ちょうど閉まろうとしていた扉に手を掛けて開くと、瑠那が部屋を見て驚いていた。
信河先生3
「おおっ!さっきよりも随分と綺麗になってるな。掃除したのか?」
「そ、そりゃ……信河先生が来るんだからさ」

 唯人は少し恥ずかしそうに返事をした。自分の部屋に女性を入れたのは初めて。しかも、相手は憧れの信河先生なのだ。扉を閉め、凭れ掛かりながら部屋を歩き回る瑠那の様子を眺めていた。
 部屋の中に瑠那の髪から漂ういい香りが広がってゆく。

「俺が学校に着いた時には、もう部活は終わっていたんだ」
「そ、そうなんだ」
「タイミングのいい事に、更衣室で私服に着替え終えたところでさ。先生一人だったからあっさりと乗っ取る事が出来たよ」
「そっか……」
「信河先生の背中に幽体をめり込ませたら、先生の体がビクッて震えて……あっ、ああって少し苦しそうな声を出してさ。でも、完全に体の中に入ったらすぐに操れるようになったよ。先生の目を通して先生の体を見るんだ。何か、自分の体の感覚と違うから不思議だったな」
「ふ〜ん」
「唯人。さっきから何、無口になっているんだよ」
「えっ……。い、いや。別に無口になってる訳じゃないけどさ。信河先生と俺の部屋で話をしているっていうのが何かこう……春樹だと思っていても緊張するんだ」
「へえ〜。お前の口から緊張するなんて言葉を聞いたのは、高校受験の時くらいだな。そんなに緊張してるのか?」
「ま、まあな。興奮もしてるけど」
「じゃあお前の緊張を解いてやるよ」
「え?どうやって」
「緊張しているなら、スキンシップが一番だからな!」
「は?……わっ」

 扉に凭れ掛かっていた唯人の体が硬直した。部屋を眺めていた瑠那が真っ直ぐ彼の元に歩き、その体を抱きしめたからだ。唯人の方が十センチほど背が高いため、彼女の前髪が彼の鼻をくすぐった。瑠那が彼の脇から手を回し、扉に凭れ掛かっていた体を引き寄せる。程よい大きさの胸が彼の胸に密着し、服越しに女性の柔らかさを感じた。
 自分の腕をどうすればよいのか分からず、真っ直ぐに下ろしていた唯人に瑠那が「お前も先生の体を抱きしめてみろよ」と呟いた。

「い、いいのか……な」
「いいんじゃない?俺が乗り移ってる間は」
「あ、ああ……」

 その言葉に、唯人の両腕がゆっくりと動いた。そして、壊れ物を大事そうに抱きしめる感じで瑠那の背中にそっと手を置いた。掌に瑠那の温もりを感じる。
 運動しているとはいえ、男性とは違う華奢な体。服の生地に出来た盛り上がりはブラジャーだろうか。両手を優しく上下に動かし、その感覚を確かめる。

「その撫で方、結構いやらしいな」
「あっ。ごめん……」
「別に謝らなくてもいいって。お前、俺が乗り移っている事がまだ認識出来てないな」
「そんな事は無いけど……。春樹が乗り移っていても先生本人の体だし、そうやってしゃべる口調はお前でも、先生の声なんだ」
「じゃあ、こうして抱きしめたら逆効果って事か?」
「何ていうかすげぇ嬉しいけど、これが興奮してドキドキしているのか緊張してドキドキしているのか分からないな」
「ふ〜ん、そうか。もし俺が先生の真似をしてしゃべったら余計に緊張するよな」
「ま、まあな」
「へへ。それじゃ、後で先生に成り切ってからかってやるよ。先にお前の願望を叶えてやるか」
「俺の願望?」
「お前、言ってたじゃないか。先生のジャージ姿が見たいってさ」
「持ってきてくれたのか!」
「もちろん!着替えてやるから廊下に出て待っててくれよ」
「えっ、廊下に出てって?」
「着替えは後でじっくりと見せてやるからさ。まあ、着替えというよりはストリップって感じだけど」
「ス、ストリップ……」

 唯人から離れた瑠那は持ってきた紙袋に手を入れると、白いジャージのズボンを取り出した。

「これ、今日信河先生が穿いていたズボンなんだ。そそられるだろ?」
「ああっ。すげぇそそられるよっ」
「こっちが上に来ていた白いTシャツ。少し湿っていたから汗を掻いていたみたいだな。匂ってみるか?」
「い、いいのか!」
「だから遠慮しなくていいんだって。ほら」
「ああ」

 瑠那の手で白いジャージのズボンとTシャツを手渡された唯人は頗る興奮した。信河先生が今日、部活の顧問で来ていたTシャツとズボン。本当なら絶対に触る事が出来ない代物だ。

「これが信河先生のTシャツとズボンか!たまんねぇよっ」

 それぞれを両手に持ち、一度に鼻に当てる。そして思い切り息を吸い込み、口から吐いた。
 洗剤らしき匂いと、汗臭い匂いが混ざり合っている。これが信河先生の香りなんだと、鼻に当てたまま何度も呼吸をした。

「まるで変態だな」
「お前にはこの興奮が分からないのか?」
「いや、実はすげぇ分かる。だって、先生の体を乗っ取った後、ロッカーの中に掛かっていたそれを手にして、お前と全く同じ事をしたからな」
「まさか、もう先生の体に変な事をしたんじゃないだろうな?」
「してないって。ずっと我慢してんだから。俺だってまだ先生の体、見てないんだぜ」
「そっか」
「お前だったら、絶対に何かしてると思うけどさ」
「……そ、そんな事無いって。俺だって春樹と一緒に楽しみたいって思ってるんだから」
「ま、そういう事にしといてやるよ。着替えるから返してくれ」
「ああ」
「下着姿は先に拝ませてもらうからな。ここまで我慢してきた特権って事で」
「まあ、そのくらいなら構わないよ。それ以上は一緒に見るから抜け駆けするなよ」
「分かってるって」

 最後にもう一度、思い切り匂いを嗅いだ唯人は瑠那に手渡すと、彼女に見つめられながら廊下に出た。

「早く着替えてくれよ」

 扉に向かって話しかけた唯人に、「うわ、紫色のブラジャーだ」と答えた瑠那。その言葉にときめく唯人からは、「緊張」という二文字が抜けていた。