こうして川党千賀子とオフィス以外で肩を並べて歩くのは初めてだ。
 いや、実際には千賀子ではなく、千賀子の体を乗っ取っている加藤と歩いているのだが。
 加藤の体は、本屋の二つ隣のビルにあるカプセルホテルの中。本屋に入ってくる千賀子を見て、すぐにカプセルホテルに行って体を預けてきたらしい。
 彼いわく、幽体離脱できる能力があり、魂の状態になれば他人の体を乗っ取れるらしい。
 仁科が千賀子に気がある事を知っていた彼は、わざわざ彼女の体を乗っ取ったのだ。
 初めて知った事実に驚く仁科だが、あまり人に知られたくないので内緒にしていたと聞き、加藤が自分を信頼出来る人間だと思ってくれた事に嬉しさを感じた。
 二人だけが知る事実を、まるで当人の様に話す千賀子を見て、仁科は加藤が乗り移っていると確信した。
初めて一緒に繁華街を歩く
「一度体を乗っ取ると、次に幽体離脱するまで一週間以上、間隔を空ける必要があるんだ」
「そうなのか?」
「ああ、精神的に辛いんだ。連続で乗っ取るとすごく頭痛がしてさ」
「へぇ〜」
 こうして千賀子が加藤の口調でしゃべっている事に違和感と興奮を覚える。この口調が明らかに千賀子ではない事を物語ってくれるのだ。
 また、女性らしい歩き方から一転し、膝が左右に開き蟹股気味に歩いているところも普段の千賀子とは違っていた。
「今日は川党さんの誕生日だな」
「ああ。でも、それって本当なのか?それにさ、彼氏の一人もいないなんて」
「本当さ。彼女の記憶がそう言っているから」
「記憶?」
「そう。俺、乗っ取った相手の記憶を見ることが出来るんだ。確かに川党さんは彼氏がいなくて、今日は一人で過ごすつもりだったらしい。……でさ、本屋でお前を見つけてわざと声を掛けたんだ」
「記憶を見れるって……そんな事まで出来るのか。すげぇな……。で、俺にわざと声を掛けたってどういうことだよ」
「決まってるだろ。仁科に誕生日を祝って欲しかったんだよ」
「え?お、俺に?」
「川党さんはお前の事、嫌いじゃないみたいだぜ」
「マ、マジ……で?」
「ああ。好意を持っている訳でもないけどな」
「……なんだそれ」
「でもな。一緒に誕生日を祝って、いい感じになったら仁科に気持ちが傾きそうな感じなんだ」
「へ、へぇ〜」
 一生懸命平静を装う仁科だが、どうしても口元が緩んでしまう。
 まさか千賀子が冗談ではなく、本当に自分を誘ってくれていたなんて思っても見なかったからだ。
「ま、今は俺が乗っ取っているから関係ないけどな」
 千賀子はニヤニヤしながら仁科を見つめた。
「な、何だよ……」
「飯食ったらホテルに行こうぜ」
「ホ、ホッ……ホテル!?」
「仁科の体で川党さんの誕生日を祝ってやろう。最近は全然セックスしてなくて寂しいんだ」
「なっ……ほ、本気で言ってるのか?でもそんな事したら川党さんに何を言われるか……」
「俺が体を乗っ取っている間の記憶はないんだ。だから何をしても気付かれない。仁科も、この川党さんとセックスしたいだろ!」
「でも……まずいんじゃ……」
「大丈夫だって。飯食う時間が惜しいなら、ホテルの部屋で頼むか。それでも全然構わないけどな」
「ちょ、ちょっと待てよ。マジで……大丈夫なのか?」
「ああ。折角だから恋人の雰囲気を味あわせてやるよ」
「ふ、雰囲気?」
「ふぅ〜、はぁ〜」
 彼女が立ち止まり、深呼吸をすると急に加藤の気配が消えた。
 蟹股だった足を閉じ、ニヤけていた表情がいつもの千賀子に戻る。
乗り移った加藤の雰囲気が消え、本来の千賀子にしか思えない

「これでいつもの私になったでしょ、仁科君」
「…………」
「どうしたの?急に黙り込んで。大丈夫よ。まだ私、加藤君に乗り移られているから」
「ぜ、全然雰囲気が変わりますね」
「ふふ、敬語なんか使わなくてもいいよ。私じゃないんだから遠慮しないで」
「でも……。普段の川党さんと全然変わらないから」
「記憶が見れるって言ったでしょ。しゃべり方を真似る事なんて簡単なものよ。本屋でもこんな感じで話していたでしょ」
「ま、まあ……」
「記憶があれば、本人に成り切るなんて簡単な事なの。とりあえずホテルに行く?」
 本当に千賀子から誘われているようで恥ずかしい。
 しかし、体以外、彼女の言動は全て加藤が作った偽者なのだ。
 千賀子の腕が仁科の腕に絡まり、少し引っ張るように歩き始める。
「前に彼氏とよく行っていたホテルが近くのあるから、そこに行こうよ。お金は気にしないで。私が払ってあげるから」
「あっ……。で、でも今日は川党さんの誕生日だから僕が払いますよ」
「いいの。仁科君は私の体を喜ばせてくれればね!私、最近は性的に飢えてるから仁科君に満たして欲しいのよ」
 その言葉に、ゴクンとツバを飲み込んだ仁科は、周りの目を気にしながら二回、頷いた。
「想像するだけでも体が火照っちゃう。やっぱり、先に食欲よりも性欲かしら」
 クスッと笑った千賀子は、少し歩幅を広げた。
 仁科も歩幅を合わせて歩き始めたが、ズボンの中で興奮した肉棒のせいでぎこちない歩き方になっていた。