生の姿だ。

「気が引けるって、ちょっと体を借りるだけじゃねぇか。後で返せばいいだけだろ」
「でも、僕が体を乗っ取っているって知ったら、南丘さんは怒るだろうし」
「こうして俺たちが乗り移っている間、本人の記憶はないって言っただろ。誰に体を乗っ取られたかなんて分からないさ。第一、体を乗っ取られていたなんて、思うはずないだろ」
「そ、それはそうかも知れないけど」
「お前、何だかんだ言っても片想いの南丘を選んだんだろ。気が引けるなら知らない女子の体を選ぶべきだったんじゃないか?」
「それは……あ、あの……」
「ふんっ。結局お前も俺と同じで、好きな女子の体を楽しみたいだけなのさっ」
「そんな事無いよ。僕は武原君に言われたから……」

 その言葉に、武原は荻塩華菜の鋭い瞳で睨みつけた。すると、彼は「う、ううん。何でもない。本当は僕が南丘さんの体を見てみたかったんだ」と可愛らしい亜貴の声で言い直した。

「素直になれって。こんな機会は滅多に無いんだから。俺だって、こうして荻塩の体を乗っ取ってドキドキしてるんだ。時間が無いから、近くにある銭湯に行こうぜ。広いから好きなように見る事が出来るってもんさ」
「せ、銭湯? 女湯に入るって事?」
「お前、南丘の体で男湯に入るのか?」
「あっ……ううん。入らない」
「じゃあ行くぞ。ほら、流石は大会社に勤める部長の娘だ。財布の中に札がたんまりと入ってる。ちょっと位、使わせてもらってもいいだろ。その代わり、この体を綺麗に洗ってやるんだから」

 武原はスカートのポケットに華菜の手を入れると、ブランド物の茶色い財布を取り出し、中を開いて見せた。

「すごい……。荻塩さんってこんなにお金を持ってるんだ」
「俺たちが一年間バイトしたって、これだけの金を稼ぐ事はできないぜ」
「そうだね……。うらやましいな」
「ま、金が目的じゃないんだ。早く銭湯に行こうぜ」
「ね、ねえ武原君」
「何だよ」
「僕が南丘さんの裸を勝手に見ること、絶対内緒にしてくれるよね」
「はぁ?」
「だって。僕、南丘さんに嫌われたくないから……」

 足川が亜貴の顔で恥ずかしそうに赤らめると、武原は「これは俺とお前だけの秘密だから、お前も他人には喋るなよ」と、笑った。

「うん。僕も喋らないよ。絶対に喋らないから」
「じゃあ行くぞ。南丘亜貴」
「うん」

 こうして二人は十分ほどの場所にある銭湯へ、肩を並べて歩いていった。