「皆さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です〜」
「相変わらずの人気ですね」
「今日は人が多いからすごい熱気ですよ」
「いい宣伝になりますよ。午後からもお願いします」
「はい」
 軽く会話をした三人はスタッフと離れ、通路の右側にある部屋に入っていった。
 もちろん奥治も壁をすり抜けて部屋に入る。
 白い壁に窓のない八畳ほどの部屋。
 中央にはガラステーブル。その周りに二人がけのソファーが対面に置かれている。
 壁際には体全体を映すことが出来る大きな姿見があり、彼女達の姿が時折映っていた。
 化粧台も人数分用意されており、それなりの待遇がされてるようだ。
 各自のロッカーも壁際に並んでいて、着替えもこの部屋で行っているようだった。
「私、ちょっとトイレに行ってくるね」
「うん」
 優梨子だ。
 彼女はテーブルに置いてあったペットボトルのお茶を一口飲んだ後、一人で部屋を出るとレオタード姿で通路の突き当たりにある女子トイレへと歩いていった。
(…………)
 幽体の手に汗が滲む感じがする。
 奥治は彼女の後を歩くような姿勢で付いてゆくと、女子トイレのマークが付いた扉を開いた彼女と共に中に入っていた。
 初めて入った女子トイレに奥治はときめいた。
 四つある個室と、横に長い鏡の付いた化粧台。
 全体的に明るい雰囲気の女子トイレに、彼女のハイヒールがコツコツと響く。
 優梨子は一つずつ覗き、洋式の便器がある一番奥の個室に入った。
 扉が閉まり鍵を掛けた音がした後、奥治は体を扉にめり込ませて彼女の様子を伺った。
 覗かれているとは知る良しもない優梨子が無言でトイレットペーパーを手に取り、便座を拭いている。
 その後、便座に背を向けるとレオタードを脱ぎ始めた。
(わ……。やっぱり全部脱いでするんだ)
 両手を首の後ろに回してボタンを外した後、自ら白いレオタードが引き下ろし、奥治に柔らかそうで大きな胸を露にする。
 腰まで下げたレオタードにパンスト、そしてアンダーショーツをまとめて掴むと、便座に座りながら足元まで引き下ろしてしまった。
 本来ならば決して見ることが出来ない優梨子の裸。
 そして――。
 便器から水音が聞え始めた。
 彼女が小便をしているのだ。
 その様子を眺めている奥治の瞳が血走っていた。
 あの優梨子が目の前で裸になり、小便をしているのだ。
 大人になった彼女の小便する姿を見た男性はいるだろうか?
 いや、いるはずがない。
 彼氏がいたとしても、優梨子がこんな姿を見せることはないだろう。
 奥治は理性の糸がプチプチと千切れてゆく感じがした。
「んっ……ふぅ〜」
 小さな声を漏らした彼女はトイレットペーパーを手にすると、少し足を開いて濡れた股間を拭いた。
(す、すごい……)
 彼女の股間に手を添えて拭き取っている姿に目がクラクラする。
 奥治の存在を全く気付かない優梨子は、前かがみになると足元まで引き下ろしていたレオタードとパンスト、アンダーショーツを引き上げ始めた。
 パンストが皮膚に擦れる音。
 レオタードの生地が肌を弾く音。
 便座から立ち上がり、少し蟹股に開きながら股間のレオタードを伸ばす仕草。
 脇まで引き上げ、首の後ろでボタンを止めた後、胸を覆うようにレオタードを左右に引っ張る姿に、奥治の理性がついに吹き飛んだ。
(好きだっ!優梨子ちゃんっ)
 衝動的に彼女へ近づき、その脂肪が付いた太い腕で力いっぱい抱きしめた。
「かはっ!」
 いきなり体を締め付けられた感覚に、優梨子は声にならない声を上げた。
 彼女に覆いかぶさるようにしながら抱きしめた奥治。しかし、優梨子を抱きしめたという感覚はほんの一瞬だった。
 彼女を強烈に抱きしめたはずの太い腕が、不思議なことに優梨子の体にめり込んだのだ。
 そして、優梨子を引き寄せようとしていた図体までが彼女の細い体にめり込こんでしまった。
「あ……ああっ……」
 痛みは感じない。
 それよりも、体に起きた異様な感覚と息苦しさに顎を上げた彼女は、魚の様に口をパクパクと開き、便座に腰を下ろすと便座カバーに凭れ掛かり意識を失ってしまった。
 そして、抱きしめた奥治の幽体は個室から見えなくなった。
 しんと静まり返ったトイレ。
 しばらくすると、半開きの口から「うっ……うう」と声が漏れ、閉じていた瞳がゆっくりと開いた。
 何度か瞬きし、目の前にあるトイレの扉を見ている。
「うっ……はぁ。ど、どうなったんだ……んん!?」
 優梨子は呟いた後、声に異変を感じた。
 俯くと白いレオタードに包まれた二つの胸。
 その向こうにはパンストに包まれた滑らかな足がある。
「……えっ!ええっ!」
 驚いた表情で便座から立ち上がり、ハイヒールに足を取られながら扉を開いた彼女は、化粧台の鏡に映る自分の姿を見て唖然とした。
「なっ……ゆ、優梨子……ちゃん?」
 ゆっくりと歩き、鏡に映る自分の姿を見つめる。
「この声……それにどうして……俺が優梨子ちゃんになっているんだ」
 そっと鏡の表面に触ると、左右が対象になった優梨子が同じように鏡に手を添えた。
「マ、マジで……俺、優梨子ちゃんになった?これって……優梨子ちゃんの体に入り込んだってことか」
 そうとしか考えられない。
 あの、自分でも醜いと感じていた体は何処にも存在せず、優梨子一人がトイレにいる。
 奥治が手を動かし、髪を払うと彼女が全く同じ仕草をした。
 彼が取る表情が、全て優梨子の表情となって鏡に映る。
「俺と優梨子ちゃんが一つになったんだ……。優梨子ちゃんを俺の思い通りに動かすことが出来るんだ。この声も体も全部っ!や、やったぁ!」
 優梨子は鏡の前でガッツポーズをした。
 まさか優梨子自身を自分のものに出来るとは考えもしなかった奥治は、彼女の体で嬉しさを思い切り表現した。
「これなら自分で優梨子ちゃんに好きなポーズを取らせることが出来るぞ!俺だけしか持っていない優梨子ちゃんの写真集を作ることだって出来るんだ!」
 何度も目の前で両手を動かし、優梨子の体が自分のものになった事を確かめる。
 細い腕を包み込む青色のアームカバーを摩り、両腕で彼女の体を抱きしめた。
鏡の前で体を抱きしめるの巻
 華奢な肩幅に、自分の体とは違う柔らかで張りのある肌。
 二の腕に当たる胸の感触もたまらない。
 奥治は、優梨子の鼓動が激しく高鳴っているのを感じた。
 そして、頭の中に不思議な感覚を覚えた。
 彼の意識に彼女の記憶が逆流してきたのだ。
「な、なんだ?こ、これって……優梨子ちゃんの記憶?」
 少しずつではあるが、彼女の記憶を読み取ることが出来る。
 例えば、優梨子と一緒にいた二人のレースクイーンの名前は秋下望と美河茜であり、二人を下の名前で気安く呼んでいる事。また、この後はあの部屋で昼食の弁当を取る事など。
 こうしているうちも、読み取れる彼女の記憶は徐々に増えていった。
「優梨子ちゃんの記憶が手に取るように分かるぞ。……へぇ〜。すごいなぁ」
 しばらくすると、奥治は優梨子に手を洗わせて女子トイレを出た。
 先ほどまでは履いた事のないハイヒールのせいでぎこちない歩き方であったが、今は普段の彼女と同じように姿勢をただし、綺麗な歩き方をしている。
「このまま優梨子ちゃんを家に持ち帰っちゃおう。そして……へへ。俺のカメラに優梨子ちゃんの全てを収めるぞ!」
 嬉しすぎて緩む優梨子の頬を両手で軽く叩いた奥治は、二人がいる部屋の扉を開いた。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
「遅いよ優梨子。先に食べてるよ」
「うん、あのね。私、ちょっと用事があるから少しだけ外に出てくるよ」
 それは普段の優梨子と変わらぬ表情、そして口調であった。