唯人と春樹が通う高校には、男子生徒に絶大なる人気を誇る女性教師がいる。
 信河瑠菜、二十三歳。教師になりたての彼女は高校生の彼等と歳が近い事もあって、とても親しみやすい雰囲気を持っていた。先生というよりは、少し年上のお姉さんと言った感じだろうか。服装も教師らしくないといえばそうかもしれない。今時の女性が着ている様な服装は、教卓に立つ教師として少し違和感があった。
 担当の授業は国語。そして小さい頃から運動が好きで、学生の頃に陸上部に所属していた経験を生かし、女子体育の授業を兼任している。もちろん、女子陸上部の顧問としても精を出していた。
信河先生1
「こらっ、黒山と荻那。授業中は私語を慎むっ!罰として黒山は六十四ページ、荻那は六十五ページを読んで」
 国語の授業。黒山と荻那は、冒頭に登場した唯人と春樹の事である。二人は別に私語をしたくてしているのではなく、瑠菜に顔を覚えてもらうためにわざと話しているのだ。おかげで二人の名前は瑠菜にしっかりと覚えられている。
「どうして何時もそうやってしゃべるかな。もしかして先生の授業が退屈?」
「えっ。いや、退屈っていうか国語があまり好きじゃなくて。日本語よりもフランス語なら得意なんですけど」
「ふ〜ん、じゃあ六十四ページをフランス語に通訳してみてよ」
「それは無理です」
「どうして?フランス語が得意なんでしょ?」
「日本語よりも得意なだけであって、フランス語がぺらぺらとしゃべれたり通訳できたりする訳じゃないんです」
「そうなんだ。そんなに日本語はぺらぺらとしゃべれるのにね」
「ほんと、不思議ですねぇ」
「はいはい。もういいから早く日本語で読んで。みんな、呆れてるよ」
「へへ。すいませ〜ん」
 唯人は春樹にペロリと舌を出すと、瑠那に指示されたページを読んだ。続いて春樹も読み終える。こんな事が毎回の様に行われてるのだが、瑠那は呆れた表情をしながらも付き合ってくれるのであった――。



「なあ春樹。例のやつ、予定通り届いていたか?」
「ああ。昨日、家に帰ったら届いてたよ。ジャストタイミングさ」
「マジで!じゃあ計画を実行出来るってことか。信河先生を乗っ取れるんだっ」
「こらっ、大きな声を出すなよ。他の奴に聞かれたら変に思われるだろ」
「わ、悪りぃ悪りぃ。つい興奮して……」
「これで信河先生は俺達のものになるんだ……って言っても、半日だけなんだけど」
「半日だけ?時間制限あったっけ」
「ああ。あまり長い間、体を乗っ取る事は出来ないらしいんだ。俺の体も魂が抜けた状態で放置されるわけだからな。あまり気持ちいいもんじゃないよ」
「そりゃそうか。でも半日もあれば十分だ」
「だろ。先生の全てを知る事が出来るんだから」
「たまんねぇよ!早く放課後にならないかなぁ」
「そう慌てるなって。先生も部活の顧問をしているんだから、それが終わってからだぞ」
「部活が終わってからかぁ。じゃあ四時半……いや、五時くらいか」
「どの道、唯人の家に行って俺の体を置いてこなくちゃならないから、それくらいの時間になるって。両親はいないだろうな?」
「予定通り二人で旅行に行ったよ。明後日まで俺一人さ」
「そうか。両親がいるんじゃ色々とまずいからな。先生に乗り移っても、ゆっくりと楽しむ場所が無くなるってもんさ」
「大丈夫大丈夫!抜かりは無いって」

 ある日の朝、二人は授業が始まる前に怪しげな計画について話をしていた。一ヶ月ほど前から二人で考えていた事。それは、ネット上で見つけた不思議な薬を使い、瑠那の体を乗っ取るという内容であった。その薬を飲むと、幽体離脱出来るらしく、幽体になれば他人の体に乗り移る事ができるという。魂の抜けた体に他の霊が入り込まない様、専用の御札まで同梱されていた。
 同じ会社に勤める唯人の両親が、慰安旅行で揃って家を空ける今日。まず二人で唯人の家に行き、幽体離脱した春樹が幽体となって高校に戻り、瑠那の体を乗っ取って唯人の家に戻る事になっている。

「あのさ春樹。ちょっと頼みがあるんだ」
「何だよ?」
「信河先生が部活の顧問をしている時に着ている服を持ってきて欲しいんだ」
「部活の時に着ている服って、あの白い半袖の服とジャージのズボンか?」
「そうそう。俺、あの服とジャージのズボンを穿いた先生が特に好きなんだよ」
「……まあいいけど。金を出し合っても一つしか買えなかった薬を俺が使うんだから、それくらいは聞いてやるよ」
「サンキューな。でも、俺も先生に乗り移ってみたかったなぁ。だってさ、女の快感って男と全然違うっていうだろ」
「俺もそれが楽しみなんだ。しかも、信河先生の体だからなぁ」
「お前、一人で抜け駆けするなよ。俺の家に来るまでは絶対に何もするなよな」
「分かってるって。寄り道せずに真っ直ぐお前の家に行くからさ」
「やっぱり俺も学校に行こうかなぁ。春樹が乗り移った信河先生と一緒に帰れたら最高なんだけど」
「だから前にも言っただろ。お前と一緒に歩いているところを他の奴らに見られたら怪しまれるじゃないか。お前はいいかもしれないけど、先生に変な噂が流れると異動させられるかもしれないし」
「……だよな。ここは大人しく家で待つしかないか」
「出来るだけ早く家に行ってやるからさ」
「マジで頼むよ。マジでっ」
「ああ」

 こうして二人は、なかなか進まない時計の針を睨みながら授業を受け終わると、急いで唯人の家に帰ったのであった。