他人の妹1
 自分の部屋に女の子を連れてきたのは彼女が始めてだ。姿見の前で頬を赤く染める彼女は、僕を真っ直ぐに見つめ返していた。眉を八の字に歪め、微妙な笑みで見つめられると鼓動が高鳴った。彼女も僕の気持ちが伝わっているようで、黒いセーラー服に包まれた胸をドキドキさせている。
 揃った茶色の前髪と三つ編みが、素朴な彼女の性格を現しているかのように思えた。まだ見た事が無いけれど、セーラー服越しの胸は高校一年生にしては大きいように感じる。短めのプリーツスカートから伸びる足が妙に大人びて見え、僕は興奮した。
「果歩ちゃん……」
 僕が姿身に映る彼女に向かって呟くと、全く同じタイミングで果歩ちゃんが小さく呟いた。普段とは若干異なった声に聞える。
「ごめんね、勝手に僕の家に連れてきて。果歩ちゃんの事が気になって仕方なかったんだ。だって、果歩ちゃんには淳雄って兄がいるのに、あいつよりも僕の事をお兄ちゃんの様に慕ってくれるだろ。僕は本当に果歩ちゃんみたいな可愛い妹が欲しかったんだ。淳雄にも悪いと思っているけど、ほんの数時間だけ僕の妹になってよ。いいだろ?」
 ずっと想っていた気持ちを、果歩ちゃんが代弁してくれているように思えた。全ては僕が喋っている事――いや、喋らせている事。こうして僕が思い、口にする言葉は全て果歩ちゃんの可愛らしい声となって部屋に漏れてゆく。
 果歩ちゃんは、クラスメイトである淳雄の妹だ。淳雄とは中学の頃から一緒に遊んでいる仲で、よく家に遊びに行っていた。そして、当時は小学生だった果歩ちゃんともよく遊んだ。三人でテレビゲームをしたり、公園で遊んだり。その頃から果歩ちゃんは、僕を本当のお兄ちゃんの様に慕ってくれた。淳雄が結構わがままで、自分勝手なところがあったせいかもしれない。
 最初は全く意識してなかったけれど、果歩ちゃんが中学生になり、女の子からほんの少しだけ女性としての輝きを見せ始めた頃、僕は彼女に少しずつ恋心を抱き始めていた。いや、恋心というよりは彼女を自分の妹にしたいという欲望が強くなった。部活で忙しくなり、果歩ちゃんと会う機会が少なくなったけど、彼女は会うたびに女性らしさを着実に纏いつつも、僕に対しては相変わらず兄の様に慕ってくれた。
「あ〜あ。たっくんが私のお兄ちゃんだったら良かったのに」
 そんな言葉を彼女が口にしたのは、ほんの一週間前。久しぶりに淳雄の家に遊びに行った時の事だ。果歩ちゃんは以前から「たっくん」と呼んでくれていたけど、僕に対して「お兄ちゃん」と言ったのは初めてだった。
「だって、淳雄兄はいつもあんなでしょ。子ども扱いして頭を叩くし、すぐに怒るから最近はあまり口を利いてないの。たっくんは私みたいな妹がいたら嫌?」
「い、嫌なわけないだろ。俺は一人っ子だから、果歩ちゃんみたいな妹がいたらすごく嬉しいよ」
「そっか。じゃあ私、あっくんの事をお兄ちゃんって呼ぶようにしようかな」
「ははは、そんな事しちゃ、淳雄に睨まれるよ」
「どうして?」
「そりゃ、自分の妹が取られたって思うからさ」
「淳雄兄はそんな風に思わないよ。だって私の事、あまり好きじゃないみたいだから」
「そんな事無いって。あいつ、いつもあんな感じだけど果歩ちゃんの事を心配しているんだ。悪い虫が付かないよう、気に掛けているみたいだし」
「え〜っ。それってまるでシスコンじゃない。余計に気持ち悪いよ」
「そ、そうかな」
 僕は淳雄が誰よりも妹の果歩ちゃんを大切にしている事を知っている。学校でもよく彼女の事を話しているし、何処から情報を仕入れるのか、特定の男と親しくしていると聞くと、そいつがまともな奴かを調べているらしい。ただ、僕に対しては「妹は任せたぞ」なんて事を言っている。でも、彼の性格を知っている僕は、それが本心でない事は分かっていた。本当は妹を誰にも取られたくないんだ。
 そんな淳雄の気持ちを知っていても、果歩ちゃんに「お兄ちゃん」と呼ばれるとどうしようもなく興奮する。 彼女を自分のものにしたいという気持ちが日に日に強くなり、最高潮に達したとき、僕は禁断の薬に手を出した。ネット上で手に入れたその薬は「PPZ−4086」と言って、他人の体に憑依できる効果がある。
 僕はこの薬を使い、学校から一人で帰っていた果歩ちゃんに乗り移った。親友である淳雄の妹だと分かっていても、内側から沸々と湧き出る欲望を抑えられなかった。苦しそうに胸を押さえた果歩ちゃんに、心の中で謝りながら強引に幽体を押し込むと、目の前に乾いたアスファルトが見える。少し俯くと、黒いセーラー服を飾る赤いスカーフを握り締める、か細い手があった。
「あっ……」
 この瞬間、果歩ちゃんの目を通して見ているんだと直感した僕は、その場から逃げるように走り去った。太ももに纏わり付くプリーツスカートの生地。足を前に出すたびに感じる、肩を引っ張られるような胸の重み。はぁはぁと呼吸する息の音は、僕のそれとは明らかに違っていた。
 まだ両親が帰っていない家に着き、躓きそうにりながら階段を駆け上った僕は、二階のある自分の部屋に飛び込み鍵を閉めた。
 心臓が破裂しそうなくらい激しく動いている。走って来たせいだけではない。僕が果歩ちゃんの体を操り、無理やり自分の部屋に持ち帰った事に興奮しているから。僕の代わりに、果歩ちゃんがドキドキしているんだ。
 何度か大きく深呼吸し、気持ちを落ち着けた僕は用意していた姿身に果歩ちゃんの体を映し出したという訳だ。
 今なら、果歩ちゃんを自由に出来る。何でも喋らせられるし、彼女の身を包んでいるセーラー服を脱がす事だって出来る。
「私は……たっくんの妹。たっくんは私のお兄ちゃん……。お兄ちゃんのためなら、私は何だって出来る」
 僕は、まるで果歩ちゃんに暗示を掛ける様に呟いた。